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DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

Clinical Report
心のユニバーサルデザイン 歯科用ポジショニングクッション開発ストーリー
岡山大学病院 総合歯科 白井 肇

歯科外来患者の高齢化に伴って1)、高齢者特有の円背の患者が増加し、歯科の診療用チェアに着座した際にヘッドレスト(按頭台部分)と頭頸部ならびに背板と背面との間に隙間が生じ、背面の最凸部しか背板との接触が得られないために、姿勢のサポートが得られず、座位・水平位ともに歯科の診療姿勢として患者が不安定な姿勢となり、歯科診療時における歯科の診療用チェアからの転倒・転落のリスクを生じている2)。これは、一般的な歯科の診療用チェアは健常者が使用することを前提として設計されているためである(図1、2)。従来、そのような場合には、ビーズクッションや大判タオルを折りたたんで頭頸部ならびに腰椎下部において診療用チェアと背板との間に生じた空隙を補隙して、診療姿勢の保持を図っていたが、洗口の度に背部の補隙物に前すべりが生じ、診療行為を通しての同一姿勢の保持に大変苦労していた。今回、そのような問題点を解決するために、一般的な歯科用チェアに容易に脱着できる構造をもち頭頸部をサポートする着脱式の枕(USAKO歯科用クビマクラ)、上肢を支えて快適で安全なポジションを保持するU字形クッション(USAKO歯科用ユークッション)、ならびに前すべりによる転倒・転落防止に滑り止めマット(歯科用滑り止めマット)をアイ・ソネックス株式会社と共に開発した。表面性状について現在のスタンダードプリコーションといった感染予防対策の考え方においては、個の患者に適用毎に交換し、まるごとクリーニングを行うか、あるいは適用毎に表面を清拭することが推奨されている3)。したがって、表面を清拭できない商品は、患者を交差感染から守るという観点に立てば、臨床上適用し難いものとなっている。市販のビーズクッションは円背患者の背板との間に生じた空隙を補隙するという観点のみにおいては大変有用ではあるが、近年の高齢患者の有病率4)を鑑みると、患者に適用後、表面を清拭できない商品はもはや時代遅れの商品となっており、商品開発にあたり、表面は滑沢でアルコール系ならびに次亜塩素酸系の環境清拭用クロスの繰り返し清拭に耐えうる表面性状をもつことを必須の条件とした(図3)。したがって、今回開発された商品群は全てその要件を満たす製品となっている。頭部の固定について歯科治療において、頭頸部が安定しないことは全ての治療行為を困難なものとする。したがって、頭頸部をしっかりサポートするマクラの開発は高齢者を日常的に診ている我々に与えられた大変重要な課題である。高齢者は頭位の安定という観点に立つと、健常者に比較すると、しばしば困難な問題を抱えている。簡単に言えば不随意運動ならびに自覚症状のない斜頸や頸部後屈癖である。これらの問題は一般的な歯科用チェアの既製のマクラ部分では到底解決できない。このような患者に対して日常臨床においてしばしば用いられている最も簡便な方法は、アシスタントの両手で後ろから頭部を支えてもらうことである(図4)。このアシスタントの補助だけで歯科医師の作業は随分楽なものとなる。したがって、アシスタントの両手のようなマクラを開発できれば、頭部を支える人員を削減することにもつながる(図5)。要求される要件としては、下顎運動に影響を及ぼすことなく丸みをもって頭部の重みを支えること、不随意運動を生じたとしても側頭部に疼痛や傷害が生じないこと、可能であればマクラに頭部を着座させるだけで斜頸を自然に修正し、過剰な頸部後屈を生じさせない形態であること、の三点である。頭部の重みを支えるには、頸と肩の上部にできた空間を高さでもって埋めることで解決し、素材に関しては、低反発ならびに高反発の素材を試用しつつS字カーブの形状に修正を加えた。頭位保持には左右の乳様突起に着目した。この部分を左右対称の高さに保持することで、頭部の安定性が保持され、自然に治療姿勢に導くことが可能となった(図6)。頭部後屈癖があっても対応できるようにマクラの芯は屈強なものとした。また、頭部の凹面は上方に開放型とし、患者が水平位姿勢時に、歯科医師の治療行為の邪魔にならないように配慮した。結果的には、頭頂部で髪を束ねている患者も、髪を束ねたまま問題なく使用できるマクラとなった(図7)。また、歯科治療の際には必ず行為として生じる洗口行為の度に、マクラが位置ずれを起こさないように後面にマジックテープで保持部分を取り付けた。その際、座高の低い人にも上下的に適正なマクラの位置が簡便に保持できるように工夫を施した(図8)。