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クライアントとドクターの心理学1 -情報をわかりやすく伝えるには-

同志社大学 文学部 教授 井上 智義

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目 次

※井上智義(いのうえともよし)先生・略歴
1954年 京都市に生れる。78年 京都大学教育学部(教育心理学専攻)卒業、82年 大阪教育大学教育学部助手、助教授を経て、現在は、同志社大学文学部教授。80年 教育学修士(京都大学)、97年 教育学博士(京都大学)、98年 在外研究、ビクトリア大学客員教授。
専門分野は、教育工学/言語心理学/二言語教育など、主な著書に、『視聴覚メディアと教育方法:認知心理学とコンピュータ科学の応用実践のために』『人間の情報処理における聴覚言語イメージの果たす役割』ほか、共著、分担執筆など多数。

1.はじめに

本稿執筆の私への依頼では、相手に情報をわかりやすく伝えるには、どのようにしたらよいかということを、それこそ、わかりやすく書くことだと理解しています。私の専門のひとつである「認知心理学」という領域では、人間が情報を処理するときのメカニズムについて研究しています。
ここでは、「理解されやすい情報とは、どのような形で提示されているのか」、「理解する側の記憶に残るような工夫には、どのようなものがあるのか」、「人間味のある豊かなコミュニケーションとは、具体的にはどのようなものをさすのか」というようなテーマについて研究が進められています。
本稿では、具体的な例をあげてそれらのことについて簡単に説明してまいります。

2.相手が知らないものは知覚されない

外国へ出かけて行って、知らない地名や相手の名前を初めて聞いたとき、皆さんは、一度で聞き取れなかったという経験をされたことがありませんか?
「Washington」や「Sydney」など、中学英語でも出てくる名前ならともかく、たとえば、「Lovat」や「Plowright」という名まえは、それほど一般的ではなく、一度で聞き取れなかったとしても、それは不思議なことではありません。基本的には、知らないものは見たり聞いたりしても、それを知覚することができないのです。
「一度も聞いたことがないけど、聞き取れた」というような場合は、知っているいくつかの部分にその単語を分割して、知っていることばやその一つひとつの音の集まりとして、知覚しているのに過ぎないわけです。ですから、短い音節のことばなら、場合によっては聞き取れても、長い音で表わされている名まえなどは、短期記憶に限界があり、一時的な人間の記憶に留めておくことすらむずかしいわけです。
なにも英語圏の名前がむずかしいからではなく、それは、単に知らないから記憶に残らないだけなのです。たとえば、わたしの「イノウエ」という日本ではありふれた名まえですが、英語圏で一度で覚えてもらって、ほぼ正しく発音してもらえた経験は、これまでほとんどないと言ってよいくらいです。つまり、情報を受け取る側にとって、頭の中の自分の辞書にない単語は、そのまま簡単には知覚すらできないのです。
ですから、外国語のことばを聞いたら、それをそれと近い発音の日本語のことばに置き換えて覚えたり、「R」や「L」など日本語にない音を聞いたときに、「ラ」行の音に変換したりするというようなことが、ほとんど意識されないで自動的に起こってしまうわけなのです。たとえば、「I get off.」という発話が「揚げ豆腐」と間違って知覚されたり、「right」も「light」もどちらも「ライト」と聞こえて、その区別ができないというようなことが日本人では起こってくるのです。

3.不思議な数「7」のお話

読者の皆さんがすでにご存知かどうかは知りませんが、日本の郵便番号や電話番号の多くが7桁であることは、認知心理学的にみると意味があるのです。1956年、アメリカのミラー(Miller, G.A.)という心理学者が「不思議な数、7±2」という論文をある心理学の雑誌に掲載しました。個人差があって、一概に「7」とは言い切れないのですが、この数には大きな意味があって、人間が一度に把握できるものの個数だというのです。彼の論文では、一週間に7日があること、虹が7色に見えることも、このことに関係しているのだとしています。
彼の論文が出てから、アメリカでの電話番号は、すべて7桁になったといわれており、それは今なお引き継がれています。日本では、東京と大阪の電話番号があるときから、8桁になってしまったわけですが、メモを一回見てかけるには、この8桁の数というのは、ちょっと多すぎるということになります。市外局番を「03」から「031」、「032」などとしていたら、電話番号を7桁のままで継続させることができたのではと思うのですが、いかがなものなんでしょうか。繰り返しになりますが、「7」には大きな意味があるようなのです。
そういえば、日本でも「七つ道具」とか「七福神」とよばれるように、7つでワンセットとされるものがいくつか見出せます。テレビ番組や映画のタイトルでも、昔から「七人の刑事」や「七人の侍」、「七人の女弁護士」など、「7」がつくものが多いのは、偶然とは思えません。「7」は多くの人にとって、一度に把握できる数ですので、よく登場する人物が8人以上になったりすると、見ているものにとっては、急に理解が悪くなるということが起こってきても不思議じゃないわけです。この数は、一般的には、われわれ人間がもっている短期記憶の容量であると考えられています。
もちろん、すべての人間が「7」の記憶容量をもっているのではなく、それより少ない人も多い人もいることになります。たとえば、幼稚園の年少さん程度の4歳の子どもは、この値が「4」位だということが知られています。ですから、幼児を対象にしたアニメなどでは、いつも出てくるような登場人物の数は、大人の場合よりも減らして、4人とか5人にするのがよいということになります。

