我々歯科医は専門的な知識と技術に基づいて、質が高く、安心・安全な歯科医療を提供する責務があります。しかしながら、どんなに細心の注意を払いながら日常臨床に携わっていたとしても、思いがけない偶発症に遭遇するリスクは必ず潜んでいます。
歯科における偶発症で最も多いのは誤飲・誤嚥事故であり、偶発症の約半分を占めるといわれています。
また、この誤飲・誤嚥事故は、高齢者と小児に多いことが報告されています1)。
誤嚥・誤飲する異物としてはクラウンとインレーが多く2)、処置内容としても、これらの試適・装着・除去時が半数以上1,2)といわれています(図1)。
また、術者の経験年数が少ない程その頻度が高く(図2)3)、誤飲・誤嚥事故の効果的な防止策3)についても報告されています(表1)。
小児を主たる調査対象とした歯科治療時の誤飲・誤嚥事故の実態報告は見当たりませんが、小児は成人と比べて、口腔が小さく術野が狭いだけでなく、治療への協力が得られず、激しい体動を認める場合(写真1)や開口維持が困難な場合もあり、成人の歯科治療に比較して一層困難な場合が多いといえます。
また、小児期は口蓋扁桃が肥大して咽頭形態が複雑で狭小化しやすいうえ(写真2)、号泣時には軟口蓋が挙上して激しい吸気が生じるため、いったん異物が口腔内に落下した場合は迅速に口腔外に取り出すことが困難となり、そのまま誤飲・誤嚥事故につながることが危惧されます。
小児の歯科治療の中では、① う蝕により歯冠崩壊した乳臼歯、② 3面以上のう蝕を認める乳臼歯、③ 歯髄処置を行った乳臼歯、④ 著しい歯冠形成不全を認める乳臼歯などが、既製乳歯冠による歯冠修復の適応となります(表2、症例1~4)。
既製乳歯冠は表面が滑沢で滑りやすいため、試適・装着操作は小児歯科臨床の中でも誤飲・誤嚥事故につながるリスクが最も高い処置のひとつと言えます(写真3、4)。
そこで著者らは、安心・安全な小児歯科臨床を目指して、フロスの結紮が可能なキッズクラウンwith リングを開発しました(歯冠の誤飲防止具特願2014-075685, 2014.4.1.)。
今回は、その構造と実際の臨床での使用法について紹介させていただきます。
従来の既製乳歯冠であるキッズクラウンに、厚径0.5 mm、外径3.5×3.0mm、内径2.3×1.8 mmを基本サイズとするステンレス製の角丸長方形リングが、頰側面の近心寄りの高さが咬頭から3mm程度歯頸部寄りの位置に咬合平面と平行になるように電気鑞着されています(写真5)。
① 準備
通常の既製乳歯冠装着の診療準備に加えて、予め装着予定歯の近遠心径に適したサイズのキッズクラウンwithリング(サイズは#2から#7まで)を選択し、クランプ結紮に使用するデンタルフロスと同程度の長さのものをリング部分に結紮しておく。
続いて、乳歯冠とリング部分の鑞着状態を確認するため、乳歯冠とフロスを左右に引っ張って鑞着強度を検査する(写真6)。
併せて、リングを除去する際に用いるホープライヤーも用意しておく。
② 局所麻酔
表面麻酔後、十分効果が確認できたところで、患児の急な体動に備えて頭部と体幹を優しくしっかりとおさえながら、患児に気付かれないように細心の注意を払って、ゆっくりと局所麻酔を行う(写真1)。
③ ラバーダム装着
支台歯形成時に近心と遠心の隣接面を明示するために、対象歯の近心歯にフロスを結紮し、遠心歯にクランプを装着する(写真7)。
④ 支台歯形成
咬合面は頰舌的に逆屋根状に形成し、機能咬頭である上顎口蓋側ならびに下顎頰側は2面形成し、隣接面などの軸面は歯肉縁下0.5 mmに形成する。最後に咬合面と軸面の移行部、隅角部を丸める(写真7)。
⑤ 試適1
支台歯形成が終了し、ラバーダム装着下でフロスが結紮されたキッズクラウンwith リングを試適して、大まかなマージン部の適合状態と隣接歯との接触状況を確認する(写真8)。その際、フロスは常時口腔外に出しておく。※試適の着脱時にリングの鑞着部分に過度な負担がかからないように注意する。フロスを引っ張ったり、あるいはリング部分を押したり、引っ掛けたりしない。
⑥ 試適2
ラバーダムを外した後、乳歯冠辺縁の削除と内曲げによる調整、隣接面幅の調整、対合歯との咬合関係の調整を通して、乳歯冠の辺縁が支台歯に適合し、歯列内に適正に装着できることを確認する(写真9)。
なお、ラバーダムが除去された状況では、ラバーダムが装着されていた時以上に注意を払いながら試適操作を行う。
⑦ 合着
試適が終了したら、フロスが結紮されているキッズクラウンwithリングの歯冠内面に合着用グラスアイオノマーセメントを十分満たすように填入し、支台歯に合着する。
余剰なセメントはガーゼ、フロスを用いて速やかに除去する。
⑧ リングの除去
セメント硬化後、近心方向からホープライヤーでリング部分全体を水平にしっかり把持し(写真10)、鑞着部分を中心にプライヤーの取手部分をゆっくりと歯冠方向(写真11)に45°程持ち上げるようにして、鑞着部に剪断力を加えながら乳歯冠からリング部分を分離し、フロスとともに口腔外に取り出す(写真12)。
⑨ 研磨
最後に乳歯冠表面のリング除去部をシリコンポイントで研磨し(写真13)、キッズクラウンwith リングの装着操作を終了する(写真14)。
以上の術式は、従来の既製乳歯冠の装着操作と大きな違いはなく、特別な器具を必要としないこともあり、術式上、術者への新たな負担はほとんどありません。
キッズクラウンwithリングを使用することにより、子どもたちの歯科治療時における誤飲・誤嚥事故の危険性を大幅に低下させ、安全性の高い小児歯科医療の提供に貢献できることでしょう。