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DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

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〜多職種と共に高齢者の生活を支える〜8020の先を見据えた歯科医療の在り方
全国訪問歯科研究会 鳥取県境港市 あい・あだちデンタルクリニック院長 足立 融

■目 次

足立先生「歯があることで在宅高齢者が苦しむことがある」そんな話をご存じでしょうか。20数年前から予防歯科と訪問診療を実践する足立融先生は、歯科医院におけるメインテナンスの姿勢に疑問を投げかけます。
高齢化率29.7%(2015年総務省「国勢調査」より)と全国平均を上回る鳥取県で活動する足立先生に、在宅における高齢者の口腔事情と地域での取り組みについてうかがいました。

歯が悲劇をもたらす在宅現場
8020達成者が2016年に初めて50%を超えました。これは多くの歯科医院で定期的なメインテナンスが行われるようになったことと無縁ではないでしょう(図1)。この数字は一見、歯科医師にとっても患者さんにとっても喜ばしいことのように思えます。しかし、果たしてそうでしょうか。皆さんは、高齢となり、通院されなくなった患者さんがどのような口腔状態で亡くなるのかを想像したことはありますか。
ある日、回復期リハビリテーション病院の看護師より緊急のメールが届きました。そこには口唇を噛み込まれて裂傷となった患者さんの画像が添付されていました。この方は脳梗塞後遺症により左麻痺となり回復期に入院されていました。翌日、病院に駆けつけ歯牙を削合、あわせて主治医に抗菌剤の処方を依頼しましたが、その4日後、左側下口唇が壊死しそうになっていました(図2)。
また、こんな患者さんとも出会いました。60代までう蝕が1本もなかったのですが、パーキンソン病を患い、歯科医院への通院が困難になりました。自身で歯ブラシや嗽口ができず、やがて根面カリエスで歯冠が次々に折れ、さらにはすべての歯が有髄歯だったため、介護の方がブラッシングする度に非常に苦しまれていました。
2人の共通点は「健康な歯」です。頑張って維持してきた「健康な歯」が悲劇をもたらしたのです。
口腔内は他人の目に触れにくく、自らケアができなくなったとき、まじめにメインテナンスに通っていた方であっても容易に口腔内は崩壊します。さらには、健康な歯だったからこそ、歯が自らを傷つける凶器となり、そこから摂食困難につながることがあります。また、歯があることで口腔管理が困難となり、それが原因で誤嚥性肺炎を引き起こすこともあります。訪問診療の現場ではそうした患者さんと少なくない頻度で出会います。超高齢社会で、どう対応すればいいのでしょうか。

  • 年齢階級別20歯以上有する者の割合の推移。(厚生労働省:平成28年歯科疾患実態調査より)
    図1 年齢階級別20歯以上有する者の割合の推移。
    (厚生労働省:平成28年歯科疾患実態調査より)
  • 脳梗塞の後遺症左麻痺で口唇を噛み込んでしまった患者さん。
    図2 脳梗塞の後遺症左麻痺で口唇を噛み込んでしまった患者さん。

歯を残すことが最終目標ではない
そもそもメインテナンスの目的とはなんでしょう。
近年、「健康寿命の延伸」を阻害する「フレイル」が注目され、フレイル予防のためには適度な運動と口からしっかり噛んで食べ栄養を摂取することの重要性が知られるようになりました。その一助として健康な口腔機能が必要であり、そのためにう蝕や歯周病の予防が大切になります。つまり、健康寿命延伸の視点に立てば、歯を残すことは最終目標ではなく、その入り口の1つでしかありません。歯科は「むし歯をつくらないこと」「歯周病を発症させないこと」を着地点と考えがちですが、それは言うなれば、「歯科における歯のためのヘルスケア」に過ぎないのです。
本来、予防とは人をあらゆる角度から総合的に捉える、いわば全人的な取り組みです。その一環として歯科疾患の予防があり、その延長線上で生活支援の一部として生涯にわたる口腔管理があると考えます。
超高齢社会では8020を達成したあと、ピンピンコロリと最期を迎えられる方ばかりではありません。厚生労働省の社会保障審議会介護保険部会資料によれば、全国の高齢者のうち要介護者の割合は85〜89歳で50%、90〜94歳で71%、95歳以上で84%です。要介護となり、歯科医院に通えなくなったあとも患者さんの人生は続きます。むしろ、自立したケアができなくなったときにこそ、歯科の介入が求められます(図3)。ところが、通院できなくなると、それ以降は関わることができないと考える歯科医師が、残念ながら多いように思います。これまでメインテナンスの大切さを患者さんに伝えてきたのは誰でしょうか。咀嚼回復のために補綴治療を行ってきたのは誰でしょうか。かかりつけ歯科医院として一緒に健康な口腔を守ってきたはずの歯科が予期せぬ病気や事故をきっかけに離れていく。それは患者さんにとって助けが必要な時に、断崖絶壁から突き落とされるような状況となるのではないでしょうか。

