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110号 WINTER 目次を見る

CLINICAL REPORT

進化する象牙質接着と歯の延命

真鍋 顕

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■目 次

■はじめに

接着歯学は発展を続けている。材料の進歩も著しく、それらを使いこなすための臨床術式も、開発・改良が続けられている。われわれの臨床においても、接着の積極的な導入による意義は大きい。これを大別してみると、二つの局面が考えられるだろう。
一つは、Minimal Interventionの概念は、接着なしでは考えられないということである。この概念は、これまでの修復万能の考え方が、必ずしも歯の延命に貢献しなかったという反省から生まれた。できるだけ生体資産を損傷しないように、最小限の修復範囲ですませるためには、接着技術が不可欠になってくる。
一方、歯の欠損が多くなってきて、全顎的な支持能力が不足しはじめた場合はどうだろうか。この場合は、一転して、咬合支持能力を強化するために、積極的な修復処置が必要になってくる。崩壊しはじめた咬合状態を復元するためには、従来型のクラウン・ブリッジによる連結修復を行う場合も多い。適切な設計の補綴装置を、信頼性の大きい接着性レジンセメントで装着しておけば、残された歯は、最大限の寿命を獲得することができるだろう。
このように、接着技術は、歯を長持ちさせるためのどのようなアプローチにも大きく貢献している。エナメル質接着は、ほぼ完成の域に達したと考えてよい。象牙質接着も、いくつかの問題点はあるものの、年々進化を続けている。これらのメカニズムを概観すると共に、接着を通じて歯の延命をはかるためのアプローチを紹介してみたい。

■1. エナメル質接着とMinimal Intervention

日々の臨床において、Minimal Interventionを実現するためには、エナメル質接着を正しく使いこなすことが必要になってくる。幸いにして、エナメル質は、種々の被着体のなかで、もっとも安定した接着が得られるものの一つである。
筆者は、この理由はレジンタグの力学的構造によるのではないかと考えている。図1abに示すように、エッチングされたエナメル質に進入したレジンタグは、ハニカム状構造になっている。ハニカム構造は、工業界では、強度を維持したまま軽量化をはかるときの常套手段になっている。これに似たレジンタグの構造が、エナメル小柱と小柱間質の耐酸性の違いによって、自然にできてしまうということは、われわれにとって大きな幸運だったと思われる。
一方、象牙細管に進入したレジンタグは、図2に示すように、根元で折れてしまうので、安定した接着には貢献できないことが多い。
このように、エナメル質接着はきわめて信頼性が高く、象牙質接着の不安定さを補完することができる。若年者では、ある程度大きい窩洞であっても、窩縁にエナメル質が確保されている場合がほとんどなので、レジン充填信頼性も高くなる。インレーなどの、鋳造修復を必要とする症例は、それほど多くないのではないだろうか。
図3aは、咬合力によって変形したⅠ級インレーである。若年者の咬合が完成していく過程では、萌出速度と咬耗のバランスがとれていなければならない。鋳造インレーは、このバランスを乱してしまうリスクを内包している。また、アンダーカットができてはいけないので、過剰に歯質を削除しなければならないことが多い。
図3bは、この症例をレジン充填でやり直したところである。インレー窩洞の再修復なので、やや修復範囲が大きくなってしまったが、最初からレジン充填を選択していれば、このような問題は起こらなかっただろう。
若年者に対しては、あくまでMinimal Interventionに基づく診療のスタンスをとるべきだし、それを実現するためには、レジン充填の術式に精通する必要がある(図4)。そのときに、うまくエナメル質接着で象牙質接着を補完できるかどうかが、術後の信頼性を左右するようである。Minimal Interventionの考え方では、人工物のトラブルはやり直せばよいとはいうものの、やはり長持ちするに越したことはない。

    • [写真] リン酸エッチング後のエナメル質に進入したレジンタグ
      図1a
    • [写真] リン酸エッチング後のエナメル質に進入したレジンタグ
      図1b
    図1a、b リン酸エッチング後のエナメル質に進入したレジンタグは、力学的に安定したハニカム状構造になっている。
  • [写真] 象牙細管に進入したレジンタグ
    図2 象牙細管に進入したレジンタグは、限度以上の力がかかると、このように根元で折れてしまう。
    • [写真] 若年者のメタルインレー
      図3a
    • [写真] レジン充填
      図3b
    図3a、b 若年者のメタルインレーは、弊害のほうが大きいこともある。レジン充填で処理して、何の問題もないケースと考えられる。
  • [写真] Ⅱ級窩洞
    図4 Ⅱ級窩洞をうまく充填することができれば、Minimal Interventionの概念に沿った臨床の幅が拡がっていくはずである。

