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DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

Clinical Report
フィジックスフォーセップスを活用した意図的再植の臨床
北海道大学大学院歯学研究科准教授 菅谷 勉

■フィジックスフォーセップスの抜歯原理

フィジックスフォーセップスは、1993年デトロイトのRichard Goldenにより開発された新しいコンセプトの抜歯鉗子である。
これまでのエレベーター(挺子)による抜歯は、エレベーターの先端を歯根膜腔に挿入して根尖方向に進めることで、歯根を揺さぶって歯根膜を断裂させるとともに、歯根に挺出力を発生させるものであった。また、フォーセップス(鉗子)により歯を揺さぶることも、エレベーターと同様に歯根膜を断裂させることで、抜歯を行うものであった。
これに対して、フィジックスフォーセップスはテコの力を応用した抜歯方法である。一方の先端であるビークを舌側歯頸部に適合させ、もう一方の先端であるバンパーを頰側歯槽部に適合させて、挺出させながら頰側方向に倒すことで、バンパーがテコの支点、ビークが作用点となって、歯根膜を断裂させながら孤を描くように歯をロールアウトさせるものである。木に打ち込まれている釘を釘抜きで引き抜くイメージである(図1)。
これまでの抜歯の原理とは異なるため最初は違和感があるかもしれないが、従来の抜歯方法より力は必要とせず、症例によっては抜歯に要する時間も短くなり、術者のストレスも軽減される。


■使用法

① 一般の抜歯と同様に骨縁上の歯根膜を切除する。
② ビークを舌側の歯頸部CEJ直下に適合させる。骨縁下に入れる必要はない。
舌側にわずかでよいがアンダーカットが必要で、残根状態または補綴物でアンダーカットが失われていれば、バーで切削してアンダーカットを形成する。舌側にビークを当てることができれば頰側は歯肉縁下深くても抜歯ができるため、頰側のう蝕が歯肉縁下深くエレベーターが歯根膜腔に入らない症例などでは有効である。
③ バンパーを頰側歯槽部に適合させる。バンパーがテコの支点となるので、支点と作用点との距離は長い方が大きな力を加えやすい。したがって、バンパーは歯頸部ではなく根尖部付近においた方が良い。歯頸部においてしまうと歯を握りつぶす力が強く働いてしまう。
④ ハンドルは握りしめず、バンパーを回転軸として孤を描くようにビークを引き上げながら頰側方向に倒す。頰舌側に揺さぶることはせず、ゆっくりとそのままの力を維持しておくと、歯槽窩が拡大してくる。早ければ数秒、遅くても60秒程度で脱臼する。
⑤ 脱臼した歯牙は通常の抜歯鉗子で取り出す。

■製品構成

フィジックスフォーセップスは6種類の鉗子と、2種類のバンパーガードから構成されている。鉗子は①上顎前歯(上顎前歯)UA、②下顎ユニバーサル(下顎ユニバーサル)LU、③上顎右側(上顎右側)UR、④上顎左側(上顎左側)UL、⑤上顎右側/下顎左側大臼歯EZ2、⑥上顎左側/下顎右側大臼歯EZ1(図2、3)の6種類である。
上顎左側用(UL)と上顎右側用(UR)は、先端部分は同一形態で、ハンドル部分のみが左右対称型となっている。UL / Rは横から口腔内に入れるが、口角が伸びず横からの器具挿入が難しい7番などでは、上顎左側/下顎右側大臼歯(EZ1)または上顎右側/下顎左側大臼歯(EZ2)を口腔前方から挿入して使用する(図4)。EZ1/2は左右対称形である。
バンパーガードは弾性があるシリコンゴム製で、鉗子①〜④用のグリーン、⑤〜⑥用のイエローがある。いずれも使い捨てである。

■歯周組織へのダメージの軽減

1)歯肉裂傷の回避
フィジックスフォーセップスではバンパーが支点となるため、バンパーが当たる頰側歯肉に強い圧が加わって歯肉が壊死することが心配されたが、治癒はきわめて良好である(図5)。
むしろ、エレベーターを骨縁下に入れることの方が損傷は大きいと思われる。とくに頰側の歯肉が薄いと、従来のエレベーターやフォーセップスによる抜歯では歯肉裂傷を生じることがあるが、フィジックスフォーセップスでは歯肉の裂傷が生じることはない。このことは術後の歯肉退縮防止にきわめて有効である。
2)歯槽骨損傷の防止
歯槽骨が薄い場合、従来のエレベーターによる抜歯では骨が損傷するだけで歯根膜が断裂せずに脱臼しない場合があるが、フィジックスフォーセップスでは頰側の骨をバンパーで押さえながら抜歯するため骨の破損は生じにくい。
抜歯後の歯槽窩の拡大程度については従来の抜歯法と同様かもしれないが、菲薄な骨の損傷を最小限にできるため、意図的再植法やインプラントを行う場合には有効と思われる。
3)歯根膜の機械的損傷の軽減
ビークが触れるのは舌側根面の骨縁上部分に限定されるため、歯根膜の損傷はエレベーターとフォーセップスを用いる従来の方法より少なく、とくに頰側の歯根膜は器具による損傷が全くない。このことは意図的再植法の治療成績を向上させる可能性がある。
抜歯時の歯根膜の機械的損傷は再植後の骨性癒着、置換性根吸収に発展することから、エレベーターの使用を最小限にして、できるだけ鉗子のみで抜歯することが推奨されている。しかし、従来の鉗子のみで抜歯する場合でも、歯根を揺さぶるには先端の嘴部は歯冠の最大豊隆部をこえて、確実に根面を把持しなければならず、とくに残根状態の場合には、ある程度根尖側で歯根を把持する必要があるため、歯根膜の損傷は避けられない。
骨性癒着、置換性骨吸収を避けるために、歯根膜の損傷部を歯肉縁上に露出するように挺出させて再植することがあるが、フィジックスフォーセップスを用いればその挺出量はより少なくすることができる。

