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146号 AUTUMN 目次を見る

Clinical Report

困った時の奥の一手として強い味方 ~ボンドフィルSBの応用~

広島県廿日市市 かやだ歯科医院 茅田 義明

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■目次

■1. はじめに

新しいTBB系レジン充填材であるボンドフィルSB(図1)は、スーパーボンドに匹敵する歯質への高い接着性と辺縁封鎖性を有しており、アクリル系レジン特有のしなやかな応力緩和(stress buffer)機能をも兼ね備えた、ボンディング材を必要としない接着性充填用レジンである1)。さらに適切な前処理により、金属やポーセレンへの高い接着性も確認されている1)。また、抽出試験の結果などから、スーパーボンド同様に歯髄組織への為害作用が極めて低いことも示されている1、2)
ボンドフィルSBは応力歪みのため充填物の脱落の多かったくさび状欠損や知覚過敏を伴う露出した歯根1)、さらには前装冠破損の修復3)、歯髄に近接したう蝕窩洞への充填、金属面と歯質の共存する窩洞へのいわゆるパッチ充填などに効力を発揮すると思われる。
以上のような我々が日常の臨床で多く扱う症例にばかりではなく、日々の臨床現場において遭遇するさまざまな対応に苦慮する症例に、ボンドフィルSBの特性を生かして対処することが可能な場合があると考えている。
厳格な歯科治療をなされている先生方からのご批判は甘受することとしたうえで、窮余の一策として使用した症例を供覧したい。

  • 2011年2月発売のTBB系レジン充填材ボンドフィルSBは、接着性充填用レジンである。
    図1 2011年2月発売のTBB系レジン充填材ボンドフィルSBは、接着性充填用レジンである。

■2. 外傷による切縁の破折など、切削を伴わないエナメル質への被覆充填

外傷による前歯切縁のわずかな破折は、時折遭遇する症例である。このような場合、従来のコンポジットレジン充填でもある程度予知性のある修復は可能であるが、多少とも維持形態を付与して充填することが多いのではないだろうか。ボンドフィルSBならば、破折したエナメル質にティースプライマーを塗布するだけで、エナメル質の切削を伴わずに十分な接着強度を持った充填修復が可能である(図23)。筆積みによる賦形は意外と自然な切縁を再現することができると考えている。もちろん対合する前歯切縁との咬合調整を十分に行うことが必須なのは言うまでもなく、それによって予知性は十分に高くなってくる。
また、切削を伴わないエナメル質表面へボンドフィルSBを充填する応用例としては、失活して変色した歯の表面に「歯のマニキュア」的な感覚で被覆充填することがあげられる。これは、スーパーボンドを応用することでも、ある程度満足のいく色調の回復が得られるが、筆積みの容易さはボンドフィルSBが優れて簡便である。ボンドフィルSBには粉材の色調がA2からA4相当のものが揃っており、たいていの歯の色調は回復可能であると思われる。さらに、変色の度合いの強い歯の場合は「オペーシャス」(A3に近い)を利用すれば、下地の色調を遮蔽して被覆充填ができる(図4)。
この失活歯の審美回復にスーパーボンドやボンドフィルSBを応用することについては、さまざまな理由から賛否が分かれる可能性があると思われるが、変色した歯にコンプレックスや不満を感じている患者に対し、簡便で安価な方法で対応できることは、治療法の選択肢の一つとしては決して無意味ではないと考えている(図5)。スーパーボンドを用いたこのような方法で数年間、被覆充填材が剥離や脱離を免れている症例も経験しており(図6)、ボンドフィルSBも同様の効果が期待できるものと思われる。

  • 外傷による前歯の切縁のわずかな破折を、高い予知性をもって修復できる。
    図2 外傷による前歯の切縁のわずかな破折を、高い予知性をもって修復できる。
  • 切縁部の破折をボンドフィルSBで修復した場合、咬合調整をきちんと行えばレジンの脱離を訴えてくることはほとんどない。
    図3 切縁部の破折をボンドフィルSBで修復した場合、咬合調整をきちんと行えばレジンの脱離を訴えてくることはほとんどない。
  • ボンドフィルSBの粉材 左から「ライト」(A2相当)、「ミディアム」(A3からA3.5相当)、2012年9月に発売された「サービカル」(A4相当)、「オペーシャス」(ある程度の遮蔽性を持ったA3相当)。
    図4 ボンドフィルSBの粉材 左から「ライト」(A2相当)、「ミディアム」(A3からA3.5相当)、2012年9月に発売された「サービカル」(A4相当)、「オペーシャス」(ある程度の遮蔽性を持ったA3相当)。
  • 左上1の変色にボンドフィルSBを被覆充填して、審美性を回復した。歯頸部には「サービカル」、中央部は「ミディアム」、切端部は「ライト」を使用した。
    図5 左上1の変色にボンドフィルSBを被覆充填して、審美性を回復した。歯頸部には「サービカル」、中央部は「ミディアム」、切端部は「ライト」を使用した。
  • スーパーボンドで審美修復を行った変色していた左上1。術後3年2ヵ月を経過しているが、変色もなく患者は現状に満足している。
    図6 スーパーボンドで審美修復を行った変色していた左上1。術後3年2ヵ月を経過しているが、変色もなく患者は現状に満足している。

