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139号 WINTER 目次を見る

特集3

低濃度フッ素およびPOs-Ca配合ガム咀嚼による初期う蝕への効果

東京医科歯科大学大学院 う蝕制御学分野 教授 田上 順次

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■目 次

■はじめに

予防医学の進展、口腔衛生状態の改善、初期う蝕の診断と治療に関する研究の進展、さらには歯の健康維持に対する社会的な関心の高まりなどにより、う蝕治療の概念は大きな変革を迎えている。すなわち、う蝕は削って治すものではなく、予防するもの、さらに初期う蝕については非侵襲的に治癒させるもの、という考え方が普及してきた。
その具体的な方策の一つとして、ガムによるう蝕予防、初期エナメル質う蝕病巣の再石灰化が、社会的にも注目されてきている。このようなガムは、消費者庁により、特定保健用食品として、その効果を表示することが許可されている(表1)。キシリトールガム(ロッテ)、リカルデント(日本クラフトフーズ)、そしてポスカ(江崎グリコ)などがこれに該当する。
一般的にはシュガーレスガムがう蝕予防に有効として広く認知されているが、これらのガムすべてで、キシリトールが利用されている。さらにリカルデントには牛乳から抽出されたCPP‑ACP(リカルデント:カゼインホスホペプチドと非結晶性リン酸カルシウムの複合体)が、またポスカにはジャガイモから抽出された新素材カルシウムのPOs‑Ca(リン酸化オリゴ糖カルシウム)という、いずれも歯の再石灰化に直接関与するカルシウム成分が添加されているのが特徴である。
さらにう蝕予防や歯の再石灰化には、極めて効果的であることが広く認知されているフッ素(F)を活用したガムが開発され、低濃度フッ素とPOs‑Ca( カルシウム素材)を配合したガムとして発売されることになった<江崎グリコ(株)>。低濃度フッ素とPOs‑Ca (カルシウム素材)配合ガム(以降POs‑Ca プラスFガムと略す)の初期エナメル質う蝕に対する再石灰化効果をはじめとする様々な研究成果を紹介しながら、本製品の特徴を解説する。

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  • 表1 主な消費者庁許可 特保ガムの一覧
    表1 主な消費者庁許可 特保ガムの一覧

■有効成分の溶出

WHOテクニカルレポートでは、う蝕リスクと食品の関連性についてのエビデンスを表2のようにランク付けている。リスク軽減効果が「確実」なのはフッ化物のみであり、次いで、ハードチーズが「有望」という評価で、シュガーレスガムの上位に位置づけられている。キシリトール自体の評価は、その知名度とは異なり国際的には「多分」という程度の位置づけである(表21)
これまでにガムにフッ化物とカルシウム両方の添加が行われてこなかったのは、技術的な問題と安全性の問題という2つの背景があったからである。
技術的には、フッ素が歯の再石灰化や耐酸性付与のために機能するには、歯質に取り込まれやすいように、イオン化している必要がある。しかしながら、カルシウムイオンの存在下では容易にカルシウムと反応してフッ化カルシウムとなり、歯質には容易に取り込まれなくなる。POs‑CaプラスFガムでは、カルシウムはリン酸化オリゴ糖カルシウムとして存在するために、フッ素と塩を形成することが抑制され、フッ素はイオンとして存在することが可能である(図1)。このようにフッ素が有効に機能することができるような条件があって初めて可能となった技術である。
今回、POs‑CaプラスFガムおよび POs‑Caのみを配合したガム(以降POs‑Caと略す)の再石灰化効果を臨床的に評価するために使用した3種のガムの組成を表3に示す。微量ではあるが、緑茶から抽出したフッ素を含むのがPOs‑Ca プラスFガムの特徴である。安全性という面では、緑茶の抽出物で食品として流通しているものが用いられており、食用としての安全性は非常に高いものである。高濃度のフッ素は、フッ化物の塗布によるう蝕予防や再石灰化療法のほか、フッ素洗口でも使用されている。使い方によっては為害作用や毒性にも注意が必要であるため、プロフェッショナルケアとして使われるのが一般的である。
実際にガムを咀嚼したときに、これらの成分が唾液中に溶出しないとその効果も期待できない。そこで、ガムを人工唾液50mL中でつぶし、5,10,15,20分間経過後に人工唾液中に溶出した、カルシウムイオン、リン酸イオン、そしてフッ化物イオン量を測定した。その結果を表4に示すが、POs‑Ca プラスFガムでは15分後および20分後には1ppm程度のフッ素が検出されている(図2)。
この量は30粒のガムを摂取したとしても、500mLの市販の緑茶ペットボトル1本を飲んだときのフッ素摂取量と同等とされている。唾液中に1ppmのフッ素が存在するという状況は、歯磨き後にうがいをした後と同じ濃度である。こうしたことから、POs‑Ca プラスFガムのフッ素については、質、量ともに極めて安全であるといえる。
江崎グリコの調査では、POs‑Caを10分間咀嚼した後の唾液中のCa/P比は、エナメル質の結晶のCa/P比である1.67(図3)に近くなっていることが確かめられている(図4)。表4の実験結果においても、カルシウムとリンについては、その比率(Ca/P比)が5分後で、1.3~1.4程度で、10分後には2近くにまで上昇しており、同様の傾向が確認されている。

