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108号 SPRING 目次を見る

CLINICAL REPORT

フィジオロジックシステムにおける人工歯の役割

細見 洋泰

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■目 次

■はじめに

高齢化社会を迎えた現在、義歯によって咀嚼機能の回復を試みるケースが多くなったことはいうまでもない。
しかし、特別養護老人ホームなどの施設に訪問すると、咀嚼機能の回復が義歯によって適正に行われず、食事の際には義歯を外し、ホーム内での食事以外の社会生活の場では義歯を装着しているケースなどは多く見られる。
また、このようなケースは老人施設だけではなく、老老介護の家庭においても多く見られる。
我々歯科医師としては、義歯により咀嚼機能の回復を試みる処置が例えリハビリテーションであって、厳密に言う疾病に対する治療行為でなくても、二次予防の観点からも大変重要な処置であると考えている。
したがって、機能回復を図ることは大変大事な処置ではあるが、その行為によって新たな疾病を誘発してはならないことを肝に銘じておかなければならない。
例えば、それは欠損部顎堤の吸収を促進させたり、人工歯の咬耗や摩耗によって顎位の変化を起こさせてしまったりすることであり、これらの変化は極力避けなければならないであろう。
このように生体の変化を人為的な処置で起こしてしまうのを最小限にとどめることが、生体に対してやさしい処置であると筆者は考えている。
そこで今回は(株)ニッシン、(株)モリタ両社が提唱したフィジオロジックシステムについて、粘膜から人工歯までについて述べてみたいと思う。

■フィジオロジックシステム

まず「生体にやさしいフィジオロジックシステム」についての概念を考えてみることにする(図1)。
生体にやさしいということは、残存機能を損なうことなく、いつまでも正常に保つことが基本的な考え方である。
そこで、この概念を義歯装着患者に限って当てはめてみると、まず生体の変化として考えられるのは欠損部顎堤の骨吸収であり、次に経時的な変化としては人工歯の咬耗や摩耗である。
義歯により正常に咀嚼機能が回復されているうちはなんら問題が生じないが、徐々に生体の変化により義歯の維持安定が損なわれるので、正常に機能回復を図ることが困難な状況になってくる。
そこで、欠損部顎堤における骨吸収という変化に対しては、フィクショナー(ティッシュコンディショナー)を用いてダイナミックインプレッションを行い、間接リライニングにより顎堤と義歯床内面との適合精度を確保し直すことにより、機能回復を図らなければならない(図23)。
また、人工歯の咬耗や摩耗に関しては、人工歯咬合面の補修が必要になり、リモルディングを行わねばならない(図4)。
このように、失われた生体の機能を人為的な行為や材料で回復する際には、それ以上生体を傷つけないように考えなければならない。
では、生体を傷つけないようにするための具体的な方法を考えてみよう。

  • [図] フィジオロジックデンチャーの概略図
    図1 フィジオロジックデンチャーの概略図
    軟質材料を義歯内面に装備することで、義歯床の適合精度が向上する。そして与えた咬合関係を経時的変化(咬耗、摩耗)で崩すことがないように硬質レジン層の多い人工歯を選択する。適合精度が向上することで咬合圧を適正に顎堤粘膜に分散することが可能になり、大きな咬合圧が加わっても単位面積あたりの顎堤粘膜に加わる力が大きくならず、咀嚼時の咬合力が増強する。そのうえ軟質材料が粘弾性体であると、顎骨の吸収の遅延が見込まれる。
  • [写真] ティッシュコンディショナーを用いたダイナミックインプレッション面
    図2 ティッシュコンディショナーを用いたダイナミックインプレッション面。
  • [写真] 粘弾性レジン(フィジオライナー)を用いて間接リライニング終了時の義歯内面
    図3 粘弾性レジン(フィジオライナー)を用いて間接リライニング終了時の義歯内面。
  • [写真] 咬耗した人工歯の咬合面、経時的変化に生じる現象
    図4 咬耗した人工歯の咬合面、経時的変化に生じる現象。

