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マイクロスコープを最大限に活かすための診療システムとは?

磯崎裕騎

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いそざき歯科
院長 磯崎 裕騎

日常臨床とは何かとマンネリに陥りやすいもの。かと言ってセミナーをたくさん受講しても応用できるのはごくわずかしかないこともよくあること。しかし筆者が経験20年を経てからマイクロスコープを導入し、2年も経たないうちにセミナーの講師をするまでに至ることができたその秘訣は? それは診療体制の基礎に秘密が…。その秘密をご紹介することで恩師であるダリル・ビーチ先生に、その感謝の意を伝えると共に、この拙稿を私をpdに導いてくれた父に捧げたいと思います

■初めてのマイクロスコープ体験にも関わらずすぐに使えた体験

2007年のある日、マイクロスコープセミナーの案内を取引業者が持って来ました。日常診療にマンネリを感じていた私は早速、参加を決意しました。ワンディセミナーは講演が主で、マイクロスコープを触ったのはお昼休みに少しだけと言う状態でしたが、講演内容での精密診療に私はとても惹かれました。
しかし、さすがに高額な医療機器を単によさそうだからというだけですぐ購入とはなかなか言えません。そこで、私は業者さんにデモ機の貸し出しを依頼しました。
1泊2日だけとの約束でデモ機をお借りすることができましたが、たった2日で使用できるのか?慣れが必要と聞いていた私には少し短い貸し出し期間に思えましたが仕方ありません。ところが、デモ機をお借りした私は、メーカーさんより使い方の説明を受けた後に、アポイントに来ていた次の患者さんの治療に、マイクロスコープを覗きながら形成し充塡を行うことができました。
普通は慣れが必要と言われるマイクロスコープですが、私の場合は一切のストレスを感じることなく、いきなり最初からチェックビュー(削った後、タービンを止めて確認)ではなく、ワーキングビュー(マイクロスコープを見ながら同時に形成を行う)で使用することができたのです。その秘訣はpdというキーワードにありました。

  • いそざき歯科のスタッフ
    父でもあり師でもある磯崎孜騎(アツキ)先生<写真中央>。親子二代にわたり、地域の方々の口腔保健アドバイザーを目指している。また、それを支えるには優秀なスタッフが欠かせない。
  • いそざき歯科の外観
    左右の三角屋根と緑につつまれたファサードがモダンな外観。周辺の閑静な街並みにマッチした佇まいが安心の証。

■pd とは?

pdとはいろいろな表現方法がありますが、本来はproprioceptive delivation 、もしくはproprioceptive decision の略です。人間は多様な感覚器官を持っていますが、固有感覚と呼ばれる感覚があります。よく知られた5感の表在感覚、そして内臓痛などの深部感覚。第三の感覚が固有感覚です。生理学的には筋肉に存在する筋紡錘からの求心性神経がそれに当たります。それによって人間は自分がどういう姿勢をとっているのか把握しています。つまり自己のポジショニング感覚です。
また固有感覚をもっと広く解釈すると誰しもが共通して持っている感覚、人間が本来何にも制約を受けず自然な感覚を最大限生かした条件とも言えます。それによって誰しもが自然で生理的な感覚を生かした治療が可能になります。
pdは人間工学的とも表現できますし、ユニバーサルデザインとも相容れるものがあります。なぜ、人間は精密作業を体の正中で行うのか?なぜ、指先は曲げる方が伸ばす方より生理的運動なのか?なぜ、いすの高さが精密作業に影響するのか?なぜ、陸上のトラックは左回りなのか?同様になぜ、行列は左方向に伸びるのか?なぜ、…。明確な説明はできないものの当たり前に思っていたことがリンクしていくのはまさにpdワールドです。
しかし、これがなぜ歯科臨床につながるのか?歯科臨床も人間活動のひとつである限り人間の生理的行動や人間工学的な発想および環境は必要だからです。人間が精密作業をきちんとできる条件、これがpd条件です。

