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前歯でも噛める総義歯とは?河原メソッドとの出会いとNSTの取り組みについて
岡山県赤磐市 こしむねファミリー歯科医院 院長 越宗 紳二郎

院長 越宗紳二郎理想の総義歯とは何でしょうか。近年、高齢者医療の現場で注目を集める「栄養サポートチーム(NST:Nutrition Support Team)」に今年6月から参加され、河原英雄先生が主宰する「前歯でも噛める入れ歯研究会」のインストラクターとしても活躍する越宗紳二郎先生に、NSTの取り組みとともに、高齢者が本当に望む総義歯とは何かについてうかがいました。

■高齢者と触れ合う楽しさ

訪問診療を行っていると、コーヒーをご馳走になったり、採れたての野菜をいただいたりすることがあります。おじいちゃんやおばあちゃんたちとの、こうした触れ合いはとても楽しいものです。
訪問診療のもうひとつの楽しみがドライブです。あるときは舗装されていない急勾配の山道を走ります。玄関先で折りたたみテーブルを広げ、車から電源を取って歯科用電気エンジンへとつなぎ、即席の作業場が完成します。ときにはその作業場が、介護ベッドの隣に設置したポータブルトイレの上ということもあります。
在宅では医療的な環境が整っていないなど、外来と違った苦労が多いのは事実です。
しかし、通院できないために噛んで食べることを諦めていた患者さんが治療を終えて笑顔になられたとき、険しい山道の往復も楽しいドライブとなるのです。

■他職種の口腔に対する意識

近年、食欲低下の患者さんや栄養状態の悪い患者さんに対し、医師や管理栄養士、看護師などがチームを組み、栄養について総合的に管理するシステム「栄養サポートチーム(NST:Nutrition Support Team)」がさまざまな病院で設置されるようになりました。私自身も今年の6月から赤磐医師会病院のNSTに参加しています。同病院には歯科がなく、歯科医師としては私が初めての参加となります。
構成メンバーは外科医、管理栄養士、看護師、言語聴覚士、薬剤師、そして私。週に一回、カンファレンスがあり、入院患者さんの栄養に関するカンファレンスの後、全員で病室を訪問してアセスメントを行います。
同病院のNSTに参加されている先生方は口腔に対して非常に高い関心を持たれています。
しかし、他職種の方と接して感じることは、口腔への関心そのものがない方がまだまだ多くいらっしゃるということです。歯科から他職種にアプローチをする際には、そうした状況を踏まえる必要があるのではないかと思っています。

■小さな交流の積み重ね

NSTの先生方が口腔への関心が高いとは言え、歯科の知識を十分に持ち合わせているわけではありません。私自身も医科については知らないことばかりです。
カンファレンス中に聞きなれない単語が出てくることもあり、そうした場合には、その都度、質問をするように心がけています。
逆に、私も皆さんの前では「デンチャー」とは言わず、「入れ歯」と言うようにするなど、専門用語を使わずに意思疎通を図る努力をしています。
なぜなら、ちょっとした行き違いや知識不足によって、満足のいく結果が得られない、ともすると重大な事故につながってしまう、訪問診療の現場ではそうしたことが容易に起こり得るからです。
恥ずかしいけれども、分からないことを分からないままにしておかず、質問が行えるかどうか。少しでも疑問があれば、それを確認できるかどうか。それには顔を突き合わせた関係性が欠かせません。
実は、NSTの先生方とは以前より勉強会などでお会いする機会がありました。そうした小さな交流の積み重ねが、NSTへの参加につながったものと思っています。

