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第15回 (128号)

戦略を持った歯科医院経営

デンタル・マネジメント・コンサルティング 稲岡 勲/門田 亮

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THE DENTAL BUSINESS MANAGEMENT

歯科医院経営講座128

21世紀の歯科医院経営~戦略を持った歯科医院経営~

デンタル・マネジメント・コンサルティング
稲岡 勲/門田 亮

何気ない会話が信頼を損なうこともある

自家用車が購入後 3年目を迎えるため、先日、ディーラーに車検を依頼することになった。車検の全工程に丸 2日間を要するとのことだったので代車を依頼したところ、営業マンが快く貸してくれた車が、車格からすると自家用車より少し小型の車だった。好意で貸してくれているため大きなことは言えないが、その車に乗っている二日間は乗り心地からするとやや物足りなさがあったため、すでに初日には、車検が終わって車が早く戻ってくることを心待ちにしていた。
自家用車と代車を交換するため再びディーラーを訪れたとき、営業マンに少し聞いてみたところ、こんなやり取りになった。
「こういった車検のときに貸し出す車の種類には何か意図があるのですか?」
「と言いますと?」
「たとえば、これから子供ができて家族が増えるような家庭ならば、ゆったりと大きなワンボックスタイプのものを用意するとか、客が乗っている車よりも、一つ上のランクの車に乗ってもらうようにすると、借りた車の方へ買い替えが進むといったことがあるのではないですか?そういったことは営業の一環として行ったりはしないのですか?」
「以前はそういったことも行っていたのですが、景気が悪くなり上(上司)から経費削減ということを厳しく言われているため、グレードの高い車は全部引き上げられているのです」
「それを行っていたときと、今とではどちらの方が買い替えは進んでいましたか?」
「やはり、よい車を貸し出す方が、お客様も次はこれにするといってよく替えてもらっていました。しかし、どうしても経費削減が厳しくて…。不景気ですから」
対応した営業マンがあまりに正直なのか、それとも、社内全体がそういう雰囲気に包まれてしまっているのかはわからないが、客に対してあまりにも簡単に景気が悪いからだの、上からの経費の締め付けが厳しいだのと言いすぎではないだろうか。
営業マンであれば、もう少し積極的に「どうしても乗って欲しい車があったのですが、代車のスケジュールが合わなくて…。次の機会には是非準備します」程度のことは言えたのではないか。仮にも定期的に点検に出し、信頼をする店の対応がこうしたものになってしまっては、次の車もここで買おうという気持ちはなかなか湧いてこない。

いかに意味のある時間を共有できるか

車が売れなくなったと言われて久しい。少子化により車に乗る人自体が減少してきたことに加え、フリーターやニートといった若者が増え、経済的に車を所有することができなくなっている割合が増えていることも原因という。
しかし、まだまだ車社会は続くわけであり、少し街中に目を移すと、スタイリッシュな欧米の乗用車を頻繁に目にするようにもなっている。景気が悪いからという一言で片付けられるほど世の中は単純ではない。むしろ、価値観が多様化することで、ある商品が、本来の用途以外のものに応用されて、新たな市場を切り開くといった可能性も秘めている。
景気が悪くなったといわれる中でも、着実に支持を得て売上を伸ばしているものとそうでないもの、その違いは何かというと、そこに戦略があるかないかが大きな要因ではないかと思う。
歯科医療と自動車を一概に比較することはできないが、歯科医院における戦略の有無とは、患者さんが診療所に訪れてから出て行くまでの時間すべてを意味のあるものとして使っているかどうかである。
スタッフが直接患者さんに接する時間に限って考えたとき、ほんの数十分という時間を、目的のない時間にしてしまっては非常にもったいない。治療説明に使う資料は、どの患者さんにも同じものを使用していないだろうか。保険でよいと思っている患者さんに対して、自費の種類をいくつもいくつも説明していないか、反対に自費の説明を聞いてみたいと思う患者さんに対して無言ではなかろうか?
先述のディーラーにおいては、車一つ貸し出すことにも意味があるのとないのとでは、その後の結果に大きな差が生まれてくるはずである。だとすれば、歯科医院において、患者さんに対する説明一つをとってみても、ただ単に説明しているだけなのか、何かその先に到達する目的があって説明しているのかでは、おのずと表れてくる結果は明白であろう。
医療である限り、そのスタート地点は『患者さんにとって最もよい方法』であることが求められる。「あそこの歯科医院は高いから行かない」「あの先生は商売人だ。行くといつも自費をうまく勧めてくる」といった言葉を時々耳にするが、患者さんがどういった素敵なゴールを迎えられるのかといったことを思い描ける形を作りたいものだ。

