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155号 WINTER 目次を見る

Clinical Report

閉塞型睡眠時無呼吸症候群の歯科的治療 ―適応症例の拡大と技工操作の簡便性をもたらす 硬軟2 層性シートを用いた口腔装置の考案―

大阪医科大学 医学部 感覚器機能形態医学講座 口腔外科学教室 中島 世市郎 / 紺田 敏之

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目 次

はじめに

閉塞型睡眠時無呼吸症候群(ObstructiveSleep Apnea Syndrome:OSAS)は重大な事故の原因となるなど社会的な影響だけでなく、生活習慣病の原因や悪化を招き、中等度以上のOSASを放置すると10年生存率は60-70%となる1)など、医学的にも生命予後に関与する重篤な疾患です(図1)。
大阪医科大学付属病院歯科口腔外科(当科)では、OSASの治療に対する口腔装置(Oral Appliance:OA)の治療を行っており、15年以上継続使用されている患者様も多数おられ、広域地域医療機関と連携し、これまでに、1,500超の症例を治療してきました。
またOAを用いた治療を多くの臨床家の先生に活用いただくため、近隣の歯科医師会と連携し、OAについての講習会を積極的に行っています。今回、本雑誌へ寄稿するにあたり、これまで開催した講習会で多くの質問がありました、OA治療の流れや作成法、破損時の対応や保管方法など、OA作成上のコツや当科で採用しているOAの材料などについて概略を紹介いたします。

OSAS治療に用いられるOA

現在、日本国内における保険診療下でのOAは、診療報酬と技工費用との兼合いから熱可塑性の樹脂により上下顎の床を固定し、下顎を前方位で保持し開口を制限する形態が広く使用されており、当科でも下顎を前方で維持するタイプの装置を使用しています(写真1)。

OA作成における難点

熱可塑性樹脂を使用した床の固定はレジンでなされることが多く、ソフトタイプの樹脂シートではレジン固定できないため、ハードタイプの樹脂シートが使用されます。OAの維持は歯のアンダーカット部分に求めますが、アンダーカット部分を追及しすぎると着脱が困難になり、追及が弱いと容易に脱落します。
またOSAS患者様は小顎傾向を呈することも多く2)、歯列は叢生傾向にあり着脱方向にも留意する必要があります。さらに就寝中の体動や歯ぎしりなど装置が脱落しやすい習慣を有することも多いため、起床時まで装着でき、日々の着脱が容易なOAを作成することは熟練された技工操作が必要となります。

当科で使用している床材料

このOA作成における技工操作を簡略化し、十分な維持を得るため、当科での床材料は外面がハードタイプ、内面がソフトタイプの2層構造を有した樹脂シートを使用した樹脂シート『デュラソフト®シリーズ』(ショイデンタル社)を使用しています(写真2)。
本シートは内面が軟性であるため、歯の最大豊隆部を超えて歯頸部から歯肉まで被覆しても装置の着脱は可能です。これによりハードタイプでは困難であった少数歯症例においても十分な維持力を得られ、叢生など歯列不正や歯軸が大きく傾斜している症例においても容易に着脱が可能で技工操作の簡略化が図れるようになりました。特に維持力に関しては、当科では下顎再建手術や骨折時の歯列の固定にも応用しており、十分な維持力が期待できます(写真34)。
また本シートはミニスターS scan(ショイデンタル社)にて加圧形成しており(写真5)、本装置はOAの作成だけでなく止血用シーネや矯正用装置の作成など様々な用途に使用が可能で簡便な操作性を有しています(写真6)。

