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103号 AUTUMN 目次を見る

CLINICAL REPORT

イビキと睡眠時無呼吸症候群の歯科的治療Ⅰ

中川 健三

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目 次

A.はじめに

最近とくに「イビキ」や「睡眠時無呼吸症候群」といった病気が急にクローズアップされるようになってきたのは何故でしょう?
ひと昔前までは、轟音をとどろかせながら、天下太平の夢を貪っているのがイビキのイメージで、熟睡の証と思われていましたが、それはとんでもない間違いだったのです。
「イビキ(鼾)をかく(掻く)」といいますが、恥を掻く、べそを掻く、欲を掻くなどといった用法と同じで「掻く」とは「好ましくないことを呈すること」です。
それではイビキはどうして好ましくないのでしょう。
イビキの主たる原因は上気道(鼻腔、咽頭、喉頭部)(図1)のどこかが狭窄しているために起こるのであって、睡眠中の呼吸障害を物語るものにほかなりません。さらに上気道が閉塞してしまえば、呼吸が停止してしまいます(図2)。そうなると換気ができなくなり、次第に体中は低酸素・高炭酸ガスの状態になり、重症例では突然死に至る場合もあり、たかがイビキと侮ることはできません。しかし一般には、無呼吸が続くと上行性刺激となって無意識のうちに数秒間ですが脳波上で覚醒してしまいます。そのため不眠に陥ったり、日中はその代償で居てもたっても眠くて仕方がなくなる傾眠症状が現われたりして、仕事の能率低下や記銘力低下を招いたり、居眠り運転事故を起こすといった社会生活にさまざまな支障をきたすようになっていくのです。
ぐっすり熟睡することこそ、疲労を回復させ、活力を生み出す健康の源なのです。ところが、イビキを習慣的にかいている日本人は、少なくとも2,000万人以上はいるだろうといわれています。患者さん本人はあまり気にしていないのかもしれませんが、こんなにも多くの人が睡眠中の呼吸障害をもっていることに驚かざるを得ません。さらに、そのうちの約10%にあたる200万人は寝ている間に数十秒あるいは数分にも及ぶ呼吸停止を一晩に何十回あるいは何百回と繰り返している[睡眠時無呼吸症候群]の患者だといわれているのです。長期にわたってイビキをかいていたり、無呼吸が続くと高血圧、不整脈、脳梗塞、虚血性心疾患といった循環器疾患を誘発するだけでなく、集中力や思考力を低下させ、思わぬ事故の原因となるのです。
現場指揮官の疲労や不眠、寝不足などによっておきる慢性的な睡眠障害が原因だったといわれる重大な事故として有名なのは、1979年のスリーマイル島の原子力発電所炉心融解未遂事故、1986年におきたスペースシャトル[チャレンジャー]の打ち上げ直後におきた爆破事故、1989年には大型タンカー[エクソンヴァルデス号]座礁事故などがあります。アラスカ沖でおきたこの事故では膨大な量の石油が海中に流出し、史上最悪のタンカー事故だったといわれています。その損害額は船舶だけで375億円、船荷が51億円、清掃費用2,780億円、その他、漁業補償、観光関連事業などの損害ははかりしれません。
アメリカでは、睡眠障害が日中の眠気を誘い、数限りない多くの交通事故、航空機事故、列車の脱線・衝突事故、医療事故などをもたらし、それらが年間6~8兆円にも及ぶ莫大な国家的損失につながっていると指摘し、1993年、アメリカ睡眠障害調査研究委員会は合衆国議会およびアメリカ保健社会福祉省長官あてに[Wake up America ]と題したレポートを提出し、睡眠研究に対する支援と国民に対して睡眠に関する認識を高めるよう提言しました。その結果、現在、アメリカでは各州に数多くの睡眠センターが開設されてきました。
一方、睡眠呼吸障害患者の交通事故率は健常者の6.8倍という報告もあり、社会生活での知的活動面での損失、合併症の発生と医療費の増加にもつながり、身近な問題では失職や離婚といった不幸をもたらす原因になっている場合も数多くあるようです。
この調査研究委員会の委員長をつとめた、ウィリアム・デメント教授の弁によれば「近い将来、眠い時に運転したり仕事にでかけたりすることが、酒を飲んで酔っ払って運転したり、仕事にでかけたりするのと同様に非難されるべきことであり、犯罪にもなる日が来るであろう」と、睡眠障害に対する認識を新たにするよう警告しています。また、小児における睡眠呼吸障害は、乳幼児突然死症候群の原因にもなり、小児の発育成長を阻害する一因とも考えられており、これも重大な社会問題となってきています。
ですから、習慣的にイビキをかいている人や睡眠中に呼吸が一時止まってしまうような慢性的に睡眠呼吸障害のある人は、本人のみならず社会のために一刻も早く改善する必要があるのです。また、この病気は肥満やアルコールや睡眠薬摂取とのかかわりが大きく、太り過ぎにならないようウエイトコントロールすること、アルコール類の飲酒は控えめに、睡眠薬をはじめ各種精神安定剤などには頼らないように、患者自身の努力も強く要求されます。

