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第5回 (118号)

スタッフが仕事に求めるもの

デンタル・マネジメント・コンサルティング 稲岡 勲/門田 亮

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118

歯科医院経営講座

THE DENTAL BUSINESS MANAGEMENT

21世紀の歯科医院経営~スタッフが仕事に求めるもの~

デンタル・マネジメント・コンサルティング
稲岡 勲/門田 亮

4月の保険点数の改正、医療制度改革の実施に伴い、現場である診療所ではさまざまな混乱が引き起こされている中で、ある歯科医院の院長先生から、次のような問い合わせがあった。
「当院は他の診療所と比較すると、給料は決して低くなく、むしろ高いぐらいの水準で支給していますが、どうしてもスタッフが定着しないのです。歯科医師国保や雇用保険は当然ながら入っており、厚生年金も準備して福利厚生という点でも充実していると思うのですが、そういった環境の中でどうしてすぐに辞めていってしまうのかがわかりません。本人にとってみると非常にもったいないと思うのですが…」
この院長からの問い合わせのポイントとしては、
①周囲と比較すると好条件の中でスタッフが辞めてしまう。
②好条件の中でやめてしまうことは、スタッフ本人にとってもったいない。
といった2点の内容が挙げられる。
こういった質問は、他の医院からも受けることがある内容のものであり、好条件であればスタッフが継続して勤務し続けるかというと、決してそうではないことがうかがえる。
いろいろな院長の話をうかがっていくと、どう見ても条件的に高くないところでも働くスタッフは生き生きとしていることがあるし、低い給与水準でも抜群の生産効率を挙げている歯科医院は多い。
つまり、条件がよいのに辞めていってしまうことは、辞めていく本人にとっては条件がさほど大きな問題ではなく、むしろ、自分の持つ力を十分に発揮できなかったことや、仕事に対してのやりがい、責任感を感じられなかったことの方が、より大きな問題となっているのである。

条件のよさは、スタッフを引き止める術となるか

スタッフが仕事に求めるものには、いったい何があるだろうか。
もっともわかりやすいものとして、ひとつには給料や賞与といった金銭的な報酬が挙げられる。当然、給料は低いよりは高い方がよいに決まっているし、給料が上がると聞いて喜ばない人はいない。
歩合制の給料体系を採用しているところでは、本人が頑張れば頑張るほど給料が上がるので、人によっては俄然やる気が出て、どんどんと売上に貢献してくれるということも考えられる。
しかし、給料が高ければそれですべて満足かというとそうでもない。
高い給料というのは、もらう時はうれしいものだが、いつも給料のことばかりを考えて働いているわけではないから、給料の高さによってモチベーションを維持し続けることには限界が生じてくる。
日頃の業務の中で生じてくる喜びや達成感、満足感といったことの方が、非常に重要な要素となるのである。
「職場の中で、きちんと自分の役割を認識して、意欲的に関わる仕事を持っている」
「責任を持って担当しているため、職場の同僚から頼りにされている」
「自分の存在意義をしっかりと感じることができる」
こういった一つ一つのことによって、自分が組織に所属する必要性や意味を大きく感じ取るのである。

業績好調な組織は、組織全体の方向性が定まっている

そうした日々の達成感や、満足感が継続して得られる組織に共通して見られることは、組織内部の雰囲気が非常に明るく、まとまりが感じられることである。
一人ひとりが今すべきこと、自分がなすべきことをきちんと理解して、時には自分の考えを具体的な形にしながら、時には仕事が手一杯で忙殺されている同僚のフォローにまわりながら組織の運営に積極的に関わろうという意気込みが感じられる。
そういった組織では、必ずといっていいほど組織全体が進もうとしている方向性が明確に定まっているものである。歯科医療という行為を通じて、何を果たそうとしているのか、あるいは、歯科医院が存在することで、社会にどう貢献しているのかを、スタッフにわかりやすく、そして魅力的なものとして伝えている。
「噛む力を回復して、食べる喜びを強く味わって欲しい」「私たちの役割は、患者さんの健康維持をサポートすることである」
等、患者さんにどうなって欲しいのか、そのために我々医療従事者は何をしていくのかを、明確に持っている組織であるといえる。
では、組織の方向性を伝えた次にはどうしているのか。
組織一丸となって継続して進むべき方向性を持ち続ける努力をしている。たとえどんなに優れた方向性や理念であっても、一度伝えれば全体にも浸透するかというと、ほとんど多くの組織では次の日には忘れ去られてしまう。
やはり、何度も何度も時には同じことをくどいぐらいに繰り返しながら組織全体への理解へとつなげていかなければならない。
毎朝の朝礼において連絡事項のあとに、今日一日われわれはどういった考えで患者さんと接していこうとするのかという考えを述べるのも、継続へ向けた努力の一つの形である。あるいはまた、診療の中でスタッフと言葉を交わす中に、そうした考えを織り交ぜて話をすることもよいかもしれない。
大切なことは、日々組織が進むべき方向性を口にし、組織全体の意識の中にしっかりと植えつけることである。そうしたところのスタッフは、誰もが独りよがりにならず、お互いを助け合いながら、しかも強い目標を持って日々の業務にあたることができる。