  • 図1 睡眠障害と生活習慣病の関係(厚生労働省 E-ヘルスネットより改変)
    図1 睡眠障害と生活習慣病の関係(厚生労働省 E-ヘルスネットより改変)
    睡眠時無呼吸症候群に代表される睡眠障害は生活習慣病と密接な関連を有し、生命予後に関与する重篤な疾患です。
  • 写真1 当科で使用しているOA
    写真1 当科で使用しているOA
    当科では下顎を前方に誘導させた一体型のOAを使用しています。
  • 写真2 デュラソフト®シリーズ(ショイデンタル社)
    写真2 デュラソフト®シリーズ(ショイデンタル社)
    当科では個別に真空パックされ使用前の乾燥が不必要となり操作性が向上したデュラソフトPDタイプの1.8mmを使用しています。
  • 写真3 デュラソフトPD®を使用した下顎再建時の顎骨固定
    写真3 デュラソフトPD®を使用した下顎再建時の顎骨固定
    悪性腫瘍の下顎骨区域切除後の再建時にデュラソフト®を使用し咬合位再現を行っています。固定源は片顎の臼歯部のみですが十分な維持力を有しています。
  • 写真4 デュラソフト®を使用した顎骨骨折の顎間固定
    写真4 デュラソフト®を使用した顎骨骨折の顎間固定
    咬合の偏位がなく顎間固定のみの骨折治療における顎間固定ではデュラソフト®を応用することもあります。症例は6歳の小児です。乳歯列であっても十分な維持力を有し、違和感が少なく長期装着が可能でした。
  • 写真5 ミニスターS scan®(ショイデンタル社)
    写真5 ミニスターS scan®(ショイデンタル社)
    バーコードを読み込みによる、加熱時間・冷却時間の自動設定や、独自ヒーター採用により予備加熱が不要となるなど、スムーズな技工操作が可能となっています。
  • 写真6 ミニスターS scan®で制作できる口腔装置
    写真6 ミニスターS scan®で制作できる口腔装置
    当科では、今回紹介したOAだけなく、マウスガードや歯科インプラント治療におけるX線テンプレート作製など、様々な口腔装置の作製に応用しています。

