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CLINICAL HINT
歯科衛生士ができるお口の健康づくりシリーズその1知っておきたいお口の筋肉の生理や働きの基礎知識
著作:スポーツデンタルハイジニスト 姫野かつよ/監修:スポーツデンティスト 竹内正敏

■目 次

■まえがき

近年歯科医療では、介護予防における口腔機能訓練、顎関節症における運動療法、矯正における筋機能療法など多くの場面で理学療法が導入され、その流れの中で歯科衛生士も筋肉を取り扱う機会が増えてきています。本稿では、それに必要な筋肉の生理や働きについての基礎知識をスポーツ歯科の立場から解説していきたいと思います。
実のところ、今回の内容は聞きなれない用語も多く、難しく感じられる読者の方も少なくないと思います。かくいう私も20年前スポーツ歯科担当の歯科衛生士としてタケウチ歯科に採用され、レクチャーを受け始めた当初は頭を抱えることの連続でした。しかしながら徐々に勉強が進むに従い、私が学校で学んだ脈絡のないバラバラな筋生理の断片知識が、あたかもジグソーパズルのパーツがはまるかのように、きれいに整理されていくことを実感しました。その時の驚きや感動を皆さんと共有できれば幸いです。

■1. 筋肉の働き

(1)お口はひとつの大きな運動器
人の身体において、機能や動作を作りだすための器官が運動器です。基本構成パーツは「骨」「関節」「筋肉」から成り立っており、脳からの指令を受けて筋肉が収縮して骨を動かし、関節が動きの方向を作り出します。ここでお口を見てみますと、口腔は上下顎骨・顎関節・咀嚼筋から成る運動器で、咀嚼や発声、呼吸などいろいろな機能を営んでいます。

(2)骨には必ずお互いに反対の動きをする筋肉がペアでついている
筋肉の活動は、ゴムのように伸び縮みするのではなく、縮むだけの一方通行です。そのため骨を自在に動かすにはプラス(屈曲)方向へ動かす筋肉とマイナス(伸展)方向へ動かす筋肉のペアが必要です。このとき運動動作を起こす主たる働きをなす筋肉を“主働筋”、主働筋と反対の働きをなす筋肉を“拮抗筋”と言います。主働筋、拮抗筋は運動中の役割に対してついた名称であり、動作の方向によって入れ替わります(図1)。

(3)筋肉のトラブル、それは過緊張による筋硬縮(凝り)です
筋硬縮(凝り)とは、筋肉が過緊張により収縮したまま硬くなって元に戻りにくくなった状態をいいます。これがさらに進むと筋硬結(凝り固り)となり、押すと痛みや関連痛を誘発することからトリガーポイントとも言われます。
筋硬縮は、筋肉が硬くなり周りの神経や管組織を圧迫して、痛みや機能不全など目に見えない病態を惹起するだけではなく、筋長が短くなることから身体アライメントのズレ(図2)や顔の歪み(図3)など外貌の変化も引き起こします。

  • 運動動作を起こす主たる働きをなす筋肉(赤色)を主働筋、主働筋と反対の働きをなす筋肉(青色)を拮抗筋といいます。
    図1 運動動作を起こす主たる働きをなす筋肉(赤色)を主働筋、主働筋と反対の働きをなす筋肉(青色)を拮抗筋といいます。
  • 筋肉のトラブル、それは縮んで元に戻らないこと
    図2 筋肉のトラブル、それは縮んで元に戻らないこと
  • 表情筋や咀嚼筋の硬縮がもたらす顔の歪み(左偏咀嚼癖による顔貌の変化)
    図3 表情筋や咀嚼筋の硬縮がもたらす顔の歪み(左偏咀嚼癖による顔貌の変化)

■2. 顎を動かす筋肉

次は、顎の開閉運動に関与する筋肉についてお話していきます。一般に顎の開閉は下顎だけが上下するように思われがちですが、本当は上顎も動くのです。ただし、通常の状態では視線がぶれないように上顎(頭部)の動きを抑制するべく、首(頸)部や肩部の筋肉が働きます。

(1)下顎を動かす筋肉
A:閉口運動を起こす筋群 ①側頭筋 ②咬筋 ③内側翼突筋
B:開口運動を起こす筋群 ①顎二腹筋 ②顎舌骨筋
主たる開閉口筋とそれぞれの働きについては図4に詳しく示します。
筋肉の働きを理解するには、筋肉がどの骨を動かすかが重要で、通常は筋肉が収縮するときに固定源となる方を“起始”、引っ張られて動く方を“停止”と言いますが、両者の判定が難しいときもあり、最近では単に「付着部」と呼ばれて特に区別されないこともしばしばあります。ここでのポイントは筋肉の両端は必ず異なる骨に付着するということと、その中間に骨を連結する形で関節があるという点です。
〔注1〕外側翼突筋は主として顎の水平運動に関与します。
〔注2〕開口筋が働くには、停止部である舌骨を保定する舌骨下筋群の協力が必要です。
〔注3〕開口時には下顎にかかる重力も開口力として働きます。