■河原メソッドとの出会い

私が初めて訪問診療に携わったのは大学院生のときでした。当時は歯科の訪問診療が注目され始めたばかりの時期で、先生方もまだまだ手探りのような状態で診療を行っていたと記憶しています。
訪問先ではデンチャーに関する依頼が多く、私自身、デンチャーへの関心が強かったこともあり、次第にこの分野にのめり込むようになりました。
しかし、経験と比例するように、いくら調整を試みても義歯が適合しない患者さんと出会う機会が増えていきました。
上手くいくときといかないとき、そこにはどんな違いがあるのだろうか。何か改善策はないのだろうか。そんな悩みを抱えているときに出会ったのが河原英雄先生でした。
河原メソッドはリマウント法でフルバランスの調整をする技法を誰もが行えるように簡略化させたテクニックで、保険適用内であってもしっかりと噛める総義歯を製作するための調整法です。誰にでもすぐに実践でき、前歯で噛むことに着目していることも特筆すべき点です。
では、なぜ、前歯で噛むことが大切なのでしょうか。それは日本人の食文化が「箸の文化」だからです。「ナイフとフォークの文化」の場合、肉や野菜は皿の上である程度小さくしてから口の奥へと運び入れます。
ところが、箸の文化では前歯で噛み切る動作が必要となります。それゆえに、前歯でも噛めることに着目しているのです。
初めて河原先生の講演を拝聴したとき、眼の覚めるような思いがしました。それは河原メソッドが患者さんにとって理想的な調整法であること以上に、河原先生の歯科医師としての姿勢に心を動かされたからです。
河原メソッドの根底には、どんな患者さんであってもしっかり噛んで食べられる口腔環境を整え、口腔機能を維持・回復させること、それこそが歯科医師のあるべき姿だという信念が流れています。
そして、そんな河原先生の思いを知れば知るほど、噛んで食べることの大切さを私自身が忘れていたのだと気づかされたのでした。

■歯科医師の技量が試されるフードテスト

総義歯の患者さんの中には「何でも食べられる」とおっしゃる方がいます。しかし、よくよく尋ねると、食べられる範囲内の物なら「何でも食べられる」という意味であり、決して、硬いピーナッツや肉を前歯で噛んで食べられるわけではないことがわかります。
河原先生のセミナーでは治療が終わった後、咬合調整の評価をするために、薄く切ったリンゴやピーナッツなどでフードテストを行うように必ず指導されます。咬合紙によるチェックだけでは、しっかり噛んで食べられる総義歯が製作できたか否かの判断ができないためです。
フードテストを行わなかった場合、いざ食事を摂ると痛くて噛めないということが起こり得ます。すると再来院となり、再び咬合調整を試みて……そうしたことを繰り返すうちに、本当は調整が上手くできていないという歯科医師側の問題であるのにも関わらず、「しばらく使えば慣れますよ」とその場を繕ったり、「その食べ物を食べるのは止めましょう」と食形態を落とすことにつながったりしかねません。
実は、河原先生は、「フードテストは患者さんが歯科医師をテストする瞬間である」とおっしゃっています。確かにそれは、もっとも怖い瞬間でもありますが、本当に必要とされる総義歯を製作するには欠かせない工程でもあります。

■ダイナミックな変化と最前線の現場

情熱を持って行動すること、それが私の信念です。訪問診療や義歯治療は決して最先端の医療ではなく、地味で根気のいる仕事です。そのため、ときには情熱が消えてしまいそうになることもあります。
けれども、歯科治療がきっかけで寝たきりだった方が元気に歩くようになるなど、とてもダイナミックな変化が感じられる分野でもあります。
また、本格的な超高齢社会を迎えた日本にとって最前線の現場であり、社会から確実に求められている分野でもあります。
そして、おじいちゃん、おばあちゃんの笑顔に触れる度に感じることは、やはり楽しい仕事だということ。これからも器材と情熱を車に積み込み、患者さんに寄り添いながら、ともに笑う、そんな「楽しいドライブ」を続けていきたいと思っています。

  • 岡山県赤磐市の「こしむねファミリー歯科医院」。院長の越宗紳二郎先生の信念は『情熱と行動』。
    岡山県赤磐市の「こしむねファミリー歯科医院」。院長の越宗紳二郎先生の信念は『情熱と行動』。
  • 患者さんの自宅玄関前で、ワンボックスカーのトランクから必要器材を取り出し、義歯調整のための即席の作業場が完成。
    図1 患者さんの自宅玄関前で、ワンボックスカーのトランクから必要器材を取り出し、義歯調整のための即席の作業場が完成。
  • 義歯調整中の越宗先生。いつも穏やかで笑顔を絶やさない。
    図2 義歯調整中の越宗先生。いつも穏やかで笑顔を絶やさない。
  • 河原メソッドのリマウント法を使って義歯咬合面の調整を行う。
    図3 河原メソッドのリマウント法を使って義歯咬合面の調整を行う。
  • 調整した義歯を入れると患者さんの表情や目の輝きが一変。「訪問診療をやっていて良かった」と思える瞬間。
    図4 調整した義歯を入れると患者さんの表情や目の輝きが一変。「訪問診療をやっていて良かった」と思える瞬間。
  • 赤磐医師会病院でのNSTカンファレンスの一コマ。毎週1回こうして多職種のスタッフが集まり栄養摂取の状態について話し合う。
    図5 赤磐医師会病院でのNSTカンファレンスの一コマ。毎週1回こうして多職種のスタッフが集まり栄養摂取の状態について話し合う。
ルポNSTの現場に密着