  • [図] いびき、睡眠時無呼吸を引き起こす原因部位
    図1
  • [図] いびきと睡眠時無呼吸(閉塞性)
    図2

B. 睡眠の生理

(1)睡眠の種類とその役割

睡眠は人間や動物に本来備わっている本能的な生理機能です。ずっと起きていようと思っても、結局最後には睡魔に襲われて眠り込んでしまいます。眠りは、自分の意志の力では完全にコントロールすることはできません。人間は人生の3分の1を眠って過ごしていますが、睡眠は生きていくうえでも必要不可欠なものであり、さまざまな役割を担っています。まず第1に、睡眠は脳や身体の疲労を回復し、明日の生活への活力を養う重要な働きをしています。すなわち、リフレッシュ効果があります。第2に、内分泌の調節や自律神経の調節をし、身体活動のリズムを調節しています。睡眠中に分泌が増加するホルモンの中で、代表的なものとして成長ホルモンがあげられますが、子供の骨や筋肉の発育には欠かせないものであるばかりでなく、大人にとっても新陳代謝に深く関係しています。朝起きる頃になると、コルチゾール(副腎皮質ホルモン)の分泌のピークを迎えます。このホルモンは体を目覚めさせ、日中の活動を支え、やる気を起こさせます。一方、暗くなると脳の松果体からメラトニンが分泌されます。このホルモンには眠気を増進させる作用があります。また、自律神経には交感神経と副交感神経の2種類があり、互いに相反する働きをしています。昼間は体温が高く活動に適した状態では交感神経が優位になり、心臓の拍動なども高まりますが、睡眠中は心拍や呼吸などの自律神経系の機能は副交感神経優位の方向へと変わります。第3に、体温を低下させて脳の過熱を防いでいます。睡眠中は起きているときよりも体温が0.1~0.3度下降し、体温が下がると血液の温度も下がり、脳のオーバーヒートを防いでいるのではないかといわれています。第4に、免疫機能を高める働きがあります。細菌やウイルスに感染すると発熱して眠くなりますが、眠ることで体を休養させ、免疫機能を高めて、細菌やウイルスと戦うためだと考えられています。
睡眠の状態や深さは、脳波を調べることによってわかります。脳波は、脳の活動にともなって発生するごく微弱な電気活動で、睡眠の深さに応じて特徴のある波形を示します。目を閉じて安静にしているときにはα波が、また活動時にはβ波がみられます。入眠すると浅いノンレム睡眠を経て、深いノンレム睡眠にはいります。その後、また浅いノンレム睡眠を経てレム睡眠になります。脳波上では浅いノンレム睡眠では紡錘波と呼ばれるものが、深いノンレム睡眠では振幅の大きいδ波が出現します。普通には、寝入りばなのノンレム睡眠からレム睡眠が終わるまでがワンセットになっていますが、最初の2単位つまり寝入りばなから3時間の間に深いノンレム睡眠がまとめて出現します。以降は、深いノンレム睡眠はほとんど現われずに、浅いノンレム睡眠とレム睡眠の組合せとなり、一晩に4~5回繰り返しているのです(図3)。
レム睡眠では大脳は起きていますが、筋肉の緊張が解けてぐったりした状態で、夢を見たり、寝言をすることが多いといわれ、脳波上ではPGO波と呼ばれています。一方、ノンレム睡眠は大脳が休息している状態で、浅いまどろみの状態から、ぐっすり熟睡している状態まで、睡眠深度を1~4の4段階に分けています。第1段階は、浅眠期ともいわれ[うとうと]の状態、第2段階は、軽眠期といい[すやすや]の状態、第3段階は、中等睡眠期といい[ぐうぐう] の状態、第4段階は、深睡眠期ともいい、仮死状態になって起こしてもなかなか起きず、火災が起きても分からず焼死するといった悲劇が起きるのもこの段階の睡眠が原因とされます。健康な成人では、これら2種類の眠りが90分がワンセットとなって、いくつかの単位がまとまって一夜の睡眠を構成しています。そして、大脳が覚醒状態にあるレム睡眠の後に目覚めるとスムーズに活動できます。ところで、睡眠で重要なのは睡眠時間ではなく、睡眠の質にあります。つまり、寝入りばなから最初の2単位にノンレム睡眠の第3、第4段階の眠りが十分にあるかどうかがとても大切なのです。成長ホルモンの分泌は、最初に訪れるノンレム睡眠の第3、第4段階のときに大量に分泌されます。
脳や身体の疲労回復や免疫能力などを最大限に高めるのも熟睡しているこのときです。睡眠時間を3時間しかとっていないというナポレオン、エジソン、カーネギー、糸川英夫、堤義明といった短眠者は、短い時間で良質な深いノンレム睡眠をしっかりとっているのでしょう。ノンレム睡眠は睡眠の前半に深くなり、明け方には次第に浅くなっていきます。一方、レム睡眠は3~4回繰り返すごとにその持続時間は次第に長くなっていきます。
レム睡眠は古い型の眠りで、魚や蛙などの原始的な眠りで、骨格筋の緊張を解いて体をマヒ状態におくことで、エネルギーの消耗を軽減することができ、その中枢は中脳や延髄にあります。ノンレム睡眠は高等動物が開発した高い次元の機能をもっています。体温・呼吸・血液循環・ホルモン分泌・免疫調節などの機能で、中枢は間脳や前脳基底部にあります。このように2種類の眠りができあがったのは、高等動物の脳が発達するにつれ、合目的性の高い方式で休息または活性化することが必須となって、脳自身を休ませるために開発された高度の生存戦略だといわれています(図4)。
睡眠中に休息しているように見える脳ですが、実はダイナミックに活動しています。脳内には、情報を電気信号のパルスで伝えるニューロン、ホルモンを生産するニューロン、これらの世話をするグリア細胞など、さまざまな神経細胞があります。ニューロンが興奮して電気パルスが発生すると、パルスは神経繊維を伝わって相手のニューロンとシナプス(接触点)に到達します。そうすると、シナプスから微量の「神経伝達物質」を放出します。この物質が相手のニューロンに興奮を引き起こさせる場合を「興奮性の神経伝達」、興奮を抑えさせる場合を「抑制性の神経伝達」と呼んでいます。興奮性の神経伝達をする代表的なニューロンは[グルタメート]を神経伝達物質としているのに対し、抑制性の神経伝達物質の代表的なニューロンは[ガンマアミノ酪酸]を神経伝達物質としています。代表的な睡眠促進物質の一つであるウリジンは、グリア細胞の一種アストロサイトから供給され、眠る脳の中で最大の抑制性ニューロン群に作用して、ガンマアミノ酪酸の受け渡しを促進するように働いて、脳内の広い領域で神経活動を抑制し、結果としてノンレム睡眠を促進させています。ウリジンはこのような過程を通して過度の学習や記憶を抑制したり、細胞内成分の再構築にも貢献しているのです。
一方、代表的な睡眠促進物質の一つである酸化型グルタチオンもアストロサイトから供給され、眠る脳の中で最大の興奮性ニューロン群に作用して、グルタメートの受け渡しを抑制するように働いて、レム睡眠を促進させます。また、酸化型グルタチオンは還元型のかたちをとって、脳内の解毒作用にもかかわっています。ニューロンが激しく興奮し続けると、活性酸素などの細胞毒が生じて、細胞膜の傷害や細胞死を引き起こしますが、それを阻止しているのです。多量のエネルギーを消費し、過熱状態にあるニューロンを休息させることで、脳機能の回復に貢献しているのです。このように、睡眠という行動レベルの現象が、分子レベルでは神経細胞にたまった毒物を除去し、細胞死を防いでいるのです。
睡眠は体や脳を休めるだけでなく、眠っている間にさまざまなホルモンが分泌されたり(寝る子は育つ)、皮膚の細胞分裂を活発化し(寝不足はお肌の大敵)、リンパ球などの免疫細胞が働く(病気には寝るのが薬)などの体内メンテナンスもしているのです。細菌やウイルスに感染すると、マクロファージが細菌細胞壁をこわし、ムラミルペプチドやエンドトキシンが出てきて、白血球や神経細胞に働いてインターフェロンやインターロイキンといったサイトカインを放出させ、発熱して、深いノンレム睡眠を促進させ、一方、レム睡眠を抑制させ、免疫作用を増強させるといった働きをします。したがって、感染のあとの深い眠りは生体防御の重要な一翼を担っているのです。

