日常臨床においてう蝕治療は最も頻繁に行われる処置の一つであるが、歯髄に近接するような進行したう蝕に遭遇することは珍しくない。そのような症例で修復処置を行った後に術後疼痛が生じることは、誰しもが経験したことがあるであろう。
そのような場合、歯髄への機械的刺激を最小限に留めながらう蝕の完全除去を行い、その上で適切な裏層材を充填することとなる。
修復処置後、疼痛が生じないよう最大限の努力をすることで、歯髄の保存を試みることが歯の長期予後にとって非常に重要である。
歯髄に近接した窩洞に対する裏層材として従来はグラスアイオノマーセメントを使用することが主流であったが、最近では操作性、チェアタイム、審美性や修復物の接着性などの観点からフロアブルコンポジットレジンが裏層材として多く用いられるようになっている。
しかしながら一般的にフロアブルコンポジットレジンは流動性を得るためにフィラーの含有量を少なくしており、ペーストタイプのコンポジットレジンに比べ重合収縮が大きくなる1、2)。
そのため生じたコントラクションギャップからの辺縁漏洩により、二次う蝕や術後疼痛などが生じることが長年議論されてきた3〜5)。
サンメディカルから発売されている『バルクベース』および『バルクベースハード』(図1)は、三井化学により新たに開発されたLPS(Low Polymerization Shrinkage)モノマーにより、同社の従来のフロアブルコンポジットレジンと比較して低い重合収縮率と深い硬化深度を実現している(表2)。
本項では、この低重合収縮バルクフィルレジン『バルクベース』の特徴とその有用性を解説し、臨床例を供覧していきたい。
1. 術後疼痛の少なさ
修復処置後の疼痛を引き起こす主な原因として、歯質切削時に生じる摩擦熱、重合収縮による辺縁漏洩および歯質への残留ストレス、裏層材の重合熱などが挙げられる。
バルクベースに含まれるLPSモノマーは既存の重合性モノマーに比べて著しく低い重合収縮率を示し(表1)、さらにバルクベース自体の重合収縮率も、従来の同社フロアブルコンポジットレジンと比較しても低い値を示した(表2)。
さらにバルクベースライナーは水分の多い象牙質界面から優先的に重合する親水性重合開始剤(図2)を含み、う蝕影響象牙質への高い接着性を示す6)光重合型ボンディング材である。
このバルクベースライナーと低重合収縮性フロアブルコンポジットレジンの組み合わせにより、辺縁漏洩や歯質への残留ストレスを軽減することができ、術後の疼痛や二次う蝕のリスクを低減することが期待できる。
また4〜5度の歯髄の温度上昇により歯髄組織の壊死が起こり始めることは既知の事実である7)。そのため、う蝕処置において歯質切削時に生じる摩擦熱、裏層材の重合熱や光照射器の熱による歯髄の温度上昇は、術後の疼痛に直接的に関係する。
バルクベースの重合熱を示差走査熱量計により測定したところ、従来の同社フロアブルコンポジットレジンと比較して低い値を示したことから(表3)、重合時の熱による歯髄への刺激が低く、術後の歯髄炎発症のリスクを低減することにつながると考えられる。
さらにバルクベースの持つ高い光硬化性により光照射回数を減らすことで、照射時の熱による歯髄へのダメージも低減されると考えられる。
2. 良好な操作性
従来のフロアブルコンポジットレジンであれば、大きな窩洞に対して重合収縮の影響を軽減させるため、何度も積層充填を繰り返さなければならなかった。しかしバルクベースは重合収縮が非常に少なく光透過性が高いため、一度に多くの充填(4ミリまで)を行うことが可能であり(図3)、チェアタイムの大幅な短縮に繋がる。
またバルクベースにはハイフローおよびミディアムフローの2種類があり、様々な症例に対しても適切な操作性を得ることが可能である。
