DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

SPECIAL
クライアントとドクターの心理学(4) パーソナル・コミュニケーションを円滑にするためにことばを過信せずに具体的な情報を提示する
同志社大学 文学部 教授 井上 智義

■目 次

※井上智義(いのうえともよし)先生・略歴

1954年京都市にうまれる。78年京都大学教育学部(教育心理学専攻)卒業、大阪教育大学助教授を経て現在、同志社大学教授。80年教育学修士、97年教育学博士。在外研究ビクトリア大学客員教授。専門分野は、教育工学/言語心理学/二言語教育など。
主な著書に『視聴覚メディアと教育方法: 認知心理学とコンピュータ科学の応用実践のために』『ビジュアル・コミュニケーション: 効果的なプレゼン技法』、デンタルマガジン102・103・109号『クライアントとドクターの心理学』など執筆多数。

■1.ことばだけでは情報は伝わりにくい

引越しをした人からもらう挨拶状などには、「お近くにお越しの節には、是非お立ち寄りください。」などというメッセージが書かれているのをよく見かけます。皆さんは、それを見て差出人の新居に行かれたことがありますか?
ふつうは住所を見ただけでは、簡単にその土地へは行けないものです。最寄りの駅がどこかすらわからないことがほとんどだと思います。たぶん読者の皆さんの多くは、「それは社交辞令というもので、本当に来てもらおうという気持ちはないのだろう。」と勝手に理解して、訪問するなどということは考えずに、そのまま読み流しておられるのかもしれません。
確かに、誰かを家に招待しようとしたときなどは、電話でその道順を詳しく伝えるか、FAXで地図を送るというようなことをしないかぎり、相手に家に来てもらうことは難しいことが多いように思います。仕事の関係などで、どなたかに大学の研究室に来てもらうことが時々ありますが、そのようなときには、相手にわかってもらえるような説明は、ことばだけでは難しいものです。
下の【Box1-1】のことばだけの説明で、皆さんは私の研究室に来ることが可能でしょうか?

地下鉄烏丸線の今出川駅の3番出口を出て、北へ50メートルほど進むと、大学の西門があります。そこからキャンパスに入って、図書館の前をとおり、次の角を右へ曲がると、20メートルほど先に徳照館が見えます。そこの403号室です。

【Box1-1】わかりにくい道案内の例

同志社大学をご存知で、京都市内のことに詳しい方であれば、あるいは、この説明を一度聞いただけで来てもらうことが可能であるかもしれません。実際に地下鉄の車両を降りてから研究室までは、5分程度の近さですから、そんなに複雑な説明はいらないと自分では考えています。
でも、実際に行く者の立場になると、この情報だけでは、非常にわかりづらいと思います。「3番出口を出て、北へ」と言われても、右側なのか左側なのかふつうはわからないものです。また「トクショウカン」という固有名詞は電話では一度で聞き取れない可能性が高いと思います。それでは、ことばの説明を長く丁寧にすればすむ問題でしょうか?
次の【Box1-2】の丁寧な説明を読んでみてください。

JR京都駅から地下鉄烏丸線の国際会館行きに約10分間乗車してもらうと、大学最寄りの今出川駅に到着します。京都駅から数えて5つ目になります。進行方向後ろ側の階段を上がり、その駅の3番出口から地上にあがり、右方向、北へ50メートルほど進むと、その歩道の右側に大学の大きな西門があります。そこからキャンパスに入いると、すぐ右手に図書館があるのですが、その前を通り過ぎて、次の角を右へ曲がると、20メートルほど先に6階建ての茶色の建物が見えます。それが私の研究室のある徳照館という建物なのですが、そこの4階の403号室です。入口を入るとすぐにエレベータがありますから、それを利用して、4階で降りてください。すぐ右手に403号室の表示とともに私の名前が部屋のドアに書いてあります。

【Box1-2】ことばによる丁寧な道案内の例

この原稿のコピーをして携帯すると、あるいは、比較的簡単に到着可能かもしれませんが、たぶん電話で一回聞いたとしても、メモをとらずにそのまま来れる人は少ないのではないかと思います。
それでは、どのような説明ならわかりやすいといえるのでしょうか?
基本的には、ことばだけでは限界があると思います。いくら理解の良い人でも、初めて行く場所となると、イメージがわかないのがふつうです。また、人間の記憶には容量がありますから、ことばだけによる複雑な情報を記憶にとどめておくことは、多くの人にとっては無理であることが知られています。