  • [写真]
    図3 成人の睡眠の時間経過図(アレクサンダー・A・ボルベイ:睡眠の謎.どうぶつ社.1965を改変)
  • [図] 高等動物の脳
    図4
(2)睡眠の調節

睡眠を調節している方法にはサーカディアンリズムとホメオスタシスという2種類があり、それには2つの基本法則があります。第1の法則とは、睡眠は1日を単位とするリズム現象であり、脳内に存在する生物時計によって管理されています。これをサーカディアン性の調節方式といいます。このように、睡眠や覚醒リズムが24時間周期で繰り返されるのは、昼夜リズムと連動して1日周期で分泌されるメラトニンというホルモンのおかげなのです。また、ヒトではそれとは別に約半日周期のリズム(サーカセメディアン・リズム)もあり、正午過ぎの一時期に眠気が少し高まります。また、生物時計の1日は24時間でなく、およそ25時間だともいわれ、このずれに同調できなくなると、ときには昼間に耐え難い眠気に襲われることにもなります。この眠気が種々の事故の原因となっており、できれば、短い時間昼寝をすることは理にかなっているといえます。
第2の法則は、先行する断眠時間の長さによって睡眠の質と量が決定されるというもので、これをホメオスタシス性の調節方式と呼んでいます。断眠時間が延長するにつれて、眠気は直線的に増大します。断眠後の睡眠は不足量に応じて睡眠が質的にも量的にも大きく変化し、いわゆる跳ね返り現象が起きます。連続して覚醒していた時間が長いほど、深い眠りが多量に出現します。このように、睡眠は時刻依存性のサーカディアン機構と時刻非依存性のホメオスタシス機構とによる調節の2本立でうまくコントロールされているのです。

