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DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

CLINICAL HINT
歯科衛生士ができるお口の健康づくりシリーズその2 今、注目されているお口の運動療法(歯科の筋トレ)
著作:スポーツデンタルハイジニスト 姫野かつよ 監修:スポーツデンティスト 竹内正敏

■目 次

■まえがき

前稿(その1)では、お口の健康づくりに必要な筋肉の働きと生理の基礎知識についてお話しさせていただきました。今回はそれを実践にうつす理学療法、そのなかでも筋肉のトレーニングや手当(治療)を扱う運動療法を取りあげていきたいと思います。
運動療法はこれまで歯科ではあまり利用されることのなかった療法ですが、近年顎関節症の治療方針が従来の咬合療法中心から、より可逆性のある保存療法へ移行する中で注目されるようになってきました。
今回は、そのなかから顎関節症患者さんの顎運動指導と顎関節の可動化療法、そして高齢者の方の口腔賦活マッサージについてお話しさせていただきます。

■1.運動療法とはどんなもの

(1)理学療法のいろいろ
理学療法は、英語ではphysical therapyと書きphysicalは「物理的」そして「身体的」を意味する言葉で物理的エネルギーや身体運動エネルギーを治療に利用するものです(図1)。
歯科ではこれまであまり使われてこなかった療法であることから、その定義や分類については専門家の間で、現在すり合わせが行われている状況です。
ここでの定義や分類は、歯科の理学療法について書かれた最新の記事や書籍をベースに、筆者らが若干の修正を加えたものを記しておきます(表1
(2)自動運動療法と他動運動療法
自動運動療法は患者さん自身の運動エネルギーを用いる療法で、主として運動器のコンディショニングやリハビリに利用されることが多いです。これに対して他動運動療法は患者さん以外の人の手、医療においては術者の運動エネルギーを用いて症状の緩和などを目的として行われることが多い療法です。
歯科では両者をひとまとめにして運動療法として扱われることが多いですが、医科では少し趣が異なり、セラピストと呼ばれる他動運動療法を専門とする職種の人が多くおられ、また研究もいろいろ進められています。そういったことから本法は「手技療法」や「徒手療法」として一つの学問分野としてまとめられています。
手技療法は、その術式や名称は多彩ですが、表2のように国家試験の有資格者が行う療法と、民間療法に大別されます。
(3)歯科衛生士の運動療法施術の可否について
これまでの厚生労働省の通知などの見解からみると、歯科衛生士業務の妥当性の判断については、当業務が社会通念の上から違和感がないこと、また当該業務について教育訓練を受け十分な医学的知識を持っていることや経験などを考慮されているようです。
これらのことより、現状では医学的知識や技能をしっかり修得した後、歯科医師の指示のもとに為害性の少ない相対的医行為の範囲内で施術を行うことがベストだと思われます。

  • 図1 歯科で用いられている理学療法器具のいろいろ
    図1 歯科で用いられている理学療法器具のいろいろ
  • 表1 理学療法のいろいろ
    表1 理学療法のいろいろ
    〔注〕ストレッチやマッサージなどでは患者自身が行う場合、術者が行う場合の両方があり、その手法分類が難しいものもあります。
  • 表2 手技療法のいろいろ
    表2 手技療法のいろいろ

■2. 顎運動指導の基本「顎関節に負担の少ない口の開け方」

顎関節症の患者さんは、常日頃から身体動作を息こらえしながら行っている方が多くみられ、このような呼息を伴わない筋力発揮は筋肉を無用に緊張させてしまいます。そのため咀嚼筋も筋共縮を起こしやすく、顎関節は固まり動きが悪くなっています。
このような患者さんの顎の動きをよくするためには、まず筋肉を“緩める”ことが必要です。そして緩めるための一番のコツは“息を吐く”ことなのです。息を吐くと筋肉の相反性抑制が促進され、これにより筋の共縮が解けて顎関節も緩みます。
〔呼息同調開口トレーニング〕
・目的:
咀嚼筋と顎関節を緩めて回転運動と滑走運動を行い易くします。
・ポイント:
①開口時の顎運動のイメージの改善
②呼息しながら開口動作を行う
③顎関節の触診をしながら開口する
④姿勢は椅子座位で骨盤をしっかり立てる
顎関節症患者さんの多くは、下顎の重さを感じながら開口するのではなく開口運動の初期から顎二腹筋の筋力を使い、なおかつ息を止めて開口しようとする傾向があります。そのため、閉口筋が硬い人では回転運動とほとんど同時に滑走運動が始まったり、顎関節の動きの悪い人では逆に滑走運動が制限されるなど、その動きは多様です。
また、左右顎関節の動きにずれがある人が多いのも特徴的です。
トレーニングの評価は、訓練前後の開口量の測定値の比較や術者の客観評価、そして患者さんの主観評価をメモしておかれるとよいでしょう。

