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CLINICAL REPORT

口臭の診断と治療

角田 正健

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目 次

はじめに

生活にある程度のゆとりと余裕がでてくると、より快適なもの、より清潔なものを望むようになる。また、他人との拘わりが薄くなった現代社会では、服装などの身なりや言動と同じように、口の臭いによってもその人の評価が変わる時代であり、日常の生活の中で口臭が問題とされることが多くなっている。日本人は比較的体臭の少ない民族であり、反面、臭いには敏感であると言われている。人に対して“くさい”と直接的に表現しない日本人的な思いやりや遠慮が、逆に精神的な負担を重くし、悩みを深くさせてもいる。
一般的に口臭は、さまざまな疾患の一症状として現れることが多い。つまり口臭は、なんらかの疾病のサインであり、強度のものから比較的軽度のものまでさまざまである。このような口臭のほとんどは、歯科口腔の疾患に起因することから、口臭を訴える患者への対応はまず歯科医師が行うことになる。しかし、口臭の判定はなかなか困難である。ましては、口臭を訴える患者を納得させられるような客観的なデータを示すことは難しい。このような問題点を解決するために、最近では口臭検知器“MS-ハリメーター”が臨床で使用されるようになっている。まだまだ改良の余地はあるものの、現時点では臨床の現場で簡便に使用できる唯一の客観的評価方法であるといえる。MS-ハリメーターの紹介とともに口臭の診断と治療について述べてみたい。

1. なぜ難しい口臭の診断

口臭レベルを判断するのはあくまでも人間の鼻である。したがって、人間の嗅覚について十分理解する必要がある。

1)自分の口臭レベルは分からない

さまざまな臭気は鼻腔の最上部にある臭粘膜の嗅細胞でキャッチされ大脳に伝えられる。しかし持続した臭い(刺激)で嗅覚は疲労(順応)する。了解した臭いはやがて薄らぎ、新たな刺激(臭い)に鋭く反応する。これは動物の自己防衛本能ともいえるものであり、たとえ自分に口臭があったとしても、自分自身の嗅覚で臭いを正確に感じ取ることができない理由は、鼻腔と口腔が交通しているという解剖学的形態から納得できる。

2)臭いには基準となる“物差し”がない

臭いの表現は抽象的で主観的であり、感じ取った臭いを正確に表現することは困難である。なぜならば、日常の生活体験に密着した表現の単位(物差し)がないからである。15cmの赤鉛筆と言えば、誰でも話を聞いただけで理解できるが、魚が腐ったような嫌な臭いと言われても、漠然と理解するに過ぎず、実際の嫌悪感の程度や強さは解らない。しかし、臭気にまったく単位がないわけではない。ppm(1/106)、ppb(1/109)という濃度表現、ng(1/109g)という質量表現は可能であるが、あまりにも小さな単位で実感がない。
また臭いの評価は、受けとめる人の感情によっても変わる。飼い主にとって愛犬の臭いは苦にならず、むしろ愛らしい臭いと受け止めるが、犬の嫌いな人には堪らなく嫌な臭いとしか感じられないであろう。このように同じ臭いであっても、受けとめる人の感情によって評価は大きく異なる。もともと口臭とは、その臭いを受け止める第三者の評価であるので、人間関係の軋轢や感情的対立によって、主観的な誤った評価がされることもある。実際には口臭といえるような臭いが無いにも拘わらず、自分の口の臭いに悩み苦しむ自臭症(後述)も、心ない“いじめ・いやがらせ”や不用意な発言が原因となっていることが少なくない。

3)それぞれの臭い物質で閾値が異なる

生体である口腔から生じる臭い物質として、幾つかの物質が想定されている。アンモニア、アミン類、揮発性硫化物、低級脂肪酸など主にタンパク質の分解によって生じるもので、口腔局所や鼻腔、咽喉の疾患に由来するものである。また、全身疾患に起因する臭気には、アミン臭(肝疾患)、アンモニア臭(尿毒症)、アセトン臭(糖尿病)が代表的なものとして挙げられている。疾患の早急な治療が求められる全身疾患は別として、口腔局所などの疾患に由来する口臭は、細菌とその細菌が関与する炎症の結果といえる。これらの臭気物質が口腔内に存在することは事実であるが、口臭として人の嗅覚に訴え得る量(濃度)が存在するか否かが問題となる。それ故、それぞれの臭気物質が嗅覚を刺激する最低濃度(閾濃度)が重要となる。臭気物質によって閾濃度はまったく異なり、揮発性硫化物(Volatile Sulpher Compounds :以下VSCと略)であるメチルメルカプタンなどは超微量で嗅覚を刺激する。その上、口臭の強弱と高い相関が証明されており、現在ではメチルメルカプタンに代表されるVSCが、唯一口臭の指標となっている(図1)。表1は臭気物質の閾濃度を示すものであるが、メチルメルカプタンとアンモニアでは、1千万分の1の濃度で感じる程の差がある。さまざまな臭いが存在し空気の流れもある実際の自然空間では、閾濃度の2万倍にも相当する50~60ppbのメチルメルカプタン濃度で口臭と感じる。さらに、ある程度の距離を保って行われる日常の会話では、その3倍程度の濃度がないと口臭とは感じない。