患者にとって大切なことは何か

ある新幹線の駅前で、開業以来ずっと自費診療のみで行っている歯科医院がある。保険医になれば診療拒否ができないとして、保険医の登録をしていないばかりか、下手に看板を出すと通りすがりの患者さんが来てしまって、診療のスケジュールが乱れると言って、看板一つも出していない歯科医院である。
なにしろ、診療所前の道に人通りがないため、看板を出してもあまりその効果はないほど、駅前とはいえシンとしたところである。
それでも、紹介や口コミによって患者さんが引きも切らずに押し寄せており、常に2~3ヵ月先まで予約でいっぱいである。1日の患者数は7~8名までに抑えているが、スタッフを多く必要としないために人件費が低い。したがって、1日の患者数がその程度でも十分に所得を確保できる仕組みができ上がっているのである。
人通りはほとんどないが、新幹線の駅前という立地を選択したことは院長の明確な戦略といえる。診療内容が特殊であるため、それほど多くの患者さんが望めない。したがって、近隣からの患者さんだけでは経営が成り立たない。そこで、全国からアクセスしやすいように新幹線の駅前とした。それも“のぞみ”が停まる駅として利便性を確保しているのである。
しかし、それだけでは当然家賃が高くなるから、ビルテナントの1階を避け、さらに人通りの少ない道に面したビルという、周囲からは立地条件が劣る物件に診療所を構えることによって家賃にかかる経費を抑えているのである。この診療所を訪れる患者さんにとっては、周囲から目に付きやすいことよりも、遠くからでも通いやすいことの方が大切な条件なのである。

診療所内外に戦略が求められる

現代ほど価値観が多様化してくると、患者さんすべてを画一的に診療していくことは難しい。
規模が大きければそれがすべてかというと、先に挙げた自費診療のみの歯科医院のチェアはたったの1台である。スタッフも数人といった構成の中で、十分な収入を上げ、結果得られる所得は大規模歯科医院を越える。
その診療体系は、効率化ということの対極を行く。初診の患者さんには 2時間という長い時間を費やす。おそらくさまざまな診療科を経て来院したであろう患者さんの、ここにたどり着くまでの経緯、それまでにどういった診断を経て、どういった薬を服用し、その間に考え方や価値観はどう変わっていったのかを聞いていくという。
これだけ多くの患者さんを診ていくと、それぞれのたどってきた道はある程度想像がつくという。しかし、それでもあえてすべてを聞いて、患者さんの辛さを理解することが、信頼関係を増していく要因だろう。
看板がなくとも、1日数十人の患者さんがなくとも、磐石な経営を維持できているのは、来院してくれている患者さんが本当に望む治療を追求し、期待に応えようと日々研鑽を重ね、さらに通院するのに都合のよい立地にあることが、見事に患者さんの期待とマッチしているから成し遂げられる結果である。
ただ闇雲に患者さんの増加を目指す歯科医院があるが、歯科医院の場合は、患者数が多いことが、そのまま経営改善に結びつかない。
一気に患者さんが増えてしまったために患者単価が下がり、新たに採用したスタッフへの人件費が上昇し、たちまち経営状態が悪くなってしまう医院は少なくない。
どこに診療の軸足を置き、それに呼応する患者層をどう絞り込むか、適正な患者数、最適なスタッフの人数を常に考え、日々の診療収入がどう推移しているかを、常々気にかけておくことが大切である。
月間の診療収入が1,500万円を越える大きな診療所において、前年度と今年度との6ヵ月間の固定経費の累計を比較したところ、違いはほんの0.数パーセントしか生じなかった。スタッフの経費に対する使い方の仕組みが定着しており、毎月どの程度までの支出であれば許容範囲内におさまるかといった感覚が浸透している結果といえる。
定期的に支出するもの、イレギュラーに支出が発生したものをつぶさに検証し、管理する仕組みを整えてスタッフに運営を任せることで、スタッフには管理する自覚が生まれ、患者さんに対しても責任を持った対応力が醸成される。
これらはすべて、院長の方針であり、戦略でもある。患者さんをはじめとする対外的な戦略にとどまらず、スタッフや内部関係者の力をどう経営に生かしていくかといったことも、戦略的な考えがなくては解決しない。
適材適所というが、スタッフをもっとも適した役割に配置し、そこで得られる結果を最大限にするために、どういった言葉を使い、どのように振舞えば成果が上がるかということは、行き当たりばったりの経営では成しえないことである。
その時々の環境の変化を敏感に捉え、戦略的な考えを持って経営にあたることが、長く患者さんから信頼される歯科医院となっていくのだと思う。

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