近年、審美歯科分野で使用される材料の多様化が進み、様々な製品が市場で見受けられるようになった。現在でも、多くのセラミックス系材料が開発、市場投入されている。日本においても、各種ジルコニア製のインプラント支台、あるいは、歯冠補綴物による修復が可能になっており、これによって、インプラント下部構造体とコンベンショナルな有床補綴を除き、「安全な審美歯科治療」であろうメタル・フリー・レストレーションは名実ともに、間接法のあらゆる場面で予知性を持つ治療法として、受け入れられるようになってきた。
一方、古くはダイレクト・ボンディングの概念に始まり、各メーカーによるコンポジット素材の発展と、周辺機器の充実、歯科医師側の知識の集積が加わり、直接法による審美修復の治療術式も、臨床的に受け入れられるレベルまで達してきた感が強い。したがって、J.D.LytleとH.M.Skurowの分類1)のいずれに対しても、審美的アプローチのプロトコールは確立されつつあると言っても過言ではないだろう。特に、昨今のコンポジットレジンを使った修復は、すでに、「う蝕を除去して、白い材質で詰める」というような次元には、留まっていない。各メーカーの不断の努力により、耐摩耗性を含む強度や、色調表現性は、以前では間接法で作製されたセラミックス系材料の使用によってのみ可能であった治療効果をもたらしつつある。もとより、間接法の宿命として、チェアサイドと技工サイドの間で、技工物と称される「物」を含めた、情報のやり取りがある。印象材や石膏などの使用材料は全て、物性論として、口腔内を完全に再現することは不可能であるし、そのことも含め、チェアサイドと技工サイドとの間で、行き来する情報そのものの質と量、あるいは、トランスファーのあり方までを考えると、それらの過程で蓄積したエラーが、最終的に口腔内に装着される修復物へ及ぼす影響は、計り知れない。この点を考慮すると、コンポジットレジンを使用した直接法が、臨床手続き上、間接法より優れる点も多い。何より、直接法の利点は、上記のように、間接法とは違い、口腔内環境から、物理的にも時間的にも離れた場所で修復物作製作業を行うものではなく、治療対象と接触を保ちながら、治療を進めることができるため、
①:施術中に、付与した歯冠形態や咬合接触に不備がみとめられた時に、「盛り足す」という作業をすぐにできること。
②:高品質のデジタル機器を使用しても、それらの描出する色調は、実際の歯冠色を厳密に再現するとは限らない。すなわち、画像を通じて、修復物の色調を表現したからと言って、それを口腔内にデリバリーし、試適した時に「色が合ってない」ということを、多くの先生方は経験しているであろう。視認対象を間近にしながら施術する直接法では、口腔内に入射する光源の影響を考慮する限り2)、間接法で起こりうる上記のような問題は回避できる。
しかし、直接法による審美修復にも問題が残っている。チェアサイドでの術式の煩雑さと、使用する材料の物性である。
本稿では特に優れた強度、操作性、審美性を有するフロアブルレジン、「クリアフィルマジェスティLV(クラレメディカル)<以下:マジェスティLV>」(図1)を使用した症例の解説を通じて、このコンポジットレジンを臨床に取り入れることで、直接法による審美修復において、煩雑さと材料物性の問題が、大きく解決の方向へ向かうことを示す。
マジェスティLVはフロアブルレジンであるにも関わらず、無機フィラー含有率81WT%を達成した(図2)。これは、他社から発売されている各種フロアブルレジンは言うに及ばず、ユニバーサル・ペースト・タイプの多くの製品の無機フィラー含有率をも上回る。このことは、臼歯咬合面の使用に充分、耐え得ることを意味する。また、フロアブルレジンで問題になってきた重合収縮性も著しく改善された。さらに強調したい点は、優れた付形性と歯質への「ぬれ」を持つことである。後ほど解説するが、1本のフロー・タイプで、ハイ・フローとロー・フロー両方の性質を発揮する。審美性にも優れる。すなわち、マジェスティLVは、それ1種で、ユニバーサル・ペースト・レジンとフロアブルレジンの利点を併せ持ち、従来のコンポジットレジン修復のあらゆる状況に対応できる製品であると言っても過言ではないだろう。