■2.視覚イメージ情報を活用する

図1】のような地図があれば、そして、ことばで説明を受けるときに、この地図を見ていれば、ずいぶん具体的に理解することが可能ではないでしょうか?あるいは、次のような写真は役に立ちませんか?
写真1】と【写真2】は、大学最寄りの今出川駅を撮影したものです。とくに必要ないのではと思われるかもしれませんが、初めて行く人にとっては、このような情報を前もって知っているのと、何も知らずにいきなりそこに行くのでは、大きな違いがあると思います。
さて、どちらか1枚だけ見せるとすると、あなたはどちらが有効な道案内になると思いますか?
写真2】は、今出川駅の3番出口を、正面から客観的に撮影したものです。しかし、よく考えてみると、少なくとも大学に行くときには、途中で振り返らないかぎり、このような景色を見ることはありません。
それに対して【写真1】は、右に行くか左に行くか判断を要するときに目にする場面の写真で、いわば道案内のポイントになる場所の写真です。
いよいよキャンパスに入る場所の情報ですが、ことばの説明では、「北へ50メートルほど進むと、大学の西門があります。」となっていますが、「大学の西門はどこですか?」と尋ねても、学生でも答えられる人は少数だと思います。事実、「西門」の表記は門の近くにはありません。また門には、「同志社中学校」という看板が出ているものですから、場合によっては、ここではないと通り過ぎていく可能性もあると思います。
地下鉄の駅から右側北に向かって歩き出すと、まもなく【写真3】のような景色が見えてきます。ですから、このような写真は、道案内には有効だと考えられます。
キャンパスの中がわかるのは、【写真4】の方ですから、同じ場所の写真であっても、場合によっては異なる意味をもつことがあるということになります。
さて、ことばの説明では、「キャンパスに入って、図書館の前をとおり、次の角を右へ曲がる」とあります。
しかし、建物にある図書館の表示も、近づかないとわかりにくいものですから、【写真5】や【写真6】は、予め知っているのと、そうでないのとでは、初めてキャンパスに来る人にとっては、大きな違いが生じることになります。
実際、それぞれの建物や景色のイメージを予備知識としてもっている者は、「西門」とか「図書館」という単語を発するときに、それぞれの具体的なイメージを意識せずに喚起しているのがふつうです。ですが、初めてそれらを聞く人にとっては、それがどのようなものなのかについても具体的には理解することができないでいるのです。
最後に、ことばの説明では、「次の角を右へ曲がると、20メートルほど先に徳照館が見えます。」とありますが、その名称も近づいてみてはじめて、小さな看板で読み取れる程度です。異なる学部に所属する学生や教員では、その名前すら知らない人が少なくありません。ですから、目標となる建物の写真などは、やはりあったほうがよいもののひとつだと考えられます。エレベータで4階まで上ってもらうと、私の研究室の前だけには、なぜか消火器が備わっていますので、それも目印になるかもしれません。
いかがでしょうか?写真8枚と図1に示すキャンパスマップで、これなら簡単と思っていただけたでしょうか?

  • [図] 同志社大学今出川キャンパスの地図
    【図1】同志社大学今出川キャンパスの地図
  • [写真] 利用者が目にする景色
    【写真1】利用者が目にする景色
  • [写真] 利用者が目にしない景色
    【写真2】利用者が目にしない景色
  • [写真] 利用者の見えに近い西門
    【写真3】利用者の見えに近い西門
  • [写真] 正面から撮影した西門
    【写真4】正面から撮影した西門
  • [写真] 最初に目にする図書館
    【写真5】最初に目にする図書館
  • [写真] 右に曲がる図書館の角
    【写真6】右に曲がる図書館の角
  • [写真] 目標の建物「徳照館」
    【写真7】目標の建物「徳照館」
  • [写真] その4階にある研究室
    【写真8】その4階にある研究室

■3.患者さんとのコミュニケーションにも

患者さんとのコミュニケーションにおいて、上のような道案内は必要ないかもしれません。しかし、症状についての専門的な説明をするとき、治療の方法やその結果についての話をするときに、わかりやすい説明がことばだけで可能でしょうか?自分がよく知っている内容であればあるほど、人間は他人に説明するときに、大切なポイントを省略してしまうものなのです。
医師には、当然だと考えられる常識的なことがらでも、初めて聞く患者さんにとっては、用語を聞いてもイメージできない内容がたくさんあると思われます。医師が丁寧にことばで説明したつもりでも、患者さんにとっては、難しいことを言われただけで何も理解できなかったということは起こっていないでしょうか?
そのようなときに、典型的な症状を示す写真や患者さんの口の中のようす、治療をした後に予想されるようすなどを、イラストや写真で提示できれば、コミュニケーションは非常にスムーズに進むと思われます。パーソナル・コミュニケーションを円滑にするためにも、ことばの力を過信することなく、具体的なイメージ情報を活用するように心がけたいものです。
治療が目的で来院された患者さんから、そのようすを聞き出し、治療の方針を説明し、その提案について納得してもらうというような行為は、円滑なコミュニケーションなしには進めることができません。もちろん、症状を正確に認識することも大切でしょうが、面談時には、患者さんの気持ちやこころの内面を理解することが必要になる場面も少なくないと思います。
来院される患者さんは、心理的な問題でカウンセリングに来られるのではなく、歯の治療や予防のために来られるわけですが、ある問題を解決して欲しいという願いがあるという意味では、カウンセリングに近い行為も必要だと考えられます。
患者さんにとってみれば、どのように自分の症状を伝えてよいのかがわからないのがふつうですし、どのような治療が必要で、どれくらいの費用と時間がかかるかについては全くわからないのですから。
単に親切に丁寧にという問題ではなく、【写真9】や【図2】などの視覚イメージ情報を用いての具体的な説明が不可欠だと考えられます。そのような情報があってこそ、誤解が起こりにくい人間味のあるコミュニケーションが可能になるのです。

  • [写真] NEW POS A&Cに組み込まれた画面での治療説明
    【写真9】NEW POS A&Cに組み込まれた画面での治療説明
  • [写真] DOC-5 Jの刷掃指導画面
    【図2】DOC-5 Jの刷掃指導画面