4)遠慮があり口臭はなかなか指摘できない

親しい友人であっても、相手の口臭を指摘することにはためらいがある。また、その程度を正確に伝えることも困難であるために、何も嫌な気持ちにさせることは無いと、ついつい言いそびれてしまう。まさに「臭いものには蓋をしろ」である。歯周病の治療などの際に、強い口臭を感じることもしばしばあるが、本人は意外と気にしていない場合が多いようである。周囲の人の気遣いが、疾病を放置させ進行させてしまうことにも成りかねない。逆に、自分の口の臭いについて他の人に相談することにも憚りがある。その結果、口臭がないにも拘わらず、極度に口の臭いを気にする人も多い。

  • [写真] 口臭の強さとメチルメルカプタンの関係
    図1 口臭の強さとメチルメルカプタンの関係(印はCH3SH)
  • [表] 臭気物質の最低知覚濃度(閾濃度)
    表1 臭気物質の最低知覚濃度(閾濃度)

2. 誰の口にも臭いは必ずある

誰の口の中であっても臭気物質は必ず存在する。一般に、口臭のある人の口の中にのみ臭気物質があり、口臭のない人には臭気物質は存在しないと誤解されがちである。実際には、両者ともに臭気物質は存在しており、その濃度に僅かな違いがあるにすぎない。口腔内には500億もの細菌が生息しており、400種類もの口腔常在菌叢で成り立っていると言われている。一方口腔内には、剥離した上皮細胞、遊走した白血球、食物残渣あるいは死滅した細菌などタンパク質が豊富に存在している。これらタンパク質が口腔内細菌によって分解される過程で臭気物質は産生される。生体の一部である口腔内に存在するであろう臭気物質として、アンモニア、揮発性硫化物、低級脂肪酸、アミン類、トリプトファン誘導体などが挙げられており、口臭にはこれらの臭気物質が相互に関係していると考えられている。
1つの例として早朝時(起床時)口臭を考えてみると、夜間睡眠中は極端に唾液の分泌が抑制され、自浄作用は低下する。適当な温度・栄養の下に口腔内細菌にとっては、あたかも培養器の中にいるように最も環境の良い時間帯であり、細菌は増殖する。一方、口腔組織の代謝は睡眠中も休止せず、剥離上皮細胞、血球成分などは吹きだまりのように口腔内に停滞する。このように起床時は、分解される対象であるタンパク質、分解能を有する細菌の双方が最も増加した状態にある。したがって、個人にとって最高に臭いレベルの上昇する時間であり、日常は他の人に口臭を感じさせない人であっても、起床時には口臭が感じられることが多い。これが生理的口臭と分類される早朝時口臭である。空腹時の口臭も、これ程ではないが同様である。生理的口臭の多くは、唾液の分泌量に関係している。口の渇きを訴えるほどの緊張時には、口臭が出やすい。指しゃぶりで唾液の付着した指は必ず臭う。口腔が乾燥した状態での会話は、本来誰にでもある口の臭いを感じさせてしまう。加齢に伴い唾液の分泌量が減少したり、内科的疾患のため薬剤を服用する頻度も高くなると、その副作用として唾液分泌が抑制され、薬物臭も加わり老人性口臭は一層強くなる。

3. 口臭治療の第1ステップ診断

問題となるような口臭は実際にありますか?
まず、実際に口臭と言えるような臭いがあるか否か判定することが、最も重要である。そのためには、口臭を判断し易い悪い口腔内環境をあえて作り、判定する必要がある。朝食やブラッシングを禁止し、起床直後になるべく近い環境で可能な限り客観的に判定することが求められる。

