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101号 SPRING 目次を見る

CLINICAL REPORT

パタカラを用いたリップ・トレーニングとその効果

秋広 良昭

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目 次

緒 言

このたび、口腔筋機能療法のための器具として開発しました『パタカラ』の商品開発経緯、理論、適応症、将来性等について、順を追ってご説明します。

商品の開発経緯

将来の企業歯科検診に対応して、デジカメ利用の口腔内撮影が誰でも容易に可能となるように口腔内撮影規格器具の開発中、たまたま脳卒中の後遺症で口腔筋機能麻痺の患者さんがいらっしゃいました。
半年近くに及ぶ構音訓練の成果が少しも上がらなかったので、試しに開発中のこの器具を患者さん同意のもと、口腔筋機能訓練に試していただきました。すると、使用から4週目には3年半に及ぶ流涎が消失し、さらに4週間で構音が、また表情がしっかりしてきました。
その他の多くの患者さんに使用していただいたところ、睡眠中の口呼吸が鼻呼吸に治せるとか、表情筋の活性化を促す、右側前頭葉へ脳血流が増加するなど、種々の有益なことが判明してきました。これに意を強くし、何度かの改良を経て現在の形になりました。
口腔筋機能訓練器具の名称は、構音訓練に使われる、パパパ、タタタ、カカカからリップ・トレーナー『パタカラ』とネーミングしました。

  • [写真] リップトレーナー『パタカラ』
    リップトレーナー『パタカラ』

理論・原理

口唇と舌の位置関係について簡単な解説をします。
正常な人の舌の位置は通常、舌尖が上顎前歯口蓋側に触れています。この舌の位置は口唇の総合的な力と密接な関係にあり、口唇の力が何らかの原因で弱ってきた場合、舌の位置が自然と下がって常時下顎前歯舌側に触れた位置にあります。
すなわち、[健康な人=舌尖が上顎前歯口蓋側に触れている=総合的に口唇を閉じる力が強い=口唇開閉力が強い=健康な口唇閉鎖力] と言えます。
一方、[健康でない人=総合的に口唇を閉じる力が弱い=口唇開閉力が弱い=舌の位置が常時下顎前歯舌側に触れた位置にある] の簡単なイメージをして下さい(表1)。
そこで、口唇閉鎖力のストレッチ器具として開発されたのが『パタカラ』なのです。
リップ・トレーナー『パタカラ』は、弾性のあるプラスチックとゴムの両者の性状を兼ね備えている材質の復元力を利用しています。
上下の口唇に器具をはめ込み、器具の反発力で口唇が開いてしまうのを、口唇(口輪筋・頬筋)の力で閉じようとする動作が負荷となります。口輪筋・頬筋からの協調運動を利用して、1)表情筋をはじめ、2)他の嚥下運動に関係する筋組織、の協調運動を誘導し、結果的に、間接的ですが、確実にそれらの筋組織にも負荷をかけられるので、機能麻痺・萎縮・老化した組織の機能回復が図れます。
①口唇を強くつぐむと、舌尖部は上顎前歯口蓋側に強く触れてきます。②解剖学的に多くの表情筋は口輪筋と交じり合っています。逆に、口輪筋に負荷を与えることは、多くの表情筋に同時に負荷を与えた効果と同じことになります。『パタカラ』は、これら①②の協調運動を同時にできる器具であると考えて下さい(図1)。