■3. 全部鋳造冠上での咬合高径の試験的微調整

歯科治療で咬合に影響を及ぼすような処置を行った後に、「咬み合わせが不快だ」「歯が咬み合っていない」「どこで咬めばいいか分からない」などと患者が訴えるものの、明らかな咬合の問題が認められないような症例を、Phantom bite syndromeと呼称することがある4)

〈症例1〉
50歳の女性で、当院初診約4年前に他院にて顎関節症の診断下に右下7の全部鋳造冠の補綴処置を受けたのを皮切りに、2軒の歯科医院にて、左下6、右下4、右下7の補綴処置を相次いで受けてきた。初診半年前に右上7にインレー修復がなされてから、突然咬合の違和感を自覚した。臼歯を咬み合わせると左上3、4の接触が異常に気になるため、物を最後まで咬み切ることが困難になってきた。また、上下前歯が接触すると、顔面中央部に不快感を覚えるようになった。サ行が発音しにくく、力を入れてする作業により、首の凝り、目の奥の違和感、頭痛などを覚えるようになった。以上のような経過と主訴をもって、当院に初診した。
明確な咬合の異常は認められず、身体表現性障害、気分障害、不安障害などの身体化障害も念頭において、Phantom bite syndromeと診断した。当初、不可逆的な処置は行わないことを説明し、自身の咬合状態を石膏模型などを使って客観的に受け入れてもらうことに時間を割いた。2回目の受診日にソフトシーネによるスプリント療法を開始、これによって気分が改善して安心感がでてきたと言う。スプリントは昼間用(仕事用)も作成して、食事時以外は症状が改善した。その後も患者との信頼関係を築くことを心掛けながら、経過観察を続けた。
初診から3ヵ月目、8度目の受診日に左上3、4が強く咬合することの不快感を一貫して訴えるため、患者の同意の上で、左下全部鋳造冠の咬合面にV-プライマーを塗布してボンドフィルSBを少量ずつ筆積みして咬合の微調整を行うと(図7)、患者の前述の不快感が解消した。金属冠の咬合面にはなんの切削も施さず、可逆的な処置であることを説明して、ボンドフィルSBが自然脱落するまでこのまま経過をみることとした。結果的に左下7表面のボンドフィルSBは11日目に脱落したが、左下6表面のものは14日目の再来院まで脱落することはなく、咬合や咀嚼にも耐えた。この咬合をごく僅か高くすることでスプリントも不要となり、咀嚼もスムーズになってしっかり咬めるようになったため、その咬合高径で全部鋳造冠を新製することとした。古い冠の頰側面に縦に溝を掘り、キャストクラウンスプリッティングプライヤーで冠を撤去したが、この際も残ったボンドフィルSBは撤去した冠に付着したままであった(図8)。
下顎大臼歯部の補綴処置によって、患者の自覚症状は日常生活に支障の無いほどに著しく改善したが、自覚症状と他覚的な中心咬合位の評価との間には齟齬があり、単なる左上3、4の早期接触があっただけの症例とは言えないと考えている。やはりPhantom bite syndromeなど、精神病理的な背景の多分にある症例であると考えられた。
同様に金属面への高い接着性を利用すれば、全部鋳造冠の頰側面の審美性の回復にも応用できる(図9)。