1)患者の訴え

口臭に対する患者の訴えは千差万別である。身近な家族から口臭を指摘された。自分でも口の中が粘っこく、苦みを感じて不快である。このような患者には実際に口臭を認める場合が多い。しかし、口腔内の不快感は自覚しているものの、周囲の人から指摘されなければ自分の口臭に気づく者は少ないことが現実である。誰でも他人への遠慮から、直接口臭を指摘することは稀である。このため、歯周病などが進行しており、かなり強い口臭があるにもかかわらず無頓着な人の方が多い。一方、実際には口臭がないにも拘わらず、何らかのきっかけで自分の口の臭いに異常な程のこだわりを持つ自臭症患者もいる。現実にはあり得ないことを訴える患者のほとんどは、自臭症患者である。したがって、患者の訴えを時間を掛け十分に聞く必要がある。患者の性格まで把握することが重要である。そのためには表2のような問診表(口臭アンケート)が役立つ。問診表を基にさらに問診し補足することにより、患者の訴えが整理される。

2)口臭レベルの把握

(1)嗅覚による判定:嗅覚による判定は、設備を必要とせず誰にでも直ちにできる利点がある。その上、微妙な臭いの違いを総合的に判断できる点で優れている。前に述べたように、口臭の原因臭気物質はVSCであることが定説となっているが、同じように歯周炎が進行した患者であっても、糖尿病に罹患している患者は微妙に何か異なる臭いを感じることもある。口腔内に存在する量や刺激の強さ(閾値)にもよるが、多くの臭気物質が相互に関係しあい、微妙な臭いの差として受けとめられる。しかし反面、嗅覚による判定は主観的であり、説得力に欠けるという最大の欠点がある。口臭を訴えて来院した患者は、先生の明確な答えを求めており、「問題ありません」の一言で済ませることは、不信感を与えるのみで何ら解決にはならないばかりか、このような対応を受けた患者は医療機関を転々とすることになる。このような問題点を少しでも解消するためには、患者の訴えを十分に聞いた上で、複数の人の嗅覚で口臭を判定し、可能なかぎり客観性のある判定をしなければならない。
(2)口臭検知器による測定:口臭の評価に客観性をもたせ、臨床の現場で簡便に測定できる口臭検知器が開発されている。口臭検知器は、VSC濃度を具体的な数値であるppb(10―9)で示すことができ、その数値が意味することを知らせることにより、患者は口臭のレベルを客観的に理解することが可能となった。図2は、米国インタースキャン社製の口臭検知器MS-ハリメーターである。この機械は、口腔内の気体を自動吸引し、VSC濃度をppb単位で液晶表示する。主観的である嗅覚による判定の欠点を補い、その上3.5kgとコンパクトなもので診療室のどこででも使用が可能である。
このハリメーターの実用性を検証する目的で、後に述べるガスクロマトグラフ(GC)による分析値と比較した結果は、表3に示す通りであった。嗅覚で口臭がみとめられず低レベルのメチルメルカプタンが検出された患者では、GCとハリメーターの測定値はほぼ一致している。しかし、口臭レベルが上がるにしたがって、GCに比較して測定値は低い値を示し、著しく強い口臭が認められた患者では、GCの1/3~2/3の値であった。
また、口腔内の臭気濃度は刻々変わるものであるが、測定の際に患者の機械操作の不慣れに起因していると思われる測定値のバラツキが見られた。このような操作ミスを防ぎ、唾液の嚥下、会話などによる臭気濃度の変化をも考慮したならば、必ず数回の測定を繰り返し、最も高い値をその患者の測定値(臭気レベル)とすべきである。初期のハリメーターでは、液晶表示された最高値が固定されることがなく、表示される数値を見逃すことがないように常に観察していなければならなかった。今では改良が進み、3分程のインターバルで連続的に3回測定できるように設定されており、そのそれぞれの最高測定値が記憶されるようになっている。さらに、パソコンと連結することにより、その測定値を保存することは勿論のこと、患者の視覚で確認できる波形としてプリントアウトすることも可能となっている(図3)。
(3)ガスクロマトグラフによる分析:分析すべき臭気物質の対象を限定した場合、最も精度の高い分析方法は、ガスクロマトグラフ(以下GCと略)の応用である。VSCの定性・定量には、炎光光度検出器(FPD)を備えたGCを使用することにより、ppbレベルで検出することが可能である。臭気物質を、その濃度(ppb)や質量(ng)の単位で数値化して表現し、あるいはグラフ(ピーク)の高さで視覚的に示すことが可能である(図1)。GC応用の利点は、患者の目の前で具体的な数値やグラフで示すことができることである。表現が非常に困難な臭気を、目でみえるグラフや数値で示すことにより、自分自身の口臭の程度を患者は理解し易くなる。表4は、口臭を主訴に来院した患者100名の診断結果を示している。驚くことに、その半数以上は口臭が認められない自臭症であった。このことからも、如何に客観的な評価が必要であるか明白である。その上、口臭のレベルに応じたグラフや数値と自分自身の結果を比較したり、治療前後を比較検討することも容易であり、口臭判定に最も有効な手段と言える。しかし、設備が大がかりで高価であること、移動が困難であること、検出すべき臭気物質の対象が限定されており多成分の分析が同時にできないこと、などの欠点もある。したがって、診療室での日常的な臨床に応用することは一般的でない。このような幾つかの欠点はあるもののGCの応用は、その精度の高さから口臭レベルの判定のみならず、歯周病などによる炎症程度の把握やその治療効果の判定に役立つ。
どのような手段を用いた判定であっても、Ⅰ)口臭なし、Ⅱ)かすかな臭いを認める、Ⅲ)口臭あり、Ⅳ)強い口臭を認める、Ⅴ)非常に強い口臭を認める、の5段階程度には分類し記録に留める必要がある。表4はこの5段階評価におけるGC分析のメチルメルカプタン濃度を示しているが、あまり厳しく評価することは逆に口臭ノイローゼを生み出すことになると考え、鼻先で息を吹きかけて口臭を感じるレベル(60ppb程度)の濃度はあえて無視し、1m以上は距離を隔てる日常の会話で口臭を感じない200ppb以下は、口臭なしと判定している。200~300ppbでは時に口臭を感じるレベルの要注意とし、ブラッシングやスケーリングによる口腔清掃の徹底が必要となる。300ppb以上は真の口臭と診断し、原因疾患の究明とその治療に重点が置かれる。