  • 表2 WHOテクニカルレポート:う蝕リスクに関連する食品のエビデンス
    表2 WHOテクニカルレポート:う蝕リスクに関連する食品のエビデンス
  • 図1 POs‑Caのカルシウム安定化技術 カルシウムとフッ素との反応によるフッ化カルシウムの形成が抑制される
    図1 POs‑Caのカルシウム安定化技術
    カルシウムとフッ素との反応によるフッ化カルシウムの形成が抑制される
  • 表3 評価を行った各種ガムの成分(重量%)
    表3 評価を行った各種ガムの成分(重量%)
  • 表4 人工唾液中に溶出した、カルシウム、無機リンおよびフッ素イオンの量(Mean±SD)
    表4 人工唾液中に溶出した、カルシウム、無機リンおよびフッ素イオンの量(Mean±SD)
  • 図2 人工唾液中の溶出したフッ化物イオン量の経時変化
    図2 人工唾液中の溶出したフッ化物イオン量の経時変化
    15分後には1ppm 以上のフッ化物イオンが検出されている
  • 図3 ハイドロキシアパタイトの分解と合成ハイドロキシアパタイトはカルシウムとリンの比が1.67 となっている
    図3 ハイドロキシアパタイトの分解と合成ハイドロキシアパタイトはカルシウムとリンの比が1.67 となっている
  • 図4 ガム咀嚼10分後の唾液中のカルシウム‐リン比POs‑Ca咀嚼によりエナメル質結晶のCa/P比に近い値となる
    図4 ガム咀嚼10分後の唾液中のカルシウム‐リン比POs‑Ca咀嚼によりエナメル質結晶のCa/P比に近い値となる

