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届け出、訪問先開拓、仲間作りゼロから始める訪問診療

愛知県豊橋市 医療法人正眼堂疋田歯科医院 疋田 涼

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■目 次

  • [写真] 愛知県豊橋市 医療法人 正眼堂 疋田歯科医院 疋田涼

    愛知県豊橋市
    医療法人 正眼堂
    疋田歯科医院
    疋田 涼

訪問診療を始めて5年目となる疋田涼先生。ノウハウゼロの状態から訪問先開拓を行い、今では多くの施設からの依頼が来るように。すべてが初体験の中で体制を築き上げていった疋田先生に、これから訪問診療を始めたいとお考えの先生方にとってヒントとなるようなお話をうかがいました。

■次世代の使命として

医院経営という意味においても、歯科の役割という意味においても、これからの歯科医院は多かれ少なかれ、訪問診療に携わらなければならないものと思っています。高齢化が進む中、訪問診療を行う先生が不足し、その状況はさらなる深刻化が予想されます。
当院は開業から34年になります。父が診てきた患者さんも高齢となり、来院することが難しい方が増えています。患者さんの顎口腔系を最後まで責任を持って診療すること。それが次世代である私の使命であると思っています。

■訪問先“ゼロ”からのスタート

そこで私が旗振りとなり、訪問診療を開始したのが4年前のこと。しかし、既存の訪問先はほとんどありません。そこで、“飛び込み営業”を行い、地域包括支援センターや高齢者施設をまわりました。門前払いにも遭いましたが、とにかく足を動かし、訪問先開拓を続けました。そうするうちに1人の患者さんを診る機会に恵まれ、そこで結果を出せたことが、次の患者さんへとつながりました。そんなふうにして、少しずつ訪問先を増やしていきました。

■訪問診療をやるべき時代に

訪問診療を行うと外来が診られなくなるなど、開業医の先生にとって不安は多いと思います。実際に、採算が合わずに道半ばで諦めてしまう先生も少なからずいらっしゃいます。
ただ、診療所の外には歯科医療を必要としている患者さんが確実に、そして大勢いらっしゃいます。その土地、その医院に合った方法さえ見つかれば、保険点数などの制度も少しずつ整ってきている現在、必ずしも医院経営が成り立たないことはないと考えています。
むしろ、今後も増え続ける高齢者の数を鑑みれば、訪問診療に携わらなければならなくなる開業医の先生は必ず増えるものと思います。そういう時代がすでに始まっているのです。
これは現場の人材不足を肌で感じている私の個人的な希望でもありますが、訪問診療に関心を持つ先生が1人でも多く増えることを願っています。私もまだ試行錯誤を重ねていますが、私の経験談が少しでもご参考になれば幸いです。

  • [写真] 会話を交わす際には、患者さんと同じ目線の高さにするよう心がけるようにしている
    会話を交わす際には、患者さんと同じ目線の高さにするよう心がけるようにしている。
  • [写真] 訪問診療では義歯に関する依頼や相談がもっとも多い。
    訪問診療では義歯に関する依頼や相談がもっとも多い。

訪問診療Q&A

訪問診療を始めるのにあたって必要なこと、大事なポイントを疋田先生にうかがいました。

Q.訪問診療を始めるには、まず何が必要ですか?

強みとなる“武器”でしょうか。歯科として提供できる強みがあると、患者さんや施設のスタッフさんからの信頼が得やすくなります。特に訪問先では義歯の相談や依頼が多いので、義歯治療に関する知識、技術は大切です。そのほか、高齢者医療制度や全身疾患、認知症についてなど、訪問診療ならではの知識を身につける必要もあります。そのためには、勉強会に参加されることをお勧めします。というのも、1人でできることには限界があるからです。歯科医院と訪問先との距離の問題や不得意な分野の症例など、そうした部分をフォローし合える仲間を作るためにも、勉強会への参加は大切だと思います。

Q.訪問先を開拓する際のコツはありますか?

相手にメリットを感じてもらえないと、長く付き合ってもらうのは難しいので、どんなメリットがあるのかを伝えるようにしています。例えば、歯科衛生士が高い技術で口腔ケアを行うことで施設にとって付加価値が上がること。患者さんは生活の質が向上すること。どういう保険点数がつき、それが売り上げにも貢献することなど、なるべく具体的にお伝えしています。
また、同じ話をどの施設にもやみくもにするのではなく、その施設がどんなことに力を入れているのか、どういうテーマならメリットを感じてもらえるのかを見極める必要もあります。そのためにも訪問先の下調べは欠かせません。

Q.どんな届け出が必要ですか?

