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新型開口訓練器の開発

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野 助教 儀武 啓幸

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■はじめに

顎関節は下顎頭の回転運動が主体の蝶番関節ではなく、下顎頭が前方に滑走しながら蝶番運動を行う蝶番滑走関節という特殊な関節である1、2)
正常な開口量を維持するためには十分な顎関節の可動性が保たれていることが条件となるが、顎関節の可動域は下顎頭の正常な前方滑走と蝶番運動が調和してなされることで達成される。
蝶番運動が制限されれば開口運動も制限されることは当然であるが、下顎頭の前方滑走運動が不十分であると大開口はできなくなる。実際開口障害を呈する患者の下顎関節では、下顎頭の前方滑走運動が不十分であることが多い1~3)
顎関節に問題が生じると、顎関節痛やそれに伴う開口障害などが生じることになるが、顎関節疾患の中で日常の診療で出会うことが多いのは顎関節症であろう。
しかしながら、「顎関節に問題が生じている」ことや「開口障害がある」、「顎関節痛がある」ことがイコール「顎関節症である」ということではない。日本顎関節学会では顎関節症の疾患概念と診断基準を以下のように定めている3)

■疾患概念

「顎関節症は、顎関節や咀嚼筋の疼痛、関節(雑)音、開口障害あるいは顎運動異常を主要症候とする障害の包括的診断名である。 その病態は咀嚼筋痛障害、顎関節痛障害、顎関節円板障害および変形性顎関節症である」。(日本顎関節学会 編新編 顎関節症 より抜粋)

■診断基準

「1顎関節や咀嚼筋などの疼痛、2関節(雑)音、3開口障害ないし顎運動異常の主要症候のうち、少なくとも1つ以上を有すること。(日本顎関節学会 編新編 顎関節症 より抜粋) さらに、顎関節症の病態分類も

  • ・咀嚼筋痛障害 myalgia of the masticatory muscle (I型)
  • ・顎関節痛障害 arthralgia of the temporomandibular joint (II型)
  • ・顎関節円板障害 disc derangementof the temporomandibular joint(III型)
    • a : 復位性 with reduction
    • b : 非復位性 without reduction
  • ・変形性顎関節症 osteoarthrosis / osteoarthritis of the temporomandibularjoint (IV型)
  • *重複診断を認める。
  • *顎関節円板障害には内方転位、外方転位、後方転位、開口時の外方転位を含む。
  • *間欠ロックは復位性顎関節円板障害に含める。(日本顎関節学会 編 新編顎関節症 より一部改変して抜粋)。
と定められている。

開口障害の原因となる病態は様々であるが、以上に挙げた顎関節症患者においては、関節円板の非復位性の前方転位による開口障害、いわゆるクローズドロックが最も頻繁に出会う病態であると考えられる3)
開口訓練はこれらの患者に対してその有効性が認められており4)、また為害性の少ない治療法であるうえ、手軽に実施できることから実施するに当たって抵抗感が少ない方法である。
また、開口障害を有する顎関節症患者に対する自己開口訓練は、一般社団法人日本顎関節学会(http://kokuho-ken.net/jstmj/)による初期治療ガイドラインにおいても推奨されている。
以上から、開口障害に対して顎関節の可動性を改善する目的で開口訓練が行われることが多い。また、顎関節強直症の術後のリハビリテーションとしての位置づけも重要視されている。
このように徒手による自己開口訓練はその手軽さと高い治療効果を示す反面、適切な方法の理解と習得、実施などに若干の問題があることも事実である(図1)。また、下顎頭の前方滑走運動が障害されていることが開口障害の原因となっていることが多く2)、前方滑走運動の再獲得が効果的な開口訓練のポイントとなると考えられるが、積極的な下顎頭の前方滑走を誘導するような徒手開口訓練について開口時の伸展量、力の加減、下顎の牽引方向など具体的に指導することは容易ではなく、また徒手開口時の手指や歯にかかる負荷による訓練の困難さなどの問題も生じる(図2)。
徒手による開口訓練では十分な効果が得られない場合には開口訓練器が用いられるが、従来の開口訓練器は主に顎関節の蝶番運動を拡大するものであり、積極的に下顎頭の前方滑走を誘導する機能を有するものではなく5)図3)、その効果は限定的なものであった。
また、少数の歯に負荷が集中することにより十分な開口量の改善が得られる前に歯の動揺や疼痛が生じた場合には訓練の継続が困難となる(図3)。
以上の理由から、従来は開口訓練器を用いても、正常な顎関節の運動を回復するような開口訓練を効果的に実施することには困難が伴った。

