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DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

Clinical Report
新型開口訓練器「ヤセック開口訓練器」の臨床応用
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野 助教 儀武 啓幸

■はじめに

ヒトの顎関節は他の部位の関節とは違う特徴を有している。軸となる関節突起と軸受けとなる関節窩から構成されることは変わらないが、ヒトの顎関節は関節突起(下顎頭)が関節窩(下顎窩)の中に収まったままの状態で蝶番運動をする蝶番関節ではなく、下顎頭が前方に滑走して下顎窩から逸脱する様な形で移動すると同時に回転運動を行う蝶番・滑走関節である(図1)。これにより下顎はやや前方への移動をしながら開口を行うことになり、この正常な顎関節の運動ができない状態ではあくびの様な大開口ができなくなる。開口障害を呈した患者の開口量の改善には正常な顎関節の運動機能の再獲得が必要であるが、それには単純な強制開口による顎関節の蝶番運動の拡大だけでは不充分であり、開口訓練においては下顎頭の前方滑走運動の誘導が重要であると考えられる。しかしながら、従来から使用されている開口訓練器にはこの機能を有するものは存在せず1)、また、徒手による開口訓練で前方滑走運動を誘導することは困難である。
これらの問題を解決するために筆者らは顎関節下顎頭の前方滑走を強制誘導すると共に蝶番運動を拡大することが可能な開口訓練器の開発を行ってきた2、3)(図2)。本開口訓練器は、東京医科歯科大学により特許出願が行われ、現在は発明者、儀武啓幸として国内特許が確定している(開口訓練器 特許番号:第6080532号)。
本開口訓練システムは、東京医科歯科大学と山科精器(株)のライセンス契約のもと共同開発が行われた。また本件は平成26〜28年度ものづくり中小企業・小規模事業者等連携事業創造促進事業【戦略的基盤技術高度化支援事業】に採択されたことで実用化に向けた開発作業が推進された。
本訓練器を使用することで、下顎は前方位に強制的に誘導された後に最大開口位まで誘導されることになり、その結果顎関節下顎頭の前方滑走運動と蝶番運動を同時に拡大することができることになる。これにより、可動性が制限された顎関節に対して効果的な機能回復を計ることが可能となった。我々はこれまでに、解剖学的実物大頭蓋模型による機能検証を行い、さらに成人健常ボランティアにおいて適切な顎関節運動が誘導できることを示してきた2)。これらの検証作業により、人体において安全に使用できることが確認できたことから、実際の患者に対して臨床応用を実施した。
従来の治療方法との比較の意味から、今回の報告における臨床応用では、従来の治療方法が奏効せず開口量の改善が得られない症例を選択した。手術による治療が適応と考えられる難治性の開口障害症例に対して臨床応用を行うことで、運動療法による開口量の増加が全く望めない患者に対する新しい開口訓練器による症状改善の可能性について検討を行った。
対象症例の選択基準は、1)明らかな開口障害を有すること、2)他院において保存的治療が奏効せず外科療法目的にて当科を紹介受診した患者、でありさらに、3)当科において従来型の開口訓練器による開口訓練を数ヵ月行い奏効しなかったこと、を選択基準とした。
病態による選択基準をもうけずに、保存的治療に対する反応性のみを選択基準としたいわゆる難治性の開口障害症例である。内訳は、顎関節症:関節円板障害(非復位性)および変形性顎関節症1例と、咀嚼筋腱・腱膜過形成症による開口障害1例の計2例である。

  • 閉口時の下顎頭は下顎窩に位置している(a)。開口運動時に下顎頭は前方に移動(前方滑走)しながら回転(蝶番運動)を行う(b)。
    図1 閉口時の下顎頭は下顎窩に位置している(a)。開口運動時に下顎頭は前方に移動(前方滑走)しながら回転(蝶番運動)を行う(b)。
  • 新型開口訓練器「ヤセック開口訓練器」。
    図2 新型開口訓練器「ヤセック開口訓練器」。