  • [図] 口唇と舌の協調関係図
    図1 口唇と舌の協調関係図
  • [表] 口唇閉鎖力の年齢的推移
    表1 口唇閉鎖力の年齢的推移

適応症と口腔筋機能療法の未来性

私達の周囲に新生児期・乳児期の吸啜トレーニング不足だった人が増えています。口唇閉鎖力が順調に発育せずに、身体全体は成長しているケースが増えています。口唇閉鎖力の発育不十分の状態で成長を続けると、口唇閉鎖力の最大ピークが低く、また、老化が早く始まる傾向があります。
将来的に、睡眠時の無意識下の口腔筋弛緩時に、口呼吸をして睡眠をとる人になってしまいます。それは、唾液蒸発による口腔内環境の悪化、アデノイドや慢性扁桃病巣感染症の原因、気道への舌根沈下による閉塞型睡眠時無呼吸症候群を原因とする生活習慣病の遠因の一つになります。
①口唇を強くつぐむと舌尖部は上顎前歯口蓋側に強く触れてきます。
この協調運動を利用して、
1. リハビリに関して
a. 口輪筋の深層部を形成する頬筋は、下顎翼突縫線を介して上咽頭収縮筋と協調運動をしています。上咽頭収縮筋の反射運動は、それぞれ中、下咽頭収縮筋の活動を惹起させて、嚥下した食物を次々と胃の方に落とし込んでいく働きがあります。すなわち、頬筋へのリハビリは、これらの咽頭収縮筋へのリハビリにも効果があるということになり、誤嚥の防止に一役買うことになるわけです。
b. 従来から、構音訓練に舌を前方に引くリハビリが有効とされています。このリップ・トレーニング器具を使用すると、健康側の舌は上前方に伸びていきます。その動作に引きずられて、麻痺側の舌の部分は健康側の舌に引きずられて上前方に引っ張られているのと同じ状況になるので、舌の動きがスムーズになってきます。
2. 睡眠時、口を閉じたまま眠れるようになると口呼吸が鼻呼吸に変わります。
その効果は、
a. 睡眠時に口腔内の唾液の乾燥が防止されます。
以前から、歯牙齲蝕症や歯周炎の1リスクファクターとして口呼吸が挙げられていました。しかし、以前は睡眠時の口呼吸を鼻呼吸に改善する有効、確実な手段、方法が全くなく、漠然としたイメージで口呼吸は良くないもの程度の認識でした。
前歯歯面の暗褐色の茶渋様の着色、歯間部や咬合面のカリエス、歯ブラシ効果の上がらない歯石の沈着、歯肉からの出血や歯肉の発赤腫脹、口内炎の繰り返しなどは口腔内の唾液の乾燥が原因であったことが、リップ・トレーナーの使用で容易に理解していただけます。
b. 睡眠時に舌尖部が上顎前歯口蓋部に付着していると、口腔底の舌骨が前方で保持されます。
この効果で、顔を上に向けて寝ても舌根は気道に沈下することなく、吸気の際の気道が確保されることになり、狭窄した部位を通過する際に生ずるビル風に似た、周囲の人に騒音を撒き散らす「イビキ」や酸欠・血小板の増加を惹起し、生活習慣病の遠因にも挙げられている、最悪の閉塞型睡眠時無呼吸症候群OSASが避けられることになります(図23)。
※東海大学医学部の研究によれば、睡眠時は誰でもすべての筋肉が弛緩してしまうのではなく、健康な筋力のある人ならば多少の緊張が残っているので、肥満な全ての人が「イビキをかく」とは限らない、と報告されています。
c.鼻中隔下制筋は口輪筋と連動しています。
リップ・トレーナーを利用したら鼻詰まりが解消されたと報告を下さる方が多くいます。それは、鼻中隔下制筋の働きによるせいです。この筋組織の働きは鼻腔を下方に広げます。鼻のすぐ下にあるので、この筋組織がしっかりと働いていると、いわゆる「鼻の通りが良くなる」鼻閉の解消効果が出ます。
d.鼻呼吸に変わると。鼻腔で加湿・温められた吸気が上気道部を通過する際にワルダイエル咽頭リンパ輪に対して炎症原因を与えなくなり、やがて、慢性扁桃病巣感染症が防げます。今まで、睡眠時におきる口呼吸を手軽に、確実に鼻呼吸に改善する手段、方法がなかったので誰も証明できませんでした。慢性扁桃病巣感染症で生ずるといわれてきた疾病が概略ながら判ってきました。
睡眠時に口呼吸をしていると、吸気は口腔から取り入れられるために、乾燥した冷気を取り込むことになります。系統発生学的に鰓から発達してきた咽頭部の組織は乾燥・冷気の刺激で慢性的な炎症を生ずることになります。その結果、細菌・ウイルスを感作したリンパ球は血液を介して皮膚の真皮組織に影響を及ぼし、アトピー性皮膚炎や掌蹠膿疱症の原因となります。
また、口輪筋の筋力に関し、経年的変化として老化が生じてきますと睡眠時に口呼吸の習慣が起きてきます。若い時には起こらなかった洗剤による手足の肌荒れ、かぶれや湿疹は「のどの腫れ」とも関係があるようです。口唇閉鎖力が強化され肌荒れにまで効果があると(予め、先生方は患者さんにこのことを告知しておきませんと、患者さんは他のことで良くなったと誤解してしまいます)、長年悩んできた肌荒れの患者さんにとっては先生への尊敬は大変なものとなります(図4)。
また、大学の授業で歯周ポケットや齲窩から発生する口臭の発生メカニズム、発生場所を教わってきました。どうも私の『パタカラ』を使用した多くの経験から、歯周ポケットから発生する腐敗臭以上に、咽頭部の炎症部分から発生される硫化物のガスの匂いは強烈です。