任せることで生まれる責任感

ある歯科医院では、それぞれのスタッフが管理業務を担当し、責任感を持ってその業務に当たっている。たとえば、診療所にある設備や機器の管理を行うものや、材料薬品や消耗品などの資材を担当するもの、来院患者数やリコール率、キャンセル率等経営数値に関する管理を行うもの、などの業務を分担し、常々管理を行っているのである。
設備機器の管理を行うものは、機器の種類から購入年月がいつなのか、また、いつ故障し、それがどの程度の頻度で起こってくるか、ということまでを管理して、診療所にとってその設備が本当によかったのかどうか、そういった内容を次に設備投資する際の判断材料とするための管理を行っている。
また、資材の管理を行うものは、必要在庫数の分析や適正な在庫数にするための発注頻度の管理等、院内に資材の過不足がない状態を保つために日々管理を行っている。
こうした管理は、不良在庫を生まないことや、必要最低限の資材購入が可能になるため、医院の資金繰りに大きな影響を与える。
同時に、管理を継続することで、次回どの程度の資金を準備しておかなければならないのかということも予測できるため、非常に経営が安定してくるのである。
経営数値の管理に関しては、それぞれのドクター、歯科衛生士のリコール率、紹介患者数、キャンセル率等を把握することにより、それによって患者さんにどういったアプローチをしていくと効果が上がるのか、ということを分析・検討することにつながる。
リコール率が高いのはどういったことを行っているからなのか、キャンセル率が高いのはどういった原因があると考えられるのかということを、医院全体で共有することができる。そうした分析の一つ一つを継続して行っていくことが、医院にとって非常に重要な情報を蓄積することにもつながっていくのである。
こうした管理業務を、歯科助手や受付担当者が中心となって、歯科衛生士も加わりながら医院全体で行っていくのである。
その内容は月一回ミーティングの中で、報告・提案という形で共有することを行っている。今月は、それぞれどういった状況であったのか、それを踏まえて今後どう対処するべきなのかを、その部門の責任者として全体に伝達する。
このように、ある部門について担当を任せ、責任感を持って業務に当たる環境は、スタッフのモチベーションの向上を図ることができる。
管理業務というのは非常に地味な仕事で、綿密さを要求される大変な業務である。したがって、管理業務についてやる気を継続するためには、その意味をしっかりと伝えることが必要である。その仕事が、他の仕事にどう結びついているのか、どのように寄与しているのかが常に見えているようにする必要がある。
自分が責任を持って担当した内容を月に一回報告するということは、その内容を他のスタッフが待っているということであり、また、その報告内容によって今後の医院の動きに影響を与える大変重要なことであることを伝えておきたいものである。

どういった対応がやる気を引き出すのか

では、スタッフから次のように質問を受けた場合、どのように対応しているだろうか。
「患者さんに対して、『提案』をしてみたいと思いますがいかがでしょうか」
①その考えはすばらしいね。ぜひやってみてくれたまえ。
②なるほど、その考え方もあるな。しかしその場合、問題点はこういうところにあると思うがどうだろうか。
③いやだめだ。それでは患者さんは満足しないだろう。
以上、3パターンの対応の中で、日頃どのように対応しているだろうか。
①については、先生の考え方とも一致し、先生自身もぜひ行いたいと思うことであるから、特に問題が生じることはない。
問題は、①以外の対応について、スタッフの考えを否定するものとなるか、あるいは、先生の考え方に沿わず医院として取り組むべき内容ではないと考えられるときである。
いずれも、今回スタッフから出された意見は不採用ということを伝えたいのだが、スタッフからすると、どちらの対応であれば、モチベーションを維持できるかというと②となる。
スタッフが院長に提案をする際には、その考えがよい提案として医院に受け入れられるかどうかということと同時に、自分の考え方は間違っていないだろうかという気持ちもその中に含まれているといってよい。
したがって、提案が医院のためになり自分の考え方が受け入れられたと感じられることは、非常に大きな達成感を感じると同時に、自分の自信にもつながっていくことになる。
こういった気持ちが維持できるとすれば、スタッフの多くは自ら考えた行動をできるようになり、より積極的に提案を行えるようになる。このモチベーションの維持こそが、強い組織を作るうえでの大変重要な要素となるのである。
では、②と③の違いはどこにあるのだろうか。
②では一旦「なるほど」と、スタッフの考えを受け入れている点が大きく違う。たとえ、最終的には受け入れられないものだったとしても、「一旦は受け入れてもらえた」と自覚できることが、スタッフにとって非常に大きな満足感につながる。
一方で③については、初めから否定され、また受け入れられなかった理由もはっきりしないため、提案をしたスタッフはモチベーションの低下を招いてしまう。こういった際には却下する具体的な理由が求められるし、また、お互いの考え方について意思疎通を図るためにも「だめだ」で終わることは望ましくないことである。