  • 開口訓練の問題点の図
    図1 患者の自己管理のもと行われる開口訓練には様々な問題点が存在する。
  • 開口障害を呈する症例の図
    図2 従来の開口訓練方法やそれを補助する目的で使用される開口訓練器は顎関節下顎頭の前方滑走を再獲得するには不十分である。
  • 一般的に使用されている開口訓練器は顎関節の蝶番運動を拡大する機能が主となる
    図3 一般的に使用されている開口訓練器は顎関節の蝶番運動を拡大する機能が主となる。また、訓練器の先端が接する少数の歯に力がかかるため歯の動揺や破損といった有害事象を生じる可能性がある。

このような問題を解決するためには、下顎頭の前方滑走運動を効果的に誘導でき、かつ下顎頭の回転運動(蝶番運動)を同時に誘導できる全く新しい構造と機能を有する開口訓練器が必要とされると考えられたことから、全く新しい形式の開口訓練器の開発をスタートさせ、下顎頭の前方滑走運動と蝶番運動を連続的に簡便な操作で誘導する機構を実現するために多くの試作と実験による試行錯誤を重ねた結果(図4、5)、要求を満たす開口訓練器の開発に成功し特許を取得した(開口訓練器 特許番号:第6080532号)。その後も実用化に向けた開発作業を進めた結果、新型開口訓練器の製品化を実現した(図6)。
本開口訓練器はスライド機構によって下顎を前方位に誘導したのち、特殊なヒンジ構造により下顎前方位から最大開口位まで生理的な開口路1、2)をトレースして強制的に誘導することが可能である。
また、下顎の前方滑走誘導量は症例に合わせて0~15mmの範囲で調節が可能であり(図6e、f)また最大誘導開口量は調節ピースを装着することで4段階に調節することが可能となっている(図6g~j)。
この運動により、下顎は安静位に近い状態から下顎前方位まで強制誘導されたのちに前方運動限界路をたどり最大開口位まで誘導されることになる。この動きを下顎切歯点の運動軌跡でとらえたとき、下顎前歯点は前方位に誘導された後に最大開口位まで移動し、その軌跡は実物大の頭蓋模型を用いた実証実験による運動解析によりポッセルトフィギュアの前方限界運動路1、2)にほぼ一致することが確認された(図7)。この時の顎関節下顎頭の動きは関節隆起後斜面に沿って関節結節下方まで前方滑走運動が適切に誘導されたのちに蝶番運動が起こり最終的に顎関節は可動域の最大近くまで誘導されることになる1、2)(図8)。
この下顎頭の前方滑走後の蝶番運動は連続的に誘導され、特別な切り替え操作等を必要としない簡便な操作により行うことができるようになっている(図5~7)。
成人健常ボランティアを対象とした検証においても、顎関節の適切な運動誘導が確認された1、2)(図9)。
しかし、上記のように下顎を前方に強制的に誘導するためには下顎歯列を確実に保持することが必要となる。また前方への牽引や強制開口の際に前歯にのみ負荷がかかると歯の動揺や疼痛を来す懸念が生じる。実際に従来型の開口訓練器では長期間の使用による歯の疼痛や動揺などの悪影響により治療効果が充分に発揮できないことも散見される。これらの問題点の解決方法として、本開口訓練器は使用に際して義歯裏装用の弾性シリコンを上下のトレーに築盛し歯列を印記することで対応している。使用開始時に歯科医師によるチェアサイドでの調整作業が必要となるが、これにより歯列全体に応力を分散することができ、歯への負担を減らし損傷を防ぐとともに下顎の前方牽引や強制開口を確実に行うことが可能となった(図10)。
本開口訓練器の使用により顎関節の滑走運動と蝶番運動を安全にかつ効果的に最大限誘導することが可能となることで従来に比べて効果的な顎関節のリハビリテーションが行える。