  • 鋳造冠に貴金属用プライマーであるV‑プライマーを塗布しボンドフィルSBを少量ずつ筆積みして、咬合の微調整を行った(左下7咬合面のものは11日目に脱落、左下6のものは14日目の再来院まで脱落なし)。
    図7 鋳造冠に貴金属用プライマーであるV‑プライマーを塗布しボンドフィルSBを少量ずつ筆積みして、咬合の微調整を行った(左下7咬合面のものは11日目に脱落、左下6のものは14日目の再来院まで脱落なし)。
  • 高い接着性と応力緩和作用で、冠の撤去時に加わる歪みにも耐えたボンドフィルSB。
    図8 高い接着性と応力緩和作用で、冠の撤去時に加わる歪みにも耐えたボンドフィルSB。
  • 全部鋳造冠の頰側面に機械的な維持形態を付与して、ボンドフィルSBによる審美修復を行った。
    図9 全部鋳造冠の頰側面に機械的な維持形態を付与して、ボンドフィルSBによる審美修復を行った。

■4. 抜髄もやむ得ない多数歯を有する若年者の緊急避難的修復処置

〈症例2〉
21歳の男性で、口腔保清の習慣もできておらず、30歯のうち18歯がカリエス、そのうち少なくとも6歯は抜髄もやむを得ないと判断される深いう蝕歯で(図10)、処置歯はわずか1歯のみという状態で受診された。救いであったのは、自発痛を有する歯が無かったということであった。特に、左下6は歯冠の崩壊するままにう蝕を放置していたため、対合歯が挺出しほとんど下顎歯肉を咬みそうな状態であった。とりあえず、適切な口腔保清の方法を身につけてもらいながら、年齢と自発痛が無いという点に鑑みて、抜髄はしないという治療方針で臨むこととした。抜髄を免れる恩恵は強調して、強調し過ぎるということはないと考えている6)
進行したう蝕で多量の軟化象牙質の大部分を残したまま、それを被覆するようにレジン系充填材による修復処置を行うことについては1、2、5)、議論があって賛否の分かれるのは当然と考えている。本例のように歯冠が崩壊し進行したう蝕歯を目前にした時(図11)、抜髄や抜歯を躊躇することに強い違和感を持たれたとしても、そのことを否定するものではない。
ただ、本例のような若年者に極力抜髄や抜歯を行わずに済めば、それに越したことはないと判断される向きは多いのではないだろうか6)。さすがにこれから示すボンドフィルSBを用いた修復処置が、本例に対する「最終治療」であるとは必ずしも考えていないが、抜髄や抜歯の可能性をとりあえず回避するための「緊急避難的」なレジン系充填材による修復処置を行ううえで、ボンドフィルSBが好都合な威力を発揮することを供覧したいと考えている。
軟化象牙質を残してレジン修復を行うためには、象牙質に生じている感染に対するなんらかの手当て1、2、5)を施さなくてはならない。その一例として、銅イオンによる殺菌作用を有するセメント5)を軟化象牙質に可及的に広く貼付して、ボンドフィルSBで修復する使用法を最初に提示する(図1214)。
このセメントをレジン系充填材といっしょに使用する際にボンドフィルSBのみがその候補ではないが、通常のレジン系ボンディング材とコンポジットレジンを使用する場合、充填物の辺縁の封鎖のために必要とされる健全象牙質、エナメル質の必要な幅は、辺縁封鎖性の高いボンドフィルSBで必要とされるそれよりもより広くなってしまうということは否めないと思われる。
ボンドフィルSBの場合、充填物辺縁に1mm程度の健全歯質があれば予知性の高い充填が可能であると考えており、さらに本例のように充填物の高径の確保の困難な状況で(図15)、咬合、咀嚼に耐える良好な強度を得るためには、ボンドフィルSBの接着強度、辺縁封鎖性、応力緩和作用は威力を発揮するものと考えられる1、2)
ボンドフィルSBのもう一つの大きな特長は、ボンディング材を必要とせず、充填材であるボンドフィルSB自体がボンディング材の役割を果たしてエナメル質、象牙質との強い接着性を有している点である(図16)。このため、ボンディングレジンによる象牙細管の閉鎖がなく(図17)、ボンドフィルSB充填直前まで象牙細管の透過性が保たれている1、2)
従来なら抜髄もやむをえないと考えられる深いう蝕関連象牙質を残したまま、この象牙細管による薬剤の浸透性を利用して抗生剤・抗菌剤混合ペーストを貼付し7)、そのうえからボンドフィルSBを筆積みで充填する方法を考案して良好な経過の認められる多数の症例を経験している1、2)。本例にもこのような充填を応用した(図1821)。