上肢のサポートについて高齢者の歯科治療において、診療行為時に上肢をサポートすることは大変重要な意味をもつ。その理由としては高齢者特有の姿勢保持力の低下からくるチェアからの転倒・転落の抑止に加えて、上肢をサポートすることで、開口運動や嚥下運動が楽になるからである5)。したがって、上肢をサポートするためにチェアに適切な高さに安定した肘掛けを設置する意味は大変大きい。しかしながら、チェアに設置された肘掛けは、可動式であったとしても現状では、歯科用チェアへの移乗に介助を要する患者にとって障がいとなっていることや、肘掛けが邪魔になって、チェアを水平にして仰臥位で横たわっている患者を緊急時にストレッチャーへの移乗が困難となるなど、肘掛けの存在が欠点ともなっている。そのような観点から、上肢サポートクッションは、診療用チェアの上で、座位姿勢をとったときに、肘が直角になるような高さとし、腕をクッションの上に置いたときに、脇の下から肩部までをしっかり支えるように、長いアームがついたものとした(図9)。このような形態とすることによって、サポートクッションが肘掛けの代わりの機能を果たしつつ、肩までしっかりサポートすることで姿勢保持の不安定さを解消し、チェアからの転倒・転落を防止するとともに、体幹を左右からホールドすることで、包みこまれるような感覚を患者に与え、安楽な姿勢で歯科治療を受けられることを想定した(図10)。また、本クッションは、中央の肘掛け部をマクラとして使用する場合を想定し、歯科用チェアを洗口のために水平位から座位に移動させても、クッション自体が前方へ滑り落ちないように、長いアームの部分にもチェア上で自立するだけの形状をもたせ、チェアを水平位から座位に変換してもクッションが前滑りしないように工夫した(図11)。下肢のサポートについて腰痛のある患者に対しては、膝を伸ばすと腰痛が生じるため、歯科治療中に膝を曲げている方も多い。そのような患者に対して、膝の下にユークッションを入れることで、同部の疼痛が軽減され、余計な筋力を使用させることなく、安楽な姿勢保持ができるようになる(図12)。前すべり防止について現在一般的に行われている水平位診療において、患者は治療受診時の体位である水平位と洗口のための座位を繰り返すのが日常である。健常者であれば、その度に腹筋を使用して座りなおすことは日常的な行為であるが、円背の高齢者となると、もともと座っている位置が健常者に比較して、座面の前方になるため、水平位から座位への動作時に前滑りによる前方への転倒・転落の危険性を伴う。その前滑りを防止するために、座骨結節の前面で滑りをストップ(アンカーサポート)させるマットを用意した(図13)。本マットはチェアの表面と接触する裏面は滑り防止加工を、患者側となる表面は、前に滑ることは防止するが、移乗の際に横を向いたりすることへの支障はでない表面構造をもたせている。本マットを使用することによって、チェア動作時の術者の安心感はもちろん、患者側の安心感も増すようである。アンケート結果から(図14.16)本製品群の試作品を試用した術者側と患者側のアンケート結果を図に示す。術者側からは、高齢者の診療のみならず、口腔外科的な処置や歯周外科処置といった健常者の長時間診療にも有用であるといった意見や上肢をサポートするだけで嚥下がこんなに楽になるなんて今まで気が付かなかったという意見が得られた。そして何より患者の喜ぶ顔をみて、術者もその必要性を感じたとのことだった。一方、患者側からはゆっくり受診できてとても楽でした。ユークションはとてもやわらかい感じで安らぎますといった意見が得られた、私自身は毎日のように患者に適用しているが、1回使用した患者からは、あのクッションはないの? あのマクラが良い、自宅にも欲しいといった意見が届き、我々健常者が思う以上に、高齢の患者にとっては予想以上に効果の大きいものと思われる。おわりに本製品は本来摂食嚥下障害に対する治具として発想を得たものであったが、歯科外来に来院される患者が高齢化する中で、円背の患者に対しても、ごく自然にかつ簡便に、歯科用チェア上で安定した姿勢を保持し、安心・安全を確保するツールとして大変有用であると考えられたため、高齢者に最適化するため試作を繰り返した。一般の歯科医院においても、円背患者が歯科用チェアから転落しやすいといった問題に対して楽に対処でき、高齢者に対する診療室のバリアフリー化につながるのではないかと考えている。また、診療室に外来で来院される患者の年齢が年々高くなってきている現状を鑑みれば、これらの転倒・転落防止への配慮は、本来歯科用チェアが純正として備えられていることが理想であるともいえる。今後、そのようなユニバーサルデザインの歯科用チェアが世の中に出てくることを期待する次第である。