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DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

歯科医院経営講座 -21世紀の歯科医院経営-

第2回 (115号)
固定観念を排した柔軟な発想を目指す
デンタル・マネジメント・コンサルティング 稲岡 勲/門田 亮

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140自由な発想で経営を考える岡山県に、少し趣の異なった研修を行う機関がある。研修というと、とかく「有益な講義を聴く」「多くの情報を得る」ことに焦点が行くが、そこでは講師からの講義はほとんどない。そのかわり、そこにあるのは参加者の自発的な発言である。講師がピックアップしてきた絵画をもとに、その絵から何を感じるか、どういうことを問いかけようとしているのかを、見えるものから感じ参加者同士が分かち合う(シェアー)ものである。絵画にはたいてい題名がついているが、研修の目的は題名を当てることではなく、目に見えるものに自分の心がどう感じているのか、何をそこで思ったかということを徹底して自分に問いかける。形にとらわれない自由な発想、想像力がフル回転する場である。一人一人が自分の感じた見方を発表する場面では、実にさまざまな感じ方があることに気がつく。ある人は明るい雰囲気を感じ取ったかと思えば、ある人は暗い場面を想像する人もいる。あるいは絵全体から感じる雰囲気を大切にする人もいれば、絵の中のある一点に注目して、絵とはまったく関係のないことを想像する人もいる。そこでは、ものの見方は360度の平面的な見方にとどまらない、四方八方からの立体的、空間的な物ごとの捉え方が存在するのである。こういった幅広い価値観を共有することで養われるものは、思考の柔軟性と想像力である。歯科医院を経営するうえでも、柔軟な考え方と想像力をフルに活用して、自由な発想で行っていいはずである。「こうでなければならない」「こうあるべきだ」というものは、患者さんの口腔内の健康を考えた場合にはあるかもしれないが、こと経営に関しては、広告への記載事項に関する規制以外は、それほど制限されたものはないのではないか。したがって先生自身の自由な発想やスタッフから出された提案に対して、それを試すことなく過去の経験則に従って「NO」という結論を出すことは、「うまくいくことがあるかもしれない」という可能性を摘むという点で非常に残念である。スタッフも巻き込んだ発想法いろいろな発想を簡単に導き出す方法として「ブレーンストーミング」というものがある。複数の人間が集まって一つのテーマに対して議論を行う際に、そのテーマから思いつくことを、自由な発想で自由に出していくものだが、これも先ほどの研修と同じく、いろいろ意見が出てきて面白い。以前、ある歯科医院で、院内に器具が散乱したり、手入れが不十分で清潔感に欠けたりすることがあった。そこで、少しでも楽しく効率的に院内管理が実行できる体制が作れないものかと考えたときに、スタッフも巻き込んで一緒に考えてみたことがある。最初は半信半疑だったスタッフも、思いつくまま自由に意見を出していくうち次第に面白くなり、「ここはこうしたらいい」「ここにしまっておくと次に出すときに出しやすい」などと、自分たちで積極的に考えるようになった。最初に、「こうするべきだ」という指示から始まったとしたら、スタッフは「やらされている」という感覚から脱却できずにストレスがたまり、また、院長も思い通りに事が運ばない苛立ちを覚えていたかもしれない。結局、スタッフ全員で共有できる業務マニュアルを自分たちで作り、さらに自分たちで自発的に取り組むことで見違えるほどきれいに手入れされた院内を実現することができた。人は一人だけの考え方にはおのずと限界があり、発想の幅の広がりが徐々に狭まっていくものである。複数の意見や考え方を引き出すことで、新たな歯科医院経営講座21世紀の歯科医院経営~ 固定観念を排し柔軟な発想を目指す~稲岡 勲/門田 亮デンタル・マネジメント・コンサルティング141気づきや発見が生まれ、自ら発展していくことが可能になるのである。