臼歯修復の材料に求められる要件は、まず、容易に咬耗しない物性を有することである。繰り返し述べるが、マジェスティLVは無機フィラー81WT%の含有率を誇り、この数値は、臼歯使用を謳うユニバーサル・ペースト・タイプの多くの他社製品より優れる。
臼歯咬合面に適用した症例を呈示する。症例1は、45の咬合面に充填されていたコンポジットレジンの辺縁にう蝕をみとめる(図3)。このようなことは、施術中の手続きに問題がなくても、レジン自体の重合収縮が大きい場合、頻繁に発生する。形成後、窩洞をトライエスボンド(クラレメディカル)でボンディング処理した後(図4~6)、歯の解剖形態を付与しながら、シンプルな積層充填を行う。まず、象牙質に相当する部分をA2で(図7)、次に、エナメル質に相当する咬合面表層部にOC(オクルーザル)を適用した(図8)。その後、3ヵ月経過した所見でも、マジェスティLVで築盛した咬頭、隆線に咬耗はみとめられない(図9)。
ハイ・フローを使用したものの、術者が期待したように歯質の上を流れず、反対にロー・フローを使用したにも関わらず、流れ過ぎてしまい、意図した形態を付与できないことが多い。レジン自体の物性が流れやすいものであっても、ボンディング処理された歯質との相性、すなわち「ぬれ」が良好でない場合、複雑な形態を持つ窩洞深部まで確実な充填を行うことはできない。また、ペースト内での分子同士の絡みつきが悪く、単純に粘凋度を上げただけの製品では、ノズル先端から押し出された当初は、ある程度の形を成すものの、すぐに流れてしまい、その形は消失する。マジェスティLVは、これらの問題を解決し、1種類のフロー・タイプで優れた付形性と歯質に対する「ぬれ」の両方を併せ持つコンポジットレジンである。
症例2、3では付形性を、症例4では歯質への「ぬれ」について述べる。まず、症例2の術前では、7 に不良充填物がみとめられた(図10)。これを除去後(図11)、メガボンドFA(クラレメディカル)にてボンディング処理を行い(図12、13)、その後、象牙質に相当する部分にマジェスティLVのA2を使用した。ボンディング処理された象牙質にレジン・ペーストが均一に流れ渡り、その上から隆線を形成する。充填器など、他の治療器具を一切、使用せず、シリンジから直接、押し出すだけで隆線の形態が適切に付与されることが理解できるであろう(図14、15)。続いて、エナメル質相当部にOC(オクルーザル)を用いて、仕上げを行った(図16)。Ⅴ級窩洞においても、この付形性は有利にはたらく。Ⅴ級窩洞に対して、従来のフロアブルレジンを充填した場合、辺縁からレジン・ぺーストが歯肉側へ流れ出てしまい、重合後の形態修正の際、歯肉を傷つけることが多かった。
症例3の術前では、4 歯頸部付近のコンポジットレジン周囲にう蝕がみとめられる(図17)。圧排コードを挿入後、充充填物とう蝕を除去した(図18)。メガボンドFAを用いてボンディング処理(図19)、CV(サ-ビカル)を充填し(図20)、「ペンキュアー」VL-7(モリタ製作所)を用いて光照射を行った(図21、22)。充填直後の所見で、レジン・ぺーストが歯肉側へ流れ出ていないこと、および、エナメル・セメント境の形態が付与されていることに注目していただきたい(図23)。操作にあたっては、無論、他の器具は使用せず、シリンジから直接、填入しただけである。
一方、症例4では、この製品の歯質への良好な「ぬれ」の特性を利用したケースを示す。術前所見で、6 の咬合面に不適合な金属材料が充填されている(図24)。この充填物と、その直下にみとめられたう蝕を除去(図25)、トライエスボンドでボンディング処理(図26)後、マジェスティLVのA3.5を窩洞内部へ填入する。複雑な形態の窩洞でも象牙質との「ぬれ」がよいため過不足なく流れ渡る。引き続き、咬合面にはE(エナメル)を用いた(図27)。
