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ノリタケスーパーポーセレンAAA 発売30周年特別連載 インターナル・ライブ・ステインテクニック誕生ヒストリー
青嶋 仁/湯浅 直人

スーパーポーセレンAAAは1987年に誕生して以降、「インターナルステイン」「ラスターポーセレン」をはじめ、各種追加されたことにより、さらに高度な色調再現性を有する製品へと進化を遂げてきた。とりわけ、「インターナルステイン(1990年発売、発売当時はインターナル・ライブ・ステインの名称)」は、より高度な自然感を表現するテクニックとして、現在多くの歯科技工士によって臨床技工に取り入れられている。
そこで今回は、インターナル・ライブ・ステインテクニックの生みの親であり世界的セラミストの青嶋仁先生に、若手セラミスト湯浅直人先生がそのテクニックの開発ストーリーについて伺った。

■“セラミスト青嶋仁”誕生

ペルーラAOSHIMA
青嶋仁
湯浅本日は青嶋先生にお話を伺えるということで楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。でははじめに、青嶋先生が歯科技工士になられた経緯についてお聞かせください。

青嶋私は、最初から歯科技工士を目指したわけではありません。当時は、とにかく東京に行きたい一心でした。本当は東京芸術大学に進みたかったのですが、本格的なレッスンを受けないと合格しないと聞いてあきらめました。その当時、家の前が両親の仲人の歯科医師で、その先生がインレーを鋳造しているのを時々目にして、「面白そうなことをやっているな」と興味を抱き、沼津歯科技工士専門学校に進学することにしたわけです。

湯浅なるほど、それが歯科技工士を目指されたきっかけですね。でも、東京には行けなかった…。

青嶋そうなんです。入学後に東京医科歯科大学の付属技工士学校が東京にあることを知って、先生に聞いたところ、「その学校にも実習科があるから」ということで、卒業後晴れて念願の東京に行くことができたのです。
子どもの頃からモノづくりや絵を描くことが好きだったので、歯科技工士は自分に合う職業だと感じていましたし、技工士学校に入った当初には「日本一の歯科技工士を目指すぞ!」と意気揚々でしたが、東京に出た頃にはそんなことも忘れてしまって、遊びに明け暮れる毎日でした(笑)。
そんな学生時代でしたが、課題は誰よりも早く提出していました。子どもの頃の私はとにかく手が遅くて、小学校の先生からも「君は絵がうまいけど描くのが遅い」と言われ続けていました。そういった反省をふまえ、課題提出だけは技工士学校の本科から実習科を通じて全て一番早く提出してきました。おかげで技工の手はだいぶ早くなりました。他のことは今でも遅いままなのですが…。

湯浅興味深いエピソードですね。その後セラミストの道を目指したのはなぜですか?

青嶋実習科卒業後、東京医科歯科大学の技工部に残り、その後歯科病院設立を計画していた昭和大学に技工室長として赴任することになったのです。
そしてあるとき雑誌『歯科技工』の編集の方から執筆依頼がきたのです。当時、メタルコアはキーアンドキーウェイといってオス型とメス型がある分割コアで、このコアは非常に歯根破折を起こしやすかった。そこで私が考案した歯根破折のリスクの少ないコアの製作法について書きました。その後しばらくすると今度は「『歯科技工』の編集委員になってくれないか」という依頼があり、引き受けることになりました。そこで出会ったのが桑田正博先生と田村勝美先生というセラミストでした。その先生方と座談会をしたり、論文を書いたりしているうちに私もだんだんセラミックに本腰を入れて取り組むようになりました。

■インターナル・ライブ・ステインテクニック誕生前夜


大谷歯科クリニック歯科技工士
湯浅直人
湯浅インターナル・ステインテクニックはAAAを使用される以前から実用しておられたと伺っています。どのような経緯でそのテクニックを思いつかれたのでしょう?

青嶋実習科の時、臨床でシェードテイクを行っていると、中切歯がビタのクラシカルシェードに該当しない天然歯をよく見かけました。当時はボディのパウダーの中にピンクの陶材を混ぜる方法が一般的で、それを一度試し焼きして、「これくらいかな?」と調整してオペークの上に焼き付けても、色調は当然変わってしまいます。そこで、そのような方法ではなくて、「オペークをピンクにシフトすれば良いのではないか」と私は思ったわけです。ピンクのオペークは当時からありましたが、昔のパウダーオペークはとても塗布しにくく、塗り分けることが難しくて切端まですべてピンクになってしまいます。それなら歯頸部の方だけステインすれば良いのではないかと思ってやってみると、その色がうまく反映して患者さんにとても喜んでいただけたのです。それから次にボディにステインするように、そしてさらにボディとエナメルを盛ってステインする方法を使うようになっていったのです。

湯浅それは具体的にどのようなコンセプトだったのでしょうか?

