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食べられる口づくりの実践と患者に寄り添う口腔ケア・口腔リハビリ

神奈川県茅ケ崎市 村田歯科医院 院長 黒岩恭子

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「食べられる口づくり」をテーマに歯科医療を実践する村田歯科医院院長・黒岩恭子先生は、1987年から高齢者に向けた訪問診療を続けている。口腔粘膜清掃専用の球状ブラシ「くるリーナブラシ」シリーズの開発者としても知られる黒岩先生に、在宅医療の現状と「食べられる口づくり」を実践するための口腔ケア・口腔リハビリについてうかがいました。

■悔いのない看取りの大切さ

訪問診療を行ったがん患者さんが亡くなられたときのことです。看護師長さんから「勇気を与えてくれてありがとうございました」と言われことがありました。その患者さんを診た時の口腔内はひどい状態でした。保湿剤と「くるリーナブラシ」で、こびりついた血餅や痰と食物残渣を痛みなく時間をかけずに除去すると非常に喜ばれ、その後もご自身で「くるリーナブラシ」を使い、看護師さんが仕上げをする毎日が続きました。
初診から半年後、残念ながら亡くなられましたが、ご家族が病院スタッフにこう告げたそうです。「あれだけきれいな口を保ってくださり、皆さんがとても大切にしてくださっていたことが分かりました」と感謝されたという報告を受けました。それが冒頭の看護師長さんの言葉に繋がりました。これは17年前の話です。この頃から私は旅立たれた方も、ご家族も、そして、そこに関わる各職種も、誰もが悔いのない看取りをすることの大切さについて考えるようになりました。

■在宅医療を志す原点

丸森賢二先生のもとで、う蝕や歯周病の予防や歯科治療全般を学び、開業当初から予防重視型の歯科医療を志してきました。初妊婦指導や幼稚園・小学校でのブラッシング指導などを行う中で、特別支援学校へ健診に行く機会がありました。校内に足を踏み入れ、まず感じたのは異臭です。臭いがどこから来るのか、初めは見当もつきませんでしたが、1年後にその答えを知ったときには改めて驚いたものです。
「虫歯の洪水」の時代、生徒たちの口腔内はひどい状況で、年に1回の健診だけではう蝕や歯肉炎の予防はできない。そう感じた私は「月に1回訪問し、口腔ケアやブラッシング指導をボランティアでさせて欲しい」と学校に頼み込みました。私にはある確信があったのです。それは、開業当初来院した3人の知的障がい児との関わりから得た確信でした。
18歳だった3人の歯はう蝕のためにほとんど抜歯していて、食物残渣もひどく、加えて治療ができないほど暴れる患者さんでした。悩んだ末、彼らが通う施設で知的障がい者(児)との関わりについて学び、根気よくアプローチを続けるうちに、自分で磨き、両親たちが仕上げ磨きができる状態にまでなりました。この成功体験から、集団で関わりを持てれば、もっと多くの障がい者(児)が助かるのではないか。そう考えていた矢先、さきの特別支援学校の健診の機会に恵まれたのです。
特別支援学校に定期的に訪問するようになって1年、あの異臭が消えていることに気づきました。そのとき、初めて臭いの原因が口腔にあったことを知りました。当時はそうした事実も知られておらず、こうした現場で結果を出せた感動はひとしおでした。さらに、診療室を出て積極的に関わりを持つことで、障がい児であっても確実にう蝕や歯肉炎予防ができることを身をもって体験しました。そして、このことが私が在宅医療を志す原点となりました。

  • 訪問診療で遭遇する劣悪な口腔内。咽頭部に痂皮状にこびりついた分泌物により、食べることができないばかりか、呼吸機能さえも妨げられている状況をよく目にする。
    図1 訪問診療で遭遇する劣悪な口腔内。咽頭部に痂皮状にこびりついた分泌物により、食べることができないばかりか、呼吸機能さえも妨げられている状況をよく目にする。
  • 「くるリーナブラシ」シリーズ。右の3本は毛先が軟らかく感触がソフトになった「モアブラシ」。
    図2 「くるリーナブラシ」シリーズ。右の3本は毛先が軟らかく感触がソフトになった「モアブラシ」。