  • 図2 スタンダードセットの基本構成。
    図2 スタンダードセットの基本構成。
    ①上顎前歯(上顎前歯)UA
    ②下顎ユニバーサル(下顎ユニバーサル)LU
    ③上顎右側(上顎右側)UR
    ④上顎左側(上顎左側)UL
  • 図3 大臼歯用。
    図3 大臼歯用。
    ⑤上顎右側/下顎左側大臼歯EZ2
    ⑥上顎左側/下顎右側大臼歯EZ1
  • 図4 大臼歯用
    図4 大臼歯用
    口腔の前方から挿入するため、フィジックスフォーセップスを横に倒すようにして歯に力を加えることになる。
  • 図5 便宜抜歯後の1週後の治癒状態
    図5 便宜抜歯後の1週後の治癒状態
    脱臼に要した時間は10秒程度で治癒は良好である。

■意図的再植法への応用

1)根尖からの垂直歯根破折の症例(図6)
7の口蓋側歯肉が腫脹し、根尖から近心側に歯根の1/2程度まで骨吸収がみられた(A:白矢印)。口蓋側根管壁に根尖からの垂直破折が認められ(B:赤矢印)、破折線を根管内から切削、貼薬を行ったが、破折間隙内への出血が消失せず、骨欠損も縮小しないため(C:白矢印)、スーパーボンドでファイバーポストを接着してから再植を行った。
通常の抜歯であれば、頰側から近心の歯根膜腔にエレベーター(挺子)を挿入したり、頰舌側の歯頸部はフォーセップス(鉗子)で把持したりするため、歯根膜の損傷はある程度避けられないが、フィジックスフォーセップス上顎左側/下顎右側大臼歯(EZ1)を用いて抜歯することで、頰側は無論のこと口蓋側歯頸部の歯根膜にもほとんど損傷はなかった(D)。
抜歯時に頰側および歯冠側方向への力は加わるが、通常の鉗子抜歯のように歯根を強く掴んで揺さぶることはないので、歯根が破折する危険性も少ない。エレベーターを入れていないため、頰側歯槽骨にも損傷はなかった。抜歯した歯根の口蓋側には歯頸部から根尖まで破折線が認められ、スーパーボンドで接着して封鎖するとともに、根尖部も1mm程度を切除して切除面をスーパーボンドでシーリングし再植した。再植1.5ヵ月後、動揺はなくポケットも2mmで骨欠損の縮小もみられる(E)。歯冠補綴後6ヵ月、経過は良好である(F)。
2)穿孔を伴う根尖性歯周炎の症例(図7)
7頰側歯肉が腫脹し、根尖から近心側へ歯頸部付近まで骨吸収がみられた(A:白矢印)。根管治療を開始すると近心壁にはパーフォレーションがみられ(B:赤矢印)、また頰側の骨壁は菲薄であった(B:青矢印)。骨吸収はわずかに縮小したが、穿孔部からの出血は消失せず、ポスト接着後にフィジックスフォーセップス上顎左側/下顎右側大臼歯(EZ1)で抜歯した。
抜歯した歯根の穿孔部(C:赤矢印)周囲には黒色沈着物(C:黒矢印)がみられ、セメント質表面にバイオフィルムが形成されていたと考えられた。マイクロスコープ下でこれを除去するとともに、穿孔部と根尖孔(C:白矢印)をスーパーボンドで再封鎖して再植した。1ヵ月後、頰側歯肉の退縮はなく(D)、根尖部骨欠損にも改善が見られる(E)。菲薄であった歯槽骨を損傷することなく抜歯できたことが、良好な治癒が得られた要因の一つと考えられた。

  • 図6 根尖からの垂直歯根破折症例
    図6 根尖からの垂直歯根破折症例
    A、B:初診時。 C:6ヵ月後のCBCT。 D:抜歯した歯根。 E:再植1.5ヵ月後。 F:補綴6ヵ月後。
  • 図7 穿孔を伴う根尖性歯周炎の症例
    図7 穿孔を伴う根尖性歯周炎の症例
    A:初診時。 B:4ヵ月後のCBCT。 C:再植時。 D、E:再植1ヵ月後。

■適応が困難な症例と注意点

舌側の歯質が薄くなっている場合には歯質が破折するので、従来のエレベーターによる抜歯を行った方が良い。また、下顎の第2大臼歯や第3大臼歯で頰側歯槽骨が横に広がっていてバンパーが歯頸部歯質にあたってしまう場合や、近心傾斜した第3大臼歯で遠心に起こさなければならない場合などでは使用が困難である。
さらに、歯周炎などで支持骨が著しく喪失しており、従来の鉗子で容易に脱臼できる症例では、フィジックスフォーセップスを使用することに利点はない。
また、骨性癒着がある場合には、通常の抜歯ではまったく脱臼しないのでその兆候を把握できるが、フィジックスフォーセップスは歯根膜が断裂する感触をつかみにくいため、骨性癒着があっても気づきにくい。そのまま無理に力を入れると歯槽骨が骨折するので、なかなか脱臼しない場合にはエレベーターを入れてみたり、鉗子で揺さぶってみたりすることが必要である。

デンタルマガジン 154号 AUTUMN