■pd 条件の基礎

歯科治療というよりも人間が行う精密作業において普遍的な要件がいくつかあると思いますが、その要件をまとめたものがpdとも言えます。
人間が行う精密作業において、かならず共通の条件は体の正中と明視距離で行うということです。体の正中で行うことは当たり前ですが、明視距離も当たり前のことです。歯科治療は他に比べるものがないほどの精密治療です。正中はわかるとして、適正な明視距離とはどの距離でしょう。
明視距離を簡単に測るのは右手人差し指の指紋がよく見える距離を測ってみることです(図1)。このように指紋がよく見える距離が明視距離です。精密作業のうち女性が針仕事を行うのも、読書もこの距離で行うはずです。
そこで口腔の基準点(例えば上顎前歯)を明視距離に置いてみましょう。そうすると通常行っている作業高さよりかなり高くなるのがほとんどだと思われます。この状態では口の中が見えないから作業高さを低くする人が非常に多いと思われます。そして、術者が上体を曲げて覗き込んで作業を行うことになり、結局は明視距離から外れてしまう悪循環に陥ります(図2)。本来は基準点を明視距離に置いたまま、直視で見えないところにミラーを使う訳です。ミラーテクニックの基礎についてはビーチ先生関連の国際NPOであるGEPEC監修のコースが日本でも行われているので、受講すればミラーで見えないところはなくなります。
もうひとつpd条件の基礎は、いすの高さです。オペレーティングスツールに座って行う精密作業において、その高さは精密作業の精度にも影響を与えます。リビングでリラックスして映画を見るいすの高さと、食事を行ういすの高さ、勉強をする時のいすの高さ、それぞれが異なるはずです。
つまり、精密作業を行うのに適したいすの高さをきちんと決定する必要があります。それは下肢の長さが基準となり導きだされるはずです。

  • 適正な明視距離
    図1 適正な明視距離は右手人差し指の指紋がよく見える距離。
  • 治療中の写真
    図2 術者が上体を曲げて覗き込んで作業を行うと、明視距離から外れてしまう。

■マイクロスコープの使用条件

マイクロスコープの使用条件にはいろいろありますが、基本的にはpd条件とミラーテクニックです。
マイクロスコープは医療機器と言うよりも拡大鏡や照明と同じくビューシステムの一環としての機器と位置づけられます。したがって、診療姿勢や基礎的な診療システムが整わないと相性が悪いと思われます。
マイクロスコープを使用する、使用しないに関わらず、それ以前にビューシステムが確立されているかどうかが基礎的条件になります。
そして、その他の条件に挙げられるものがデンタルユニット、アシスタントとの連係プレーです。そして適正なインスツルメント類を使用すること。これらがマイクロスコープの使用条件です。
具体的な話としては、デンタルユニットについてはマイクロスコープの焦点が基本的には単一焦点なので、焦点距離を合わせるのにユニットの上下が必要になります。この時、ユニットが垂直上昇機能を持っていないと困ることなります(図7)。
数多くのデンタルユニットがパンタグラフ式の上昇機能を持っているので、ユニットを上下させるごとにマイクロスコープの視野が作業点から外れていきます(図6)。これでは何度も視野の確保のためにマイクロスコープと自分のポジションを合わせ直さねばなりません。これではスムーズな臨床ができません。
もうひとつがアシスタントとの連係プレーです。術者はマイクロスコープを覗き込んで作業していますので、インスツルメントの受け渡しが視線を外さずに行える必要があります(図8)。これと同じく視線を外さない状態でタービンのピックアップもできる必要があります(図9)。
それにはタービンホルダーやインスツルメントを置くトレーなどが固定されている必要があります。毎回、違うポジションになる可動性のホルダーやトレーなどはよけいなストレスを生む結果につながります。
私がマイクロスコープの導入に全くストレスを感じなかったのは上記の条件を既に満たしていたからに過ぎません。