■従来の口腔ケアでは取り除けない苦痛

高齢者への訪問診療を行うようになったのは1987年からです。当初、食物残渣が腐敗して悪臭を放っている方、粘膜や舌が乾燥して食事を満足に摂れない方、咽頭や喉頭蓋・梨状窩周辺に溜まった痰を喀出できずに苦しそうに呼吸をする方など、ひどい口腔状態の方々にたくさん出会い、衝撃を受けました。この苦痛から患者さんを解放して差し上げる義務と責任が歯科医師である私にはあるのではないか、いつしかそんなことを考えるようになっていました。
その頃、入手できる口腔ケア製品は、一般的な歯ブラシや歯間ブラシ程度で、患者さんが暴れると粘膜や歯槽骨を傷つけてしまう。また、口腔内は曲線の連続ですから、まっすぐな歯ブラシでは無歯顎の方の口腔内を隅々まできれいにできない。さらには、ガーゼなどで汚れを拭き取ると一緒に唾液も拭き取られ、粘膜が乾燥し傷つけてしまう問題もありました。
一方で、こんな風景を目の当たりにしました。口腔内吸引をされている患者さんがベッドの柵を掴み、暴れている姿です。「なぜ、こうも嫌がるのか」と疑問を抱き、自ら咽頭と鼻腔から吸引の疑似体験をしてみると、とても苦痛であることがわかりました。
この頃、多くの高齢者を診る中で、私にはあるイメージがありました。それは鼻腔と咽頭と口腔の汚れは一致しているという感覚です。もしかしたら、吸引の問題を口腔から解決することができるのではないか、そんな思いが心の中で芽生えました。
こうした数々の気づきや経験が「くるリーナブラシ」の開発へと私を駆り立てました。開発のきっかけが1つでないのは、往診先で出会う患者さんは100人いれば100人とも生活環境も心身の状況や疾患や障がい、認知症の合併症そして服用薬などで口腔状態も違うためです。誰であっても口腔ケア・口腔リハビリ・咽頭ケアが効果的に簡単に行える既製品がないのであれば、自分で作り出すしかない。そう決意し、従来にはない口腔ケア製品の開発へと乗り出したのでした。

■「くるリーナブラシ」の誕生

開発にあたっては他(多)職種から多くの助言をいただきました。また、介護の実態を知るために高齢者向け施設でベッド移乗やオムツ交換など介護のノウハウも学びました。苦手だった解剖や生理についても勉強を重ね、さまざまな試作品を実際の臨床で試しました。そして、1999年、口腔粘膜清掃専用の球状ブラシ「くるリーナブラシ」シリーズ(オーラルケア)の第1号が発売となったのです。
その効果を最初に認めてくださったのは大阪の病院の看護師さんたちでした。痰、血餅、食べ残しがボコボコと掻き出せる様子を見て、皆さん、驚かれ、「この人も診て欲しい」「あの人も診て欲しい」と院内の患者さんを次々と連れて来られました。汗だくで口腔ケアをさせていただいたことが、私の歯科医人生を変え、学びとなりました。
「くるリーナブラシ」シリーズの特徴はどなたでも比較的簡単に扱えることです。そして、全周に毛の生えた球面ブラシなので粘膜や舌をはじめ、湾曲した口腔内 をきれいにできることです。
毛は当たりが柔らかく、粘膜や歯に柄が直接当たらないようにしているため、痛みを伴わないで口腔ケア・口腔リハビリが行えます。また、柄のワイヤーのしなりを利用し、口腔内全体を軽く刺激するように操作すると、口腔全域の唾液腺が刺激され、粘着性の唾液がサラサラの漿液(しょうえき)性の唾液に変化していきます。保湿剤とともに、この「良い唾液」を味方につけて、こびりついた痰をふやかし、それを毛先に引っかけて除去します。
口腔ケアは毎日行うことが大切です。それを実践するためには他(多)職種の方々やご家族に担っていただかなければなりません。現場に負担がかからないように、開発の際には短時間で成果が上がることにも注力しました。