治療の流れ

当科でのOA治療について説明します(図2)。
①初診日(諸検査、印象採得)
問診、口腔内外診察、EpworthSleepiness Scale(ESS)チェック、レントゲン撮影(パノラマ、セファロ)、Snoring Test(鼾テスト)を行います。
・OSASの治療にはPSG(Polysomnography:PSG)結果が重要な診断資料となります。PSGにて睡眠段階や無呼吸の出現頻度、覚醒反応指数の原因別因子(無呼吸、低呼吸、鼾など)などを確認し、OAの使用がどこまでの治療効果を期待できるかを検討します。
・問診では既往、特に生活習慣病の有無やB. M. I. の聴取を行い、必要に応じ生活習慣指導も併せて行います。
・口腔内外診査では、歯周病やカリエスの有無をチェックし治療の可否を検討します。当科では臼歯が合計10本以上を目安に可否を決定していますが、歯の状態や義歯の吸着状態を考慮し、状態に応じ対応しています。また顎関節症患者については開閉口時の疼痛や開口制限の有無により判断し、軽度の場合は十分な経過観察が必要であることを説明し作成しています。
・ESSは簡便ながら重要な指標で、初診および経過観察中に必ず記入いただきます。OSASは日中の傾眠を主症状とし、ESSの改善=患者様の満足度の上昇に繋がります(表1)。
・レントゲン撮影では、ANB角が大きい、下顎下縁平面と舌骨間距離が短いなどがみられる場合はOAの治療効果が望めるとの報告3, 4)があり、OAによる効果予測となります。
・鼾テストは患者様をチェア上で仰臥位にし、鼻腔を指で閉鎖させ疑似的に鼾をさせながら下顎を前方移動させ鼾の消失の有無を確認します。
これら検査にてカリエスや重度歯周病があった場合にはそれらの治療後にOAのための印象採得を行います。
2層性のシートにより唇・頰移行部までを覆うため、既成トレーにユーティリティーワックスを用いて十分に床縁を延ばして印象採得しています(写真7)。
②2日目(咬合採得)
下顎前方移動量は下顎最大前方移動量の70〜80%を目標5)とし、仰臥位にて下顎を前方位に誘導し、鼾テストで鼾が消失もしくは軽減すること、歯や顎関節に違和感などの症状がないことを確認して咬合位を決定します(写真810)。
③3日目(OA装着)
OAの装着は施術者がまず装着し(多くは上顎から)歯や顎関節、筋に疼痛がないかチェックし、患者様自身にOAの脱着をしていただきます。
装置の使用法・管理法については文章を提供し指導を行います(表2)。
OAの洗浄は、出張や旅行など携帯される方も多いので、スプレータイプのマウスピース用除菌剤の使用をお勧めしています(写真11)。
初めてOAを装着した患者様には、装置の違和感はほぼ必ず出現しますので最初の1週間は隔日での装着にとどめ、その後少しずつ連日装着するように指導しています。完成後の次回受診日は3-4週間後に設定しています。
④経過観察
ESSを併用しOAの評価と副作用の確認を行います。
・ESSの活用
ESSの変化を確認します。初診時のESSが高値である場合は顕著に変化がみられます。ESSの結果は紹介医への経過報告時にも記載し、医科と連携を行います。
・既往の問診
高血圧症や糖尿病など生活習慣病に罹患されている患者様では、OA開始前後の血圧や血糖値のデータを提供していただいています。
OSAS改善によりこれらの数値も改善していれば、OA治療のモチベーション上昇が図れ、継続的な使用に繋がります。
OAによる副作用が出現している場合には、症状別にそれぞれ対応を行います。
・歯の痛み
前歯部の歯根膜痛が主にみられます。対応としては該当する床内面のリリーフを行うことで多くは消失します。
・筋痛
症状の程度により対応します。起床時から2時間程度であれば経過観察を行い、昼以降にも痛みが続くようであれば、該当する筋のマッサージとOAの休止を指導します。疼痛が消失すれば再度装着していただきますが、症状が短期間で再燃する場合にはOAを分割し、前方移動量を減少させ、咬合位を再設定します。
ポイントとしては、片側のみ症状が出ている場合は片側のみ再設定すること、僅かな減少量でも十分効果が期待できるので、片側・両側いずれの場合でも前方移動量は1mmのみ減少させ経過をみます。
・顎関節痛
筋痛と同様に、起床時から2時間程度であれば経過観察し、昼以降も症状が続くようであればOAを休止します。その後装着し症状がすぐに再燃するようであれば咬合位を再設定します。咬合が低位にある場合に多くみられ、咬合を拳上させることで改善を図ります。ポイントとしては、これも僅かな変化で効果がみられますので下顎前方移動量は変化させず約2mmのみ開口量を上昇させ経過をみます。
・装置の易脱落
再度印象採得し、シートの厚さを2.5mmに変更します。ただ、厚くなるとOAの弾性が低下しますので臼歯部のアンダーカット部分はリリーフする必要があります。
これら調整によりOAが継続使用できれば、硬・軟組織のセファロ分析と症状の評価6、7)を行い、紹介医へ経過報告とPSGを含む評価を依頼します。その後、紹介医からの評価を参照し、OAの調整や経過観察を行います。
⑤破損したOAへの対応
部分的な破損については義歯調整用バーで鋭縁部を削合し、破折部に義歯用即時重合レジンを添加し対応します。ただ適正に使用しているOAでもおよそ3〜5年で破損もしくは劣化します。その場合は破損したOAを持参していただき、咬合器上で咬合位の再現を図ります。よほどの破損ではない限り咬合器上で再現は可能ですので、破損前と同様のOAをお渡しできます(写真1214)。