■初期エナメル質う蝕の再石灰化実験

初期エナメル質う蝕に対するPOs‑Ca プラスFガムの咀嚼による再石灰化効果を調べるために、口腔内に初期エナメル質う蝕を形成した試料を装着し、被験者に実際にガムを咀嚼させる実験を行った。
ウシエナメル質を用いて、初期エナメル質う蝕病巣形成前にバニッシュで被覆した健全部、病巣形成後バニッシュで被覆した脱灰部、病巣部を口腔内に露出させる再石灰化部からなる試料を準備した(図5)。この試料を取り付けた装置(図67)を被験者の口腔内に装着し、POs‑Ca、POs‑Ca プラスFガム、いずれも含まないガム(コントロール群)を、1回2粒を20分間咀嚼、これを1日3回摂取させた。装置はガム咀嚼中および摂取後の20分間、計40分間装着させた。14日間経過後各群における試料を分析し、その病巣部における再石灰化効果について、再石灰化部におけるミネラル回復率、硬さの回復率、結晶性、およびフッ素の取り込みについての評価を行った2)
1. ミネラル回復率
顕微X線装置(PW3830, Panalytical)を用いてTMR撮影を行い、歯質ミネラル濃度分析用ソフトによりミネラル密度を算出した。
これらの結果からTMRミネラル密度のミネラル回復率(ミネラル回復率%=脱灰後と再石灰化後のミネラル量の差/脱灰により消失したミネラル量×100、図8)を計算したところ、ミネラル回復率は、POs‑Caは21.9±10.6 %、POs‑Ca プラスFガムでは26.3±9.4%と、いずれもコントロール群の15.0±11.4%よりも有意に高いミネラル密度の回復が認められた(p<0.05)(図9)。
コントロール群においても一定の効果が認められることは、健全な口腔内環境であれば、初期エナメル質う蝕病巣は再石灰化される可能性を示すものである。さらにガムの咀嚼により唾液の分泌が促進されるので、初期エナメル質う蝕病巣の再石灰化には有利に働いていたと考えられる。さらにPOs‑Ca(カルシウム素材)単独、または低濃度フッ素とPOs‑Ca(カルシウム素材)の配合によってより効果的に再石灰化が生じることが判明した。
2. 硬さの回復率
微小硬さ変化については、超微小硬さ測定器(ENT‑1100a, Elionix)を用い荷重10mgにて解析し、初期エナメルう蝕における10μm深さ別の硬さ回復率(硬さ回復率%=(再石灰化後の硬さ-再石灰化前の硬さ)/健全部の硬さ×100)を算出した。
初期エナメルう蝕病巣の深さ150μmまでの深さ別の硬さ回復率を図10に示す。深さ別の硬さ回復率をみると、50μm付近で最も高い回復率を示しているが、全体の硬さ回復率としてはPOs‑CaとPOs‑Ca プラスFガムとの両群間に有意差は認められなかった。ただし、最表層部である表層0~20μmにおける硬さ回復率に着目すると、POs‑Caでは約17%、POs‑Ca プラスFガムでは約31%の硬さ回復率で(図11)、POs‑Ca プラスFガムが統計学的に有意に高い値を示した。
ガムに低濃度フッ素とPOs‑Ca(カルシウム素材)を加えることは、POs‑Ca(カルシウム素材)のみを配合したガムよりも、硬さの回復率に効果的であることが明らかとなった。
3. 結晶性の回復
これまでに初期う蝕病巣の再石灰化効果について、ミネラルの回復や硬さの回復についての評価は多く行われてきたが、再石灰化部にどのような形でミネラルが回復しているかについては報告がなかった。TMR法では、ハイドロキシアパタイトの結晶量の評価が困難であることがその大きな理由であった。無機成分が単に病巣部に取り込まれて沈着しているだけでは、極めて不安定であり、すなわち環境のわずかな変化によって容易に脱灰されてしまう、あるいは崩壊することが懸念されていた。
今回の臨床試験では、再石灰化部について、極微小タンパク質・タンパク質複合体および、無機・有機結晶の構造解析に用いられる広角エックス線を用いて、ハイドロキシアパタイトの結晶量と、結晶の配向性を評価した。
その結果、POs‑Ca プラスFガムでは24.9±5.4%と、POs‑Caの16.4±4.1 %およびコントロール群の11.1±4.8%よりもハイドロキシアパタイトの結晶回復率が有意に高いことが判明した(図12)。またこれらのハイドロキシアパタイト結晶は、同一の方向性をもって配列していることも確認された3)
再石灰化の研究は歴史もあり多くの報告があるが、再石灰化部にハイドロキシアパタイトが形成されたこと、さらにその結晶がエナメル質と同様に一定の配向性を持つ(図13)ことが明らかにされたのは、世界で最初である。
POs‑Ca プラスFガムが、リンとカルシウムの配合量をハイドロキシアパタイトのカルシウムリン比と同じにしていること、さらに再石灰化を促進するフッ素を配合していることが、効果的に機能したものと考えられる。

  • 図5 臨床試験に用いたウシエナメル質試料の模式図健全部、脱灰部、再石灰化部からなる
    図5 臨床試験に用いたウシエナメル質試料の模式図
    健全部、脱灰部、再石灰化部からなる
  • 図6 ヒト口腔内に装着するための装置の模式図
    図6 ヒト口腔内に装着するための装置の模式図
  • 図7 口腔内に装着された装置
    図7 口腔内に装着された装置
  • 図8 ミネラル回復率の算出法
    図8 ミネラル回復率の算出法
  • 図9 各群のミネラル回復率
    図9 各群のミネラル回復率
    POs‑Ca群、POs‑CaプラスF群ともコントロール群と比較して有意に高い回復率を示した
  • 図10 表層からの深さと硬さの回復率POs‑Ca群、POs‑CaプラスF群の間で有意差は認められなかった
    図10 表層からの深さと硬さの回復率
    POs‑Ca群、POs‑CaプラスF群の間で有意差は認められなかった
  • 図11 最表層部(表層から0~20μm)における硬さ回復率 POs‑Ca群、POs‑CaプラスF群の間で有意差が認められた
    図11 最表層部(表層から0~20μm)における硬さ回復率
    POs‑Ca群、POs‑CaプラスF群の間で有意差が認められた
  • 図12 再石灰化部におけるハイドロキシアパタイトの結晶回復率 POs‑CaプラスF群が最も高い回復率を示した
    図12 再石灰化部におけるハイドロキシアパタイトの結晶回復率
    POs‑CaプラスF群が最も高い回復率を示した
  • 図13 POs‑CaプラスF ガムによるエナメル質初期う蝕の再石灰化の概念図ハイドロキシアパタイト結晶が、歯質の結晶と同じ方向性をもって配列する
    図13 POs‑CaプラスF ガムによるエナメル質初期う蝕の再石灰化の概念図ハイドロキシアパタイト結晶が、歯質の結晶と同じ方向性をもって配列する