  • 歯ブラシの植毛は一方向のみなので、口腔内の汚れを効率よく除去できない。
    図3 歯ブラシの植毛は一方向のみなので、口腔内の汚れを効率よく除去できない。
  • 「くるリーナブラシ」シリーズは全周に植毛されているので効率よく簡単に汚れを除去できる。
    図4 「くるリーナブラシ」シリーズは全周に植毛されているので効率よく簡単に汚れを除去できる。
  • ーム型の口蓋に強固にはり付いている痂皮を保湿剤を併用しながら毛先に巻き付け除去できる。
    図5 ドーム型の口蓋に強固にはり付いている痂皮を保湿剤を併用しながら毛先に巻き付け除去できる。

■適切なポジショニングの重要性

近年、一層の高齢化を背景に、重度化した患者さんと遭遇する機会が増えています。単独の疾患ではなく複数の疾患にかかり、障害や認知症を合併しているケースもあります。また、服用薬の種類が増え、副作用によって口腔内に為害作用や乾燥をきたしている患者さんも多くいます。特に体の緊張、拘縮・弛緩が混在し、ベッドや車椅子上などで姿勢を崩されて生活している問題は深刻に感じています。例えば、頸部伸展状態で臥床している方は、重力によって舌が後方に下がり、咽頭の下降によって食道の入り口が塞がり、呼吸や嚥下がしにくいなどの弊害が生じやすくなります。
重度化した患者さんにアプローチする際には、前準備として身体調整を行い、頸部、僧帽筋、肩甲骨などの緊張を緩め、適切なポジショニングクッションなどで適宜にポジショニングを行う必要性を強く感じています。
まず、姿勢が整うと口腔へのアプローチが容易になります。また、首枕などで頸部を安定させることで嚥下機能を良好に導くことができ、頸部伸展が改善されると口腔機能の協調運動が出て自己喀出が可能になります。
加えて、下肢を安定させ上肢をクッションなどで支えると首や肩の緊張が緩和され口腔周囲筋の緊張の緩和も促すことができます。そして、これらのことが整うと呼吸が整ってきます。呼吸は飲食や喋ることと関係が深く、見落としてはいけないポイントの1つです。
ただし、重度の患者さんに関わる場合には、理学療法士や作業療法士など他(多)職種と連携し、学びながらアドバイスをいただくことが肝心です。高齢者は骨粗鬆症を患っている方も多く、また、訪問診療の現場では生命の危険と関わりのある患者さんがいらっしゃいます。他(多)職種から学ぶ姿勢を決して忘れてはいけないと思っています。

  • 歯牙が残存し、口腔ケアを行おうとすると顎を噛み締めて拒否するので口腔内が磨けないと依頼。
    図6 歯牙が残存し、口腔ケアを行おうとすると顎を噛み締めて拒否するので口腔内が磨けないと依頼。
  • ポジショニングクッションを使って姿勢を整えると開口し、口腔内へのアプローチが容易になる。
    図7 ポジショニングクッションを使って姿勢を整えると開口し、口腔内へのアプローチが容易になる。
  • パーキンソン病特有の筋緊張が強く身体調整後、ポジショニングクッションで上肢を支え呼吸を整える。
    図8 パーキンソン病特有の筋緊張が強く身体調整後、ポジショニングクッションで上肢を支え呼吸を整える。