  • 年代別の介護保険認定率(厚生労働省:社会保障審議会介護保険部資料より)
    図3 年代別の介護保険認定率。
    (厚生労働省:社会保障審議会介護保険部資料より)

「歯医者はお山の大将」と言われた初めての訪問診療
実は、私自身、もともと訪問診療への関心はあまりありませんでした。しかし、本連載Part1.の加藤武彦先生との出会いにより、訪問診療を行うようになり、当院におけるメインテナンス患者の増加と高齢者の増加を目の前に、歯科医療のエンドポイントを考えざるを得なくなりました。
初めて訪れた訪問診療先でのことです。介護や認知症について理解が足りなかった私は満足のいく治療が行えませんでした。すると、あるリハビリ職から「歯医者は診療室のことしか知らない」「お山の大将だ」と指摘され、返す言葉もありませんでした。このままでは「やり逃げになる」、そんな思いから、介護に関するセミナーなどに積極的に通うようになりました。
患者さんが通院できなくなる理由はさまざまです。認知症を患ったり、交通事故で怪我をしたり、あるいは大きなきっかけがなくても高齢者は通院できなくなることがしばしばあります。
口腔管理の介入がなくなった虚弱高齢者や要介護者は歯が残っていることで悲惨な状況を招き、介護職からは「歯がないほうがいい」という意見さえ漏れ伝わってきます。
そうとは知らず、歯科は歯を残そうとメインテナンスを患者さんに促します。実は、「歯医者は診療室のことしか知らない」「お山の大将」そうした言葉を耳にしたのは一度だけではありません。

地域に繋がる歯科医院を目指して
患者さんが継続的に口腔ケアをするには歯科医療者だけではなく、それぞれの現場にいるあらゆる方々に口腔管理や口腔ケアを担ってもらう必要があります。そのことを実感したのは、障がい児・者の施設で職員や家族に口腔ケアの指導を行ったときでした。
歯科医院の診療室では患者さんと直接向き合えるので、患者さんの口腔ケアに対するモチベーションを高めることで、口腔内をきれいに保つことができます。逆に、それができなければその人自身よくはなりません。
一方、施設や在宅の場合は、介護士さんや家族など、日常的に介護を行う他者のモチベーションが上がらなければ口腔内をきれいにすることはできないのですが、ひとりでもこれができると多くの方がきれいになるのです。当たり前のようなことですが他職種連携を考える上で大きな発見となりました。
在宅医療の現場では、他者との関わりが欠かせません。どういった職種の人がサポートをするのかを知らなくてはなりません。そのためには福祉システムを知る必要があり、地域社会を知る必要があります。歯科として何かをやるというよりも、多職種連携と地域社会の枠組みの中に自らを置くことで、はじめて高齢者のヘルスケアの一役を担える存在になれると感じています(図4)。
2000年には在宅に携わる各職種と円滑な連携が図れるように、鳥取県西部の医師会、歯科医師会、薬剤師会の三師会で、「西部在宅ケア研究会」を設立することとなり、発足メンバーに加わりました。
立場が異なる職種同士が課題を抽出しながら解決策を講じるにはface to faceの関係性が必要です。例会では医療や介護に関するさまざまなテーマの講演とディスカッションを行い、活発な意見交換を行っています(図56)。
さらには、歯科が地域の他職種と繋がるために、「口腔ケア道場」と命名した会を開きました。現場で口腔ケアを行う他職種の研鑽のため、そして、地域で歯科衛生士がさらなる活躍ができるように色々な職場(病院・診療所・施設・在宅など)で働く歯科衛生士同士の連携を強めるために設立した会です。この会は、今では地区歯科医師会の事業として行われています。