(3)睡眠と呼吸

覚醒時と睡眠時での呼吸を比較してみると、種々の変化がみられます。睡眠中は呼吸制御系の変化として上気道抵抗が上昇し、呼吸筋、補助呼吸筋の活動性が低下し、換気量の低下、肺気量減少によって動脈血酸素分圧(arterial oxygen pressure: PaO 2)も低下します。呼吸調節の面でも炭酸ガスと低酸素に対する換気応答が低下します。これらの変化は、特にレム期において著明であり、健康人でも呼吸は不安定になります。睡眠中の呼吸の変化は睡眠時の体位、性、年齢、アルコール、睡眠薬などの薬物、妊娠の有無、居住地の高さなど、さまざまな因子の影響を受けます。健常者にとっては問題にならない変化も、背景に慢性呼吸器疾患、神経筋疾患、肥満、上気道の形態的・機能的異常などがある場合には、容易に睡眠呼吸障害に結びついてしまいます。このように、睡眠中は覚醒時とは異なる生理的な呼吸制御系の変化がみられます。特に、睡眠段階によって、呼吸中枢への応答、呼吸リズム、呼吸筋への緊張状態などが大きく変化します。こうした変化は睡眠時無呼吸症候群に代表される睡眠呼吸障害の発症に密接に関連しています。
通常、睡眠中の呼吸は主として鼻呼吸によって行われています。鼻腔には圧および気流の変化を感知するリセプターが存在して、鼻呼吸時には、この反射系が働いて吸気時の咽頭周囲筋の活動を高め、上気道の開存性を保持しているといわれています。ですから、何らかの原因で鼻呼吸が不良となり、口呼吸状態になると、解剖学的な咽頭腔狭小が起きるだけでなく、上記の反射系が消失し、さらに上気道狭窄が起こりやすくなってしまい、イビキが増強され、無呼吸の発生につながってしまいます。
一方、睡眠による上気道構成筋の緊張低下や上気道粘膜のうっ血により、咽頭腔の抵抗が増大します。この上気道抵抗増大により、睡眠中の換気量低下も起きるのですが、睡眠中は呼吸筋の代償機序が不完全となり、特にレム睡眠時は横隔膜の活動が増大する一方で肋間筋活動は著しく減弱してしまいます。また、睡眠中の肺気量は体位の変化による重力によっても大きく左右されます。肥満者は体位の変化による重力の影響を受けることにより、仰臥位で寝ると腹圧によって横隔膜が上昇し、安静呼気位のレベル(機能的残気量:functional residual capacity : FRC )の低下を招いて睡眠中はさらに低下します。FRCの低下は、末梢気道を閉塞させ部分的な無気肺状態となるので、PaO2の低下につながります。
睡眠中の分時換気量は、ノンレム睡眠で覚醒時の10~15%減少します。その結果、動脈血二酸化炭素分圧(arterial carbon dioxide pressure : PaCO2 : 正常値は35~45Torr)は3~8Torr上昇し、動脈血酸素分圧(正常値は80~100Torr)は5~10Torr低下します。この換気量の低下は、主として上気道の抵抗増大に対する呼吸筋の代謝機構が不完全なことに起因しています。
一方、レム期では肋間筋やその他の補助呼吸筋活動は著しく低下しますが、横隔膜筋活動の低下はないため、腹式呼吸優位となり、平均してノンレム睡眠に比べて換気量の低下は少ないといわれています。入眠初期のノンレム睡眠期では、健康成人の40~80%で呼吸の大きさが画期的に変化する周期性呼吸が出現しますが、深睡眠に入ると一定になります。レム期では入眠期の周期性呼吸とは異なる不規則な呼吸パターンを示し、1回換気量および呼吸数とも不規則に変化します。また、横隔膜に比べ肋間筋や呼吸補助筋の活動性が低下するので腹式呼吸が優位となります。何らかの原因で過換気状態になるとPaCO2は低下し、無呼吸を生じますが、その後、次第に体内に炭酸ガス産生が起こると上昇し、再び呼吸が再開されます。この呼吸再開時のPaCO2値を無呼吸閾値と呼んでいますが、睡眠時にはこの値が大きくなります。
入眠後は、覚醒から睡眠へのレベル移行に伴って無呼吸閾値が突然増大するため、それまで換気ドライブを維持するのに十分であったPaCO2が無呼吸閾値以下になります。このため、健常者でしばしば認められる入眠直後の中枢型無呼吸が発生するといわれています。
睡眠中の低酸素換気応答は、男性では覚醒時に比べ、ノンレム期、レム期の順に低下しますが、女性では睡眠段階による影響を受けないといわれています。炭酸ガスの換気応答は、男女ともステージ3、4、ステージ2、レム期の順に低下し、覚醒時に比べて右に偏位します。炭酸ガス換気応答が低下するのは、覚醒刺激がなくなることによって呼吸の行動調節系と化学調節系の相互作用がなくなること、気道抵抗の増大や呼吸筋活動の低下などによって引き起こされます。