近年、胃や肺にも異常がなく、歯周ポケットや齲窩もない患者さんが口臭を訴えて来院されるケースが増えています。歯科医院では通常「のどの腫れの有無」を診察しないので、原因が判らず「自臭症」という曖昧な傷病名でかたづけてきました。この患者さんたちの喉をチョット観察してみれば扁桃部分が暗赤色で腫れていること、同時に口唇閉鎖力を測定してみると閉鎖力が弱いケースが多く認められます。
口臭を訴えるケースで「のど」に原因がある人が意外に多いことも、このようなケースに睡眠時の口呼吸が原因であり、『パタカラ』使用で容易に悩みが解消するということも記憶に留められておくと、患者さんからの思わぬ信頼を得ることになります。
ここに3例のアトピー性皮膚炎の患者さんと、1例の掌蹠膿疱症の患者さんの症例写真をお見せいたします。いずれも口腔内の疾病のために長年歯科医院通いをしていました。
特に口臭問題は悩んでいたそうですが、薬物は一切使用せずに、いずれも1カ月以内にリップ・トレーニングで解消してしまいました。口呼吸がなくなると、アトピー性皮膚炎も掌蹠膿疱症も2~3カ月ほどで治癒に至りました(図56写真18)。
②口輪筋が強化されると
a. 歯列に影響を与えます。
歳をとると共に前突が強くなってくることを訴える高齢期の方や歯列不正の患者さんに多く認められることなのですが、おおむね口唇閉鎖力が弱いことが判っています。また、睡眠時に口呼吸をしている方は、口輪筋、特に頬筋の萎縮か老化が原因で、長時間にわたる唾液の乾燥が続くと、比較的短時間で強度の歯周炎に罹患・進行しているのがよく認められます。
また、矯正治療の必要な患者さんで、従来悪舌癖が原因と考えられるケースも、口唇閉鎖力が著しく弱いことが報告されています。そこで、頬筋のトレーニングが十分完了しないで矯正治療を始めてしまうと、単に治癒の時機が遅くなるに止まらず、せっかく矯正治療が完了したのにじきに後戻りを起こし、患者さんの先生への信頼や期待を裏切ってしまう結果になることも容易に想像できます。
b.口輪筋に負荷をかけることは表情筋全体に同時に負荷を与える効果があります。
顔面神経麻痺、脳卒中の後遺症、外傷、脳神経外科手術の後遺症等により表情が喪失してしまった症例であっても、リップ・トレーナーを利用して、繰り返し的確な刺激を顔面神経支配筋肉組織に与え続けることは、メカニズムの解明は後日に譲るとしても、確実に表情筋の活動が回復されてくることは事実です。
また、口輪筋に負荷をかけて間接的に表情筋全体への負荷をかける繰り返しは、表情筋の筋組織自体が強化されます。顔の表皮組織やその下を構成する脂肪組織の結合した重さに対して表情筋が重力に対抗できず、支えきれずにダランとして弛んでいた顔が、張りのある、口角がキュッと上がった、フェイスラインがスッキリした、二重顎のない魅力的な顔に変わってきます。表皮組織の新陳代謝も活発になるため、若者のシンボルと言われる「にきび」などもできにくくなります。
小顔のためにリップ・トレーナーを使われた方の使用前・使用後の写真をご覧になって気付かれることが2つあると思います(写真910)。
1つは、フェイスラインをはじめ顔全体がキュッと締ったということです。もう1つ、小顔になって顔がスッキリしたという自信がベースになっているのですが、耳まで見える、顔全体の輪郭が強調できる、自分としては大胆な髪形に変え、自分の内面にある爽やかさ・若さを強調してみたい髪のスタイルへ自然と自信を持って表現できるまでに気持ちが変わったということです。
女性心理について述べる資格は私にはありませんが、「聞いた話」を披露いたします。現代の女性の髪形はショートカットの方が流行の服装にマッチしやすいのだそうです。女性自身は誰でも自分の持ついろいろな美しさを他人に認めてもらいたいとの願望があります。しかし、長い髪形は服装にあまり変化の付けようがなくなるんだそうです。フェイスラインがスッキリした時だけが、耳まで見える髪形ができる自信がついた時だそうです。自分が望むどんなファッションも自由に選択できたという心の満足感を満たしてあげることも、これからの歯科医師や歯科衛生士の仕事の一つになっていくと考えます。
c. 表情筋を刺激すると脳の右側前頭葉に顕著な脳血流の増加を確認
従来、動的な動作に対し、瞬時に脳への反応を確認する簡便な方法はありませんでした。昨年、日立メディコ社で近赤外線を応用した脳血流の変化を調べる光トポグラフィーという装置が開発されました。この装置を利用して、口唇を閉じる動作を利用して顔面神経支配筋肉群に負荷をかけてみると、瞬時に脳の右側前頭葉に顕著な脳血流の増加を確認することができました。
次いで、ガムを右側で噛む群、左側で噛む群との2群に分けて、三叉支配筋肉群に負荷を加えて同様に調べてみますと、脳血流には変化が少しも認められませんでした。
この実験が正しかったと仮定しますと、私達歯科医師は従来から「噛むこと=咀嚼=脳血流増加=痴呆症の防止」の構図を考えており、咀嚼すれば痴呆症にならないと誤解していたのかもしれません。どうやら、咀嚼に付随して動いている口唇や舌の働きが主役であったのに、これをその他大勢の注目されない脇役と誤認していたのかもしれません。事実、都内の有名な痴呆症治療専門病院では、中等症の患者さんにリップ・トレーニング併用で知的ワークをさせてみたところ、半分以上の患者さんが3~6カ月で退院できるまで回復するようになったと、院長先生は雑誌取材記者に話されています(写真11図7)。

