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Risk Management

ワルファリン服用患者の歯科外科処置におけるPT-INR測定器(インレシオ2)の有用性について

国際医療福祉大学三田病院 歯科口腔外科 部長 矢郷 香

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目 次

はじめに

本邦では、超高齢化社会を迎え、血栓を予防するワルファリン服用患者が増加している(図1)。抜歯などの歯科外科処置時には、術中、術後出血のリスクを避けるために、ワルファリンの投与中断が慣習化されていた。
しかし、近年では、ワルファリン中断による脳梗塞などの血栓・塞栓症イベント合併の危険性が問題視されている(図2)。
抜歯にあたりワルファリンを中断すると約1%に重篤な脳梗塞を発症し、死亡例の報告もある。一方、ワルファリンが治療域を超えて効きすぎたまま抜歯を行うと、止血困難となることもある。
医師は、ワルファリン服用患者に対しては定期的に血液検査を行い、PTINR(Prothrombin Time‑International Normalized Ratio:プロトロンビン時間の国際標準比、以下INR)のモニタリン
グをしながらワルファリン量を決定するなど厳密な管理を行っている。歯科医師も、抜歯などの歯科外科処置を安全に行うためには、処置時にINR値を確認することが必須である。
本稿では、チェアサイドで簡便にINRを測定できるインレシオ®2(図3)の有用性について解説する。

  • 図1 ワルファリン(ワーファリン®)
    図1 ワルファリン(ワーファリン®
  • 脳梗塞患者の頭部MRI画像(水平断)心房細動患者で脳梗塞(心原性脳塞栓症)を起こし、左の片麻痺、感覚障害を来した。再発予防のために、ワルファリンを服用している。このような患者に対して、抜歯時にワルファリンを中断するとさらに大きな脳梗塞を起こす危険性がある。(東京女子医科大学神経内科 飯嶋 睦先生提供)
    図2 脳梗塞患者の頭部MRI画像(水平断)
    心房細動患者で脳梗塞(心原性脳塞栓症)を起こし、左の片麻痺、感覚障害を来した。再発予防のために、ワルファリンを服用している。このような患者に対して、抜歯時にワルファリンを中断するとさらに大きな脳梗塞を起こす危険性がある。(東京女子医科大学神経内科 飯嶋 睦先生提供)
  • インレシオ®2
    図3 インレシオ®

ワルファリンとINR

ワルファリンの作用機序は、循環血液中の血液凝固因子に直接作用するのではなく、肝臓においてビタミンKの作用を阻害することにより二次的に凝固因子を抑制し、抗凝固能を示す。そのため、患者個々のビタミンK量やワルファリンの代謝能に依存し、同じ投与量でも患者により臨床効果が異なる。
また、食事や多くの併用薬との相互作用がある。納豆菌が産生する、また、クロレラ中に多量に含まれるビタミンKがワルファリンの作用を減弱してしまうため、ワルファリン服用患者は、納豆とクロレラの摂取が禁じられている。そのため、ワルファリンの投与量は疾患ごとに推奨されている治療域になるように、患者の生活スタイル(食事、併用薬など)や年齢を加味し決定される。そのモニタリング方法がINRである(図4
INRが目標値より低いと血栓形成の予防効果がなく、逆に高すぎると血液がさらさらとなり出血を来す危険がある。
医師は、定期的にINRの測定を行い、綿密な管理をしている。
本邦でのワルファリンの推奨治療域は、INR 1.6~3.5で、年齢や原疾患により異なる1)
心臓の機械人工弁置換術をした患者は血栓ができやすいので、INR値が3以上と高く設定されている場合がある。高齢者では、INR値が高いと脳出血など出血性合併症のリスクがあるため、1.6~2.5が目標治療域となる。
歯科医師もワルファリン服用患者の歯科治療を安全に行うためにはINRの意義を理解しておく必要がある。