(2)上顎(頭部)を保定する筋群
ここでは上顎(頭部)を保定する筋肉として、胸鎖乳突筋と僧帽筋を憶えておいてください(図5)。なかでも胸鎖乳突筋は起始が胸骨と鎖骨、停止が乳様突起にある二頭筋で、両筋頭の働くバランスによって頭位の屈曲にも伸展にも働くという複雑な動きをする大切な筋肉です。これで強い噛みしめや長時間の咀嚼運動で、顎を使い過ぎると首や肩の筋肉も凝ってくるわけが理解していただけたのではないでしょうか。

(3)筋肉が作りだす三つの基本運動
以上お話ししました「筋肉は収縮するだけ」「筋肉はペアになって働く」を組み合せて考えていきますと、筋肉が作りだす運動は図6のようになります。
aの運動をスムーズに行うためには拮抗筋の力が完全に抜けていることが必要で、そのための神経コントロールを「相反性抑制」といいます。bは拮抗筋を働かせて運動速度や停止位置を微妙に制御しますが、ここで重要な役割を担っているのが「筋紡錘」です。cは左右の腕を両側から均等な力で引っ張られたような状態で、このような筋の活動を「共縮」といい、主働筋も拮抗筋もフルに活動しておりエネルギーの消耗も多く、大変疲れます。お口の動きではaはタッピング、bは咀嚼、cは噛みしめ運動の時の状態と考えてもらうと良いでしょう。

  • 主たる開閉口筋とそれぞれの臨床的な働き
    図4 主たる開閉口筋とそれぞれの臨床的な働き
  • 頭部(上顎)は前屈筋群と後屈筋群が共縮することにより保定されます
    図5 頭部(上顎)は前屈筋群と後屈筋群が共縮することにより保定されます
  • 筋肉が作り出す三つの基本運動
    図6 筋肉が作り出す三つの基本運動

■3. 歯と噛みしめについて

(1)顎の骨の特色は歯という道具を備えていること
人体は200以上の骨で構成されていますが、その中で唯一骨体に物を噛むための道具としての歯を備えている点に上下顎骨の特色があります。そして歯は連続して並んで歯列をなし、上下歯列を噛みあわせることにより「咀嚼」という作業を行います。この作業は咬合面で行われるわけですが、これは筋肉の活動(収縮)が停止される限界平面を持つという点で筋生理学的に重要です(図7)。

(2)噛みしめの本態は筋の共縮
ここで「噛む」という運動を筋活動(収縮)の面から見ていきましょう。
まず顎に力を入れて閉じていくと、当初は筋が収縮し、短くなるとともに顎が動きます。これを「短縮性筋活動」といいます。
しかしながらこの状態は長く続きません。すぐに上下の歯が咬合平面で噛み合って顎は動かなくなります。このとき筋は活動(収縮)しているのに筋長が変化しないことから「等尺性筋活動」と言いますが、この静止状態からさらに力を入れていくと、現在の状態を固定し顎関節を安定させる必要から拮抗筋である閉口筋にも緊張(収縮)が波及します。このように主働筋、拮抗筋ともに収縮する様態を筋共縮といいましたが、噛みしめの本態は等尺性筋活動から誘発される筋共縮と考えてもらうとよいでしょう。
また、噛みしめている歯を無理にこじ開けると、筋肉は活動(収縮)しているのに筋肉の長さは伸びるという過酷な状態になります。これを「伸張性筋活動」といい、開口器で強引に口をこじ開けるのと同じで、筋肉に最も負担のかかる活動様式です。
具体例としては鉄棒の懸垂がわかり易いかもしれません(図8)。

(3)噛みしめの弊害と効用
いろいろな研究により、噛みしめは効用より弊害の方が多いことが分かってきました(図9)。

・噛みしめの弊害
噛みしめは顎の筋肉を共縮させるだけではなく、身体全体の筋肉にも共縮を引き起こさせます。運動時に筋共縮が起こると動作スピードが緩慢になったり、身体の柔軟性が低下するなど、特にスポーツ運動ではマイナスの影響が強く出ます。また日常の生活でも筋肉の弛緩を妨げ、過緊張から肩凝りや顎関節症を誘発させることがあります。
・噛みしめの効用
歯を噛みしめることにより顎の関節が安定し、この固定感(共縮感)により等尺性の筋活動が行い易くなります。特にお年寄りでは噛みしめは、足を踏ん張る、物を持ち上げるなどのゆっくりした強い力の発揮に有効に働きます。また力の弱い女性などでは、噛みしめることにより力を出すタイミングをつかむのに役立ちます。

