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Technical Hint
ノリタケスーパーポーセレンAAA 発売30周年特別連載 スーパーポーセレンAAA発売30周年によせて
株式会社カスプデンタルサプライ/カナレテクニカルセンター 代表取締役 山田 和伸

ノリタケスーパーポーセレンAAA(クラレノリタケデンタル株式会社:以下AAA)発売30周年おめでとうございます。ラインナップの充実を図りながらも、発売当初のままに30年の長きにわたってセラミストの心をつかんでいることは、歯科医療に対しても素晴らしい貢献であると思います。さて私は現在、名古屋市で歯科技工所 カスプデンタルサプライ/カナレテクニカルセンターの代表をさせていただいております。もともと名古屋には何の縁もゆかりもありません。私の出身地は、「恐るべし!讃岐うどん」の里、四国の香川県です。実は、母方の親戚に歯科医がおり、また叔母が県内の技工士学校の教務をしていた関係で歯科技工士の道を選びました。学校卒業後、めでたく歯科技工士の国家資格を取得して最初の就職先は、デンチャーでは県内屈指の名医といわれた歯科医師の診療所です。当時の故郷では、歯科技工のなかでデンチャーの製作に自信を付けることは必須だと思っていました。一方でちょうど日本にブローネマルクインプラントが紹介され始め、そのフルマウスリコンストラクションに大変興味をもち、最新の情報と技術を身につけたいと奮起して国際デンタルアカデミーラボテックスクール(略称IDA /故保母須弥也所長)の門をたたきました。IDA卒業後、当然就職先を探すワケですが、当校教務主任だった武藤秀伯先生(現:ストローマンジャパン・スペシャルプロジェクトディレクター)から職場をご紹介いただき、今の名古屋に住みついた次第です。その職場というのが、株式会社カスプデンタルサプライで、当時は女性歯科技工士として名を馳せていた、坂清子社長(現:クラレノリタケデンタル株式会社開発顧問)率いる日本で唯一の歯科材料・研究開発会社でした。今から25年以上前になります。入社当初は、いわゆる歯科技工所とは趣が違っていましたから、何もかもが目新しかったのを覚えています。歯科技工士がなにげなく使う材料も、同じ人間が寝食を忘れて開発していることを知りました。コ・デンタルスタッフという言葉が使われますが材料の開発者も同列なのだ、と思ったのもこの会社に入ってからです。私が入社する少し前に、世界ブランドの株式会社ノリタケカンパニーリミテドと共同開発した金属焼付け用ポーセレン「AAA」が注目を浴びていました。世界へ向けても発信していく商品で、入社2年目にして隣国の韓国に出張講演に出かけました。職場の先輩からは、ポーセレンの色ひとつ作るのも大変な紆余曲折があったことを聞かされました。少しでも色彩学について学んで開発の大事に備えようと関係書を買いあさり、通信講座も受講しました。結局、私が開発現場で調色に携わることはなかったのですが、のちにラミネートベニア用ポーセレンシステムを企画する際にいくつかの提案はできましたし、臨床への応用という側面から、色彩というものを自分の糧にもしました。当時ラミネートベニアは日本に紹介されたばかりで、大学関係から治験的なラミネートベニアの症例を手がける機会が続きました。まだ一般的にはなじみがない技法を臨床家として手がけるのですから、やりがいがありました。一心不乱に、臨床で一日に最高36枚のラミネートベニアを仕上げたこともありました。ただ、やればやるほどオペーキーで白く浮き上がりがちなベニア修復に疑問を感じていました。どうして審美修復なのに自然感に乏しいのだろう。ラミネートベニアを手がけるうち、変色歯の色そのものと色の濃さに一定の傾向があることに気づき、それぞれを分類したうえで各々の変色に対応した補色ポーセレンを使用する、という自分なりの技法も確立しました。そして自然感のあるラミネートベニアに高い評価もいただきました。落ち着いた頃に大阪大学歯学部の中村隆志先生(現:同大学院歯学研究科准教授)・六人部慶彦先生(現:むとべデンタルクリニック院長)のすすめで、米国補綴誌IJP(The InternationalJournal of Prosthodontics)に色彩学を応用したラミネートベニアのオリジナル論文を投稿したところ、翌1994年の“Mosby(モスビー)”歯学部門に記載の通知書が届き、選定されました。この選定は歯科だけでなく、あらゆる医学関係を含めた世界中の全論文が対象だそうです。もちろん、自力での英文翻訳は不可能なので前出の中村先生や現デンテックインターナショナル社長夫人・山下奈奈重氏にもお世話になりました。本技法はコンプリメンタリーカラーテクニック(補色法)と名づけました。AAA関連商品として、クラレノリタケ/スクリーニングポーセレンキットの中にラインナップされています。過日、イタリアのナポリのラボで研修会を開きました。そのラボのオーナーは地域の学術委員の方で、先述したコンプリメンタリーテクニックを使って良好な臨床結果を得ている、と自分がイタリアの技工雑誌に投稿した本法応用の臨床例を見せてくれました。同時に、ラミネートベニアの仕事も増えたと笑っていました。遠く離れた国で20年前に発表した青二才の論文を認めてくれる人がいたことに、年甲斐もなく感動して涙が出ました。現在私の知るかぎり、後藤博樹氏(アメリカカリフォルニア州Sheets,Paquette&Wu Dental Practice勤務)や渡辺一史氏(Dental Labo Zecross代表)らが本法を彼等なりに昇華し、応用しています。歯科技工をとおして想うことは、「我々が日々向かい合う模型の向こうには、困っている患者さんやキレイになりたい患者さんがいる。そして自分が作ったモノが特定の人間の笑顔を作り出すことと直結しているということ」―こんな職業はそんなに多くないと思います。そんな想いを支え続けてくれた材料がAAA。この先も、たゆまずに進化を続けることを祈っています。最後に、一昨年、六人部慶彦先生より製作依頼があった臨床例を提示します。患者は20年以上前に上顎6前歯の審美障害で大阪大学歯学部を訪れ、施術されました。当時の担当医は六人部先生でしたが、患者さんはむとべデンタルクリニックを探し当てて、再治療を希望されたとのことです。中切歯2本はメタルセラミックスで両側の側切歯および犬歯がラミネートベニアの症例。図6は、クリニック来院時の状態で左側切歯と犬歯にポーセレンの破折とチッピングの跡が観察されます。ただし、20年経っても歯周組織に異常や退縮はなく健全なことに注目されたい。図7は、ラミネート撤去後のシェードテイク時の写真で目標シェードはA1。図9は、新たに製作・装着されたポーセレンラミネートベニアです。本症例は、昔も今回も先述のコンプリメンタリーテクニックを応用しています。