  • PT‑INR(Prothrombin Time‑International Normalized Ratio):プロトロンビン時間の国際標準比 血液凝固能検査のひとつであるプロトロンビン時間(PT)は、測定時に使用するトロンボプラスチン試薬の種類により敏感度が大きく異なり、施設間で比較ができない。そのため、WHOが標準品としたヒト脳トロンボプラスチン試薬を用いてPT測定値を標準化した。各社試薬には、標準品との活性を比較してえられた指数(国際感度指数International Sensitivity Index : ISI)がつけられている。PT‑INRは、実測したPT比(患者血漿の秒数を健常者の秒数で除したもの)をISIで補正したPT比である。単にINRともいう。ワルファリンが効き過ぎINR値が高すぎると出血のリスクがあり、逆に低すぎると血栓予防効果がない。医師は、ワルファリン服用患者に対して定期的にINRを測定し、厳密な管理を行っている。本邦の循環器疾患におけるガイドラインでは、原疾患や年齢によるが、INR値は1.6~3.5にコントロールされている。
    図4 PT‑INR(Prothrombin Time‑International Normalized Ratio):プロトロンビン時間の国際標準比
    血液凝固能検査のひとつであるプロトロンビン時間(PT)は、測定時に使用するトロンボプラスチン試薬の種類により敏感度が大きく異なり、施設間で比較ができない。そのため、WHOが標準品としたヒト脳トロンボプラスチン試薬を用いてPT測定値を標準化した。各社試薬には、標準品との活性を比較してえられた指数(国際感度指数International Sensitivity Index : ISI)がつけられている。PT‑INRは、実測したPT比(患者血漿の秒数を健常者の秒数で除したもの)をISIで補正したPT比である。単にINRともいう。
    ワルファリンが効き過ぎINR値が高すぎると出血のリスクがあり、逆に低すぎると血栓予防効果がない。医師は、ワルファリン服用患者に対して定期的にINRを測定し、厳密な管理を行っている。
    本邦の循環器疾患におけるガイドラインでは、原疾患や年齢によるが、INR値は1.6~3.5にコントロールされている。

インレシオ®2について

大学病院などでは、腕から静脈採血し大型機種でINRを測定するが、外来が混んでいる場合には、検査結果がでるまで約1時間かかる場合もある。また、内科開業医にINR値の問い合わせをしても、検査を外注する施設が多いために、対診したその日には結果がわからないことがある。
インレシオ®2は、指先からの穿刺血(約15μL以上)のみで測定できる。しかも約1分でINR値がわかり、検査時間も短い。本体は、W151×D74×H46mmと小型で、軽量(263g)なため、抜歯などの歯科外科処置の際、チェアサイドで簡便かつ敏速に測定できる点で有用である(図57)。
患者にもその場で測定内容について説明できる。検査結果も、静脈血を使用し検査室で行う大型機種での測定結果と相関性があり正確である。別売りでプリンターもあり、その場で結果をプリントアウトでき、用紙はラベルになっているので、カルテに貼るのも簡単である(図8)。
外来迅速検体検査加算を含め159点の保険点数が月1回算定できる(図9)。インプラント手術の場合には、自費で検査代を請求することが可能である。

  • PT‑INR測定機器 INRatio® 2(インレシオ®2)①本体(インレシオ2メーター)②テストストリップ テストストリップは1枚ずつ乾燥剤入りのアルミパウチ包装されている ③マイクロセーフチューブ(アリーアメディカル株式会社提供)
    図5 PT‑INR測定機器 INRatio® 2(インレシオ®2)
    1. ①本体(インレシオ2メーター)
    2. ②テストストリップ
      テストストリップは1枚ずつ乾燥剤入りのアルミパウチ包装されている
    3. ③マイクロセーフチューブ(アリーアメディカル株式会社提供)
  • 操作手順 3ステップの簡単操作で、検査時間は約1分と短時間である。
    図6 操作手順
    3ステップの簡単操作で、検査時間は約1分と短時間である。
  • 測定原理 テストストリップ中のフィブリノーゲンがフィブリンに変化するときの電気抵抗の変化からPTを測定し、INRを算出する。
    図7 測定原理
    テストストリップ中のフィブリノーゲンがフィブリンに変化するときの電気抵抗の変化からPTを測定し、INRを算出する。
  • プリンター インレシオ2メーターとプリンターを接続し、測定したその場でプリントアウトができる。用紙はラベルになっているので、カルテに貼ることができる。
    図8 プリンター
    インレシオ2メーターとプリンターを接続し、測定したその場でプリントアウトができる。用紙はラベルになっているので、カルテに貼ることができる。
  • 診療報酬<2012年2月現在>・摘要欄にワルファリン服用中の旨を記載する。・保険請求に関しては、地域により若干の差がある。
    図9 診療報酬<2012年2月現在>
    ・摘要欄にワルファリン服用中の旨を記載する。
    ・保険請求に関しては、地域により若干の差がある。

抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドラインとインレシオ®2の有用性

2004年、日本循環器学会では、「ワルファリンや抗血小板薬の抗血栓薬は継続下での抜歯が望ましい」とのガイドライン1)を出していたが、このガイドラインは医師が作成したもので、歯科医師の関与はなかった。
そのため、2010年10月、歯科でも、一般社団法人日本有病者歯科医療学会、一般社団法人日本老年歯科医療学会、社団法人日本口腔外科学会の3学会が主体となり、根拠に基づいた医療vidence‑based Medicine(EBM)の手法に準じて「抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン」を策定した(図10112)
同ガイドラインでも、抜歯時、抗血栓薬継続によるコントロールできない大出血を起こすリスクは低く、それよりも中断に伴う重篤な脳梗塞などの血栓・塞栓症を避ける観点から、抗血栓薬継続下の抜歯を推奨している。
ワルファリンを継続したまま安全に抜歯を行うためには、抜歯前に適切な検査を行うこと、十分な局所止血処置を行うこと、術後に処方する抗菌薬や鎮痛薬に対する配慮などが重要である(図12)。
特に、ワルファリン服用患者では、抜歯前にINR値を確認することが必須である。INR値を参考にしないでワルファリン継続下での抜歯を行うことは大変危険である。
ワルファリンの効果は個人差が大きく、食事や併用薬などにも影響されINR値は変動するので、1ヵ月前や1週間前の値で抜歯するべきではない。ガイドラインでは、抜歯24時間以内、可能なら抜歯当日のINR値を確認することを推奨している。
その点、インレシオ®2は、約1分でINRが測定できるので有用である。
また、ガイドラインでは日本人の場合、INRが3.0以下であれば、局所止血処置を厳密に行うことによりワルファリン継続下に抜歯可能としている。
INRが3.5以上では医師が設定している推奨治療域から外れ、ワルファリンが効き過ぎ脳出血や抜歯時の出血性合併症を起こす危険がある。INRが3.5以上の時には抜歯を避け、ワルファリン処方医に適正なINR値であるかどうかを相談する必要がある。
ワルファリン服用患者においては、セフェム系やペニシリン系をはじめとして多くの抗菌薬はINR値を上昇させるとの報告がある1、2)
抗菌薬の長期間の投与は腸内細菌叢の変化によりビタミンK産生不足をきたし、出血傾向が生じる可能性がある。長期間抗菌薬を投与する場合にはインレシオ®2でINR値をチェックし、INR値の上昇に注意する必要がある。

  • 科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン(2010版)
    図10 科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン(2010版)
  • ガイドラインで使用したエビデンスレベルと推奨度 推奨度に関しては、エビデンスのレベル、エビデンスの数と結論のバラツキ、臨床的有効性の大きさなどを総合的に判断し決定した。
    図11 ガイドラインで使用したエビデンスレベルと推奨度
    推奨度に関しては、エビデンスのレベル、エビデンスの数と結論のバラツキ、臨床的有効性の大きさなどを総合的に判断し決定した。
  • ワルファリン服用患者の抜歯に関するガイドラインの要約(一部抜粋)
    図12 ワルファリン服用患者の抜歯に関するガイドラインの要約(一部抜粋)

症例

69歳、女性で脳梗塞の既往があり、ワルファリンを服用していた(図133)。左側下顎第2大臼歯をワルファリン継続下で抜歯した。
まず、出血性合併症なく安全に抜歯を行うためには、INRの測定を行い治療域内であることを確認する必要がある。抜歯当日に測定したINR値は1.63であった。INR値が3.0以下であったためにワルファリン継続下抜歯したが、術中異常出血はなかった。後出血を予防するため局所止血処置を十分に行うことも重要で、本例では、抜歯窩に吸収性ゼラチンスポンジ(スポンゼル®)を挿入し、縫合した。
本邦においては、ワルファリン継続下で歯科インプラント手術が可能か否かの研究報告はほとんどなく、同薬剤継続下でのインプラント治療の安全性に関してはコンセンサスが得られていない。
日本循環器学会のガイドラインでは、「体表の小手術で、術後出血が起こった場合の対処が容易な場合は、ワルファリン内服継続下での施行が望ましい」となっている。よって、インプラント手術もワルファリン継続下での手術を検討する必要がある。その場合、抜歯同様に手術間近のINRを測定することが必須である。
現時点では、INRが3.0未満の場合には、ワルファリン療法継続下に1本のインプラント埋入手術は可能と考える(図143)しかし、ワルファリン継続下のインプラント治療の安全性についてはエビデンス不足なので慎重な対応が望まれる。