立場の違いを理解する先日、関与先の院長から次のような話を聞いた。「4月1日に施行された個人情報保護法の影響なのか、1レセプトあたりの単価が少し下がってきているようだ。特に勤務医が担当する患者さんのレセプトについて、その傾向が見られる」という。個人情報保護法によってレセプトの開示要求が強まった場合、これまでの内容のままでは説明がつかないということのようだ。むろんその歯科医院が、不正に請求しているわけでは決してない。勤務医の心理としては、通常行っている処置に沿って記載はしているのだが、気持ちの中で点数に見合う内容のことが行えなかったり、時間的に不十分という感覚を覚えたままであったりすることが、点数記載を躊躇することのようだ。保険財政の破綻が免れえないような状況の中、レセプトの開示義務を法律で定めることにより、保険請求金額の抑制効果がこのようなところで働き始めている。つまり、請求するためには、術者側で納得できる内容のものにしておく必要があるが、それをクリアできなければ算定しないという対応である。それが勤務医のレセプトにおいてそのような傾向にあるというのは、やはり経営者としての院長と、勤務医との間に、責任に対する姿勢の違いであったり、自分の考えに基づく行動か否かということであったりするのではないか。院長であれば、「ここは、こういう考えで診療方針を立てているから、ここでこの点数を算定することは、方針に見合った算定方法です」と言い返すだけの確固としたものをもっていると思うが、勤務するものにとってはそこまでの責任感を持ち得ない場合があるのではないか。会社でもそうだが、企業理念として社長の考え方を文字にして、文章にして社員に配っている会社は多い。しかし、常に社長が考えているような会社の理念や存在意義が社員一人一人、会社の隅々まで浸透しているところは意外に多くない。社長は自分の会社を通じて、「世のため人のため」といって東奔西走しているが、社員の方は「家族のため、生活のため、趣味のため」といって働いているのであるから、当然努力する対象も違えば、責任の大きさも違ってくる。よいものであれば、社員のアイデアをどんどん現場に落としこむ企業風土のあるところでは、社員も活き活きとして活発な意見も繰り広げられるが、何も変わらない風土が定着しているようなところでは、社員もあきらめ半分になってしまい、積極的な意見などは聞こえてこない。歯科医院でも同じ傾向がある。スタッフの意見をどんどんと引き出して、勢いがあり、その勢いがまた新たな患者を引っ張る原動力ともなる。「最近、患者が少なくなってきた」あるいは「患者が激減した」というところでは、積極性があまり見られないと感じることが多い。院長と従業員という立場の違いを理解したうえで、従業員が感じる考え方や意識をどう吸い上げていくかが、院長の立場としての課題である。誤解から生ずる意識のズレ先生方からご相談をいただいて聞いていると、なかなか院長の意思がスタッフにうまく伝わっていなかったり、誤解を生じていたりすることが多い。たとえば、院長は当該スタッフに対して非常に必要性を感じており、働きぶりについては十分に評価しうると考えているにもかかわらず、スタッフの方はどうかといえば、「院長が本当に私の142歯科医院経営講座ことを必要としてくれているのかがわからない」「そっけない返事をされると、とても打ちのめされたような気がして、自信を持つことができない」という。院長は院長で言い分があり、「患者さんが混み合っていて、効率よく対処したいのだがなかなかうまくまわらない。彼女が憎いわけではないが、何か他の原因できつく言ってしまったのだろう。日頃頑張ってくれているから、とても必要な人材なのですが…」と考えておられる。お互いがほんの少しすれ違いをおこすために、積み重なると大きな問題となってやがてスタッフは辞めてしまう。関係者として訪問していると、ある程度の間隔を置いて客観的にその歯科医院の状態をみることができるため、雰囲気やスタッフの表情といったものが、良好なものかそうでないものかが意外とはっきり感じられるものである。