■「学びに来ました」と心から思って

私は今でも訪問診療に出向く際には「他人の城へ行くのだ」という意識を必ず持つようにしています。それが他職種連携を成立させ、食べられる口づくりを実現する口腔ケア・口腔リハビリの最初の一歩になると考えているからです。
30数年前、初めて高齢者の訪問診療に出向いたとき、他職種の反応は冷ややかでした。それは口腔ケアの大切さが世の中に知られていない時代背景以上に、自分の中に驕りがあったためです。多忙を極める介護・看護や医療現場に、介護や医療・看護の実態を知らない歯科スタッフがやって来て、「口腔ケアをしてあげたい」と訴えても、それはただの思い上がりであり、現場の邪魔になるだけだったのです。
現在も私は休診日や空き時間を利用して訪問診療を行っています。これまで患者さんやご家族、他(多)職種の方々から多くのことを学びました。そして、皆さんから信頼していただけるように“必ず結果を出す”という覚悟を持って取り組んできました。ですから、今でも「学ばせてください」と心から思って、在宅医療の現場にうかがっています。

■ナラティブ(物語性)に寄り添いながら

歯科医療とは何かと問われれば、私は「生活を支援すること」と答えます。患者さんが最期の瞬間まで口から飲食ができ、お話ができ、暮らしが楽になるように支えること、それが私の役割だと考えているためです。
誤嚥性肺炎で入院した91歳の男性を往診したことがありました。その方は飲食を禁止されていましたが、口腔ケア・口腔リハビリを続けるとペースト食が食べられるまでに回復しました。その後、自宅へ戻り、私が訪問診療を続けることになりました。引き続き、口腔ケア・口腔リハビリを行い、古い義歯が適合するように修理を行い、ご家族が負担にならないペースト食の調理についてケアマネージャーと共に台所に入り、家族が召し上がる食事をミキサーを使って負担なく食形態を調整する調理法を娘さんに伝授しました。
ケアカンファレンスの折に娘さんが、こんな話をしてくださいました。病院で食べられないと聞かされショックだったこと。本人はもう一度、口から食べたいと願い、家族もそれを願っていたこと。そして、再び食べられるようになったのは保湿剤と「くるリーナブラシ」による口腔ケアのおかげだと思っていること。
そんなふうにご家族は思われるのかと、私自身も勉強になりました。その後、その男性(お父様)の奥様が病院で亡くなられました。口腔内や咽頭には痰が詰まり、血餅もあったそうです。私に訪問診療に来て欲しかったようですが、入院先は私と関わりのない病院だったため、許しが出ず希望に沿うことができませんでした。そこで娘さんは「くるリーナブラシ」を使って、自力で口腔ケアを行ったそうです。そして、最期はいい呼吸をして亡くなったということでした。食前に必ずお父様の口腔ケア・口腔リハビリを習慣づけてくださった波及効果でした。地域包括ケアのやりがいに繋がった結果です。
こうしたエピソードによって私自身だけでなく当院の歯科衛生士も育てられ、生かされています。医療に理論や学術的なことやエビデンスは欠かせませんが、患者さんの人生の「ナラティブ(物語性)」に寄り添うことで深まる気づきや体験があります。そして、ナラティブに寄り添うことで可能となる生活支援があります。その先に患者さんやご家族の本当に喜ぶ姿があるのではないかと感じています。
丸森賢二先生や加藤武彦先生の愚直なまでに結果を求める姿に多くのことを学びました。歯科医師として未熟だった私を育ててくださった二人の師、患者さん、ご家族、他職種の方々への恩返しのために、これからも生活を支える歯科医療の実践に専心したいと考えています。

  • 体幹を整えてからの口腔ケア・リハビリは患者さんと術者の呼吸と気持ちが協調し合い幸せなひととき。
    図9 体幹を整えてからの口腔ケア・リハビリは患者さんと術者の呼吸と気持ちが協調し合い幸せなひととき。
  • ご家族、ヘルパー、栄養士、看護師らに見守られながら食事の形態を口腔機能に合わせて調整しながら食事時間を共有。
    図10 図9の後、ご家族、ヘルパー、栄養士、看護師らに見守られながら食事の形態を口腔機能に合わせて調整しながら食事時間を共有。
  • 昨年11月の加藤塾での一コマ。加藤武彦先生との出会いが、食べられる口づくり探求の第一歩だった。
    図11 昨年11月の加藤塾での一コマ。加藤武彦先生との出会いが、食べられる口づくり探求の第一歩だった。

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