■症例1

56歳女性。
主訴:口が開かない。
既往歴:30歳時に右耳真珠腫摘出。
現病歴:2012年開口障害を主訴に近歯科医院受診。MRI検査施行。両側顎関節症、関節円板障害(非復位性関節円板前方転位)、左側変形性顎関節症の診断のもと開口訓練による治療を行うも改善を認めないため、2014年某歯学部附属病院紹介受診。パンピングマニピュレーションおよびヒアルロン酸注入を行うも改善が得られなかったため、外科療法も含めた精査加療目的にて当科を紹介受診した。
現症:初診時、無痛自力開口量は23mm、MRI画像診断にて両側顎関節に非復位性の関節円板前方転位と下顎頭に骨変形を認める(図3)。診断:両側顎関節症、関節円板障害(非復位性関節円板前方転位)、両側変形性顎関節症。
臨床経過:骨変形が開口障害に影響していることが考えられること、開口訓練を主体とした保存的治療が奏効しなかったことから、全身麻酔下での両側顎関節授動術の適応と考えられたが、患者の同意が得られなかったことにより、徒手および従来型の開口訓練器を用いた開口訓練の再指導を行った。上記治療を行い1ヵ月後に無痛自力開口量は27mmとなったが、それに続く6ヵ月間ではそれ以上の改善は得られなかった。MRI検査にて両側顎関節症、関節円板障害(非復位性関節円板前方転位)、両側変形性顎関節症が確認され(図3)、新型開口訓練器の使用を開始した。開口訓練器の下顎前方滑走誘導量の設定は8mmとし、無痛自力開口量27mm、強制開口量27mmから訓練を開始した(図4)。
訓練開始後1ヵ月で無痛自力開口量は29mmに増大し、訓練開始後3ヵ月で無痛自力開口量30mm、強制開口量は31mmとなった。現在も訓練は継続中である(図5)。 

  • 症例1。MRI上で両側顎関節に非復位性関節円板前方転位と下顎頭の骨変形を認める。
    図3 症例1。MRI上で両側顎関節に非復位性関節円板前方転位と下顎頭の骨変形を認める。
  • 症例1。下顎の前方滑走誘導量を8mmに設定して開口訓練を開始した。
    図4 症例1。下顎の前方滑走誘導量を8mmに設定して開口訓練を開始した。
  • 新型開口訓練器による開口訓練開始後3ヵ月で無痛自力開口量は30mm、強制開口量は31mmに拡大した。
    図5 新型開口訓練器による開口訓練開始後3ヵ月で無痛自力開口量は30mm、強制開口量は31mmに拡大した。

■症例2

31歳女性。
主訴:口が大きく開かない。
既往歴:特記事項なし。
現病歴:2016年開口障害を主訴に当科紹介受診。
現症:無痛自力開口量26mm、強制開口量28mm。顔貌はいわゆるsquiremandibleを呈する(図6)が、顎関節部のMRIでは関節円板の位置異常などの所見は認めなかった。MRI水平断では両側咬筋に繊維化を疑う低信号領域を認める(図7)。開閉口時の関節雑音は認めない。
診断:両側咀嚼筋腱・腱膜過形成症による開口障害。
臨床経過:外科治療に対する同意が得られなかったことから、患者の希望により徒手開口訓練を主体とした運動療法を開始した。約7ヵ月後の無痛自力開口量29mmと著明な改善を認めなかったことから、患者と相談の結果、新型開口訓練器を使用した開口訓練を行うこととなった。下顎の前方滑走誘導量は8mmに設定し開口訓練を開始したところ、新型開口訓練器の使用開始後2ヵ月で無痛自力開口量は32mmに拡大、使用開始3ヵ月で無痛自力開口量34mm、強制開口量36mmまで改善した(図8)。現在も治療は継続中である。

