DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

SPECIAL
クライアントとドクターの心理学2 視覚イメージを効果的に用いるには
同志社大学 文学部 教授 井上 智義

目 次

※井上智義(いのうえともよし)先生・略歴
1954年 京都市に生れる。78年 京都大学教育学部(教育心理学専攻)卒業、82年 大阪教育大学教育学部助手、助教授を経て、現在は、同志社大学文学部教授。80年 教育学修士(京都大学)、97年 教育学博士(京都大学)、98年 在外研究、ビクトリア大学客員教授。
専門分野は、教育工学/言語心理学/二言語教育など、主な著書に、『視聴覚メディアと教育方法:認知心理学とコンピュータ科学の応用実践のために』『人間の情報処理における聴覚言語イメージの果たす役割』ほか、共著、分担執筆など多数。

1.はじめに

前回は、「情報をわかりやすく伝えるには」というテーマで、認知心理学の研究の知見を紹介しながら、人間の情報処理についての特徴と効果的なコミュニケーションについての概論のようなことを書きました。
理解するということは、外から入ってくる情報と人間がもっている記憶との相互作用に他ならないのですから、理解する側にとって全く知らない内容については、いくら注意して聞いてもわからないのは当然です。また、人間には、記憶の容量(単位はチャンクで示す)というものがあって、それが短期記憶では7つ前後であることも具体的に示しました。さらに、技能に関する手続き的記憶と、知識に関する宣言的記憶では、その記銘する方法も記憶される場所も異なっていることについても触れました。
今回の原稿では、写真やイラスト、漫画やアニメ、視覚シンボルなどの視覚イメージの情報を効果的に用いて、コミュニケーションの相手にわかりやすく情報を提示するには、どのようなところに注意をすればよいのかについて、話をすすめてまいります。最近の用語を使用すると、「ビジュアル・コミュニケーションを活用した効果的なプレゼンテーション」の話ということになります。

2.言語情報をイメージ情報に変換する

表1図1の3つのパネルを見てください。これらはいずれも、ある年にアメリカ合衆国で、18歳未満の子どもたち(乳児を除く)に起こったケガの件数とその発生場所を示す視覚イメージ情報になっています。言語情報で記述すれば、「家庭内でケガが発生した数は約1000万件、学校では約300万件、道路では約200万件」という内容を4つの異なる方法で視覚イメージの情報に変換したものといえます。一言で「視覚イメージ情報」といっても、このようにイラストもあれば、さまざまな形態の図表も含むことになります。ここに示している4つの情報の形態は、それぞれの伝えたい情報の重みづけが少しずつ異なっています。
たとえば、表では一年間のケガの総数とその内訳が数字ではっきりと確認できますが、グラフの方が、より直感に訴えることが可能ですので、多くの人にとっては印象に残ることになります。また、イラストは、細かな割合についてのデータの一部が削除されていますが、主要な結果が一目で見て取れるというメリットがあるわけです。グラフの表現方法にもいくつかの種類があることもわかっていただけたと思います。
このように、言語情報とイメージ情報は、一対一に対応するものではなく、言語情報にすると同じ内容のものであっても、複数の視覚イメージ情報で表現することが可能になります。言い換えれば、どのような視覚イメージ情報が、どのような場合には適当で、他の形態の視覚イメージ情報より、どの点で優れているのかについて、ある程度把握しておくことが必要だということになります。
言語情報をイメージ情報に変換すると、前回の原稿でも触れたように、大脳の左半球を中心にして抽象的な情報処理をするのではなく、空間的な認知や全体の関係把握が得意な右半球も大きく処理に関与してきます。ですから、具体的に直感的に情報を自分のものとして理解することが可能になり、記憶にもより良く残る結果になるのです。
もちろん、人間は、視覚イメージ情報を他人から与えられなくっても、自分でその具体像を頭の中で思い浮かべることも可能です。たとえば、「小泉首相」と言っただけで、その顔が写真のように鮮明に頭の中に描ける人たちもおられるでしょう。しかし、これには個人差があり、みんなにとって容易なこととは考えられないのです。さらに言えば、一人ひとりがイメージしているものは、厳密にはどれも同じである保証はなく、一人ひとりの固有の記憶に依存していることになります。ですから、当然のことながら、情報の送り手が、最も適切な視覚イメージ情報を準備できるのなら、それが一番好ましいということになります。

  • [表] アメリカにおける事故によるケガの件数(1966)
    表1 アメリカにおける事故によるケガの件数(1966)ー1歳から17歳までー
  • [写真] [図] 「事故によるケガの数」のデータを、3種類の視覚イメージ情報により表現したもの
    図1 「事故によるケガの数」のデータを、3種類の視覚イメージ情報により表現したもの