C. 睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome : SAS)とは

SASは、1976年にアメリカの精神科医のギルミノーが「10秒以上の気流停止が7時間の睡眠中に30回以上あるか、または1時間あたり5回以上みられる病態」と定義して以来、多くの研究者により、その病態生理の解明や治療法の開発が試みられてきました。
睡眠中に断続的に無呼吸(10秒以上続く気流停止)を繰り返し、結果として日中の眠気などの種々の症状を呈する疾患で、古くはPickwick症候群(図5)として知られていた高肥満症の症例も、この症候群の一亜型と考えられています。中年男性のイビキをかく人や肥満者に多くみられ、近年マスコミでも大々的に報道され、今まで病気として認識していなかった患者が、数多く病院を訪れるようになりました。
SASには呼吸運動そのものが停止して無呼吸となる中枢型(central sleep apnea syndrome : CSAS)と、無呼吸発作中も呼吸努力が認められる閉塞型(obstructive sleep apnea syndrome : OSAS)と、両者の混在する混合型(mixed type)とに分けられます。
これは病因による分類ではなく、あくまでも終夜睡眠ポリグラフィー(polysomnography : PSG )(脳波、筋電図、眼球運動、呼吸モニター、心電図、経皮的動脈血酸素飽和度などを同時に計測)上の鼻腔口腔気流と胸腹壁運動との関係から分けられた病型です。
中枢型は、気流とともに胸腹壁運動も停止するタイプであり、呼吸運動をつかさどる延髄を中心とした脳幹部に何らかの異常があり、睡眠中の呼吸が一時的に停止するものです。一方、閉塞型は、胸腹壁は呼吸運動を行っているが、鼻腔口腔気流が停止している状態で、睡眠中に気道が物理的に閉塞されて引き起こされるものです。
イビキは気道が狭窄した場合に生じ、さらに進んで閉塞状態になると無呼吸になってしまいます。ですから、閉塞型の睡眠時無呼吸症候群では、ほぼ100%イビキを伴います。一方、無呼吸はないものの、習慣的にイビキをかく人を習慣性イビキ症(habitual snoring : HS)といいます。さらに嵩じて、睡眠中に呼吸停止はあまりないものの、イビキだけで気づかぬうちに寝疲れてしまう人々がいます。呼吸をするだけで体力を消耗して寝疲れし、そのため昼間の眠気がひどく、体がぐったりして、仕事にも支障をきたしてしまうような症状がみられ、睡眠時無呼吸症候群に至らないものを上気道抵抗症候群(upper airway resistance syndorome : UARS)と呼んでいます(図6)。やはり、上気道が塞がれ非常に狭くなった気道に無理やり空気を通して呼吸するため、体は必要以上の呼吸努力を要求され、それで疲れてしまうのです。眠りは浅く何度も目が覚めるのですが、5~10秒程度目覚めても、本人は呼吸をした後、また眠ってしまうので覚えていません。自覚がないのに疲労の原因がわからず、欝状態になってしまう人さえいます。疲労を癒すため、睡眠薬や精神安定剤や寝酒をのむ人がいますが、それは逆効果で上気道筋の弛緩を招くため、かえって狭窄を助長し睡眠時の疲れを増長させてしまいます。
習慣性イビキ症でも上気道抵抗症候群や睡眠時無呼吸症候群でも、気道の狭窄部位は上気道で、概念的には(1)鼻腔(2)アデノイド、口蓋扁桃、軟口蓋領域(3)舌根部があげられます。耳鼻咽喉科では、単独で閉塞を引き起こしていることはむしろ少なく、複合して起こっていることが多いとしているようですが、私のこれまで観察してきたところでは、鼻腔、アデノイド、口蓋扁桃、軟口蓋領域は少なく、圧倒的に舌根部単独の狭窄または閉塞が原因になっている場合が多いように思われます。
アレルギー性鼻炎、肥厚性鼻炎、慢性副鼻腔炎、鼻中隔彎曲症などによっても鼻閉塞が引き起こされます。正常呼吸は鼻を介して行われるため、特に新生児や乳児などでは、鼻閉塞により、しばしば呼吸困難が引き起こされます。成人でも、睡眠中に鼻閉塞が起きると呼吸の様式が変わるため呼吸困難が生じ、睡眠呼吸障害が起こることもあります。イビキは無呼吸に比べて、より一層、鼻閉塞と深くかかわっています。鼻の狭い部分を空気が流れることにより、音が発生する場合もありますし、鼻閉塞のため、口呼吸となって著しい陰圧が中咽頭に生じて軟口蓋を振動させイビキを生じることもあります。また、小児の場合のイビキや無呼吸の多くはアデノイドや口蓋扁桃の肥大がその原因となっていますが、成人に最も多く見られるのは舌が肥大し厚くなっていることです(舌胖大、歯痕舌)。中高年で肥満になった人はもちろん、BMIが18.5以下の痩身者でも舌が異常に大きくなり、若いころは見えていた口蓋垂や口蓋扁桃が、大口を開けてみても全く見られないことが多々あります。こういった患者さんが仰臥位になれば舌根沈下をきたし、上気道の狭窄あるいは閉塞となることは容易に考えられることです。
臨床的には上気道抵抗症候群、習慣性イビキ症の患者の治療はもちろんSASの9割以上が閉塞型であり、重症例または不適応症例を除けば、ほとんどの症例が歯科的装具(スリープスプリント)で改善できるものばかりです。
しかしながら、SASなどの確定診断および病型判定には、入院設備や終夜睡眠ポリグラフィーなどの測定機器がないとできません。したがって、歯科的治療を進めていくには呼吸器内科、耳鼻咽喉科、小児科、精神神経科などの医師とともに協力連携して治療を推し進めていく必要があります。