昨今の「審美修復専用」を謳うコンポジットレジンでさえ、煩雑な積層術式をもってのみ表現できる色調表現をマジェスティの使用では単層、またはシンプルな積層充填で行うことが可能になった3)。マジェスティLVは重合後、マジェスティに近似した色調を呈する(図28)。
症例5では歯間空隙を単層充填でMI(Minimal-Intervention)の概念を用いたアプローチ、症例6、症例7ではそれぞれ、前歯部、臼歯部に適用した症例を示す。
症例5の術前では、23部に歯間空隙をみとめる(図29)。3の近心を無形成で、マジェスティLVを用いたダイレクト・アディショナル・ラミネートで治療することとし、まず、K-エッチャントGEL(クラレメディカル)にてエッチング処理を行い、つづいてメガボンドFAにてボンディング処理(図30)、A3.5を単層充填した(図31)。症例6は、1 1のそれぞれ近心面に充填物の変色をみとめる(図32)。健全歯質が切削されることを避けるため、拡大鏡を使用し、注意しながら形成を行う(図33)。トライエスボンドでボンディング処理後、まずA3.5を(図34)、つづいて窩洞唇側表層部にE(エナメル)を用いて、シンプルな積層充填を行った(図35)。
症例7では、5 の窩洞形成後(図36)、メガボンドFAでボンディング処理を行う。まず隣接面の隔壁を作る(図37)4)。引き続き、咬合面象牙質相当部にA3、エナメル質部分に咬合面の個性表現を図りながら、OC(オクルーザル)を充填し、形態修正、研磨を行った(図38)。従来のフロアブルレジンは、その物性上、ユニバーサル・タイプの製品に比べて、審美上の表現性に劣るものが多い感があった。症例5~7に示したように、マジェスティLVはフロアブルレジンであるにも関わらず、色調表現性が非常に優れ、審美修復においても、充分、使用可能であることが理解できるであろう。
CAD/CAMの技術を利用して、チェアサイドでセラミックス系の修復物を作製するシステムも製品化された現在においても、間接法の利点は多い。歯科医療が身体の臓器である歯を切削し、その実質欠損した部分を人工物で置換する宿命を持った分野ゆえ5)、修復物には形態、機能、さらに審美的にも厳密な正確性を要求されることになる。口腔内での作業で得ることが困難な、それらの正確性を得る術式が間接法では確立されているからである。むしろ間接法の問題が論じられるべきは、チェアサイドと技工サイドとの間でやりとりされる様々な情報の質とトランスファーのあり方であろう。例えば、形成した支台歯の印象が不備であれば、歯科技工士が作製した補綴物が、口腔内で正確な機能を発揮し、調和のとれた形態を表現することはできないし、はじめにも述べたように、高価な機器を使い、歯冠色の情報を伝達したとしても、それが技工サイドのデスク・トップ上で正確に描出されているとは限らない。歯科技工士が画面上に表現された情報に忠実に作製した修復物が、口腔内にデリバリーされ、試適された際、「色が合っていない」としても、歯科医師は歯科技工士に対し、シェード合わせの全責任を負担させてはならないし、また技工士立ち会いの下、一度きりのシェード合わせで、色調が完璧に合うと期待する方が歯科医師側の傲慢である。
しかし、そのような間接法に伴って起こるエラーの可能性を回避するためにも、直接法の可能性は拡大するであろう。繰り返すが、それを阻害する要因は、術式の煩雑さと、使用材料の物性である。本稿で使用したマジェスティLVは、フロアブルレジンであるにも関わらず、卓越した強度、操作性、審美性を有する。筆者の臨床において、この製品を導入することで、上記、直接法による審美修復の短所が大きく改善されたことを特筆しておきたい。