青嶋その頃国内では表面ステイン法が主流でしたが、ほとんどの製品で熱膨張が合っていませんでした。焼き付いていないため剥げ落ちてしまい、5年ほど経過すると真っ白になってしまうのです。一方、ヨーロッパでは多色盛りが盛んでしたが、油絵みたいにベタベタした感じで、「歯はこんなに複雑な色じゃないだろう」と思うような補綴物ばかりでした。私も試してみましたが、焼き上がるまで色が分からず、思った色と違う結果になることもよくありました。そこで、私が実習科にいるころから考えていたインターナル・ステインのやり方を進化させて、最も適したテクニックとして考案したのです。
ただ、ここで私が強く言いたいのは、全く同じ顔料(ステイン材)を透明ポーセレンの中に含んで築盛する方法が多色盛りで、面に塗布するのがインターナル・ステイン法であって、結局は同じことなのです。言い換えればインターナル・ステインは「究極の薄い多色盛り」ということです。
そしてこの手法を『歯科技工』発刊15周年記念講演会で講演した際に、初めてインターナル・ステインテクニックとして発表したわけです。その内容が当日同じく演者だった坂清子先生(現クラレノリタケデンタル株式会社技術顧問)の目に止まったのでしょうね。翌日、坂先生ができたばかりのスーパーポーセレンAAA(以下AAA)を持って私の元にやってこられて、「ぜひ使ってみて欲しい」と…。陶材を変えることはとても怖いのですが、実際使ってみたらとても良かった。

湯浅どの辺りが違いましたか?

青嶋ボディが他の陶材に比べてずっと明るかったのです。さらに私の好きなピンク寄りに若干シフトされていたので「これはいいな」と直感的に感じました。ただ、既存の外部ステインを使うとなると様々な問題が起こりました。私もテクニックの発表前にいろいろなメーカーのステインを試してみましたが、うまく合うステインはありませんでした。そこで坂先生の後押しもあってノリタケデンタルサプライ(現クラレノリタケデンタル)の技術顧問になってすぐ「AAAインターナルステイン」の開発に着手することになったわけです。

■スーパーポーセレンAAAインターナルステインの誕生

湯浅AAAインターナルステインの色調は全て青嶋先生が考案されたものですか?。

青嶋はい。私が指定したものです。

湯浅それは事前に色を作ってあったのですか?。

青嶋そうです。色はすでに調合して決めていました。サービカル1、2、3マメロンオレンジ1、2、それからアースブラウンとレディッシュブラウン、インサイザルブルー1、2、ホワイト。そして最も重要なのは透明度の高いブライト(希釈用)の存在です。

湯浅インサイザルブルーも外部ステインの色を調合したものをベースにしているのですか?

青嶋はい。当時は真っ青なブルーしかありませんでした。インサイザルブルー1はブルーの彩度を少し下げ、2は少し紫がかった色にしています。両方混ぜ合わせたものにブライトを混ぜると自在な色をつくれます。さらにこのブルー1、2に少し褐色系を混ぜるとグレーになります。

湯浅青嶋先生はグレーを使わない主義なのですか?

青嶋私は黒と白を混ぜたグレーって使っちゃダメだと思っているんですよ。このグレーだと下地を遮断して透明感のまったくない色になります。ところが赤と青と黄色を混ぜたグレーになると活き活きとしたグレーになります。2つは同じグレーに見えても全然違うものです。ですから私は開発時にはAAAインターナルステインの中にグレーは入れませんでした。

湯浅なるほど。色数はかなり絞っておられますが、その他の色は混ぜれば作ることができると?

青嶋そうです。私は必要最低限の色があれば、それ以上は必要ないと思っています。

湯浅サービカル1、2、3もそうなのでしょうか?

青嶋3はテトラサイクリンの症例以外はほとんど使わないのですが…。

湯浅少し緑がかった感じの色ですね。

青嶋今はテトラサイクリンなどの原因となる抗生物質は使われなくなって久しいですから、そのような色の歯をもつ患者さんも少なくなっています。実は『歯科技工』の講演のときにテトラサイクリンの中切歯の症例を出したのです。患者さんは自分の歯がテトラの色をしていたら普通はイヤがるはずです。でもその色がぴったり合っていてとても喜ばれました。そのときに「こういうこともありだな」と思いました。歯の色って文化の違いで決まるものであって、昔日本にもお歯黒という文化がありましたからね。

湯浅サーモンピンクという色がリニューアルの際に追加されましたが、どの部位に使用する目的でつくられたのですか?

