乳歯う蝕は近年減少傾向にあるものの、増齢的に増加傾向が認められる。厚生労働省の歯科疾患実態調査(表1)によると、以前と比較してう蝕罹患率に低下がみられるが、増齢的にう蝕罹患率は上昇し、5歳では未だに60%以上の小児にう蝕がみられる。低年齢児のう蝕は減少しているが、口腔衛生状態が不良であれば、母乳の長期授乳や哺乳ビンの長期使用により重度の多数歯う蝕(ランパントカリエス)を生じる場合がある。
筆者の診療室は大学歯学部附属病院小児歯科専門の診療室であり、近隣の一般開業医から紹介され、重症う蝕児が多く来院している。
乳歯う蝕の臨床的特徴としては、同時に多数歯および多歯面にう蝕が発症すること、また、永久歯列ではう蝕感受性が低いとされている平滑面などから初発するう蝕が多いことである。さらに、う蝕が発症してから進行速度が速く、自覚症状が永久歯ほど明確ではないため、う蝕が重度になるまで見逃されてしまうこともある。
乳歯う蝕の好発部位は、咬合面、頰側あるいは舌側の小窩裂溝、隣接面歯頸部付近であるが、歯種や年齢により好発部位に違いがみられる。乳臼歯部については、3~4歳で咬合面小窩裂溝に、4~5歳で隣接面にう蝕が好発する。
乳歯う蝕を発症させないよう予防することが重要であるが、すでにう蝕を発症している場合は歯冠修復処置などの歯科治療が必要である。乳歯の歯冠修復の中で最も頻度の高い処置はコンポジットレジン修復であるが、歯髄処置を施した乳臼歯などは既製乳歯冠による修復が適応となる。
今回、筆者が日常臨床で行っている既製乳歯冠による修復法について解説する。
にキッズクラウンを適応した症例を示す。
1. 前準備
既製乳歯冠による修復を行う場合、局所麻酔を行うことが望ましい。歯髄処置歯であっても、歯冠形成時や乳歯冠の試適時に辺縁歯肉に対する刺激を小児が嫌がることが多いためである。ラバーダム防湿は全ての症例において必須である。
2. 歯冠形成
使用するバーは、#330(咬合面形成用)、#204・#215(軸面形成用)である(図6)。
3. キッズクラウン乳歯冠の選択と試適
キッズクラウン乳歯冠は上下左右第一乳臼歯と第二乳臼歯8歯種に、それぞれ#2~#7までの6種類の大きさの既製冠が用意されている。製造業者のコメントによると、キッズクラウンは弾力性のある硬さとシリカコーティング加工を施している点が特長である。
歯冠形成が終了したら、これらの中から形成歯冠の近遠心幅径にあった乳歯冠の大きさを選択する(本症例ではDEとも#2を選択)。ラバーダム防湿下に試適し、適合を確認する(図14)。乳歯冠を選択したら、ラバーダムを撤去し、対合歯とのクリアランスを確認する(図15)。その後、再度乳歯冠を試適する。試適時のチェックポイントは、形成が終了した歯冠との適合状態、乳歯冠の向きが歯列弓に一致しているか、隣接歯との接触状態、対合歯との咬合関係、そして辺縁歯肉との関係である(図16)。
乳歯冠の向きが歯列と一致していることを確認し、対合歯との咬合関係が適切であり咬合が高くないかを確認する。辺縁歯肉が圧迫され、白色(貧血帯)になっていないかを確認する。辺縁歯肉が白色を呈している場合は、乳歯冠の冠縁が長すぎるため、冠縁の調整を必要とする。
乳歯冠の適合度により、冠縁のクリンピング(内曲げ)を行う。クリンピングは通常ゴードンのプライヤーを用いる。強く内曲げをする必要があれば、バンドマージン(クリンピング)プライヤーを用いる場合もある。冠縁のクリンピングは1mm程度をプライヤーで軽くつまむようにして行う(図17)。乳歯冠を装着する際は、非機能咬頭側(上顎では頰側、下顎では舌側)をまず入れておき、機能咬頭側(上顎では舌側、下顎では頰側)へスナップを利かせてかぶせるように挿入する。最終的には、乳歯冠が歯面に接触しながらパチッと挿入できるように調整する。
4. キッズクラウン乳歯冠の合着
キッズクラウン乳歯冠を洗浄し、乾燥させる。乳歯冠の合着には、通常合着用グラスアイオノマーセメントを用いる。鋳造冠と異なり、既製乳歯冠の合着の場合は、形成が終了した歯冠との間に間隙がある可能性があり、合着用セメントは乳歯冠内面に満たすようにする。
歯冠を乾燥したまま、乳歯冠を装着し、割箸を用いてしっかりと適正位まで圧接する(図18)。
冠縁から溢出したセメントをココアバターをつけた綿球でふき取り、デンタルフロスで隣接面の余剰なセメントを除去する(図19)。
咬合をチェックし、患児に咬合させたままセメントの硬化を待つ。セメントが硬化したならば、探針とデンタルフロスを用いて余剰なセメントを確実に除去する(図20)。
既製乳歯冠装着後の咬合面観を図21に、頰側面観を図22に示す。また、他患の上顎に装着された既製乳歯冠を図23に示す。
小児の歯科治療は迅速確実に行うことが必要であり、歯冠修復処置は一度の治療で完結させることが望ましい。また、乳歯の特徴を考えた治療法を選択する必要がある。乳歯の歯質は永久歯より薄く、歯質の硬度も低く、髄角が突出しているなどの特徴があり、乳歯の全部被覆冠の形成や使用する材料には配慮が必要である。すなわち、歯質の削除は少なくしなければならず、対合歯の咬耗を早めるような材料の使用は避けなければならない。
さらに、小児の歯列・咬合の発育を妨げないような配慮も必要である。このような観点から考えると、既製乳歯冠が乳臼歯の歯冠修復に用いられることは理にかなっている。
保護者が審美性を気にして既製乳歯冠の装着を嫌がることがあるが、乳歯が交換期まで正常に機能することを第一義とすべきである。
コンポジットレジン修復は審美性に優れるが、大きな窩洞に用いることは推奨されない。特に、う蝕が重度で歯髄処置を施した乳臼歯は元々残存歯質が少ないことが多く、将来歯冠の物理的な性状も低下することが予測され、歯冠破折などが生じる可能性が高いと考えられる。そのような症例で乳歯を交換期まで口腔内で機能させるためには、乳歯冠は有効な歯冠修復法であり、小児歯科に携わる歯科医師の皆さんに、本解説が参考となることを筆者は期待している。