■2. 象牙質接着と樹脂含浸層

中林らが提唱し、世界に発信した樹脂含浸層の概念は、いまや象牙質接着の常識となった(図5)。樹脂含浸層を作ることができなければ、永続的な象牙質接着はありえないのである。現在の関心は、含浸層のクオリティを評価することに移ってきている。
良質の樹脂含浸層は、次のような条件を満たしていなければならない。
①できるだけ深くまでレジンが浸透している
②含浸層に十分な強度がある
a)強いレジンが浸透し、確実に重合している
b)レジンの含有量が多い
これらの条件をすべて満足させる樹脂含浸層を作るのは、それほど簡単なことではない。たとえばウエットボンディングシステムは、象牙質もリン酸エッチングするので、かなり深くまでレジンモノマーを浸透させることができる。しかし、そのモノマーは水と置換しながら浸透していかなければならないので、疎になりやすく、完全に重合できているかどうかも保証の限りではない。長期の術後経過では、ナノリーケージによる窩底象牙質の劣化が報告されている。
筆者の知る限りでは、これらの条件にもっともよく合致する接着材料は、スーパーボンドC&B(サンメディカル;図6)であろう。スーパーボンドは、モノマーの分子量がもっとも小さく(MMA ; Mw=100)、象牙質に浸透しやすい。また、重合開始剤として採用しているTBBは、きわめて重合活性が高く、モノマーが浸透したところまで、確実に重合させることができる。
スーパーボンドについては、拡散促進モノマー・4-METAの効果はよく知られているが、そのようにして象牙質内に拡散したMMAを、うまく重合させるためには、TBBの能力も見逃してはならない。
筆者の行った簡単な実験では、象牙質の代わりに不活性なアルミナ粉を使ってみたが、それでも数mmの深さまでMMAは重合していた(図7左)。
最近、同じようにMMAを主成分としたレジンセメントが発売されたが、これは従来と同じBPO-アミン系の重合開始機構を採用しているので、粉・液が混合されないと硬化することはできない。アルミナ粉にモノマーだけを浸透させても、それが単独で重合することはなかった(図7右)。
MMA系とはいうものの、象牙質接着のメカニズムはセルフエッチングシステムを踏襲し、セメント泥だけをMMA系に置き換えたと考えるのが妥当であろう。
まとめてみると、図8の記述のようになる。
長期にわたって安定した象牙質接着を維持するためには、モノマーが深くまで浸透することと共に、それが完全に重合するという条件が不可欠なのである。
それでは、そのような最大限の象牙質接着が必要とされる局面とは、どのようなものだろうか。筆者は、図9abのような症例であろうと考えている。
筆者が装着したパーシャルデンチャー症例の経過を観察していると、第一小臼歯まで残存し、そこで咬合が確立できている場合に、もっとも安定した術後経過をたどることがわかってきた。残存歯がそれ以上失われることがないように、できればこの状態のまま生涯を全うできるようにするためには、修復物の脱落や漏洩はできる限り阻止しなければならない。支持能力が不足した歯列の場合、修復物のトラブルは、直接的に歯の喪失につながることが多いからである。
おそらく、ここのところが、天然歯列におけるMinimal Interventionの概念と、もっとも異なるところであろう。残存歯の支持能力に余裕がない場合は、従来型のクラウン・ブリッジによる補綴物を、接着性レジンセメントで装着するというのが、最良の選択肢になると考えている。
そのためには、象牙質接着性に優れたレジンセメントの存在が不可欠である。現在のところ、多少の煩雑さはあるものの、スーパーボンドC&Bが、その要求を実現してくれる最適の接着材料ではないだろうか。

  • [写真] 中林によって見出された樹脂含浸層
    図5 中林によって見出された樹脂含浸層。浸み込んで固まるということは、接着の原点であり、分子結合よりも耐久性が期待できる。
  • [写真] スーパーボンドC&B
    図6 スーパーボンドC&Bは、もっともクオリティの高い樹脂含浸層を作ることのできる接着性レジンセメントであろう。
  • [写真] スーパーボンドのモノマーは、アルミナ粉に浸透させても重合硬化することができる(左)。セルフエッチングシステム(右)
    図7 スーパーボンドのモノマーは、アルミナ粉に浸透させても重合硬化することができる(左)。セルフエッチングシステム(右)の及び得ないところである。
  • [図] MMA系レジンセメント
    図8 象牙質には、分子量が小さいほどよく浸透するが、粉液を混和したものが浸透するわけではない。MMAをモノマー単独で重合させられるような重合開始剤が不可欠である。
    • [写真] 崩壊しはじめた歯列
      図9a
    • [写真] 崩壊しはじめた歯列
      図9b
    図9a、b 崩壊しはじめた歯列を再構築し、できる限りの延命をはかるためには、従来型のクラウン・ブリッジを接着性レジンセメントで装着し、二重の信頼性を期待するということも必要になってくる。