バルクベースに比べて高強度のバルクベースハードは、ローフロータイプで垂れも少なく(図4)、強度や耐摩耗性が必要な場面で有用であり、さらにバルクベースに比べて切削感が硬く、緻密な窩洞形成が比較的行いやすい。
3. ハイコストパフォーマンス
一般的にフロアブルレジンはペーストタイプのコンポジットレジンと比較して高価であるが、バルクベースは大容量シリンジを採用しており、従来の同社製品と比較しても容量単位あたりの価格は安価である。
裏層材としてはもちろんのこと、根管治療時の隔壁形成など多量にフロアブルコンポジットレジンが必要で、辺縁漏洩を極力避けたい症例などでも非常に使いやすい。
患者は下顎右側第一大臼歯部のインレー脱離を主訴に来院された。窩洞にはベースセメントが裏層材として充填されており、その周囲にはう蝕が認められた(図5)。デンタルX線所見として、既存の裏層材が髄角近くまで充填されていることが確認できた(図6)。
まず始めに浸潤麻酔下にて既存の裏層材の除去を行った後に(図7)防湿のためラバーダムを装着し、ラウンドバーおよびスプーンエキスカベータにて慎重に感染歯質の完全除去を行った(図8)。
バルクベースライナーにて歯質の接着処理を行い、光照射を行った。このような比較的小さな窩洞に対してであればバルクベースの特性上一括での充填が可能であるが、術後疼痛のリスクを少しでも避けるため、一層目は歯髄に近接した部分に2ミリ程度の厚みで充填・光照射を行い(図9)、2度目の充填で窩洞を完全に封鎖した。その後ホワイトポイントで形態修正し、シリコンポイントにて表面研磨を行った(図10)。
1週間の経過観察の後、疼痛および不快症状が認められなかったため、ダイヤモンドポイントにて窩洞形成を行い(図11)印象採得を行った。セラミックインレーをレジンセメントにて装着したが、術後の疼痛や不快感などもなく、現在のところ経過良好である(図12、13)。
患者は下顎右側第一・第二大臼歯部の冷水痛および審美障害を主訴に来院された。メタルインレーが装着されていたが、エキスプローラーにてマージン部の不適合が認められた(図14)。デンタルX線所見として、修復物周辺と隣接面に透過像が認められた(図15)。
既存のインレーの適合状態から見ても、修復装置の適合不良による辺縁漏洩および二次う蝕が疑われた。インレー除去後(図16)、浸潤麻酔下にて感染歯質および裏層材の除去をダイヤモンドポイントおよびラウンドバーにて行い、歯髄に近接した部位はスプーンエキスカベータにて慎重に感染歯質の除去を行った(図17)。
窩洞が非常に大きく、セラミックインレーによる修復を予定していたため、バルクベースハードにて裏層を行った(図18)。
本症例においてもラバーダムにて防湿を行った後に、術後疼痛の可能性を少しでも低減させるため、窩底の歯髄近接部位のみ2ミリ程度の充填・光照射を行い、その後、2回の充填操作で窩洞の完全封鎖を行った。
その後疼痛もなく経過良好であったため、ダイヤモンドポイントにて窩洞形成後(図19)、印象採得を行い、セラミックインレーをレジンセメントにて装着した(図20)。
このような症例では全てのフィニッシュラインを歯質に求めることが重要であるが、窩洞をエアーで乾燥させることで歯質とバルクベースハードの識別が容易にでき、フィニッシュラインへのレジン残留を避けることができる。
窩洞が大きく術前の症状があったにも関わらず術後の経過は良好で、疼痛や違和感などは認められなかった。
バルクベースは、低い重合収縮率と深い硬化深度を実現した画期的な裏層材であり、進行したう蝕のケースに対しても術後疼痛のリスクを軽減し、歯髄保存の可能性を高めることができる。
さらにう蝕影響象牙質への高い接着性を示し、バルク充填によりチェアタイムを短縮できることからも、日々の臨床において有用なマテリアルである。