■義歯の維持安定を確保する要素

① 機能時の顎堤粘膜をできる限り正確に再現する
② 再現された形態を義歯床内面に正確に再現する
③ 咀嚼機能時の咬合関係の調和を図る以上の3要素に的を絞って考えてみることにする。
まず、①について考えてみると、言うまでもなく、欠損部顎堤の外形(解剖学的形態)については確実にその形を再現しなければならず、それが行われないと義歯床の外形が決定できず、床の片縁で口腔内に傷をつけてしまうことが考えられる。
そして、小帯などの位置が明確に示されていないと義歯の離脱や小帯などの残存諸組織に傷つけることがある(図5)。
よって、印象採得時の筋形成は確実に行なわねばならない。
次に考えることが機能圧による顎堤粘膜のわずかな変位であり、義歯の咀嚼機能時には咬合圧が欠損部顎堤に伝達されることは容易に想像できる。その際の咬合圧によって顎堤粘膜の形態は少なからず変わってくる。
硬組織の場合には、圧が被印象物に加わっても形を変えることはないが、図6で示すように軟組織を対象にした際にはその形を異にする。図に示したように、小さく印象が採れたと仮定すると、義歯床は小さめのものとなり、装着時には顎堤粘膜に傷がつき、その炎症により顎骨の吸収を促すことになる。
次に②についてであるが、再現された顎堤粘膜の形態を作業模型上で確実に義歯床内面に転写することで、かなり適合精度の高い義歯を製作できる(図7)。図に示すように床用レジンの重合時の重合収縮は大きく、母模型に於いての変形量の計測ではあるが、口腔内においてもほぼ同様の傾向が有ると筆者は考えている。
そして、変形量が顎堤粘膜の被圧縮量より多ければ、口腔内においても確実な密着は期待できないかもしれない。しかし、図に示したように、粘弾性レジンを義歯床内面の粘膜面側に1mm程度敷くことで変形量は飛躍的に減少できた。義歯床の部位による差は有るが、最小で30μ、最大で100μ程度となっている。
また、1997年にバウチャーが硬性レジンと軟性レジンの重合時の変形量が同じだとしたら、粘膜に同一の咬合力をかけた場合に軟性レジン(Resilient Denture Material)のほうが顎堤粘膜の脈管系を止血することが少なく、口腔粘膜の病変が起き難いと報告している。
即ち、粘弾性レジンのほうが重合時の変形量が少なく、口腔粘膜の脈管系を止血することが少ないのなら、このような床用材料を採用して使用することは、生体にやさしい処置を行うためといえるであろう。
以上、①②の要素は義歯における粘膜面に関する問題点であり、これを解決すれば義歯の咀嚼機能時における維持安定が得られるわけではない(図8)。
よって、次に咬合関係に関する③について述べることにする。
咀嚼時に義歯の維持安定が図れることが、残存諸組織に為害作用を及ぼさない大きな要素である。
義歯の人工歯における咬合関係が義歯動態に及ぼす影響は昔から論じられているし、多くの報告が発表されている。なかでも、その騁舌径と咀嚼時の義歯の動態とについては、騁舌径が残存歯の7割程度が咀嚼時における義歯の動きが最も少ないといわれている(図912)。
人工歯の咬合様式としてリンガライズドオクルージョンを採用することで、騁側に食物の流れをスムーズにできるだけのスピルウェイが確保でき、さらに義歯に有害な側方力を与えることが少なくて済む(図13)。
また、義歯の動きが少ないと咀嚼時に義歯床内面の欠損部顎堤に咬合圧が適正に分散されると考えてよい。義歯装着時には正常に保たれていた咬合の調和が、時間の経過と共に崩れてしまうのは、人工歯の咬耗や摩耗が関与して起きることが多い(図1417)。
咬合の調和が崩れてしまうと咀嚼時に義歯の動揺が大きくなり、欠損部顎堤に咬合圧が適正に分散せず一部分に集中してしまう。その結果顎堤に炎症が見られる部分が発現し、顎骨の吸収が促される。
次に考えることは人工歯の材質の問題であり、与えた咬合関係を経時的な変化で崩すことが少ないのは陶歯であろう。しかし、陶歯はその材料が持つ硬さも関与して、咬合調正を行う際に非常に困難であるし、長期使用時にチッピングが起きる可能性も多い。このような陶歯の欠点を補う意味で、現在は硬質レジン歯が広く用いられている。
しかし、咬合時の衝撃力が顎堤粘膜に強く伝達されるために顎骨の吸収を促す恐れがあるということで、硬質レジン歯の硬さも徐々に柔らかい傾向になりつつある。
しかし、①②で述べたように、その衝撃力は義歯床内面に敷いた粘弾性レジンが吸収してくれるため、粘弾性レジンを用いた義歯ならば硬さのある咬耗しにくい硬質レジンを使用してもなんら問題が生じないであろう(図18)。
また、硬質レジン歯の硬質レジンの厚みが多い方が、咬合調整時にその層をなくす可能性が少ないことも容易に想像できることである。
そして、現在の硬質レジン歯にもう一つ要求される性質としては、フィラーによる対合歯の摩耗を防げることである(図19)。
人工歯自体が咬耗しなくても咬合時に相手となる対合歯を摩耗させてしまっては、咬合の調和が保てなくなり、義歯の維持安定を図る要素を損ねてしまうことになる。この観点から考えてみると、反応性有機質複合フィラーを用いているデュラクロスフィジオ(硬質レジン歯)は優れた性質を有した人工歯であると言えると共に、生体を傷つけない材料といえるのではないか。
注:反応性有機質複合フィラーの効用
フィラーとマトリックスレジンが反応し、共重合しているため、摩耗時にフィラーが脱落せずにマトリックスレジンと同時に摩耗する。これにより常に摩耗面が平滑であるため着色しにくく、対合歯を傷つけにくいといえる。

