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第7回 (120号)

人を管理するということ

デンタル・マネジメント・コンサルティング 稲岡 勲/門田 亮

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THE DENTAL BUSINESS MANAGEMENT

歯科医院経営講座120

21世紀の歯科医院経営~人を管理するということ~

デンタル・マネジメント・コンサルティング
稲岡 勲/門田 亮

「○○さんには退職してもらうことにしたから、明日から勤務しなくても結構ですよ」。先日、ある歯科医院では院長のこの言葉がきっかけとなって、退職に関するトラブルが約一ヵ月にもわたって続いた。
従業員は、体調不良と精神的打撃を訴えて慰謝料を請求し、院長は事の重大さをそのときになって実感したのか、自分の手に負えないとして専門家のもとへ駆け込む始末であった。
最終的には専門家を介しての示談ということで解決をしたが、院長はその後、非常にナーバスになっており、スタッフの採用・管理ということに対して自信を喪失したようであった。
なぜ突然の解雇を言い渡すまでの状況に発展したのか、それまでに何らかの対策は取れなかったのか、人材の管理という問題に関して考えてみたい。

労働契約に関する法律の検討

厚生労働省は解雇に関するトラブルについて、補償金による金銭解決を可能にする新制度を検討している。これは厚生労働省が2007年に国会へ法案提出をしようとしている新たな労働法制に含まれようとしているもので、「労働契約法」と呼び、これまで賃金や労働時間、休日や有給休暇等の最低限の労働条件を定めた労働基準法からさらに踏み込んで、個別の労働契約に関するトラブルの増加に対応するべく検討が進められている法律である。
しかし、補償金による金銭解決は、新規採用を積極的に進めていきたい大企業が望む形といえる。社員を解雇するにあたってその都度労働紛争が長期化すれば、企業にとっては費用と時間が膨大にかかるばかりである。それならばいっそのことお金で早期に解決しましょうというのが狙いであり、その妥協点は年収の2倍程度の金額を補償金として設定しようというものである。
潤沢な資金力を持つ大企業にとってはこの上ない法律が、歯科医院等の小規模な事業体にとって補償金制度は死活問題となる。たとえば、年収300万円の歯科衛生士が院長と労働契約に関してトラブルを起こしたとする。当該職員が不当解雇だといって労働基準監督署に駆け込み2年分の補償金で解決するとなった場合、当職員に対して年間1000万円近くものお金を支払うことになるのである。これは、院長の平均所得にも匹敵するほどの金額であり、また最新の医療設備を導入できるほどの資金でもある。

試用期間中における雇用問題

これほどのケースではないにしろ、若い開業したての先生の中には、スタッフの採用・管理に関して少し注意をした方がよいのではないかと思う場合が結構多い。
現在の日本社会の労働環境は、被雇用者の保護を目的として整えられている。ある人材を採用する際、本当に適性があるのか、一緒に仕事をしていける人材なのかを見極めたいとして、1ヵ月なり3ヵ月なりの試用期間を設けるところが比較的多い。しかし、大変な誤解をしていると思われるのが、試用期間中であれば解雇は自由にできると考えていることである。確かに試用期間であるゆえに本採用とは違う形で捉えることはできるとしても、解雇を自由にできるほど都合のよいものではない。
試用期間というのはあくまでも雇用者側の都合の良いように慣例的に作られたものであって、労働基準法に照らせば試用期間であっても本採用となんら変わるところがないのである。
このことは被雇用者自身も試用期間の本当の意味をよく知らないことが多い。そのため、勤務した先の歯科医院の院長から、「あなたは当院の方針に合致しないところがあるので、今回は正式採用を見送ります」といわれると、はいそうですかといって受け入れてしまう。
本来は、試用期間が14日間を超えれば、本採用を見送る際には30日前に告知をするか、30日分の解雇予告手当てを支払うこととなっており、また、解雇を言い渡す際には合理的で客観的な解雇理由がなければならないとされている。
したがって、医院の雰囲気に合わない、自分との相性が悪い、思ったような働きをしてくれないために解雇しようとする場合、試用期間中だからと簡単に解雇をしようとすると大きな問題に発展するかもしれない危険性を含んでいるのである。

長期的な視野で人材を育成する

しかし、ここで本当の意味でのスタッフの管理ということを考えてみたい。スタッフとの関係があまりうまくいっていない歯科医院では、院長のスタッフに対する考え方は、「給料を払っているのだから、指示したとおりに業務を遂行してくれればそれでよい」と考えているところがある。
確かに給与を支払っているのは院長であることは間違いない。雇用主は院長でスタッフは雇われる側であることも確かである。しかし、そのスタッフがいなければ医院が運営できないことも確かであり、彼女たちの頑張りによって患者さんに対応することができ、収入へと結びついていることに、もう少しの配慮があれば医院の雰囲気、スタッフの頑張りというものはまったく違うものになってくるのだろうと思う。
そうして、スタッフを盛り立て、元気付けて医院を活発化するように働きかけることが、院長に求められる管理能力というものである。思い通りに働いてくれないからと解雇するのではなく、やっと獲得した人材を長期にわたってしっかりと勤めてくれる人材に育て上げることが必要である。
IT関連企業にサイバーエージェントという会社がある。最年少の26歳で東証マザーズに上場し、現在では売上高400億円を超える。その会社を率いる社長、藤田晋氏は社員の離職率を下げるために終身雇用を採っているという。人材の流動性が高いIT業界の中にあって異色の方針であろう。成果主義や実力主義の方針から昔ながらの日本的経営に転換することによって人材の確保・囲い込みが可能になったという。
2006年10月時点での完全失業率は4.1%であり、1年前と比較すると完全失業者数は23万人減少しているという。また、有効求人倍率は1.06倍となっており、景気の持続に合わせて比較的高い求人倍率を保っている。こうした背景から、これまでも正社員で働いていた人はさらによい条件を求めて転職が活発化し、これまで職が定まらなかった人材も、就業の機会を得ることが容易になってきているといえる。
しかし、たとえ有効求人倍率が高くても、失業率が低くても中途採用で人材を確保することは非常に難しいことである。よい人材であればあるほど求めるものは高く、かつシビアである。また、一生懸命教育をしてやっと一人前になったと思ったら「来月で退職させていただきます」といわれてしまうとそれまでの費用がまったくの無になってしまう。先の藤田社長の方針は、そうした離職のリスクを回避するための対策を行っているのである。
一般的には一人の職員を採用し、教育をし、やっと戦力として活躍してもらうまでに少なくとも200万円からの費用がかかるという。一人が辞めて次の職員を採用するたびにそれだけの費用はかけられないから、次第に採用の方法も安易になり、教育も不十分になる。いつの間にか腰をすえてじっくり頑張ろうという職員はいなくなり、入っては辞め入っては辞めを繰り返す体質になっているのである。