  • ・本件は、平成26~28年度 ものづくり中小企業・小規模事業者等連携事業創造促進事業 【戦略的基盤技術高度化支援事業】に採択され、山科精器(株)と東京医科歯科大学の間のライセンス契約のもと実用化に向けた開発が行われた。
  • ・本研究は、東京医科歯科大学歯学部倫理審査委員会の承認のもと行われている(承認番号:D2014-145)。
  • ・開口訓練器 特許番号:第6080532号国際特許出願中(アメリカ合衆国、ヨーロッパ)。
  • ・開口測定器 国内特許および国際特許出願中。
  • ・運動解析システムにはFrame Dias Vを使用した。
  • ・開口訓練器 分類: 一般医療機器(クラスI)一般的名称: 歯科用開口器 製造販売届出番号:25B2X10005000008

  • 新型開口訓練器の最初期の試作品
    図4 新型開口訓練器の最初期の試作品。下顎を前方に牽引したのちに最大開口位まで下顎を開大する。特殊なヒンジ構造を有することでこれらの動作が機器の動作切り替えの操作を必要とせずに連続的に行うことができる。
  • 実物大解剖学的頭蓋模型を用いた動作実証実験
    図5 実物大解剖学的頭蓋模型を用いた動作実証実験では、誘導される下顎の動きにあわせて顎関節の前方滑走運動と蝶番運動が適切に誘導されていることが確認できる。
  • 製品版の新型開口訓練器
    図6 製品版の新型開口訓練器。
    a:新型開口訓練器の概要。四角内は誘導する最大開口量を調節するための開口量調節ピース。それぞれのピースを装着することで開口量を4段階に調節することが可能(g~j)。b~d:訓練器の下部分が前方にスライドすることで下顎頭の前方滑走が惹起される。その後にグリップを握ると上下の歯列トレーが開大し強制開口を行うことで顎関節の蝶番運動を誘導する。これらの一連の操作は簡単な操作で連続的に行うことができる。e、f:下顎の前方滑走量は状況にあわせて0~15mmの範囲で調整できる(通常は8mmに設定する)。g~j:開口調整ピースの使用例。
  • 新型開口訓練器により誘導される顎運動と顎関節運動の図
    図7 新型開口訓練器により誘導される顎運動と顎関節運動。下顎切歯点は前方限界運動をトレースするように誘導される。
  • 実物大解剖学的頭蓋模型を用いた検証の図
    図8 実物大解剖学的頭蓋模型を用いた検証。
    a:下顎の切歯点相当部に黄色の計測マーカーを、下顎頭外側棘相当部に赤色の計測マーカーを設置し、それぞれの軌跡をFrame Dias Vを用いて解析した。b:黄色の線は下顎切歯点の運動軌跡、赤色の線は下顎頭の運動軌跡を示している。下顎切歯点は前方位に誘導された後に前方限界運動路をたどり最大開口量に至る。そのとき下顎頭は前方滑走運動と蝶番運動が誘導されていることが確認できる。c~f:実際の動画に運動軌跡を重ね合わせたキャプチャー画像。
  • 成人健常ボランティアによる動作検証
    図9 成人健常ボランティアによる動作検証においても、下顎運動ならびに顎関節運動は適切に誘導されることが確認された。
  • 下顎を確実に牽引するために上下歯列トレーにシリコン義歯裏装材を築盛して歯列を印記する
    図10 下顎を確実に牽引するために上下歯列トレーにシリコン義歯裏装材を築盛して歯列を印記する。下顎が開口訓練器に把持されることで確実な下顎の運動誘導が可能となる。同時に歯列全体に負荷を分散させることになり、歯の損傷を回避することにもなる。
参考文献
  • 1)長谷川成男、坂東永一 監修 臨床咬合学事典医歯薬出版
  • 2)福島俊士、平井敏博、古屋良一 臨床咬合学医歯薬出版
  • 3)日本顎関節学会 編 新編 顎関節症 永末書店
  • 4)Haketa T. Kino K. Sigiski M. Ohta T. Randamised clonical trial of treatment for TMJ disc displacement. J Dent Res. 2010;89:1259-1263.
  • 5)Therabite Jaw Motion Rehabilitation System. Available from : http://www.therabite.com/.

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