3)病的口臭の発生メカニズム

口腔内のさまざまなタンパク質を口腔細菌が分解することによって、臭気物質が産生されることは前に述べた。しかし、病的口臭といわれる程の臭気はなぜ発生するのであろうか。
歯周病を例に口臭が発生するメカニズムを考えてみると、口腔清掃が不十分でプラークが多量に付着すると、深層では酸素を好まない嫌気性菌が増加し、これら細菌の産生する毒素や酵素などの影響により歯肉には炎症が起こる。歯と接する歯肉の上皮は破壊され、組織内からは白血球が遊走、出血も見られるようになる。炎症は、すなわち組織破壊であり、正常な状態でも常に生じている血球成分、剥離上皮細胞あるいは死滅した細菌などのタンパク質の分解に加え、ポケット内の嫌気性細菌や好中球のタンパク分解酵素などによって、タンパク質の分解は急激に増加する。その結果、白血球や剥離上皮細胞あるいは歯周組織である歯肉のタンパク質は、分解される過程で含硫アミノ酸に脱アミノ反応が起こり、終末ではVSCである硫化水素やメチルメルカプタン、ジメチルサルファイドなどの臭気物質が発生すると考えられる(図4)。

4)実際には口臭が認められない自臭症

口臭を主訴としているが、他覚的には口臭は全く認められない。しかし、自身は口臭があるものと確信しており、対人面で障害のある者を自臭症と称している。実際には口臭が認められないにもかかわらず、また家族や友人から口臭を指摘されたこともないが、「会話の最中に相手から顔を背けられた。人はハンカチで鼻を覆ったりする」と訴える。このように、他人の挙動を自分の口臭と結び付け、自分の口臭が人に迷惑を掛けているのではないかと心配する。常に他人の行動を意識して脅え、呼吸さえも控え目である。極端な場合、線路を挟んで向こうのホームにいる人が鼻にハンカチを当てたことも、自分の口臭のためと思い込む。
また、他人から口臭を指摘された場合であっても、必ずしも真実とは限らない。学校でのおもしろ半分の“冷やかし”や“いじめ”は、ひどく心を傷つけることになる。何げなく言った言葉が以外とショックを与え、何年も心に残ることになる。そのため本人は口腔清掃に努め、歯科疾患のない良好な口腔状態が保たれているにもかかわらず、口臭を恐れ人との会話を敬遠する。このようなタイプの人は口臭心身症と診断されるが、真面目でおとなしく内向的な性格の人に多いが、誤解に基づく思い込みが激しい。誠意を持って時間を掛け、十分説明することによって理解を示す。納得されたならば比較的立ち直りは早く問題は解決する。口の臭いを正確に評価し、誤解を解いてあげることがなによりも必要となる。
一方、社会や組織への順応力や協調性に欠ける人の場合、口臭を悪者にして逃避することがある。周囲の人々とうまくいかない、仕事が思うようにいかない、これらの理由をすべて口臭のためと決めつけ、自ら反省しようとはしない。自己中心的で人の話を聞こうともせず、葛藤を起こしやすい。このような人は、性格特性から口臭神経症と診断される。治療は困難で長時間を要する。徐々にではあるが、心を開き対話が可能となれば解決の糸口は見いだせる。いずれにしろ真の口臭はなく、あってもごく軽度なので積極的な口臭治療は必要なく、カウンセリングや簡易精神療法が必要となる。