  • [図] 高肥満症の症例
    図5
  • [図] OSASといびき症の関係
    図6
a. OSASの病因

OSASの原因は上気道の狭窄および閉塞です。その因子として、形態的異常と機能的異常の2つがあげられます。
形態的異常としては、小顎症、アデノイド、扁桃肥大、肥満に伴う舌肥大および上気道軟部組織への脂肪沈着、慢性関節リウマチ患者でしばしばみられる顎関節の異常や下顎骨の後方偏位などがあげられます。就寝時に仰臥位ではさらに舌根沈下が加わって口腔咽頭腔は極端に狭くなりイビキを生じることが多く、その程度が強くなると、一時的に上気道が全く閉鎖して閉塞型無呼吸に陥ります。こうした解剖学的な上気道の狭窄に加え、さらに機能的異常が加わると一層上気道の閉塞が生じやすくなります。機能的異常としては、上気道筋群(オトガイ舌骨筋、オトガイ舌筋、口蓋帆張筋)の活動度の低下があげられます。上気道筋の活動は、PaCO2の上昇やPaO2の低下などの化学的負荷、吸気運動による陰圧負荷、レム睡眠時の筋緊張の低下、睡眠薬やアルコールなどによって影響を受けます。
さらにOSASでは、種々の求心性刺激に対する呼吸中枢の反応が低下してしまいます。特に換気刺激としてはたらく低酸素および高炭酸ガスに対する換気応答が低下し、結果として上気道筋の反応低下をきたし、閉塞型無呼吸が発生し無呼吸の持続につながります。いったん閉塞型無呼吸が誘発されると、無呼吸時間の延長とともに換気運動に一致した胸腔内圧の低下と低酸素血症が進行し、中枢神経への上行性刺激となって、脳波上の一過性の短い覚醒現象を起こします。このため上気道筋の活動が高まり、上気道が開いて閉塞型無呼吸が解除されて呼吸が再開されるのです。この一過性の覚醒現象によって正常な睡眠構築が崩れ、睡眠が分断されてしまいます。ですから、不規則で不安定な睡眠となって、深いノンレム睡眠が著しく減少するため、その代償機転として日中の過度の傾眠が生じ、種々の問題を引き起こすもとになるのです。しかし、本人は夜間の睡眠障害に全く気づいていないことが多いのです。
Heらは、1988年に未治療のSAS患者を9 年間経過観察し、無呼吸指数(apnea index : AI :睡眠1時間あたりの10秒以上の呼吸停止の回数)が20以上の群と20未満の群とに分け、20以上の群が明らかに生命予後が不良であることを報告しています(図7)。以降、この成績をもとにAIが20以上の患者が治療開始のひとつの基準になっています。
一方、予後を左右する循環系合併症の観点からは酸素飽和度の低下度も重要であり、最低酸素飽和度<70%、あるいは低酸素曝露時間(SaO2<90%の時間)が5~10%以上の場合も治療適応とみなされています。また実際の患者は、日中傾眠などの症状が日常生活に大きな支障をきたしている場合が多く、そのような場合には、上記の指標に関係なく、OSASに関連する何らかの症状や徴候を認めれば積極的な治療の適応と考えられています。ですから、一般医科では重症SAS以外の習慣性イビキ症、上気道抵抗症候群や軽症SASに対する治療はあまり積極的に行われていないのが現状です。

  • [グラフ] OSASの生命予後
    図7 OSASの生命予後
b. OSASの症状(図8

無呼吸による中途覚醒が増えると、深いノンレム睡眠が減少して浅いノンレム睡眠が主体となります。したがって、睡眠の質が悪くなり熟睡感が得られず、日中の強い眠気を訴えることが多くあります。また、寝入りばなに上気道の筋緊張が急速に低下するため、上気道の閉塞感を伴う寝つきの悪さ(入眠困難)を自覚したり、中途覚醒から再び寝入ることができないなどの不眠症状を訴える場合もあります。無呼吸中途覚醒時に、悪夢を伴って夜間に目が覚めてしまうといった例もあります。
反対に、本人の自覚症状は全くみられない症例もありますが、この場合でも、家人によりイビキや頻回の無呼吸が観察されれば、どの程度病態が悪化しているか、診断のために終夜睡眠ポリグラフィー検査をしてみるよう患者にすすめたほうが良いでしょう。

  • [図] OSASの症状
    図8 OSASの症状
c. OSASの疫学

欧米の調査によれば、SASの有病率は男性の2~4%、女性の0.5~2%といわれ、アメリカでの推定患者数は1,800万人以上といわれ、年間約3万8千人もの患者が睡眠呼吸障害に直接起因する心血管障害によって死亡しているという報告もあります。日本でのSASの実態はいまだ不明ですが、欧米より肥満者が少ない分だけ若干罹患率は低めだろうといわれていますが、それでも全人口の2%くらいと考えられ、およそ200万人くらいがSASに罹患しているといわれています。しかし、習慣性イビキ症だけでも全人口の2割強、中高年層は4~6割にも及ぶとの報告もあり、この中にSASの患者が多く潜んでおり、実際にはもっと多いのではないかともいわれていますが、実際のところははっきりしていません。OSAS患者の特徴としては、中高年の男性で肥満者に多くみられ、症状としては寝つきが良く、睡眠時に無呼吸と激しいイビキをかき、熟睡感が乏しく、日中傾眠を伴うケースが多くみられます。しかし、最近では中年女性でも潜在患者がかなり増えてきているとの報道もあります(NHK総合TV:2001.7.2.生活ホットモーニング)。また、OSASの患者でも痩せていて、寝つきが悪く、不眠症の人もいますので、一概に性別、年齢、体型、症状などだけで判断するのは危険です。