  • 図2 回転運動をイメージするのはダメ(そうすると回転運動と滑走運動が同時におこってしまいます)。
    図2 回転運動をイメージするのはダメ(そうすると回転運動と滑走運動が同時におこってしまいます)。
  • 図3 咀嚼筋が緩まないため滑走運動がすぐにおこり、下顎頭が関節結節を乗り越えてくるのが触診されます。
    図3 咀嚼筋が緩まないため滑走運動がすぐにおこり、下顎頭が関節結節を乗り越えてくるのが触診されます。
  • 図4 口はあまり大きく開きません。
    図4 口はあまり大きく開きません。
  • 図5 顎が落下するイメージが良い(このようにすると、実際の運動では、まず回転運動が優先的におこります)。
    図5 顎が落下するイメージが良い(このようにすると、実際の運動では、まず回転運動が優先的におこります)。
  • 図6 最初は下顎を前に出さないようにして呼息しながら開口すると、下顎頭の動きが遅れるのが触診でわかります。
    図6 最初は下顎を前に出さないようにして呼息しながら開口すると、下顎頭の動きが遅れるのが触診でわかります。
  • 図7 口が大きく開けられます。
    図7 口が大きく開けられます。

■3. 可動化療法の基本「顎関節モビリゼーション」

本法は顎関節の可動域を回復し自由自在に動けるようにするための手技療法です。手技療法とは、硬縮した筋肉や拘縮した顎関節をリリース(緩める)するための技法で、その基本手技はマッサージ(揉みほぐす)、ストレッチ(伸ばし緩める)、モビリゼーション(押し動かす)の三方法です(図8)。
一見すると、それぞれの手技が筋肉や関節に異なった効果を与えているように見えますが、そうではありません。どのような手技であってもその根底にあるものは、組織を緩めて縮んだものは伸ばし、歪んだ組織は元の位置に戻すということです。
そのためには、凝り固まった筋肉や可動域の狭まった関節を探す触診から始めます。
・触診:
通常触診といえば、すぐに筋肉の触診を思い浮かばれる方が多いかと思いますが、実は筋肉の触診は大変難しいのです。そこでまずお薦めしたいのが骨の触診です。骨は硬く、どんな状況でも形が変わることがないため触診が容易です(図9)。また、骨は筋肉の付着部となるため筋肉を探すためのランドマーク(道標)となります。
次にお話ししておかなければならないことに、施術する時の力の入れ具合があります。歯科衛生士の業務のなかでは、原則として最大限“痛気持ちが良い”ところまでで留めておかれるのがベストです。強く施術すると後日“揉み返し”の痛みが出るなどしてクレームがつくことがあります。これについてはアルントシュルツの法則(表3)を参考にされるとよいでしょう。また、頸部への施術はできるだけ避けてください。頸椎を損傷して身体にしびれが出たり、頸動脈洞反射や脳梗塞を誘発させるなどいろいろトラブルの発生し易い部位です(図10)。
〔顎関節モビリゼーション〕
実際の手技療法施術においては単独手法で行うことはまれで、通常はいろいろな技法を複合して行います。
本法もマッサージ(図11)とモビリゼーション(図12)を交互に行います。
施術解説が短く、えっ!と驚かれた方もおられるかもしれませんが、ここではあえてそうさせていただきました。と言いますのは、私の体験から技術的なものは、施術体験を積むことにより必ず上手になっていきます。しかし、手技療法を本当に上手になるために必要なことは、患者さんとしっかりしたラポール(心の通い合い)を作り上げることが一番です。そのために役立つ医学的知識や蘊蓄をこれまで長々とお話ししてきました。そう、ラポールこそが手技療法上達の最大のポイントなのです。
また、施術の評価は前述のトレーニングと同様に行います。

  • 図8 手技療法の三つの基本テクニック(マッサージ、ストレッチ、モビリゼーション)。
    図8 手技療法の三つの基本テクニック(マッサージ、ストレッチ、モビリゼーション)。
  • 図9 骨は硬くて動作により形状が変わらないため触診が容易です(筋肉の触診のランドマークとして大切です)。
    図9 骨は硬くて動作により形状が変わらないため触診が容易です(筋肉の触診のランドマークとして大切です)。
  • 表3 アルントシュルツの法則
    表3 アルントシュルツの法則
  • 図10 手技療法施術時に首回りでトラブルが起こり易い。
    図10 手技療法施術時に首回りでトラブルが起こり易い。
  • 図11 顎関節のマッサージ:ゆっくり円を描くように軽い力で60秒ほどマッサージし、組織を賦活させます。また圧痛点があれば、患部を念入りにマッサージしておきます。
    図11 顎関節のマッサージ:ゆっくり円を描くように軽い力で60秒ほどマッサージし、組織を賦活させます。また圧痛点があれば、患部を念入りにマッサージしておきます。
  • 図12 顎関節のモビリゼーション:顎関節部(関節窩)を軽い力で30秒ほど圧迫します。これを左右で2〜3回繰り返します。開口可能であればいろいろな開口位で施術します。
    図12 顎関節のモビリゼーション:顎関節部(関節窩)を軽い力で30秒ほど圧迫します。これを左右で2〜3回繰り返します。開口可能であればいろいろな開口位で施術します。