  • [写真] 口臭問診表(アンケート)
    表2 口臭問診表(アンケート)
  • [写真] 口臭検知器「MS-ハリメーター」
    図2 口臭検知器「MS-ハリメーター」
  • [表] ガスクロマトグラフとハリメーターの測定値の比較
    表3 ガスクロマトグラフとハリメーターの測定値の比較
  • [グラフ] パソコンによるデータの管理
    図3 パソコンによるデータの管理
  • [表] 口臭の5段階評価と患者100名の内訳
    表4 口臭の5段階評価と患者100名の内訳
  • [図] 揮発性硫化物の発生メカニズム
    図4 揮発性硫化物の発生メカニズム

4. 口臭治療の第2ステップ原因の究明

口臭の発生原因となる疾患の診査を十分に行う。歯周疾患が圧倒的に多い原因疾患なので、特に歯周ポケット・歯の動揺・歯肉の炎症程度などの歯周組織検査、口腔清掃状態のチェックやX線検査は欠かせない。舌苔の付着状態、智歯の存在とその周囲の炎症、口腔粘膜の異常所見、口腔の解剖学的な異常、上顎洞炎や咽喉・扁桃の炎症なども見逃してはならない。また、全身疾患の有無、常用薬剤の有無も唾液分泌の低下や薬物臭に関係するので、重要なポイントとなる。
実際には口臭の認められない自臭症の場合は、特に歯科的治療は必要ないが、いつの時点でどのようなきっかけで自己の口臭に拘るようになったか知る必要がある。誤解や思い込みによる口臭、あるいは自己逃避の手段として口臭が悪役となる。知らず知らずのうちに口臭があると信じてしまう。
いずれにしろ十分に時間を掛け、患者が納得できるまで根気よくカウンセリングすることになる。時には、心療内科や精神科に診療を依頼する必要もある。

1)口腔局所の原因疾患

歯周病(図5):歯周病は若年者を含め増加傾向にある。働き盛りの50代ともなると、その80%は歯周病に罹っているといえる。歯周病の最大の原因はプラーク(歯垢)であることは周知の通りである。プラークの主体である細菌(70%)が、タンパク質を分解した結果、臭気物質が生じる。プラークによる炎症である歯周病が進行すると、歯は動揺し咀嚼は困難となるが、このような症状は末期的なもので、ほとんどの場合は症状もなく進行する。したがって、何らかの症状を自覚するまでの間には、知らず知らず口臭が出ていても不思議でないような口腔環境で放置されていることになる。最も頻度の高い口臭の原因は、歯周病であるといえる。
特殊な歯肉炎と粘膜疾患(図6):一般的には、歯肉に限局した軽度の炎症(歯肉炎)で口臭が認められるようなことは殆どない。だからと言って、これを放置しておけば炎症は深部にまで波及して、歯周炎に移行するので決して軽視はできない。
慢性的な歯肉や粘膜の炎症は注意を要する。日頃から口腔清掃状態が悪いと、極端に体が疲労し全身状態が悪化すると、歯肉の抵抗力は低下し、稀ではあるが歯肉に急激な感染症が起こる急性壊死性潰瘍性歯肉炎が発症することもある。発熱を伴い体はだるく激痛で摂食は困難となる。歯肉は赤く爛れ出血し、歯肉組織が壊死すると灰白色に変化する。このような時には非常に強い口臭が認められる。また、口の中の歯肉・粘膜は全身的な影響を受け易い部分でもあり、全身疾患の一つの症状として歯肉に症状が現れ、粘膜が爛れ、疼痛のため歯ブラシなどによる清掃が困難となり、口腔環境が悪化した結果として口臭が出る場合もある。急性炎症の場合は、その炎症が緩解するにしたがって口臭も消える。しかし全身疾患による慢性的な炎症の場合は、口臭の改善もなかなか困難であり、対症療法により極力症状の改善に努めることとなる。
舌苔(図7):舌の上に白い苔のようなものが付いていることがある。これが舌苔と呼ばれるもので、誰にでも経験がある頻度の高いものである。病気のために2~3日高熱を発するようなことがあると、体は脱水状態になり喉の渇きを覚える。このような時、口腔内は唾液による自浄作用が低下し、舌の上には白い苔が多量に沈着する。二日酔いによる脱水でも、同様に舌苔が認められるようになる。このような舌苔も口臭の大きな原因となる。舌苔の成分は、本質的には歯の表面に付着するプラーク(歯垢)と同じであり、細菌、剥離脱落した上皮細胞、歯周ポケットから遊離してくる白血球などの血球成分が主体である。これらが細菌により分解されると臭気となる。
義歯による粘膜の潰瘍(図8):ある程度の歯が失われると、咀嚼機能を回復するために義歯が装着される。多くの義歯はレジンで作られており、レジンはある程度の吸水性があるので唾液成分が吸着する。唾液には、プラークと同様に細菌を始めとした多くの有機成分が存在しており、外された義歯の臭いを嗅げば、必ず臭う。さらに問題なのは、義歯の管理が悪い場合である。義歯を入れっぱなしにして、食後も手入れをしないでいると、義歯は当然汚れ、周囲の歯にも著しくプラークが付着し、前述の歯周炎を発症させる。また、義歯に接する粘膜にも炎症が生じ、潰瘍を作ることもある。口腔内の汚れという点では、義歯を使用することにより以前より悪化した口腔環境にあることを自覚する必要がある。したがって、毎回義歯をはずし残存歯を入念にブラッシングするだけではなく、義歯の清掃にも特に注意を払う必要がある。
多数歯におよぶ齲襍(図9):齲襍により口臭が認められることは稀である。しかし、口腔内の多数歯が齲襍の場合は、稀に口臭も認められる。多数歯が齲襍になるということは、口腔の清掃が非常に悪いことを意味しており、齲襍のみならずプラークのために歯肉炎や歯周炎に罹患していることが一般的である。また、齲襍が進行して歯髄が壊死してしまった場合には、“エソ臭”と言われる腐敗臭が出る。
唾液の分泌が少ない場合:分泌される唾液の量には個人差があるが、極端に少ないと口腔内の自浄性・清掃性が低下することにより、口腔内の環境は悪化する。これらの原因は、シェーグレン症候群など唾液分泌が低下する疾病や、薬物や放射線治療の副作用あるいはや全身的な疾患によるものが多い。このような場合は、健常者よりなお一層の口腔清掃を心掛けることが必要となる。
智歯周囲炎や解剖学的形態の異常(図10):半埋伏の状態で、慢性的に炎症が認められるような智歯周囲炎も口臭の原因となる。また、舌小帯の高位付着による形態異常も、舌側歯頸部の清掃不良や、舌下への不潔物の停滞を招く。