  • ワルファリンを継続したまま抜歯した症例 7 根端性歯周炎のために、ワルファリン継続下での抜歯を行った。
    図13‑1 ワルファリンを継続したまま抜歯した症例
    7 根端性歯周炎のために、ワルファリン継続下での抜歯を行った。
  • 抜歯当日にINRを測定し、INR値は1.63であった。ワルファリンを継続したまま抜歯を行ったが、術中異常出血はなかった。
    図13‑2 抜歯当日にINRを測定し、INR値は1.63であった。ワルファリンを継続したまま抜歯を行ったが、術中異常出血はなかった。
  • 抜歯窩には、吸収性ゼラチンスポンジを挿入し縫合した。ワルファリン継続下に抜歯する場合には、十分な局所止血処置を行うことが重要である。本例は抜歯後出血もなかった。
    図13‑3 抜歯窩には、吸収性ゼラチンスポンジを挿入し縫合した。ワルファリン継続下に抜歯する場合には、十分な局所止血処置を行うことが重要である。本例は抜歯後出血もなかった。
  • ワルファリン継続したままインプラント埋入手術を行った症例 69歳、女性で、心臓の人工弁置換術後で、ワルファリンを服用していた。3 欠損のため、インプラント治療を希望し来院した。 人工弁置換術後でワルファリンを服用している患者は、歯科外科処置時にワルファリンを中断すると、血栓を形成する危険性が高いので、継続下での埋入手術を行った。手術当日に測定したINR値は2.52であった。
    図14‑1 ワルファリン継続したままインプラント埋入手術を行った症例
    69歳、女性で、心臓の人工弁置換術後で、ワルファリンを服用していた。
    3 欠損のため、インプラント治療を希望し来院した。
    人工弁置換術後でワルファリンを服用している患者は、歯科外科処置時にワルファリンを中断すると、血栓を形成する危険性が高いので、継続下での埋入手術を行った。手術当日に測定したINR値は2.52であった。
  • 切開、粘膜骨膜弁形成。フィクスチャー埋入。ワルファリン継続したまま1本のインプラント埋入手術(直径3.8、長さ16mm)を行ったが、切開、粘膜骨膜弁の形成、ドリリング、フィクスチャー埋入時いずれも出血で術野が妨げられることはなく、縫合終了時には完全に止血し、後出血もなかった。
    図14‑2 切開、粘膜骨膜弁形成。フィクスチャー埋入。
    ワルファリン継続したまま1本のインプラント埋入手術(直径3.8、長さ16mm)を行ったが、切開、粘膜骨膜弁の形成、ドリリング、フィクスチャー埋入時いずれも出血で術野が妨げられることはなく、縫合終了時には完全に止血し、後出血もなかった。
  • 術後CT。
    図14‑3 術後CT。

おわりに

日本循環器学会や歯科から「抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン」が策定されている限りは、ガイドラインにそって対応することが望ましい。歯科外科処置時にワルファリンを中断したために脳梗塞を起こした場合には医療訴訟に発展する可能性もある。
一方、ワルファリン継続下で抜歯をする場合、出血性合併症を避けるためには、抜歯間近のINR値を確認することが必須である。ワルファリン服用患者に対して、安心、安全な歯科外科処置を行うためにも、インレシオ®2を活用したリスクマネージメントが重要となる。

参考文献
  • 1) 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2002‑2003年度合同研究班報告). Circulation Journal 68, Suppl.Ⅳ:1153‑1219, 2004.
  • 2) 日本有病者歯科医療学会、日本口腔外科学会、日本老年歯科医学会編:科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2010年版. 第1版, 学術社, 東京, 2010.
  • 3) 朝波惣一郎、王 宝禮、矢郷 香:これならわかるビスフォスフォネートと抗血栓薬投与患者への対応.第1版, クインテッセンス出版株式会社, 東京, 2010.

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