アイデンティティを確立する

スタッフが自分の考え方やあるいは提案を受け入れられると自信につながるということは、そこにアイデンティティの確立が行われるということである。
アイデンティティとはつまり、自分がそこに存在する意味があるということであり、自分がそこにいる必要性をしっかりと感じるということである。すなわち、アイデンティティを確立することは、存在価値を自分自身で見出すことができるということである。
ある歯科医院のスタッフのアイデンティティを挙げてみると、
①冗談好きだが、腕も達者な歯科技工士
②患者さんの話を親身になって聞いてくれる受付
③患者さんから明るい人ねといわれる歯科助手
④スケーリングがとても上手な歯科衛生士
⑤周囲の雰囲気を和ませることが天才的な院長
こういったことは、すべてその人がそこに存在する価値があることを示している。普段の行動が、周囲の人へ影響を与え、その影響力によって歯科医院という組織が活発になっていくのである。
アイデンティティとは、一度決まれば変わらないというものではない。見つけようと思えばいくらでも見つけられるし、仕事の中でしか生まれないものでは決してない。むしろ、普段の生活の中でアイデンティティが見つかれば最良である。
しかし、日頃歯科医院で勤務しているだけでは、アイデンティティに気がつかず認識していないことがある。常に院長の立場で気付きが生まれるよう配慮するとともに、仕事をする中で自分のアイデンティティを生かし、自信が持てるような働きかけが常にあれば、スタッフの大きな自己成長につながるのではないか。
こうして、それぞれのスタッフが歯科医院の中での自分の役割を見つけ、アイデンティティをしっかりと確立することが、さらに意欲的な行動や積極的な行動へとつながっていくものである。

仕事を通じて自己成長を求める

以前、日本経済新聞紙上で紹介された記事に、明治大学助教授・牛尾奈緒美先生が、「自分自身の向上のために仕事をする意識」との相関関係についての研究結果を掲載されていた。
その中で、若年女性たちの中には仕事への意識が高く、企業組織を中心とした働き方を志向する人も増えていることを述べている。その研究結果によれば、「同僚との人間関係を重視する意識」や「仕事への熱中や没頭の程度」あるいは「会社への貢献を第一に仕事をする意識」「昇進意欲」といった点において、仕事をする意識との高い相関関係が表れている。
つまり、自分が関わる職場、仕事を通じて、その中でやりがいを見つけようとする意識が強く、また、組織における人間関係あるいは組織への貢献といった点から、自分自身を向上させようとする意欲を強く持っているといえる。
給料や賞与といった報酬に関する関心の度合いや、安定して雇用し続けてもらえるのかといった自身の雇用形態についての関心が高いのは、女性よりもむしろ男性の方に強くあるという。
いかに、自分が行っている仕事が意味を持つものなのか、関わる仕事によってどれほど自己成長を遂げることができるのかということを、日常業務の中において強く求めているということではないか。
今後はそういったことを明確に感じられる職場作りというものが求められる。
歯科医院を取り巻く経営環境が混沌とする中で、いずれの歯科医院も収益の確保に懸命の努力をされている。非常に厳しい経営状況下であっても、積極的に研修会や講習会に参加して、日々診療レベルの向上を挙げる努力をされ、患者獲得へ邁進されている先生は多い。
しかし、そういった歯科医院においても、経営的に安定が確保されているというわけではなく、特に4月には、昇給等による人件費の増加、また夏には、賞与による資金が必要になる。
そうした厳しい資金状況の中で、いかに意欲的に就業する環境を準備できるか、いかに気持ちよく働ける場所を提供できるかが今後の大きな課題となると思う。
歯科医院で働くスタッフは決して給料ばかりを追い求めて働いているわけではないと思う。
給料や賞与が多いに越したことはないが、それよりも自分が存在することで、患者さんや医院の他のスタッフの役に立つといった社会的な貢献や、あるいは、そこでの人間関係を築くことで自分自身の成長を感じられるといったことの方を重要な要素として考えているのではないか。
そうしたスタッフの気持ちや意欲を感じ取り、日々頑張るスタッフに大きなやりがいを味わわせることができる組織作りを目指していくことが大切と思う。

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