2)全身疾患による口臭

全身疾患に伴う口臭は、鼻咽腔、上部消化器、呼吸器あるいは代謝により発生した臭気が、気道である口腔から放出されるものである。
鼻咽腔疾患:鼻腔や副鼻腔あるいは扁桃・咽喉頭の炎症性疾患によって口臭が発生する。自覚する症状がほとんどない軽度の慢性炎症であっても時に口臭の原因となるので、口腔領域に口臭の原因を疑える疾患がない場合は、鼻咽腔疾患を疑う必要がある。
上部消化器疾患:消化器疾患によって口臭が発生することは稀であり、慢性胃炎や胃潰瘍が口臭の原因となることはない。食道憩室や食道狭窄のため、食物残渣が停滞・腐敗することにより炎症が起こり、疼痛と口臭を訴えることがある。
呼吸器疾患:気道の一部である気管支の炎症(化膿性気管支炎)や、肺の化膿性炎症(肺壊疽)あるいは肺癌は口臭の原因となるが、口臭対策を講じるまでもなく原疾患の治療が優先される。
代謝性疾患:肝疾患によるアミン臭、腎疾患によるアンモニア臭、糖尿病によるアセトン臭などがよく知られている。しかし、このような臭気が認められる状態は相当に重症であり、歯科外来で遭遇する頻度は低い。
吸収性臭気症:吸収性臭気とは、食餌性の臭気ともいわれるもので、飲食した放臭物質が腸管から血液中に吸収され、血流を介して肺におけるガス交換の結果、呼気として排出される臭気である。代表的なものにニンニク臭やアルコール臭がある。また、活性型ビタミンB1剤など薬剤によっては、服用後に特有の口臭が認められる。

  • [写真] 重度に進行した歯周炎
    図5 重度に進行した歯周炎
  • [写真] 尋常性天疱瘡による粘膜の炎症
    図6 尋常性天疱瘡による粘膜の炎症
  • [写真] 白黄色の舌苔の付着
    図7 白黄色の舌苔の付着
  • [写真] 清掃不良による床下粘膜の炎症
    図8 清掃不良による床下粘膜の炎症
  • [写真] 多数歯におよぶ齲襍
    図9 多数歯におよぶ齲襍
  • [写真] 舌小帯の高位付着
    図10 舌小帯の高位付着