  • 図2 当科におけるOA治療のフローチャート
    図2 当科におけるOA治療のフローチャート
    当科におけるOSASにおけるOA治療のフローチャートです。
  • 表1 ESSシート
    表1 ESSシート
    OSASと診断され受診された患者様、あるいはOSASを疑われる患者様を診察した場合にはこのシートを用いてチェックしています。
  • 写真7 印象採得
    写真7 印象採得
    歯肉唇・頰移行部まで印象採得が必要なため、既成トレーでは十分に印象が採得できないためユーティリティーワックスにて辺縁を延長します。
  • 写真8 上下床と咬合採得用のパラフィンワックス
    写真8 上下床と咬合採得用のパラフィンワックス
    パラフィンワックスを2枚重ね馬蹄形の形状にし、湯煎にて軟化させ咬合採得を行います。
  • 写真9 咬合採得1
    写真9 咬合採得1
    仰臥位にさせ、鼾テストにて鼾が消失あるいは減少した位置で固定します。
  • 写真10 咬合採得2
    写真10 咬合採得2
    習慣性咬合位と鼾テストで、鼾が消失あるいは減少した位置をマーキングし、前方移動量を確認できるようにします。
  • 表2 OA完成時に配布する文章
    表2 OA完成時に配布する文章
    OAが完成した患者様へはOA装着方法、取り扱い方法について文書を用いて説明しています。
  • 写真11 マウスガード 除菌・洗浄スプレー(アース製薬)
    写真11 マウスガード 除菌・洗浄スプレー(アース製薬)
    ペパーミントの香りがしますので、OA導入時における装着の違和感軽減に勧めています。出張や旅行などにOAを携帯される方も多く、外出先でも取り扱いやすい噴霧タイプが好評です。
  • 写真12 4年経過したOA
    写真12 4年経過したOA
    装置の長期使用により内面の弾性が低下し剥離しています。また上下顎を固定するレジンも破損しており新製が必要です。
  • 写真13 破損したOAを咬合器上に装着
    写真13 破損したOAを咬合器上に装着
    破損したOAを用いて咬合位を再現しました。多少の破損や歯科治療による歯の形態変化があっても破損したOAを調整すれば咬合器上に再現するのは容易です。
  • 写真14 破損したOA(左)と新製したOA(右
    写真14 破損したOA(左)と新製したOA(右)
    破損前のOAと同じ咬合位に誘導することは困難ですが、破損したOAを利用することで咬合位を容易に再現でき、これまでと同様のOAを作成することが可能です。

最後に

現在、日本人の成人でOSASを有する方は5%を超えると報告8)され、OSASはすでにメジャーな疾患といえます。その中で、OSASの治療に対応できる数少ない治療科として歯科は重要な立ち位置にあります。
拙著ではありますが、本稿によりOA治療にご興味をいただき、治療を始められる先生方が増えましたら望外の喜びです。

参考文献
  • 1)厚生労働省、E-ヘルスネット、(https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-002.html).
  • 2)Nakaaki T,. et al:Use of model analysisfor study on jaw bone morphology in patientswith obstructive sleep apnea syndrome.Bull Osaka Med Coll. 54(1). 33 - 39.2008.
  • 3)Chan AS, et al.:Dental appliance treatmentfor obstructive sleep apnea. Chest.29(5). 693 - 699. 2007.
  • 4)Liu Y, et al. :Cephalometric and physiologicpredictors of the efficacy of an adjustableoral appliancefor treating obstructivesleep apnea. Am J Orthod DentofacialOrthop. 120 (6). 2001.
  • 5)中川健三他:鼾の治療、睡眠時無呼吸症候群に対するスリープ・スプリントの効果.歯界展望.73.1535-1550.1989.
  • 6)紺田敏之他:閉塞型睡眠時呼吸障害患者のProsthetic Mandibular Advancementの有用性について―有効例におけるセファロ分析を中心に―.大医誌.61(2).40-51.2002.
  • 7)Yoichiro N,. et al:Effect of ProstheticMandibular Advancement in Patients withObstructive Sleep Apnea. Bull Osaka MedColl. 58 (1, 2). 27 - 33. 2012.
  • 8)Nakayama-Asida Y,. et al:Sleep-disorderedbreathing in the usual lifestyle settingas detected with home monitoring ina population of working men in Japan.Sleep. 31(3). 419 - 425. 2008.

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