4.視覚イメージ情報を併用してわかりやすく

この「7」という記憶の容量は、通常の場合、ことばの音韻的なものに関係しているというデータがたくさん示されています。電話番号の場合も数字を声に出して、電話のボタンを押すことが多いですね。すなわち、人間が情報を音韻的に符号化して、記憶のあるところにとどめようとしたときに、この記憶の容量の影響をもっとも大きく受けることになるのです。ですから、話しことばでの伝達だけでは、一度に多くのことを伝えようとしても、それは最初から無理なことだということになります。
それでは、どのようにすれば問題は解決するのでしょうか。もちろん、大切なことを箇条書きにして、その一つひとつについて、ことばで説明するという方法も良いでしょう。でも、ここではもう少しスマートな方法を追求したいと思います。
そのひとつは、文字情報や音声情報ではなく、視覚イメージ情報を活用する方法です。
視覚イメージ情報とは、地図やグラフ、それに、視覚シンボルやイラスト、アニメ、ビデオの画像のような動画など、さまざまな形態の情報をさします。「百聞は一見に如かず」という諺がありますが、たしかに、見せればすぐわかるような内容でも、ことばで表現することが非常にむずかしいような質の情報があるのです。新しい器械の操作方法や初めて目にする珍しい事物の叙述などは、そのようなものに属することが多いことになります。
たとえば、初めて訪れる目的地の位置情報も、電話で聞いているとさっぱりわからなかったのに、ファクスを送ってもらえば、すぐに理解できたという経験をお持ちではないですか?
これも、視覚イメージ情報が非常に理解に役立つ情報だという良い例だと言えます。とりわけ、情報を伝える側が熟知している内容を、それを知らない人に伝える場合は、なおさら、ことばだけの情報の限界を感じることが多くなってきます。
おそらく医療の世界では、このようなことは、日常茶飯事のこととして体験されているのでしょうが、そのときに、一枚のチャートやイラスト、あるいは、実物やその模型が、その場にあれば、理解する人は、より少ない言語情報でもって、より正確な情報を把握することが可能になるわけです。
認知心理学の領域では、ペイビオ(Paivio, 1986)の二重符号化説という理論があって、人間が情報を処理するときに、ことばのみで情報を処理するのではなく、ことばで聞いた情報をイメージ化してみるとか、ことばの情報と同時に、絵や写真などのイメージ情報が提示されると、よりよく理解され、より印象深く記憶に残るという考え方(図参照)があり、多くの心理学実験によって、このことが検証されてきています。
この二重符号化説は、われわれの大脳半球機能差とも、おおいに関係するものだと考えられます。モデルで提唱されている言語システムは、抽象的分析的な処理能力と関係する左半球の機能を担っています。もうひとつのイメージシステム(非言語システム)は、具体的空間的な処理能力と関係する右半球の機能を担っています。大切なことは、そのふたつのシステムを相互に連関させて働かせることができるかどうかだということになります。
すなわち、ことばで聞いた情報でもって、理解する側が、そのものについてイメージできればよいのですが、できない場合は、あらかじめその視覚イメージ情報を準備しておく必要があります。また、写真やポスターの掲示だけで十分かといえば、そうではなく、多くの場合は、ことばの説明とともに、口頭でも説明することが必要になってくるわけです。
このことは、一見面倒なことのようですが、長い目で見れば、時間の節約にもなりますし、誤解のないコミュニケーションを支援する道具にもなるのです。

  • [図] 二重符号化説のおもな構成要素の図式的表現
    図 二重符号化説のおもな構成要素の図式的表現(Paivio, 1986)

5.技能と知識の獲得の違い

車の運転方法を学習するときに、黒板に向かって30時間勉強すれば、模範ドライバーになれると考える人は誰もいないと思います。ただ、交通標識やそのルール、エンジンの構造、自動車の各部の名称などは、そのような学習方法でも可能かもしれません。
このことは、車の運転というような技能とその他の知識は、基本的には、身につける方法も、頭の中で記憶される場所も基本的には異なっていることを示しています。
認知心理学の領域では、このようなふたつの種類の記憶を手続き的記憶宣言的記憶という別の呼び名で呼び、それぞれを区別しています。とうぜん、誰かに情報を伝達しようとするとき、どちらの記憶になるべきなのかを判断してから、その相手にそれぞれの適切な方法を用いて提示すればよいということになります。
たとえば、正しい歯磨きの仕方とか、ネクタイの結び方のように、いくつかのステップに分けられて連続するような行為を、それを知らない人たちに伝える場合は、ことばだけの説明では不十分で、実際に目の前でやって見せるとか、それを真似してやってもらうなど、実際の動作を経験することが何より重要になってきます。
外国語のコミュニケーション能力のようなものも、いくつかの技能の集合体と考えられますが、単語をたくさん機械的に覚えたり、文法を抽象的に理解しているだけでは不十分で、さまざまな状況に合わせて、実際のそのことばを使用することで、その複雑な技能が習得されると考えればよいのです。

6.結語

最もむずかしい問題は、情報を伝える相手それぞれの知識量が異なることです。ことばの説明だけで、こちらが意図するものを簡単にイメージできる人もあれば、写真や模型を見せても、その実物がイメージできない人も世の中にはたくさんおられます。
相手のもっている知識量を早い段階で判断して、それにあわせた方法でコミュニケーションをしていくことが重要なポイントになります。

参考文献
  • 1) 井上智義編(1999)『視聴覚メディアと教育方法:認知心理学とコンピュータ科学の応用実践のために』京都;北大路書房.
  • 2) Miller,G.A. (1956) The magical number seven, plus or minus two: Some limits of our capacity for processing information. Psychological Review, 63, 81-87.
  • 3) Paivio,A. (1986) Mental representation: A dual coding approach. New York : Oxford University Press.

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