前回訪問時からの状況の変化や、日頃の関係性について話をしていくと、普段院長を目の前にしては言えないことや、心にしまっていることが次々と出てくる場合もある。院長も同じで、スタッフには直接言ってはいないが、言いたいことや感じていることが矢継ぎ早に出てくることが多い。お互いの話の中に、誤解を生じているようなことや、ぜひ伝えておきたいことが含まれている場合には、双方の承諾を得てお互いが感じていることを、仲介者として双方にじっくり話をする。そうするとお互いのわだかまりが解消して、「スタッフはそういうところに不満を感じていたのか」と院長は安心し、スタッフは「院長は何も私を不要と感じていたわけではなかったのだ」といって自信を回復することができる。院長とスタッフの関係は、日常のほんの些細なことから崩れていくことが多い。最初は小さなきっかけが、次第に積もり積もって取り返しがつかない大きな状態になってくると、修復することもまた難しい。中には「そうは言ってもなかなかこちらから歩み寄ることが難しく、スタッフの方から今私が何を考えているか、今どういうことが必要なのかを考えられるようになって欲しい」という先生も多い。論理的に状況を打開するそうなると、一つ一つ論理的に解決法を考えていかなければならない。人は同じ状況や事実が目の前にあったとしても、その捉え方によってまったく違う方向に向かうことがある。たとえば、患者さんの減少に直面した場合、「時間に余裕ができた分これまでにできなかった研究や院内の改善を行おう」とする医院と、「どうしていいのかわからない、もうだめだ」と不安に押しつぶされてしまう医院とがある。どちらも、「患者さんの減少」という危機に対して、一度は不安を覚えながらもその事実をどう捉えるかによって、その後の対応が変わってくるのである。このことを、心理学者のアルバートエリス博士は、「ABC理論」として、人の行動は事実によって作られるのではなく、事実の受け止め方によって行動が作られているということを言っている。AはActivating eventで、事実や状況、出来事のことを言い、それをBすなわちBelief(受け止め方、認知の仕方)の違いによって、C:Consequence(その後の行動や反応)が生じるとしている。しかし、ここで根拠なく「プラス思考」で考えようとしたり「成功哲学」を持ち込もうとしたりしても、なかなかうまく機能しない。事実の受け取り方に「自分で導き出した明確な根拠」がなければ、本当に受け止め方が変わったとはいえないのである。「スタッフが職場において、ミスを重ねてばかりいる」また「私語が多く自分の好き勝手に行動してストレスが143たまる」という事実があった場合、その事実によって生まれてくる感情はどのようなものだろうか。「怒り」や「いらだち」あるいは「強くあたってしまう」といった感情や行動になったとしたならば、「怒り」の源になる受け止め方を考えてみたい。「仕事とは、ミスがないように自ら進んで学習し、患者さんにも迷惑をかけないようにしなければならない」あるいは「仕事をするということは、責任を背負って果たすべきことを果たし、自ら成長していかなければならない」という院長の考え方があるとする。こういった「~ねばならない」や「~べき」という考えを心理学では「完璧思考的考え方」という。この受け止め方に対して、事実を前提にして反論してみるとどうだろうか。「患者さんが迷惑と感じている根拠はどこにあるのだろうか」「日々得られる数値のどのようなところから患者さんにとって迷惑だと判断できるだろうか」。日頃あたりまえに考えていること、常識と考えられていることも、事実に基づいて考えてみると意外と固定観念に縛られていることが多いことに気がつく。すると、日頃「怒り」や「いらだち」を感じていた原因というものが、実は根拠のないものであったり、思い込みからくるものであったりする。人の考えは、いつのまにか「思い込み」に支配されていることが多い。視点を少し変えて、「事実」に焦点を当てて物事を捉え直してみると、また違う新たな考え方が出てくるものである。独自性が発展を後押しする歯科医療界の現状を考えた場合、将来にわたり影響を与える要因がいくつか存在するのは確かである。