  • 在宅医療の主治医
    図4 在宅医療の主治医(医師)が連携を必要とした診療科は「歯科」が最も多い。
  • 「西部在宅ケア研究会」例会の様子
    図5 「西部在宅ケア研究会」例会の様子① 1つのテーブルにさまざまな職種が座るように配置することで、お互いの距離がより近くなる。
  • 「西部在宅ケア研究会」例会の様子
    図6 「西部在宅ケア研究会」例会の様子② 他職種により活発なディスカッションが行われ、各テーブルの代表者が集約された意見として全体の場で発表する。

かかりつけ歯科医としての覚悟
少子高齢化がより一層深刻化する現在、各地で地域包括ケアシステムの構築を目指し、保健・医療・介護・住民が一体となり、地域ぐるみで高齢者を支えようとする動きが活発化しています。診療室の中だけの「お山の大将」で良いとは、私には思えません。
米国老年医学会では、ターミナルケアにおいて人工的な栄養投与はほとんどの症例で患者のためにならず、適切な口腔ケアを行い、小さな氷のかけらによる水分補給をする程度が望ましいと述べています。かかりつけ歯科医院として、当院のことを信頼し、長期に渡ってメインテナンスに通ってくれた方々に対して、通院できなくなったあとも食を支え続け、そして、安らかな最期を迎えてもらうためにかかわりあい続けること。それがメインテナンスに通う患者さんに対する責務であり、その覚悟が必要だと思います。
2025年には団塊の世代が後期高齢者となります。8020運動のその先に何があるのか。そのことを見据えながら歯科として地域医療の貢献について今一度考える時期に差しかかっている…日々の訪問診療を通じて、そんなことを切実に感じています。

座談会地域包括ケアシステムにおける歯科の役割 in「西部在宅ケア研究会」例会後の座談会より

鳥取県西部の医師会、歯科医師会、薬剤師会が後援する「西部在宅ケア研究会」の例会には、在宅介護サービスに関わるあらゆる職種が参加します。世話人として足立先生も18年前の発足時から携わる同研究会。3月14日の例会後、参加者に地域包括ケアシステムにおける歯科の役割について尋ねました。

高見徹高見徹さん(日南病院名誉院長)
食は健康の源なので在宅の現場に歯科の先生ももっと積極的に関わって欲しいと思います。本当に期待しています。さまざまな職種が顔を合わせて関係性を築くことは団塊の世代が元気な今が最後のチャンスです。この機会を逃すと在宅現場はますます混乱を来たし、連携もハードルがより高くなるのではないかと危惧しています。

野坂美仁野坂美仁さん(鳥取県西部医師会会長)
私たちが欲しい情報は、この間まで歯科医院に通っていたのに来院しなくなった患者さんの情報です。歯科は定期的に患者さんが通うため、いち早く体調の変化や認知症の初期症状に気づきやすいはずです。そのタイミングで医科が積極的に介入することで未然に防げることがたくさんあります。

奥谷剛奥谷剛さん(米子市役所福祉保健部次長兼長寿社会課長)
米子市としても口腔機能の維持が健康長寿につながるということで、歯科領域は大きな要素と捉えています。西部在宅ケア研究会はさまざまな現場の声を知ることができる貴重な場だと感じていますので、今後も市としてすすんで参加し、議論に加わっていきたいと考えています。

小椋善文小椋善文さん(作業療法士/米子市役所長寿社会課)
近年は高齢者でも歯に対する関心を持つ方が増えています。しかし、介護現場では摂食嚥下が問題となることが多いんです。むし歯のことだけではなく、摂食嚥下についても地域住民の方たちに自発的に考えてもらえるような風潮が醸成されるといいなと思います。

竹内真理子竹内真理子さん(境港市長寿社会課課長補佐兼地域包括支援センター所長)
現在、境港市では足立先生にお世話になりながらフレイル予防の事業に本格的に乗り出しています。その中で住民からよく上がる声は「『口』について知らなかった。これからは気をつけたい」というもの。こうした意見はとても多くあり、歯科の先生と一丸となって取り組むべき課題がたくさんあると感じています。

佐々木真美子佐々木真美子さん(境港市福祉保健部長)
多職種が集まる場を作ることで、それぞれの立場の意見が出て、解決策が見つかることがあります。行政だけまたは医療だけが単独で走るのではなく、お互いに連携しながら、そしてそこに住民も加わりながら、地域包括ケアシステムが構築できたら、今よりもいい形が見えてくるのではないでしょうか。