(4)噛みしめが口腔組織に与える影響
当然のことながら運動器の基本パーツである筋肉にまず影響を与えます。筋肉が噛みしめの力に勝てば、筋肉は増強肥大しますし、負ければ筋硬縮や疼痛を生じます。
次は顎関節ですが勝てば無傷、負ければ顎関節症と相なります。歯は複雑で、勝てば骨隆起ができて歯は無事、歯の咬耗は引き分けです。そして、負ければ歯槽膿漏で歯は動揺し、抜けることとなります(図10)。

  • 顎の運動器としての特色は運動停止平面を持つこと
    図7 顎の運動器としての特色は運動停止平面を持つこと
  • 鉄棒の懸垂にみる三つの筋活動様式
    図8 鉄棒の懸垂にみる三つの筋活動様式
  • 噛みしめの弊害と効用
    図9 噛みしめの弊害と効用
  • 噛みしめが歯や関節、筋肉に与える影響
    図10 噛みしめが歯や関節、筋肉に与える影響

■4. 筋力発揮における呼吸の大切さ

(1)顎関節症患者さんと息こらえ
筆者は顎関節症患者さんの運動指導に当たっては、事前に必ず事務机で患者さんと正対してカウンセリングを行います。その流れの中で気がついたことの一つに、問診票の記入などで患者さんがボールペンを取る時や椅子の立ち座りの時に、息をとめたまま動作される方が多いということがあります。
息をとめたままの動作は、筋肉を共縮させながら力の発揮を行っていることが多く、これは一つの動作で消耗するエネルギーが多くなったり、交感神経を無用に緊張させたりする弊害があり、身体も心も大変疲れ易くなります。一言でいえば、筋肉にとってはあまり望ましくない使い方をしているといえます。

(2)息を吐くと身体が緩む
みなさん、日常動作で針の穴に糸を通したり重いものを持ったりするなど身体を固定させる時には、息をこらえることが多いことにお気づきでしょうか。
前章でお話しましたように、動作が止まるときには筋肉は共縮活動を起こしますが、このとき呼吸に関連する筋肉も同調的に共縮して息がつまりやすくなってしまうのです。このような状態のとき、大きく息を吐けば身体の縛りがとけて緩みが生じるのです。
これを体感するには図11のように体前屈動作をまず息をこらえて行い、止まったところから大きく息を吐けば身体が緩んでさらに前屈範囲が拡がることでおわかりいただけると思います。

(3)筋力発揮と呼吸の関係
筋力を発揮する際、叫んだり大きく息を吐くことにより一時的に筋出力を増大させることができます。これは“シャウト効果”といい、実験でも確認されています。
このように筋力発揮に呼吸が強い影響を及ぼすことは、東洋医学や古武道では昔から知られているのですが、不思議なことに西洋医学では、この点についてはあまり関心を持たれていません。
筋力発揮と呼吸の相関については、図12のように呼吸の三相に分類して簡単にまとめることができます。

<監修担当 竹内からのメッセージ>
口腔筋機能学の知識が実践で役立つかについては、姫野歯科衛生士からレクチャーを開始した当初に何度も質問されました。当院では本稿の冒頭で申し上げたようなケースは当然のこととして、図13で示すようなケースをはじめ、あらゆる臨床場面で筋肉の知識を役立てた診療をしています。

  • 柔軟性と呼吸の相関(息を吐くと身体が緩みます)
    図11 柔軟性と呼吸の相関(息を吐くと身体が緩みます)
  • 筋力発揮と呼吸の相関(呼吸の三相により異なる影響)
    図12 筋力発揮と呼吸の相関(呼吸の三相により異なる影響)
  • 口腔筋機能の知識が役立つ時
    図13 口腔筋機能の知識が役立つ時

図1、4、6、7、11、12:『歯科臨床が変わる 筋機能学こと始め』竹内正敏著(砂書房)より改変。
図2、5:『口腔筋機能改善コンディショニング技法の基礎知識』姫野かつよ著(砂書房)より改変。

参考文献
  • 1) 竹内正敏:歯科臨床が変わる 筋機能学こと始め, 砂書房, 東京, 2012.
  • 2) 森谷敏夫、根本勇:スポーツ生理学, 朝倉書店, 東京,1994.
  • 3) 川良美佐雄:咬合と骨格筋筋機能の相関;日本スポーツ歯科医学会, スポーツ歯科臨床マニュアル, 医学情報社, 東京, 2007.
  • 4) Charles T.Leonard(村松道一ら監訳):The Neuroscience of Human Movement(ヒトの動きの神経科学), 市村出版, 東京,2002.
  • 5) 森本俊文, 他:目でみる顎口腔の世界, 医歯薬出版, 東京, 1996.
  • 6) 山田好秋:口腔機能向上に必要な基礎知識③筋を意のままに動かすためのしくみ, デンタルハイジーン28(3):281-285:2008.
  • 7) 姫野かつよ:口腔筋機能改善コンディショニング技法の基礎知識, 砂書房, 東京, 2007.
  • 8) James H.Clay、David M.Pounds(大谷素明監訳):Clinical Massage, 医道の日本社,神奈川, 2004.

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