d. OSASの危険因子

(1)体型
肥満者は非肥満者に比べOSASの発生率は3倍以上とされています。80%以上は全身的肥満(BMIが25以上)がありますが、肥満はなくとも上気道の狭小化をきたす何らかの解剖学的異常(小下顎症、下顎後退症、短頭、扁桃肥大、アデノイド、口蓋垂肥大)、特に舌肥大がある症例が多くみられます。また、慢性の鼻閉は口呼吸癖がついて無呼吸を助長させる原因となります。したがって、耳鼻咽喉科に依頼し鼻の機能を正常に戻してから、イビキや睡眠時無呼吸の治療を進めることがまず必要条件となります。そのためにも、普段から何でも相談できる耳鼻咽喉科医と懇意になって、協力連携をはかり、歯科的治療に取り組んでいただきたいと思います。
(2)年齢
40~50歳代の働き盛りをピークとし、小児から高齢者まで幅広く存在します。
小児では突然死症候群の原因となることもあり、また夜間熟睡できないと成長ホルモンの分泌が低下しますので、発育成長を阻害する一因となります。小児の成長期に歯科的療法で治療を進めるには、口腔領域の発育期でもあり、できれば他の治療法を選択した方が無難ですので、小児科医を紹介した方が良いでしょう。一方、高齢者では、スリープスプリントの固定源となる残存歯数と骨植の問題がありますので、十分な検査を行った上で、歯科的療法を取り入れてください。
(3)性
従来は圧倒的に男性が多いといわれてきましたが、最近は女性の比率が増大してきて3:1という報告もあります。睡眠の男女差の背景には、最も基本的な要因として性ホルモンとその分泌パターンの性差があり、それを管理する脳の性差もあります。性中枢は構造的にも機能的にも、男女で異なっています。性中枢のすぐ近くに睡眠中枢も位置していますので、相互に交信していると考えられます。男性では、生涯を通じて男性ホルモンと脳下垂体ホルモンがあまり変動なしに分泌されています。
一方、女性は思春期から更年前期まで女性ホルモンと脳下垂体ホルモンが周期的に分泌されて、月経周期が繰り返されます。こうした男女間の違いが睡眠に反映されています。女性では卵胞期には比較的眠気が少ないのに対して、黄体期はだるかったり眠かったりします。更年期以降はこのような女性特有の生理変化がなくなると、OSASをはじめ睡眠障害が多発するようになります。このようなことから、女性ホルモンがOSASに予防的効果をもっているともいわれています。
(4)基礎疾患
代表的なものとして、内分泌疾患(特に甲状腺機能低下症)、糖尿病、慢性腎不全(特に透析患者)、神経筋疾患、慢性呼吸疾患などがあげられます。これらの疾患患者にOSASの歯科的アプローチをすすめるに際しては、術前に主治医と十分に相談の上、協力連携しながら治療を開始する必要があります。
(5)アルコール・睡眠薬、鎮静薬など各種精神安定剤
いずれも上気道筋の活動性を低下させます。患者にインフォームドコンセントを十分に行って、摂取を控えさせてから歯科的アプローチをすすめる必要があります。

e. 病態生理

OSASは、無呼吸に伴っていろいろな呼吸障害、循環障害が起きてきます。呼吸器障害としては、動脈血酸素飽和度(arterial oxygen saturation : SaO 2)の低下、高炭酸ガス血症、呼吸性アシドーシスなどが生じます。循環障害としては、血圧上昇、心拍数低下、肺動脈圧上昇がみられ、OSASの重症例では肺高血圧症、右心不全の合併をみることもあります。また、虚血性心疾患との関連も注目されています。
冠動脈疾患にSASを合併する頻度は35~40%で、逆にSASに虚血性心疾患を合併する頻度は25%前後といわれて、冠動脈疾患はSASの予後決定因子の一つとして重視されています。SASは高血圧、高脂血症、糖代謝異常など冠危険因子を高率に有しています。
近年、SASに伴うインスリン抵抗性(高インスリン血症)がこれらの冠危険因子との関連で注目されています。さらにSAS自体が重要な心血管危険因子の一つであり、OSASでみられる低酸素血症やアシドーシス、胸腔内圧の陰圧化などの病態がインスリン抵抗性とともに心血管合併症の成因として重要な役割を演じていることが想定されます。
OSASの予備軍と考えられているHSでも高血圧の合併は有意に高く、その延長線上にあるOSASの重症化に伴って、直接的あるいは間接的に虚血性心疾患の発症に関与している可能性も指摘されています。

f. OSASの臨床症状

(1)イビキ
強度のイビキはOSAS患者が診療に訪れる最大の要因です。しかしながら、イビキを自覚している患者は少なく、大部分は配偶者や同僚から指摘され、イビキが断続的に途中で止まることから無呼吸に気づかれるケースが多い。体重の増加とともにイビキや無呼吸の回数が増加し、強度になります。
(2)日中傾眠
日中の過度の眠気および注意力の散漫、欠如はOSAS患者の大多数が訴える最も主要な自覚症状であり、社会生活上重要な問題です。重症度が増すにつれ、日中の傾眠傾向も徐々に憎悪し、疲労感を感じることが多くなりますが、患者や家族は過小評価する傾向にあります。過度の眠気は学業、勤務中の居眠り、注意力・決断力の低下をもたらし、試験や重要な商談の失敗、ひいては交通事故や重大な事故を引き起こす可能性が指摘されています。
(3)夜間の多動
OSASでは無呼吸終了前後に手足を激しく動かしたり、特に小児例では部屋中を動き回るほどの激しい寝返りをうつことがあります。また、重症例では長時間の無呼吸後に突然起座位や立位をとることがあります。このような多動や短期覚醒のため、睡眠の継続性が失われてしまい、睡眠構築が障害されてしまいます。
(4)夜間多尿・夜尿症
夜間の多尿もOSASの患者でよくみられる徴候です。重症の場合や小児では夜尿を認めることもあります。その原因としては、睡眠呼吸障害によって、抗利尿ホルモン分泌障害、夜間の心房性Na利尿ペプチド(ANP)の分泌増加なども指摘されています。
夜間多尿や夜尿は、脳・血管障害発症の重要な関連因子であるフィブリノーゲン濃度の上昇や血液粘度の上昇につながり、脳梗塞、心筋梗塞などの誘因となる危険性があります。
(5)早朝の頭痛
OSAS患者が早朝頭痛を訴えることは比較的少ないのですが、慢性呼吸器疾患や神経筋疾患患者に伴うOSASでは、持続的な低換気による高炭酸ガス血症のため、早朝起床時の頭痛を訴えることがしばしば見受けられます。
(6)性格の変化と精神症状
睡眠構築の障害、日中傾眠などによって、OSAS患者では性格の変化や行動異常などがみられることがあります。また、いら立ち、抑うつ気分、意欲の低下、焦燥感などがみられたりするので、不安神経症やうつ病と誤診されてしまうことがあります。
特に抑うつ状態は最も重要な自覚症状で、40歳以降の中高年によくみられます。患者は治療とともに、抑うつ状態に伴う頭重感、食欲不振、仕事の効率低下などの改善が観察できるので、抑うつ状態の鑑別には常にOSASを念頭に置いて診断する必要があります。
(7)不眠
抑うつ傾向を示す患者に不眠を訴えることがよくあります。患者はいつも「寝つけない」とか「寝ていない」とか訴えます。無呼吸終了時の中途覚醒後、再入眠が困難となり不眠を自覚するとされています。このような患者に安易に睡眠薬を投与すると、SASを悪化させることがありますので注意が必要です。
(8)夜間の窒息感
睡眠時無呼吸後の覚醒はほんの数秒の短期覚醒ですから、窒息感を感じる症例はそれほど多くありません。無呼吸は覚醒とともに終了しますので、上気道閉塞は開放されて窒息感も通常はなくなります。
(9)その他の症状
上気道の閉塞に伴う食道と胃内圧の変化は、OSAS患者においては胃酸逆流を招き、逆流性食道炎とそれに伴う症状を起こすことがあります。また、性的能力の減退とインポテンツの報告や、夜間睡眠中の多動とたび重なる覚醒のため夜間の異常発汗を訴える患者がいます。