5. 口臭治療の第3ステップ疾患の治療

口臭原因疾患の治療は、ブラッシングを主体とした口腔清掃や歯周治療が中心となるが、食事・生活指導や他科(内科)との連携した治療も必要となることがある。口臭の発生には、口腔細菌とさまざまなタンパク質が関与している。口腔内にその原因がある口臭の治療は、原因疾患の治療を通して、この細菌の量と菌叢を正常なものに近づけること、細菌によって分解されるタンパク質の量を可能な限り少なくすることである。
(1)歯肉炎や歯周炎による口臭:最も頻度の高い口臭原因疾患であるので、軽度の歯肉炎症も見逃してはならない。
少なくともプロービングによる歯肉出血が無く、良好な口腔清掃状態(PCR20%以下)が維持されている必要がある。図5の症例は、47歳男性の重度に進行した歯周炎患者であり、家族より口臭を指摘されていた。歯周治療が終了し、メインテナンスに移行した時点では、炎症もなく良好な状態が維持されている。
図11は初診時、図12はメインテナンス時のガスクロマトグラムである。検出されていた高濃度のメチルメルカプタンは激減、現在では日常生活で口臭を指摘されることは無くなった。また、母親に口臭を指摘された19歳女性は、乳頭部歯肉に発赤腫脹などの炎症所見が認められ、歯肉炎に伴う軽度の口臭症と診断された。ブラッシング指導を行うとともに、乳頭部歯肉縁下や舌側歯頸部に歯石が認められたため、全顎のスケーリングを行った。歯肉炎症の改善とともに、僅か1か月で口臭は消失した。
(2)舌苔の付着:図7に示すような舌苔の付着は、単に口腔清掃状態が不良であることのみによるものではなく、全身的な体調を反映しているものといえる。発熱や二日酔いによる脱水症状は勿論であるが、だるい程度の自覚しかない過労や睡眠不足あるいは消化器疾患による体調不良も、舌苔の沈着に関係する。その原因は、舌乳頭の変化と唾液分泌量の減少の両方によるものといわれている。日頃の規則正しい食生活・睡眠が、何よりも優れた予防策である。早朝の洗顔時に、万が一に白黄色の舌苔が認められたならば、ブラッシング時に舌清掃を行うことは口臭抑制に効果的である。種々なる舌清掃器具が市販されているが、舌への過剰な刺激は避けるべきであり、ガーゼや清潔なタオルで拭い取るだけでもよい。
(3)形態異常や智歯周囲炎などに起因した口臭:舌小帯の高位付着(図10)により、口腔底が狭く舌下や下顎歯頸部の清掃性・自浄性が低下したことにより、口臭が認められるようになる。小帯の切除により、清掃が行き届くと口臭も改善する。また、半埋伏の智歯周囲炎が原因と思われる口臭も見受けられる。智歯の抜歯により、周囲組織の炎症が改善され口臭も消失する。
(4)口臭の薬物療法:口臭発生の一方の主役である細菌を、薬物を用いて減少させる方法も口臭治療の一手段である。しかし口臭への薬物療法は、原因疾患の改善を図るまでの補助的手段であり、根本的な治療法とはいえないことが多い。
内服薬:急性炎症に際して、内服薬として投与される抗生物質も、口臭の改善に有効であることは経験的にも理解できる。一般的には、口腔清掃が不良である結果生じる歯周疾患のような慢性疾患が、口臭の原因であることが圧倒的に多い。しかし時には、清掃も良好で歯肉には炎症所見が認められないにもかかわらず、口臭が感じられる場合もある。口腔常在菌の菌叢に問題があると思われるケースである。このような場合や、歯周治療の効果が現れるまで待ち切れず、一刻も早く口臭を軽減したいという患者の強い希望により、Metronidazole(抗トリコモナス剤)を投与こともある。Metronidazoleは、トリコモナス膣炎の治療薬として使用されている抗菌剤であるが、嫌気性細菌や原虫類に著効であり、口臭の治療に古くから用いられており、海外の一部諸国では歯周病治療薬としても使用されている。1日1回1錠(250mg)の5日投与により効果を発揮するが、改善が少ない場合はさらに5日間追加投与すると効果が確実となる。口腔清掃が十分に行き届いた状態で薬剤を応用すべきであり、当然ながら清掃状態が悪いと、その効果は短期間にすぎない。
外用薬:消毒薬・洗口剤・液状歯磨剤などに、抗菌効果のあるクロロヘキシジン(Chlor-hexidine)、塩化セチルピリジニウム(Cetylpyridinium chloride)、塩化ベンゼトニウム(Benzethonium chloride)、オキシドール(Oxydol)などが挙げられる。弱い抗菌効果なので直接的な消臭効果は少ないが、長期間の使用により細菌であるプラークの抑制効果が認められている。含有している香料により、口臭を隠すというマスキング効果が期待できると共に、使用しているという安心感から、緊張を解きリラックスできる効果は大きい。
食品:茶などの抽出物であるカテキン(Catechin)や植物油であるハーブオイル(Herb oil)には、強い消臭効果が認められている。これらの効果は、口臭の発生に関与している口腔細菌に対して抗菌的に作用したり、分解されるタンパク質に何らかの影響を与えるのではなく、発生した臭気であるVSCを不揮発性の物質に変化させている、と考えられている。
口臭治療に薬物を応用する場合は、慎重に使用しなければならない。原因疾患の究明とその治療を最優先し、安易に薬物の効果に頼らず、長期間の服用は避け、副作用の発現に常に注意を払う必要がある。