■4.軟組織手技の基本「口腔賦活マッサージ」

近年、高齢者の生活支援に取り組んでおられる歯科衛生士の方も増えており、その活動のなかで口腔ケアマッサージを取り入れられている方も多くおられると思います。ここではそのような方々に役立つよう当院が行っている“口腔賦活マッサージ”を紹介したいと思います。
技法的には、それほど変わったものではありませんが、筆者がスポーツ歯科に携っていることから、やや筋に力点を置いたものになっています。
具体的には「舌のストレッチ」や「咀嚼筋のリリース」「口唇閉鎖筋の賦活」などに多めに時間を取っています。特に舌に関しては、舌自体が筋肉の塊りであり、硬縮を起こし易いこと、また歳とともに咀嚼や嚥下における役割が大きくなってくることなどから重要視しています。
口腔賦活マッサージでは、軟組織全体をゆっくり時間をかけて押し動かすように刺激し、組織を緩めて元の形に復元することを目指します。これにより、硬縮していた筋が弛緩し機能回復するだけではなく、筋肉に圧迫されていた管や腺も丸く元の形に戻って、血液や唾液、リンパの流れが回復します。
〔口腔賦活マッサージ〕
・手順:
①患者さんのカウンセリング(図13
②マッサージの準備(図14
③上下口唇部のマッサージ(図15
④舌のマッサージ(図16
⑤口蓋のマッサージ(図17
⑥頰部と筋のマッサージ(図18
高齢者マッサージの留意点としては、まず顎骨が折れやすくなっていることが挙げられます。
施術時には不用な力は入れず、無理な動きや大きな開口をさせないことが肝要です。また、脳血管障害発症後の患者さんでは、脳梗塞などを誘発しないよう首に近い顎下腺などの部位のマッサージは避けるようにしましょう。いよいよ最後になりましたが、私の体験から手技療法のコツを言わせていただくと、
・優しくマッサージすること
(術者の気持ちは指先に表れます)
・優しくマッサージすること
(軽い力でも十分効果はあります)
・優しくマッサージすること
(施術後のトラブルが避けられます)
また、運動療法で大切なポイントを重ねて言いますと、解剖や筋肉などの医学的知識、副作用や為害性に関する知識、そして患者さんとのラポールです。

  • 図13 まず、施術前に患者さんの体調や、現在困っているお口の問題などをしっかりカウンセリングします。また義歯などは取り外してもらいます。
    図13 まず、施術前に患者さんの体調や、現在困っているお口の問題などをしっかりカウンセリングします。また義歯などは取り外してもらいます。
  • 図14 ダッペングラスに取り出したジェルを指先に適量取ります。基本的に施術は、外皮は素手そして口腔内はゴム手袋を使用して行います(写真はSP-Tジェル)。
    図14 ダッペングラスに取り出したジェルを指先に適量取ります。基本的に施術は、外皮は素手そして口腔内はゴム手袋を使用して行います(写真はSP-Tジェル)。
  • 図15 上下口唇を内側からゆっくりマッサージします。前歯部補綴の義歯を使用しないため口唇が内側に引き込まれておられる患者さんは、特に入念に行います。
    図15 上下口唇を内側からゆっくりマッサージします。前歯部補綴の義歯を使用しないため口唇が内側に引き込まれておられる患者さんは、特に入念に行います。
  • 図16 舌のマッサージでは、舌背から舌の下(裏側)まで、ゆっくり押し動かすことを基本として施術します。当然ながら嘔吐反射には注意してください。
    図16 舌のマッサージでは、舌背から舌の下(裏側)まで、ゆっくり押し動かすことを基本として施術します。当然ながら嘔吐反射には注意してください。
  • 図17 口蓋にも唾液腺や神経、血管が走行していますので、軽い力でゆっくり押す感じでマッサージしてください。
    図17 口蓋にも唾液腺や神経、血管が走行していますので、軽い力でゆっくり押す感じでマッサージしてください。
  • 図18 頰部と咬筋、内側翼突筋のマッサージ。咀嚼筋は内側からの方が良くストレッチされます。空いている方の手のヒラで頰部を外から軽く支えておきます。
    図18 頰部と咬筋、内側翼突筋のマッサージ。咀嚼筋は内側からの方が良くストレッチされます。空いている方の手のヒラで頰部を外から軽く支えておきます。
参考文献
  • 1) 竹内正敏:歯科臨床が変わる 筋機能学こと始め, 砂書房, 東京, 2012.
  • 2) 姫野かつよ:口腔筋機能改善コンディショニング技法の基礎知識, 砂書房, 東京, 2007.
  • 3) 顎関節症臨床医の会:顎関節症運動療法ハンドブック, 医歯薬出版, 東京, 2014.
  • 4) 阪井丘芳:ドライマウス今日から改善・お口のかわき, 医歯薬出版, 東京, 2010.
  • 5) 藤木辰哉:お口でこんな動きできるかな?,医学情報社, 東京, 2012.

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