g. OSASの主な症候

(1)肥満
OSAS患者の8割は肥満で、体重増加につれて重症度が増し、減量によって改善されることが多い。肥満は予後悪化因子で、肥満に合併しやすい種々の異常(高血圧、高脂血症、糖尿病など)も当然ながらOSAS患者の日常生活上の支障となります。
(2)多血症
無呼吸に伴う低酸素血症がエリスロポエチン産生を増大させるために発現します。多血症を合併するようになると、血液粘度が上昇し脳血流を低下させるので、脳血管障害を引き起こす危険性が高まります。
(3)高血圧
夜間、低酸素血症の関与や交感神経活動の亢進に伴う末梢血管収縮が原因とされています。OSASの適切な治療をすると高血圧の改善がしばしば観察されており、血圧上昇に無呼吸が関与していることは確実です。
(4)不整脈
OSASをはじめ、睡眠呼吸障害患者は不整脈の発生頻度が高いことが指摘されていますが、重篤なものは少ないといわれています。一般に無呼吸時には徐脈に、呼吸再開時には頻脈になる傾向があります。
(5)肺高血圧・右心不全
重症のOSASや、基礎に慢性呼吸器疾患がある場合、高度の低酸素血症に長時間曝露されているような症例に肺高血圧や右心不全の合併をみることがありますが、予後不良の徴候です。
(6)発育・成長障害
小児のOSASでは夜間の成長ホルモンの分泌不全のため、発育・成長障害を阻害する一因となります。

h. OSASの診断

SASの診断にはスクリーニング、疾患の診断、病因診断、重症診断などが含まれます。
(1)スクリーニング
①病歴、質問法
イビキ、日中傾眠、夜間の多尿、早朝頭痛、不眠、無呼吸などの有無を確認します。本人はイビキや無呼吸を意識している場合は少なく、同居家族からの方が客観的なデータが得られやすい場合が多いので、できれば家族同伴で来院していただくことが望まれます。
②簡易スクリーニング
アブノモニター(図9)とパルスオキシメーター(図10)が用いられます。前者はサーミスターによる鼻、口の気流およびマイクロフォンによる気管音による呼吸気流の停止を、後者は経皮的に動脈血酸素飽和度をモニターするものです。
(2)確定診断
SASの確定診断および病型判定には終夜睡眠ポリグラフ検査[PSG] をする必要があります(図1112)。脳波、筋電図、眼球電図、呼吸モニター、心電図、経皮的動脈血酸素飽和度などを一度に測定する装置です。終夜にわたる検査であるため、その施行には設備や人手が必要であり、一度に多人数の検査を行うのは難しく、全例に施行するのは難しいのが現状です。最近では、コンピュータによる自動計測、自動診断が可能な機器も開発され汎用されています。しかしながら、この検査をするには、どうしても同室者に迷惑をかけてしまいますので、大部屋ではできず、個室での入院となり、一晩7~8万円の負担は覚悟しなくてはなりません。さらに、CPAPでもスリープスプリントでも、装着後の改善を確かめるには再度検査をする必要があります。
(3)鑑別疾患
日中の眠気や集中力の低下の症状のある例では、うつ病やナルコレプシーとの鑑別、不眠のみられる例では、神経生理性不眠症(いわゆる不眠症)などの不眠性疾患、悪夢などを伴う例では、レム睡眠時行動障害などの寝ぼけ疾患との鑑別が必要です。いずれも終夜睡眠ポリグラフィーを行えば鑑別することができます。
次回は、イビキとOSASの治療法について、歯科的治療であるスリープスプリントを中心に述べたいと思います。
<参考文献は次号掲載>

  • [写真] アブノモニター
    図9
  • [写真] パルスオキシメーター
    図10
  • [写真] 終夜睡眠ポリグラフ検査器
    図11
  • [写真] 睡眠ポリグラフ
    図12

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【 中川 健三 】

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