  • [グラフ] 図5に示す患者の初診時のガスクロマトグラム
    図11 図5に示す患者の初診時のガスクロマトグラム
  • [グラフ] 歯周治療後のガスクロマトグラム
    図12 歯周治療後のガスクロマトグラム(CH3SHの減少が顕著)

6. 口臭治療の第4ステップ効果の判定

原因と思われる疾患の治療がある程度進んだならば(歯周病なら歯肉炎症の改善)、口臭レベルの変化を確認する必要がある。効果が認められるならばその治療をさらに進め、改善が認められないならば他の原因を疑って、新たな治療を始めなければならない。
このように、あたかも歯周治療の再評価検査のように、治療の節目で口臭レベルを評価する必要がある。そのためにも、主観的で信頼性に乏しい嗅覚による判定を補う意味で、MS-ハリメーターを活用し、治療前後の数値を比較することは有効な手段である。
製作会社では、MS-ハリメーターによる口臭評価の基準値を示しているが、口臭の有無や強弱の指標となるメチルメルカプタン濃度を比較した限りでは、ガスクロマトグラフによる分析値とは異なる。今後は多くの臨床例を基に必要ならば基準値の修正を行い、ハリメーター値の正当性を確立する必要がある。

あとがき

口臭は、歯科口腔疾患に起因することがほとんどである。したがって口臭治療は、まず歯科医師が担当すべきであり、患者の訴えに耳を傾け、原因の究明に当たらなければならない。口臭治療は、時に患者のプライバシーに踏み込むことも多くなる。相互の信頼関係を築くことがなによりも重要なことになる。その上で、必要に応じて他科に依頼したり、連携した診療を行うこともある。また、歯科的に捉えるならば、その原因疾患となる頻度から、口臭の治療は歯周病の治療とイコールであるといっても過言ではない。どのような口腔疾患が原因で生じる口臭であっても、ブラッシングによる口腔清掃状態の改善が基本となる。それ故、オレリーのプラークコントロール・レコード(PCR)20%以下がまず第1の目標であり、それが達成されたならば、さらに高い目標を設定することにより、口臭に限らず多くの歯科口腔疾患は予防できると考える。
(本論文は東京都歯科医師会雑誌第49巻第8号に掲載された“口臭を訴える患者への対応”の一部を追加・削除し改編したものである)

参考文献
  • 1) 角田正健:口臭患者呼気のガスクロマトグラフィによる分析;日歯周誌17,1-13,1975.
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  • 3) Tonzetich J:Production and origin of oral malodor - a review of mechanisms and methods of analysis; J.Periodont.48,13-20,1977.
  • 4) 佐藤春海:歯周炎患者の全唾液中thiolと揮発性硫化物について;日歯周誌22,130-141,1980.
  • 5) 大串 勉:歯周炎患者における全唾液中細胞成分と口臭との関係;日歯周誌22,308-319,1980.
  • 6) 森山貴史:口臭と歯齦縁下細菌叢に関する臨床的研究;歯科学報89,1425-1439,1989.
  • 7) 宮崎秀夫:口臭って何だろう?;デンタルハイジーン161,502-506,1996.
  • 8) 角田正健:歯科疾患における口臭-その原因と予防・治療-;デンタルハイジーン161,507-515,1996.
  • 9) 杵渕孝雄ほか:全身疾患と口臭;デンタルハイジーン161,517-524,1996.
  • 10) 角田正健:健康志向から口臭を捉える;デンタルダイヤモンド324,30-33,1999.
  • 11) 川口陽子:自臭症患者への対応;デンタルダイヤモンド324,41-44,1999.
  • 12) 角田正健:口臭測定の現状;デンタルハイジーン203,1100-1103,1999.

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