■フッ素配合の意味

再石灰化のためにリン酸カルシウムとフッ素とを効果的に共存させることは技術的に多くの問題があることは前述したが、POs‑Ca プラスFガムではこのことが実現されている。ガムを人工唾液中でつぶして溶出したイオン量を測定したところ、表4で既に示したように、フッ素イオンが、カルシウム、リンなどとともに検出されている。フッ素イオンの量は1ppmと微量であるが、唾液中のフッ素イオンはごく微量であっても、継続的にフッ素イオンが存在していることが脱灰部の再石灰化には極めて有効であることがこれまでに報告されている4~7)
近年の市販ガムは味もちもよく、最低20分間摂取できるように設計されていることから、通常のフッ素入り歯磨きに加え、POs‑Ca プラスFガムを日々摂取することで、低濃度フッ素イオンが口腔内に継続的に存在することが期待される。
実際に、POs‑Ca プラスFガムは、硬さの回復率と結晶の回復率でPOs‑Ca のみを配合したガムと比較して同等またはそれ以上の効果を示した(表5)。初期エナメルう蝕最表層部におけるフッ素分布についてイオン質量分析を行った際には、POs‑Ca プラスFガム咀嚼後の再石灰化部において、 脱灰部では認められないフッ素分布が確認されている。このことは、日々フッ素配合ガムを摂取することで、ガム由来フッ素が初期エナメルう蝕最表層部に取り込まれたことを示している。
ガムを摂取するという、習慣として継続しやすい行為で、口腔内に低濃度ではあるが、有効なフッ素濃度が維持されるので、このようなガムの普及はう蝕の再石灰化療法として、歯科医院で行うプログラムと併用することも容易である。

  • 表5 それぞれのガムによる初期う蝕病巣への効果
    表5 それぞれのガムによる初期う蝕病巣への効果
参考文献
  • 1) WHO/FAO: Diet,nutrition and the prevention of chronic diseases:report of a joint WHO/FAO expert, (WHO technical report series916). Geneva, 2003. (http://www.who.int/mediacentre/releases/2003/pr20/en). www.who.int/hpr/NPH/docs/who_fao_expert_report.pdf
  • 2) Kitasako Y, Tanaka M, Sadr A, Hamba H, Ikeda M, Tagami J. Effectsof a chewing gum containing phosphoryl oligosaccharides ofcalcium (POs‑Ca) and fluoride on remineralization and crystallizationof enamel subsurface lesions in situ. Journal of Dentistry (2011),doi:10.1016/j.jdent.2011.08.009
  • 3) Tanaka T, Yagi N, Ohta T, Matuso Y, Tarada H, Kamasaka K, TooK, Kometani T, Kuriki T. Evaluation of the distribution and orientationof remineralized enamel crystallites in subsurface lesions byX‑ray diffraction. Caries Research 2010;44: 253‑9.
  • 4) Featherstone JD. Prevention and reversal of dental caries: role oflow level fluoride. Community Dental and Oral Epidemiology1999;27:31‑40.
  • 5) ten Cate JM. Remineralization of deep enamel dentine caries lesions.Aust Dent J 2008;53:281‑5.
  • 6) ten Cate JM. Review on fluoride, with special emphasis on calciumfluoride mechanisms in caries prevention. European Journal of OralSciences 1997;105:461‑5.
  • 7) Margolis HC, Moreno EC, Murphy BJ. Effect of low levels of fluoridein solution on enamel demineralization in vitro . Journal of DentalResearch 1986;65:23‑9.

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