  • [図] 閉塞型睡眠時無呼吸症候群OSASの原因
    図2 閉塞型睡眠時無呼吸症候群OSASの原因
  • [図] OSASと生活習慣病との関係
    図3 OSASと生活習慣病との関係
  • [図] ワルダイエル輪(咽頭リンパ輪)
    図4 ワルダイエル輪(咽頭リンパ輪)
  • [図] アトピー性皮膚炎患者に見られる口腔内症状
    図5 アトピー性皮膚炎患者に見られる口腔内症状
  • [図] 口唇閉鎖力強化が睡眠時の鼻呼吸に大切な理由
    図6 口唇閉鎖力強化が睡眠時の鼻呼吸に大切な理由
  • [写真] 症例1:25歳、女性 / アトピー性皮膚炎
    写真1 症例1:25歳、女性。アトピー性皮膚炎、2~3歳に発病。
  • [写真] 症例1:2カ月後
    写真2 症例1:2カ月後。
  • [写真] 28歳、男性 / アトピー性皮膚炎、2歳に発病
    写真3 症例2:28歳、男性。アトピー性皮膚炎、2歳に発病。
  • [写真] 症例2:3カ月後
    写真4 症例2:3カ月後。
  • [写真] 症例3:26歳、女性 / アトピー性皮膚炎、1歳に発病
    写真5 症例3:26歳、女性。アトピー性皮膚炎、1歳に発病。
  • [写真] 症例3:2カ月後
    写真6 症例3:2カ月後。
    • [写真] 症例4:43歳、女性 / 掌蹠膿疱症、10年前に発病、5年前から悪化
    • [写真] 症例4:43歳、女性 / 掌蹠膿疱症、10年前に発病、5年前から悪化
    • [写真] 症例4:43歳、女性 / 掌蹠膿疱症、10年前に発病、5年前から悪化
    写真7 症例4:43歳、女性。掌蹠膿疱症、10年前に発病、5年前から悪化。
    • [写真] 症例4:4カ月後 / かゆみ、手足の状態は性状になった
    • [写真] 症例4:4カ月後 / かゆみ、手足の状態は性状になった
    • [写真] 症例4:4カ月後 / かゆみ、手足の状態は性状になった
    写真8 症例4:4カ月後。かゆみ、手足の状態は性状になった。
  • [写真] パタカラ使用前
    写真9 パタカラ使用前。
  • [写真] パタカラ使用1カ月後
    写真10 パタカラ使用1カ月後。
  • [写真] 光トポグラフィー実験写真
    写真11 光トポグラフィー実験写真。
  • [図] 前頭葉の血流比較
    図7 前頭葉の血流比較。

結 び

昨年の4月から介護保険がスタートしました。本来、高齢者の咀嚼や痴呆に密接な関係がある業種であるはずの歯科が全く取り残されています。高齢者でも若くなりたい、お洒落をしたい、健康でいたい、ボケたくない等の希望は若い人と変わらず、いや若い人以上に強く持っています。
これからの歯科医師や歯科衛生士の活躍すべき領域として、心のケアーまで考慮に入れた、広い意味で「お口のアメニティー」に取り組む必要があります。
リップ・トレーニングを診療の一部に取り入れて、患者さんの口腔筋機能改善を図ると、従来無関係であった乳幼児から高齢者までの広い範囲の人が自分の医院の患者さんとなる可能性があります。

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