3.イメージ情報の抽象性

イメージ情報の中には、写真のように実物をとらえた具体的なものから、象形文字に近いシンボルのようなかなり抽象度の高いものまで、さまざまなものが存在します。図2は、「顕微鏡」を表現するいろいろな視覚イメージ情報を示しています。この図では、左へ行くほど具体的なイメージが描かれ、右へ行くほど抽象的なイメージが描かれています。
一番右側の概念関連グラフィックとよばれるシンボルは、細部の記述を省略し、シンプルな形で情報を提示しています。ですから、いったん認識できるようになると、単純な画像である概念を表現できてしまうので、かなり有効なシンボルになりえます。
ところが、初めて見るときにわかりにくいほか、抽象的なものの理解が難しい障害者などには、わかり難い視覚イメージといえるかも知れません。逆に、その点イラストや写真などの視覚イメージは、細部の情報までより具体的に記述しているわけですから、具象性という次元においては優れたものと考えられます。ただ、特定の形の事物を示すには適していても、形の異なる同じ概念の他の事物を表現する場合には、不向きである場合も多く、そのような場合には、ある程度の抽象性を保ったシンボルを用いたほうが好ましいわけです。
抽象的なものはわかりにくくて、具体的なものが視覚イメージとして優れているとは、必ずしも言い切れないのです。それに、細部の記述を省略したようなシンプルなシンボルは、コンピュータ上のアイコンとしても有効なものになります。また、駅や空港などでの道案内としても、すでに、さまざまな場所で活用されています。日本語表示だけでは理解できない人たちにとっては、このようなシンボルは不可欠なものとなっているのです。

  • [写真] 視覚イメージ情報の抽象性(Wileman, 1993)
    図2 視覚イメージ情報の抽象性(Wileman, 1993)

4.視覚シンボルのコミュニケーション

前述の道案内やトイレの表示で馴染みのある視覚シンボルを、人間同士のパーソナル・コミュニケーションの場面でも応用していこうという考え方が、先進国を中心にして徐々に活発になってきています。
10年ほど前から、わが国でも音声言語の使用がむずかしい人たちのために、視覚シンボルを活用して、コミュニケーションをしていこうとする動きが広まっています。
このような方法は、AAC(Augmentative and Alternative Communication )という名で呼ばれ、音声言語以外のコミュニケーション手段の研究が進められています。
そのような流れの中で、私も海外で作成されたシンボルを日本の文化に合うように改良を加える作業に共同研究の形で加わりました。また、ボードに貼り付けられたシンボルを指差しながらコミュニケーションをとる方法のほかに、コンピュータの画面上にシンボルを必要に応じて提示して、日本語と英語の音声も同時に出力できるようなコンピュータ・ソフトの開発にも関わってきました。現在は、ある企業との共同開発の形で、さらに中国語の表示と音声出力が可能なソフトの開発も進めています。
図3では、そのようなシンボルのひとつのシステム「日本版PIC」とよばれるものをカテゴリー別に紹介しています。このようなシンボルを使用すれば、日本語の理解が難しい人たちとのコミュニケーションだけでなく、聴力の低下によって、ことばが聞き取りにくくなった高齢者の方ともスムーズに会話が進むことが予想されます。ことばだけに頼りすぎずに、視覚イメージ情報を上手く用いてコミュニケーションをとりたいものです。
現在、日本では、財団法人日本規格協会で「消費者用図記号標準化調査委員会」なるものが設置されており、このようなシンボルのJIS化が検討されています。順調に審議が進めば、近い将来、このような視覚シンボルが誰でも容易に使用できることになります。

  • [図] 日本版PICの視覚シンボル(藤澤他、2001より
    図3 日本版PICの視覚シンボル(藤澤他、2001より)

5.おわりに

前回の「情報をわかりやすく伝えるには」と今回の「視覚イメージを効果的に用いるには」の2回の連載で、プレゼンテーションとビジュアル・コミュニケーションの問題を解説してきました。
普段から私たちは、あまりにも言語に依存した生活をしていますので、言語は万能だと思い込みがちです。でも、視覚イメージ情報を併用することで、情報がよりわかりやすく相手に伝わり、人間味のあるコミュニケーションが可能になります。人間的なかかわりができるかどうかは、なにも心だけの問題だけではないのです。

参考文献
  • 1) 井上智義(1999)『視聴覚メディアと教育方法:認知心理学とコンピュータ科学の応用実践のために』京都:北大路書房.
  • 2) 藤澤和子(2001)『視覚シンボルでコミュニケーション:日本版PIC活用編』東京:ブレーン出版.
  • 3) 藤澤和子・井上智義・清水寛之・高橋雅延(2001)『視覚シンボルによるコミュニケーション:日本版PIC実践用具改訂版』東京:ブレーン出版.
  • 4) Wileman, R. E. (1993) Visual Communicating. New Jersey: Educational Technology Publications.