  • シンプルで清潔感のある半個室スタイルの診療コーナーの写真
    図3 シンプルで清潔感のある半個室スタイルの診療コーナー。ワゴンを排除し、すべての道具をユニット周りに配置している。
  • 患者さんとのコミュニケーションに適した距離とスペースを確保している相談コーナーの写真
    図4 患者さんとのコミュニケーションに適した距離とスペースを確保している相談コーナー。これもpdに基づいて設計されている。
  • 来院した患者さんの緊張を取り除くテラス調のテーブルセットと観葉植物の写真
    図5 来院した患者さんの緊張を取り除くテラス調のテーブルセットと観葉植物。これらの手入れもスタッフの重要な仕事となっている。
  • パンタグラフ式のユニットの図
    図6 下図のようなパンタグラフ式のユニットでは、口腔内の視野が確保しづらい。
  • スペースライン フィール21で診療を行う写真
    図7 当院で採用しているスペースライン フィール21は、垂直方向にのみ上下するため、マイクロスコープ下でも視野の確保が容易に行える。
  • スペースライン フィール21で診療を行う写真
    図8 マイクロスコープ下での診療にはアシスタントとの連携プレーも欠かせない。診療時間の短縮にも繋がり、患者さんの負担も軽減できる。
  • マイクロスコープを最大限に活用するための重要な条件
    図9 視線を外さなくてもインスツルメントのピックアップが可能なユニットは、マイクロスコープを最大限に活用するための重要な条件の一つ。

■マイクロスコープの選択基準

このように条件さえ整えれば精密診療の最高峰とも言えるマイクロスコープを使いこなすことができますが、ではどのマイクロスコープを使っても同じ結果になるかと言えばそうではありません。
現在、日本で入手可能なマイクロスコープは10数種類あると思われますが、pd、そしてミラーテクニックが基本となる条件から検討すると、ほんのわずかしか選択肢に残りません。
まずは明視距離が作業高さの基準となりますので、接眼レンズと対物レンズの高さの差が大きいものや本体サイズが大きいものは除外されます。
そして明視距離を確保するためには、焦点距離が短い必要があります。加えて、口腔内での作業にpdインスツルメント(図12)を使うことが、マイクロスコープ下での作業においても効果的です(pdインスツルメントの効果的な使い方については、pdセミナーが開催されています)。
筆者が使うのは図13のようなマイクロスコープですが、これは上記の条件を満たしています。無論、それに数々のオプション、例えばオートフォーカスや電磁ロック付きカウンターバランスなどは非常に操作性を向上させますが、価格とのバランスがあります。
よってpd条件から検討した最適なマイクロスコープとは、①接眼レンズと対物レンズとの高さの差が10cm以内、②対物レンズの焦点距離が200mm、③術者の頸部が不自然な傾きにならない接眼レンズの傾き、などが最低条件となります。

  • ワーキングビューを100%実践している、マイクロスコープを使っての形成風景
    図10 ワーキングビューを100%実践している、マイクロスコープを使っての形成風景。姿勢の重要性が写真からもご理解頂けると思う。
  • 奥さま手造りのオブジェの写真
    図11 奥さま手造りのオブジェ。診療室内でやすらぎを演出している。
  • pd条件に合ったミラーの規格
    図12‑1 pd条件に合ったミラーの規格。
  • インスツルメントの写真
    図12‑2 pd条件に合うインスツルメントを使用することにより、効果的に作業できる。
  • マニー社「ライカM300」に「双眼可変鏡筒ウルトラロー」(オプション)を取り付けた写真
    図13 当院では、マニー社「ライカM300」に「双眼可変鏡筒ウルトラロー」(オプション)を取り付けて使用している。必須アイテムの一つ。

■マイクロスコープの将来性

マイクロスコープは条件さえ整えればあらゆる治療、診断を向上させることができるのは、もうすでに証明されたことです。これからは、さらに進んだ使用方法が生み出されて行くと思います。
今までは経験則だったりEBMと呼ばれながらも単なる臨床例にすぎなかったものが理論化されたり、目視レベルでは有効とされなかったものがマイクロスコープレベルでは有効と証明されたりしています。
具体的に筆者が目にした例で言うと、エルビウムヤグレーザーで歯牙を削除するのに従来必要とされていたパワーよりかなり少ないパワーで削れることが、マイクロスコープ下なら確認できます。これによってMI治療のレベルが格段に進歩したという例を目にしました。このようにマイクロスコープが新しい領域を開くことにまで寄与することは疑いの余地はありません。
過去、電気エンジンがタービンに取って代わられたほどのインパクトが今、訪れようとしていることは間違いないと確信しています。それによってよりインターベンションの少ない医療へと歯科はシフトしていくことができるでしょう。そして、このような優れた器具を最大限に活かすために、前述の診療システムの構築が望ましいことを、皆様にもご理解頂けたら幸いです。

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