  • [写真] 傷ついた口腔粘膜で、見るからに痛々しい
    図5 傷ついた口腔粘膜で、見るからに痛々しい。
  • [写真] 硬化型の印象材で採得した模型と、コレクターワックスにより採得した模型の比較
    図6 硬化型の印象材で採得した模型と、コレクターワックスにより採得した模型の比較。
  • [グラフ] 硬性レジン単体と硬性レジンに粘弾性レジンを内面に装備した義歯の母模型に戻した際の変形量を示すグラフ
    図7 硬性レジン単体と硬性レジンに粘弾性レジンを内面に装備した義歯の母模型に戻した際の変形量を示すグラフ。
  • [写真] 粘弾性レジンを装備した義歯と、硬性レジンのみの義歯とのプレスケールによる咬合力の差
    図8 粘弾性レジンを装備した義歯と、硬性レジンのみの義歯とのプレスケールによる咬合力の差。
  • [写真] 硬質層の分割位置を舌側へ移行することにより、下顎前歯の滑走時に生じる摩耗量を減少することができた
    図9 硬質層の分割位置を舌側へ移行することにより、下顎前歯の滑走時に生じる摩耗量を減少することができた。
  • [写真] 切端部分をやや丸みを帯びた形状にすることで、咬合調整時の許容範囲の増加と、強度強化を図った
    図10 切端部分をやや丸みを帯びた形状にすることで、咬合調整時の許容範囲の増加と、強度強化を図った。
  • [写真] 咬合接触面積を小臼歯部から最後方臼歯部にいくに従って、減少させることで咀嚼時の義歯動揺を防ぐことができる
    図11 咬合接触面積を小臼歯部から最後方臼歯部にいくに従って、減少させることで咀嚼時の義歯動揺を防ぐことができる。
  • [写真] 臼歯の騁舌径を狭めることで咀嚼時の有害な側方力を減少でき、むやみな義歯の動揺を抑えることができる
    図12 臼歯の騁舌径を狭めることで咀嚼時の有害な側方力を減少でき、むやみな義歯の動揺を抑えることができる。
  • [写真] リンガライズドオクルージョンを採用することで、騁側に食物が流れる大きなスピルウェイが確保でき、義歯の動揺を咀嚼時に抑えることができる
    図13 リンガライズドオクルージョンを採用することで、騁側に食物が流れる大きなスピルウェイが確保でき、義歯の動揺を咀嚼時に抑えることができる。
  • [図] 咬合面の騁舌径を対合歯の約7割に減少することで、義歯の咀嚼時動態に及ぼす影響は大きくなる、すなわち義歯の動揺を少なくすることができる
    図14 咬合面の騁舌径を対合歯の約7割に減少することで、義歯の咀嚼時動態に及ぼす影響は大きくなる、すなわち義歯の動揺を少なくすることができる。
  • [図] 咬合接触面積と咀嚼時の義歯の移動量との相関図
    図15 咬合接触面積と咀嚼時の義歯の移動量との相関図である。
  • [図] 咀嚼サイクルと人工歯の咬合接触面積との相関図
    図16 咀嚼サイクルと人工歯の咬合接触面積との相関図である。
  • [図] 以上3種類の実験に用いた咬合接触面のトレース図
    図17 以上3種類の実験に用いた咬合接触面のトレース図である。
  • [グラフ] 粘弾性体の性質を表したグラフ
    図18 粘弾性体の性質を表したグラフ。
  • [図] デュラクロスフィジオに用いられているフィラー
    図19 デュラクロスフィジオに用いられているフィラー。

■まとめ

義歯による機能回復を図る処置は、いわゆる疾病に対する治療行為というよりはリハビリテーションと考えてよいと思う。
そう考えるとリハビリに使用する道具によって、生体を傷つけてしまうことはできる限り避けなければならないであろう。
よって、失われた機能を代用の道具によって、いくらかでも回復することは、次の新たな疾病を防ぐことにもなると考えられ、二次予防の意味合いからも大切なことである。
生体にやさしい材料や処置には、直接疾病に関与することもあるが、今述べてきたようにリハビリに関しての処置にも十分配慮していかなければならないと考えている。

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