一つは、少子高齢化に伴う人口の減少である。2004年の合計特殊出生率がつい先日発表されたばかりだが、1.29人と4年連続で減少している。厚生労働省が予測するところによれば、日本の総人口は2006年に1億2774万人に達するのをピークに減少に転じ、2050年を迎えるころには1億60万人にまで減少するといわれている。政府は先の合計特殊出生率の低下を受けて、より一層の少子化対策を協議することになるが、国民の意識が変化するほどの対策を打ち出すことができるか、少子化対策の効果が表れるとすれば、どの程度のタイムラグを経て改善されるのかはまったく不透明である。つぎに、WHO(世界保健機構)とFDI(国際歯科連盟)が定めた12歳児のDMFT(一人平均虫歯数)ついてみると、日本ではすでに減少傾向が続いている。2000年に目標としていた3本は、すでに1999年にクリアされ、また、2003年度の学校保健統計調査(速報)によれば、「男女合計」の数値は2.09となっている。男子に限ってみれば1.92本となり、2本をきる状況にある。一方では少子化によって子供の数が減少し、また一方ではその子供の虫歯も減少しているということは、将来、補綴治療や保存治療に関しては縮小傾向にあるといえる。また、少子化の影響により、当然保険財政がより一層逼迫することは避けられない。年金改革法案成立時の政府予測における合計特殊出生率の前提は、2004年まで1.32人で推移し、2007年に1.31人で下げ止まることを前提に、将来、年金を得る際には現役時代の50%を確保できますよということだったから、法案成立後、たった1年経過しただけで、もろくも計算が合わなくなってきていることになる。「少子化により保険料が集まらないのと同時に、高齢化によって保険を使う頻度が増えました。出て行くお金ばかりですから、保険診療の報酬を請求されても、今後もう、お支払いできるお金はありません」という時代がもうそこまで来ているといっても過言ではない。何か大きな犠牲が生じるほどの、よほど大きな改革がなされない限り、厳しい厳しいといって改善される問題ではもはやなくなってきているように思う。他にも混合診療の問題や総医療費の抑制をどうするかなど問題は山積みである。不安を煽るわけではないが、しかし、このような問題に対して不安を募らせてばかりいても前に進むことはできない。インプラントのセミナーや歯周病予防を取り入れるためのセミナーは、連日どこも大盛況のようだが、講師に立つ先生方の方針や理念は、みな少しずつ違ったものである。したがって一くくりに歯周病予防といっても、その方法や目指す目的は千差万別、他とは何かが違う独自性というものがそこには存在しているのである。固定観念を解放する厳しい環境の中にあっても、日々の診療に充実感を感じ、歯科医師であることに本当に意味を感じている先生は多数存在する。したがって歯周病予防を成功させるためには、あるいは歯科医院経営を成功に導くためには「こうでなければならない」「こうするべきである」といったものは一切存在しないといえる。大切なことは、生まれてきた考え方が先生方それぞれの目指す方向に沿ったものであるかどうかであり、それこそが独自性を持った経営の仕方ということである。考えを固定することなく、いろいろな角度から今の状況を捉え、他にまねのできない独自性、すなわちコア・コンピタンスを確立して欲しいと思う。最終的に、職場の雰囲気や風土を築いていくのは、組織のトップである院長にある。どれほどスタッフが頑張ったとしても、院長の考える枠の範囲を超えて存在することはできない。たとえば、スタッフの一人が一つのアイデアを出したとすると、それがA医院では、よいアイデアとして受け入れられるものであっても、B医院では受け入れられない場合、その判断を下しているのは院長である。アイデアを出したスタッフが認められようと思えば、A医院に行くほかなく、B医院では範囲が狭すぎたといえる。物事の捉え方に柔軟性を持たせることは、受け入れる範囲が広がり、活発な意見が常に繰り広げられるような活気のある医院に変化することを可能にする。固定観念があるならば、ぜひ解放して欲しいと思う。歯科医院経営講座144