■3. 歯の延命のためのアプローチ

1)歯髄保存療法

中年を過ぎた患者の治療をしていると、歯の寿命は、歯髄を失ってからの年数によって決まるのではないかと思えることがある。無髄歯では、二次齲蝕の進行は速いし、頻繁に歯根破折が起こってくる。歯髄の保存は、むやみに生体組織を除去しないという倫理的目標以外にも、かなり直接的に歯の延命効果があるように思われる。
できるだけ歯髄を保存しようというアプローチは、以前から行われてきた。しかし、優れた接着材料が出現するまでは、一時的な保存というニュアンスが強かった。数年後になって、漏洩による再感染のため、壊死に陥ってしまう症例が多かったのである。
しかし、象牙質接着によって確実な封鎖ができるようになってくると、再感染のリスクは大幅に低減した。長期にわたる保存が可能になったし、炎症のない歯髄であれば、接着性レジンによる直接覆髄もできるということがわかってきた(図10ab)。このことは、接着技術を導入した歯科医師の間では、いまや常識となっている。
そうなると、次の目標は、炎症歯髄を保存することである。このとき、薬剤・材料をうまく使い分けることが重要になってくる。筆者は次のような役割分担を与えることによって、好結果を得ている。
①3-Mix(岩久、星野らによる):齲蝕病巣の無菌化と、それに伴う歯髄の炎症消退
②水酸化カルシウム:デンチンブリッジ、または修復象牙質の形成促進
③接着性レジン:最終的な接着封鎖
これらを順次適用していくにあたっては、そのガイドとなるように、図11のような歯髄診断表を作成した。
図12a、bは、このようにして歯髄保存に成功した例である。現在10年になるが、歯髄は全く問題なく生存している。
また、図13は、天蓋全域にわたる仮性露髄に対し、デンチンブリッジを形成させることに成功した例である。
このように、歯髄が保存できるかどうかということは、従来の常識では予測しきれないところがある。まず保存するという方向でアプローチしてみることが重要と思っている。無髄歯にかかわる種々のトラブルから逃れられた分だけ、歯の延命をはかることができるのは確実だと思われる。

2)歯根破折の防止とFRPポスト

歯根破折が起こるとき、多くの要素が直接的、間接的に関与しているが、最も大きいものは、ポストと歯根象牙質の弾性係数の不調和である。たとえば金銀パラジウム合金の弾性係数が100GPa前後であるのに対し、象牙質の弾性係数は12~19GPa程度と報告されている。
機能力がかかったときの変形挙動が違えば、どこかに応力集中が起こってくる。
多くの基礎的な実験や、有限要素法を使った解析によると、ポストの先端に応力集中が起こりやすいことが明らかにされている。破折歯を観察していても、図14のようなパターンが多くみられる。
したがって、臨床的な対策としては、次のようなことが考えられる。
①金属ポストで、できる限りの改善を試みる
・弾性係数の低い金属を用いる
・先端に応力集中の起こりにくい形態
・接着によって、歯根歯質と一体化させる
②必要のないポストは使わない
③新しい素材を採用する
金属の使用を踏襲しながら、材質的・形態的な改善を試みた結果は、図1517のようになる。
これによって、歯根破折はかなり少なくなったが、それでも皆無というわけにはいかなかった。特に単根歯では、術前の齲蝕の程度により、ポストが太くなってしまう症例もある。
また、複根歯の分割コアは、きわめて良好な結果を示したが、術式的にはかなり煩雑になってくる。
全くポストを使わないというアプローチも、良好な結果であった。心配されたコアの脱落も、現在のところ全く起こっていない。しかし、この方法は適応症が限定され、歯冠歯質がほとんど失われている歯には適用できない。
どのような症例にも安心して使うことができて、しかも比較的簡単な臨床術式が可能ということになると、新しい素材が必要になってくる。
図18は、接着臨床研究会・支台築造研究部会のメンバーによって開発された、FRP(Fiber Reinforced Plastics)製のポストシステムである。センターポストとスリーブの二重構造になっていて、スリーブの位置をずらすことにより、太いポスト孔にも対応することができる。
漏斗状根管などの、さらに太いポスト孔に対しては、図19のように、半切したスリーブを詰め込むことによって、力学的に妥当な繊維強化構造を実現することも可能である。
図20aのような太いポストでも、安心して支台築造が行えるようになったし、図20bのような複根歯でも、1根だけにポストを設定することができるので、築造窩洞の形成も簡単になった。
このようにして製作された、弾性係数が歯根象牙質と調和したポストコアを、スーパーボンドC&Bのような、象牙質接着性に優れたセメントで装着することにより、歯根破折は激減するだろう。
まさに、無髄歯の延命をはかるうえでの、ブレークスルーと言うことができる。