ルポ訪問診療の現場に密着

足立先生が訪れる社会福祉法人「こうほうえん」各施設での訪問診療に同行しました。3月15日、午前9時半、施設に到着してから向かった先は言語聴覚室。ここが即席の診療室となり、最初の診察が始まります。

不可欠な言語聴覚士との連携
大きな声でゆっくりと患者に話しかける足立先生。施設職員である歯科衛生士の香川由美さんに加え、言語聴覚士の執行誠二郎さんも口腔内を照らす懐中電灯を手に歯科助手として参加する(図78)。
驚くのは言語聴覚士の執行さんが歯科用語を理解しながらスムーズに治療をアシストしている点だ。「香川さんが間を取り持ってくださるので、なんとかできています。ただ、新人の頃から足立先生の診療に携わらせていただいているので、これが当たり前という感覚もあります」と執行さん。
感覚障害による口腔内に起こる様々な問題、嚥下に必要な舌や頰の口腔リハビリについてなど、直接的な治療の話以外にも執行さんは足立先生にさまざまな相談をする。
足立先生は言語聴覚士との連携について次のように語る。「在宅現場では摂食嚥下に問題を抱えた患者さんがほとんどです。なので、言語聴覚士の方と近しい関係性を築き、義歯の治療などでも、ともに助け合って診療をすすめます」。

  • 香川さんは「こうほうえん」に勤務し、「口腔ケア道場」の講師もつとめるベテラン歯科衛生士。もちろん他職種からの信頼も厚い。
    図7 香川さんは「こうほうえん」に勤務し、「口腔ケア道場」の講師もつとめるベテラン歯科衛生士。もちろん他職種からの信頼も厚い。
  • 言語聴覚士の執行さんとの絶妙なコンビネーション。お互いをリスペクトし合うことで初めて親密な関係を築くことができる。
    図8 言語聴覚士の執行さんとの絶妙なコンビネーション。お互いをリスペクトし合うことで初めて親密な関係を築くことができる。

“口ありき”ではない介護現場
「治療を嫌がり、手が出る患者さんでも足立先生は受け入れてくださるので助かっています」そう話すのは香川さんだ。特に認知症患者の場合、診察自体を拒否することも多く、この日も拒み、診療ができない患者がいた。「無理に進めても良い結果は生まれません。認知症であっても時間や場の状況でほとんど治療はできます」と足立先生。
離床が困難な患者がいれば、当然、部屋まで足を運ぶ。その際には室内の現状復帰を心がけていると香川さんは話す。
「患者さんからも他職種からも信頼してもらうことが肝心です。部屋に入るときは動かした物を元に戻すという些細なことにもすごく気をつけます。また、介護現場は“口ありき”ではありません。口腔は体の一部のことなので、まずは患者さんの全身の様子を観察するようにしています」。

食べられる口づくりを目指して
訪問診療で一番多い相談が義歯に関するもの。その理由は「食べられる口をつくって欲しい」と患者本人が望んでいるからに他ならない(図9)。顎堤吸収が進んだ高齢者であっても堅固な吸着が得られるデンチャースペース義歯によって足立先生は多くの「食べられる口」を実現している。
「義歯が合わなくなると義歯の装着を諦めて食形態を落として栄養摂取をする向きがあります。しかし、それは<咀嚼嚥下>から<流し込む>に移行させているに過ぎません。また、きちんと飲み込むためには表情筋をはじめ、口腔・咽頭腔周囲の機能がしっかりしていないといけません。食形態が落ちるほど、噛む力も飲み込む力も衰えるので、結果的に悪循環となります。義歯を諦めるのは、いよいよの時です。食べてなくても義歯を入れておくことの意義はあるのですから」。
この日は朝からお昼すぎまで2施設にて7名の診療を行った。いずれの治療も義歯に関するものであった。休診日と午後6時の診療終了後に、訪問診療へと向かう足立先生。最期まで「食べられる口」の実現を目指し、足立先生の奮闘は続く。

  • 可搬式歯科用ユニットを病院内に持ち込み、義歯の調整を行っている様子。
    図9 可搬式歯科用ユニットを病院内に持ち込み、義歯の調整を行っている様子。

デンタルマガジン 166号 AUTUMN