人件費を計画的に考えているか

スタッフの人員計画は経営者にとっては大変重要なことである。スタッフを確保するために、収入規模に対する適正な人件費率、人数をあまり考えずに採用を決めてしまう院長がいるが、そうした院長はあまり経営数値というものを見ようとしない。もちろん積極的に採用を行い、周囲に対する競争力を強化することは必要なことではあるけれども、そこには明確な方針があり、理念があり、現実的にも患者さんが増えてきているという背景があって初めて成り立つものである。そうした背景がなく、先生の理想や思い込みだけで経営判断を行うと、非常に厳しい展開があとから待ち受けることになる。
ある歯科医院では、歯科衛生士を含めて歯科助手受付担当等のスタッフほとんどをパート・アルバイトにより採用している。それぞれの予定を合わせながら、急な欠勤が生じるような場合でも常に2名が勤務できるようにしているため、一見、法定福利費も含めた人件費を低く抑えられるために効率的に見える。
ところが、そのうちの一人がパートでは十分な給料が得られないために、常勤での採用に切り替えてもらえないかといった要望を投げかけてきた。現在の医院収入規模からすると余剰気味になるのでどうしたらよいかという相談だが、当該スタッフを常勤採用したいと考えるのであれば、全体の人員を削減することを考えなければならない。
経費の中でもっとも多くを占める経費は何といっても人件費であるし、常勤職員を採用すれば社会保険料の負担義務等も生じる。しかし、最低限必要な人員に絞り、たとえ少ない人数であっても一人一人がしっかりと自分の役割を果たし、精一杯働いてもらえるような形を作ることで次第に患者さんも増え、収入も増加し安定した経営につながっていく。
本当に少数精鋭で頑張ってもらおうとすれば、一人当たりの給料単価を少し上げることも必要だが、そうしてスタッフが長く定着して頑張ることができれば、周辺歯科医院に対する競争力も上がっていくものである。

スタッフが安心できる職場作り

最近は目標によってスタッフのモチベーションの維持を図ろうとする歯科医院も少なくない。少し規模が大きくなると院長の目が隅々まで届かなくなるために、目標収入を基準としてその達成に向けて積極的な展開を図ろうとする。
しかし、この目標というものをスタッフが完全に理解し、院長の意図するとおりに浸透している歯科医院はどれほどあるのだろうか。
以前関与した先の歯科医院では、やはりこの目標が設定されていた。一人一人面接をする機会があったので、最後に全員に目標について質問をしてみたことがある。すると、今自分が勤務している歯科医院がどれだけの収入を目標に設定していて、目標を達成するためにどのような取り組みをしているのか、そして今その目標に対してどの程度達成できているのかをしっかり答えられたスタッフは約7割であった。
7割というと非常に高い比率だと思うが、院長からすれば10割と思い込んでいたところでの割合だったので非常に残念がられた。目標をあまり理解していなかったスタッフにその理由を尋ねると、数字があるのは知っていたがそれがどういうものなのかはあまり考えたことがなかったという。
決して収入目標を設定することが悪いわけではない。むしろ、到達可能だと思えればスタッフの張り合いにもつながるし、またその頑張り度合いがわかりやすいという利点がある。結果を基にインセンティブとして旅行を企画したり給与に反映させたりすることもできる。
しかし、こうした目標を設定する場合に大切なことは、設定した目標の持つ意味や目的をどうスタッフに理解してもらうかということである。ただ単にこの数字を達成しなさいというだけでは、モチベーションの維持どころかやらされているという感覚から大量離職という事態まで引き起こしかねない。
人を管理するということは、目標を達成するための単なる数合わせの問題ではない。一旦採用してしまえば、冒頭に紹介した歯科医院のように解雇するとなると大変大きな問題に発展するし、人材が不足するからと採用をしようと思っても、都合の良い時期に都合のよい人材が待ち受けているわけでもない。脇を固める人材としっかりと向き合い、どういった特性を持ち、どんな場面で持てる力を発揮できるのかを長期的にしっかりと見極めようとすることが大切である。
歯科医院では終身雇用は不可能としても、じっくりと育て長いスパンで真に自医院のために労働力を提供してくれる人材が、数字的にも雰囲気的にも経営を安定させる大きな要因となる。不確定な中でも周囲の動向や・行政の動き・患者動向に注視し、安心して安定的に勤めることのできる職場を醸成していくことが本当の意味での人材管理ではないだろうか。

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