  • 右上7,8、左上7,8、左下6,7は抜髄や抜歯も致し方ないと考えられる深いカリエスであるが、抜髄も抜歯も行わない治療方針とした。
    図10 右上7,8、左上7,8、左下6,7は抜髄や抜歯も致し方ないと考えられる深いカリエスであるが、抜髄も抜歯も行わない治療方針とした。
  • 歯冠が崩壊して大量の軟化象牙質の認められる左下6,7。
    図11 歯冠が崩壊して大量の軟化象牙質の認められる左下6,7。
  • 疼痛のない範囲で左下6の軟化象牙質を可及的に除去した。
    図12 疼痛のない範囲で左下6の軟化象牙質を可及的に除去した。
  • 左下6の軟化象牙質に可及的に広く、銅イオンによる殺菌作用を有するセメントを塗布した。
    図13 左下6の軟化象牙質に可及的に広く、銅イオンによる殺菌作用を有するセメントを塗布した。
  • 図13の処理後、左下6,7ともにボンドフィルSBで修復した。
    図14 図13の処理後、左下6,7ともにボンドフィルSBで修復した。
  • 図14のごとくボンドフィルSBによる修復を施した部位の咬合高径は十分には保たれておらず、同材の強い接着力、辺縁封鎖性、応力緩和作用は修復物の予知性を高める。
    図15 図14のごとくボンドフィルSBによる修復を施した部位の咬合高径は十分には保たれておらず、同材の強い接着力、辺縁封鎖性、応力緩和作用は修復物の予知性を高める。
  • ボンドフィルSBによる修復のSEM像。歯質と同材の界面にボンドフィルSBそのものによる樹脂含浸層、象牙細管内のレジンタグが認められる。
    図16 ボンドフィルSBによる修復のSEM像。歯質と同材の界面にボンドフィルSBそのものによる樹脂含浸層、象牙細管内のレジンタグが認められる。
  • ボンディング材とコンポジットレジンによる修復のSEM像。ボンディング材が樹脂含浸層とボンディング材層を作っており、象牙細管の透過性はコンポジットレジン充填前にすでに失われている。
    図17 ボンディング材とコンポジットレジンによる修復のSEM像。ボンディング材が樹脂含浸層とボンディング材層を作っており、象牙細管の透過性はコンポジットレジン充填前にすでに失われている。
  • 左下5に肉眼的にも、図10のデンタルX線所見からも、抜髄も検討されるような深いカリエスを認める。
    図18 左下5に肉眼的にも、図10のデンタルX線所見からも、抜髄も検討されるような深いカリエスを認める。
  • 疼痛のない範囲で病的エナメル質と軟化象牙質を除去した。
    図19 疼痛のない範囲で病的エナメル質と軟化象牙質を除去した。
  • 抗生剤・抗菌剤混合ペーストを軟化象牙質上に貼付した。
    図20 抗生剤・抗菌剤混合ペーストを軟化象牙質上に貼付した。
  • ボンドフィルSBをペーストの上に筆積みで充填、修復した。
    図21 ボンドフィルSBをペーストの上に筆積みで充填、修復した。

■5. おわりに

今回供覧した症例には、対応に苦慮し、やむにやまれない緊急避難的な処置としてボンドフィルSBを応用した症例が含まれている。その臨床応用方法の妥当性については、賛否が分かれ議論があって当然と考えているが、ボンドフィルSBというユニークな接着充填材を使用することによる筆者なりの工夫を呈示させていただいた。
ご覧いただいた先生方が同様の症例でお困りの際、本稿がその解決策のヒントになれば幸いと考えている。

参考文献
  • 1) 茅田義明ほか:新しいTBB系接着充填材のユニークな特性を応用した新規臨床使用法;歯界展望:119(3), 515‑523, 2012.
  • 2) 茅田義明ほか:新しいTBB系接着性レジン充填材ボンドフィルSBの抗菌療法への活用;日本歯科評論:73(2), 105‑112, 2013.
  • 3) 若松尚吾ほか:ボンドフィルSBを使用した前歯部修復症例;デンタルマガジン:143, 24‑27, 2012.
  • 4) 澁谷智明:これまでに咬合の違和感はどう捉えられてきたか;歯界展望:117(1), 134‑135, 2011.
  • 5) 安日 純ほか:「Docʼs Best」による臨床を考える;デンタルダイヤモンド:34, 78‑83, 2009.
  • 6) 鈴木祐司ほか:「歯根破折」を臨床でどうとらえるべきか?;歯界展望:115, 636‑648, 2010.
  • 7) 宅重豊彦ほか:進化を続けるLSTR 3Mix‑MP療法;日本歯科評論:69(3), 53‑88, 2009.

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