    • [写真] 健康歯髄ならば、接着性レジンによる直接覆髄を行っても何の問題もない
      図10a
    • [写真] 健康歯髄ならば、接着性レジンによる直接覆髄を行っても何の問題もない
      図10b
    図10a、b 健康歯髄ならば、接着性レジンによる直接覆髄を行っても何の問題もない。ただし、過去に不快症状があったようなケースでは、慢性炎症が残っていることがあるので注意が必要である。
    • [図] 炎症歯髄の保存をアシストする診断チャート
      図11 炎症歯髄の保存をアシストする診断チャート。偶発的露随や予後不良例については、他の3枚の診断チャートが参考になる。
    • [図] 炎症歯髄の保存をアシストする診断チャート
    • [図] 炎症歯髄の保存をアシストする診断チャート
    • [図] 炎症歯髄の保存をアシストする診断チャート
    • [写真] 軽度の自発痛があるケース
      図12a
    • [写真] レントゲン像(軽度の自発痛があるケース)
      図12b
    図12a、b 軽度の自発痛があるケースでも、プログラムに従って処置を進めていけば、長期にわたる保存が可能になった。現在10年経過。
  • [写真] 天蓋全域にデンチンブリッジを形成させる
    図13 若年者では、3-Mixと水酸化カルシウムをうまく使い分けることにより、このように天蓋全域にデンチンブリッジを形成させることも可能である。
  • [写真] 破折の様相
    図14 ポストの先端に応力集中が起こると、このような破折の様相を示すことが多い。おそらく、先端から破折線が発生したものと思われる。
  • [写真] 細く、長く、しなやかさを発揮できるような形態
    図15 ポストの先端に応力集中が発生しにくいようにするためには、細く、長く、しなやかさを発揮できるような形態が必要である。
  • [写真] 大臼歯の分割コア
    図16 大臼歯の分割コア。現在まで歯根破折は1例も起こっていないが、製作過程が煩雑になるのは否めないところである。
  • [写真] 歯冠歯質の残存量が多いケース
    図17 歯冠歯質の残存量が多いケースでは、ポストを全く使わないというアプローチも可能である。通常、接着アマルガム法を用いている。
  • [写真] FRPによるポストシステム
    図18 FRPによるポストシステム。既製ドリルは設定せず、ポストの方を調節して様々なケースに適応させるというコンセプトから、二重構造を採用している。
  • [写真] スリーブを半切
    図19 複合材料の力学によれば、繊維強化材は外周に配置しなければ意味がない。本システムでは、スリーブを半切してこのような構造にすることもできる。
    • [写真] FRPとコンポジットレジンにより製作されたポストコア
      図20a
    • [写真] FRPとコンポジットレジンにより製作されたポストコア
      図20b
    図20a、b FRPとコンポジットレジンにより製作されたポストコア。太いポスト孔や、大臼歯の1根だけのポストにも、安心して適用することができる。

■おわりに

歯の延命を図るための臨床的アプローチには2つの局面があるが、接着はそのどちらにも大きく貢献していることを、臨床例を交えながら示した。すべての歯をMinimal Interventionの考え方に沿って治療できればよいが、過去のコンセプトを引きずっている口腔内状況に対し、できるだけ歯が長持ちするように再構築しなければならない場合も多い。そのときは、信頼性の高い象牙質接着が切り札になってくる。これからの歯科臨床には、接着についての知識と技術が必須と考えてよいだろう。
なお、スーパーボンドC&Bの使いこなしについては、紙数の関係で割愛せざるをえなかったが、サンメディカル(株)のホームページに一部を紹介してあるので、参考にしていただければ幸いである。

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