赤磐医師会病院で週に1回実施されるNSTカンファレンス。この日、報告に上がったのは、転倒による左大腿骨頸部骨折がきっかけで今年4月以降、他院を含めて入退院を繰り返している高齢の患者さん。同病院へは3回目の入院となる今回、以前よりも顕著に食欲が低下したため、NSTで関わることになりました。

■SGAなどを活用したカンファレンス

まずは担当医から患者さんの状態が説明される。「人工骨頭置換術のあと、脱臼してしまい、人工股関節を外しました。認知症があり、あまりコミュニケーションが取れません。以前の入院ではよく食べていましたが、今回からなぜか食欲がなく、嚥下食に。家族は現在、積極的な治療を望まれていません。入院当初は在宅に帰る希望があり、食事も少しは摂れていました。『帰宅できるように私たちも頑張ります』という一言があるだけで、家族の前向きな気持ちを引き出せることがあります。なので、この時点で何かできることはなかったのかと感じます」。プロジェクターには投薬履歴などのほか、「主観的包括的アセスメント(SGA:subjective global assessment)」が写し出される。SGAとは体重変化や食物摂取状況などから栄養評価を示す指標のこと。これらの情報をもとに意見交換を行い、その後、全員で病室を訪問する。

■基本は急ぎ過ぎないこと

「歯医者の越宗です。お口の中を見せてください」とゆっくり話しかけると、傾眠傾向のある患者さんの口が開いた。「さすが歯科の先生だ」とNSTメンバーから感嘆が漏れる。越宗先生に尋ねると「ちょっとしたテクニックがある」と言う。「脱感作というケアの手法でもあるのですが、基本は急ぎ過ぎないこと。いきなり口の中を触るのではなく体の遠心から触れて、脱水症状がないかなどを観察しながら、だんだん口に近づくようにしています」。越宗先生の見立てではカンファレンスで見聞きしていたよりも良好だったという。「こちらが歯医者だと理解し、問いかけにも応え、義歯も嚥下もそれほど問題はありませんでした」。
義歯は可能な限り装着して過ごすこと、元気な頃は晩酌が好きだったことから、スルメなどで咀嚼の練習をすることなどを提案する越宗先生。「いくつかの病院を入退院する中で、なぜ食べられないかを探らずに絶食と診断され、点滴に移行し、余計に食欲が低下したのかもしれません。口腔のことを診断できる先生がいないと、『誤嚥したから絶食しよう』という発想にすぐになってしまうことがあります」。
ほかのメンバーによる評価も終わり、今後は食形態を少し上げることとなった。「義歯はリハビリの道具でもあるので、少しずつ咀嚼の訓練をしていけば、食べられるようになる可能性があります」と越宗先生。

■ベストよりもベター

NSTの回診のあと、同病院の別の入院患者さんを訪問。治療内容は前歯のブリッジの調整である。スマートフォンの写真機能などを活用しながら、手際よく治療を進める越宗先生。「高齢者を相手に長時間の治療は行えません。訪問診療の現場ではベストよりベターを選ぶことも、ときには大切になります」。
治療が終わり、ベッドに腰かけた患者さんは「入院中に治してもらえるなんてありがたい」と、しきりに感謝を述べていた。大きな声で「お大事に」と声をかけ、この日の訪問診療は終了した。

  • 今回のNSTカンファレンスでは、認知症がありコミュニケーションが困難な患者さんがテーマ。栄養状態が急に悪化した理由や今後の対応について、様々な意見交換がなされる。
    図6 今回のNSTカンファレンスでは、認知症がありコミュニケーションが困難な患者さんがテーマ。栄養状態が急に悪化した理由や今後の対応について、様々な意見交換がなされる。
  • NSTカンファレンスの後、議題にあがった患者さんを全員で訪問。医科の先生方にとって口腔の専門家である歯科医師のテクニックは大きな助けになる。
    図7 NSTカンファレンスの後、議題にあがった患者さんを全員で訪問。医科の先生方にとって口腔の専門家である歯科医師のテクニックは大きな助けになる。
  • NSTの回診のあと、別の入院患者さんを訪問。手際よくブリッジの調整を行う。
    図8 NSTの回診のあと、別の入院患者さんを訪問。手際よくブリッジの調整を行う。