青嶋日本人でも欧米人でもビタのクラシカルシェードやクラレノリタケのシェードガイドのどちらにもマッチしないピンクっぽい歯って結構ありますよね?

湯浅それは象牙質の色調ということですね?

青嶋そうです。その象牙質色を補正するためにサーモンピンクを作りました。

■インターナルステインを使いこなすポイント

湯浅私も含め若い歯科技工士がAAAやセラビアンZRのインターナルステインをうまく使いこなしていくためにはどういうことに気を付けていけば良いでしょうか?

青嶋まずはブライトの使い方が大事だと思います。ブライトで希釈することを知らないと全く違った作り方になってしまいますから…。

湯浅それは色が濃く出過ぎてしまうということですか?

青嶋そうですね。特にホワイトにはブライトが必須です。かといって最初からブライトを混ぜたホワイトは作るべきじゃない。例えばホワイトスポットを作りたかったらホワイト単独ですから、ホワイトは単色として存在する必要があります。それはマメロンオレンジやインサイザルブルーにも同じことが言えます。

湯浅先生はブライトを混ぜてペーストみたいにして使っておられると聞いていますが、その方がやりやすいですか?

湯浅ノリタケインターナルステインは色が結構はっきりと出ますから、普通に塗ると最初はだいたい失敗してしまいます。そこで私の場合はブライトを多めに混ぜて淡くしてから塗るようになりました。ただし、ステインパウダーを微妙に薄くのばすコントロールができれば、色や状況によっては、ブライトを混ぜなくてもきれいに塗ることは可能です。このあたりはご自分のやりやすい方に合わせれば良いと思います。

青嶋ブライトは他にも使い道がありますよね。切端の透明感がとても強い患者さんに、単独でTxを築盛する代わりにTxにラスターポーセレンのTブルーやアクアブルー2にブライトを混ぜたりとか、そういう使い方をすることもあります。若い歯科技工士の方もいろいろ試していただければ、その辺りのさじ加減も掴めるようになるのではないでしょうか。あと、昨年発刊した『THE CERAMIC WORKS』(クインテッセンス出版)という臨床写真集などもご参考にしていただければと思います。

湯浅ノリタケインターナルステインは、合理的で使いやすい色だけが選ばれていてコンセプトもいたってシンプルですし、初心者でも高いレベルまでステップアップできる完成されたシステムだと思います。本日はありがとうございました。

  • 図1 インターナル・ライブ・ステイン発売(1990年)
    図1 インターナル・ライブ・ステイン発売(1990年)
  • 図2 リニューアルされたインターナルステイン(2003年)
    図2 リニューアルされたインターナルステイン(2003年)
  • 図3 インターナルステインの色調。現在は19種類のステインがラインナップされている。
    図3 インターナルステインの色調。現在は19種類のステインがラインナップされている。
  • 症例1 上顎6前歯
    <症例1 上顎6前歯>
    歯頸部にはサービカル1、2を2:1の割合で塗布。これが私の大前提で、あとはそれを薄く塗るか濃く塗るかで違いを出します。1番、2番、3番にいくにしたがって、だんだん濃くしていいきます。あと、3番にはインサイザルヘイローを付けないことがポイント。マメロンははっきりさせないが、右上1番の中切歯を見てもらえればわかるように切端の部分が少しだけ褐色ぽく見えるように色を入れています。<症例写真提供:ルイジアナ州立大学(当時)Dr. Gerard J. Chiche 先生>
  • 症例2 中切歯2本
    <症例2 中切歯2本>
    患者さんの要望で「ちょっと丸すぎる」ということで、あえて術前の形態を踏襲せず、少し角ばった形態にしています。歯科医院から送られてきた術前写真にあるのはC1、C2、C3ですが、ここで言いたいのはCは使っていないということ。濃さからいうとボディはA2、エナメルがE3になります。象牙質にはサービカルの1、2を2:1の割合のものを95%くらい。あと、側切歯を見てもらえればわかるようにマメロンはほとんど見えないのでマメロンは付けずに表現。<症例写真提供:林崇民先生>

デンタルマガジン 159号 WINTER