  • 症例2。Squire mandibleを呈するが、MRIでは顎関節部に異常所見を認めない。
    図6 症例2。Squire mandibleを呈するが、MRIでは顎関節部に異常所見を認めない。
  • MRI水平断。両側咬筋の前縁部、筋腹に繊維化を示唆する筋状の低信号領域を認める(矢印)。
    図7 MRI水平断。両側咬筋の前縁部、筋腹に繊維化を示唆する筋状の低信号領域を認める(矢印)。
  • 図8 a : 無痛自力開口量は29mmにて新型開口訓練器の使用を開始した。b : 使用開始3ヵ月で無痛自力開口量34mm、強制開口量36mmまで改善した。
    図8 a : 無痛自力開口量は29mmにて新型開口訓練器の使用を開始した。
    b : 使用開始3ヵ月で無痛自力開口量34mm、強制開口量36mmまで改善した。

■考察とまとめ

今回、手術の適応となる開口障害症例に対して新型開口訓練器の臨床応用を行った。数ヵ月間におよぶ従来の開口訓練による治療では開口量の改善が認められなかった症例であり、画像診断からも本来は開口訓練の適応とはなり難い病態であると考えられたが、いずれの症例も全身麻酔下での手術に同意が得られなかったことに加え、同時期に本開口訓練器の実用化が実現したことから今回の治療を行うことになった。
病態の性質上完全な開口量の回復には未だ至ってはいないが、従来の開口訓練器や徒手開口訓練による治療では改善が認められない症例においても本開口訓練器を用いた開口訓練を行うことで開口量の改善が得られることが確認できた。
従来の方法では困難であった顎関節下顎頭の前方滑走運動の回復が本開口訓練器では簡便に行えること、滑走運動から連続的にと蝶番運動の拡大を強制誘導することができること、患者の状態にあわせてこれらの誘導量の調整が可能であることが、難症例に対しても治療効果を認めた要因であると考えられた。
また、開口訓練の際に上下顎にかかる負荷は歯列全体に分散される構造であり、さらにシリコン義歯裏装材を介して歯列全体に力がかかることで歯への負担が軽微なものとなることも本装置がもつ優れた特徴である。
上記症例においても数ヵ月間にわたる治療期間中に歯の破折や動揺、疼痛といった有害事象は認めなかった。
今回は治療が非常に困難であり、運動療法を主体とした保存的治療による症状改善が望めない症例をあえて選択し臨床応用を行った。
その結果、さらなる症状の改善が得られ、現在も開口量は増大傾向にあることから、本開口訓練器の臨床上の有効性が示唆された。本システムは顎関節症の治療や顎関節部の手術後のリハビリテーション、顎骨骨折治療後のリハビリテーションにも有効性を発揮するものと考えられる。
・本件は、平成26〜28年度ものづくり中小企業・小規模事業者等連携事業創造促進事業【戦略的基盤技術高度化支援事業】に採択され、山科精器(株)と東京医科歯科大学の間のライセンス契約のもと実用化に向けた開発が行われた。
・本研究は、東京医科歯科大学歯学部倫理審査委員会の承認のもと行われている(承認番号:D2014-145)。
・開口訓練器 特許番号:第6080532号、国際特許出願中(アメリカ合衆国、ヨーロッパ)。・運動解析システムにはFrame Dias Vを使用した。

参考文献
  • 1)Therabite Jaw Motion RehabilitationSystem. Available from: http://www. therabite.com/.
  • 2)儀武啓幸 新型開口訓練器の開発 デンタルマガジン163号p20~23. 2017.
  • 3)木野孔司、佐藤文明、儀武啓幸 他:顎関節症のリハビリトレーニングよく動く関節は痛くない 医歯薬出版 48-58 2017.
  • 4)日本顎関節学会 編 新編 顎関節症 永末書店.
  • 5)日本顎関節学会編 日本顎関節学会学術用語集 第1版 クインテッセンス2017.
  • 6)Haketa T. Kino K. Sigiski M. Ohta T. Randamisedclonical trial of treatment for TMJdisc displacement. J Dent Res. 2010;89:1259-1263.

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