保険請求のために必要な届出がいくつもあります。中でも「注13」と呼ばれる「歯科訪問診療料の注13に規定する基準」は必須です。厚生労働省のホームページなどによく目を通したほうがいいでしょう。
私は訪問診療を始めるのにあたって改訂ごとに出版される「保険請求」の分厚い本を読み込みました。制度は常に変化するので、今でも定期的に目を通すようにしています。

  • [写真] 歯科衛生士 兼松洋子

    歯科衛生士
    兼松 洋子

訪問診療を始める以前、外来の患者さんが寝たきりになり、往診に出向いたことがありました。
う蝕も歯周病も進行している状況を見て、歯科医療とのつながりがなくなると、こんなに悪化するものなのかと愕然としました。
継続的な関わりが必要であると強く感じていたところ、疋田先生から訪問診療を始めたいというお話があり、私も手伝わせていただくことに。
訪問診療では患者さんの生活の場に入っていきます。そのため、私たちの都合ではなく、すべてを患者さんに合わせることが肝心です。また、診療室と大きく違うのが環境です。部屋の明るさ、水道の使用の可否など、訪問先の環境を把握し、足りないものをどう補うのか。その準備の良し悪しで診療のクオリティも変わってきます。
訪問診療を始めて5年目となり、看取りの問題も出てきました。どんな最期を迎えたいのか。本人、家族、介護職、いろんな人たちの思いが錯綜するのが看取りです。
その中で、私たちがどこまで口を出していいのか。医療人として曲げてはいけない部分もあるので、最終末期の患者さんと接するときにはとても悩みます。
想像力を膨らませてあらゆる角度から検討し、相手に合わせながらも歯科としての確固たる軸を持つこと。そうした軸の構築が、私たちの直近の課題となっています。
Q.訪問診療を行う際の注意点は?

居宅では家族の意向だけで、本人が受診することに同意していないケースがあります。その場合は、口の中を触って欲しくない本人の気持ちと何とかしてあげたいと思っている家族の気持ち、そのジレンマをどう解消するのか、からスタートします。それこそ、診療らしいことは何もせずに帰ることも。一方施設では、施設職員がすでに説得されているケースが多いのですが、本人、家族、施設側と三者の希望の妥協点を見つけることが難しい場合があります。いずれにせよ、本人だけではなく、そのまわりの人々とのコミュニケーションを十分に取る必要があり、最初に何を目指して治療を開始するのかといったゴールを設定することが大切だと思います。
それから、ちょっとしたことではありますが、髪型も服装も最初に話しかける言葉も、私は常に同じにするように心がけています。それは「いつも来るあの歯医者が来た」と認識してもらうためです。例え認知症の患者さんであっても、「いつもの歯医者」だと分かると、診療に入りやすくなることがあるんです。

Q.準備すべき物はありますか?

忘れがちなのがゴミ袋。我々は場所を「お借りしているだけ」なので、ゴミはすべて持ち帰り、現状復帰するように心がけています。そういったところを施設の方やご家族もよく見ておられます。
訪問先とのお金のトラブルも気をつけなくてはなりません。訪問診療をこれから始める場合は、まったく新しい事業をやるんだという意識を持って、管理者・経営者として集金システムについて、診療を始める前に訪問先と決めたほうがよいと思います。

Q.他職種との連携で大切なことは?

できるようで意外とできないのが、大きな声で挨拶すること。挨拶がちゃんと相手に伝わっておらず、不審に思われてしまうことも実際にあります。施設職員とも患者さんとも信頼関係を築かなくてはいけないのに、それでは最初からつまずいてしまいます。
それから、私は自分から喋るようにしています。歯科は基本的に診療所内ですべてが完結するので、他職種との連携に不慣れな先生が多いように感じます。訪問診療の現場では、どの職種が偉いということはなく、事務職員も含めて、すべてのスタッフがそれぞれの専門性を持ち寄って、患者さんをよくするために働いています。歯科も仲間として認識してもらえるように、自分から門戸を開くように心がけるといいと思います。

Q.自院のスタッフとの連携で大切なことは?

情報共有ですね。「この施設ではこんな問題が起きている」など、些細なことでも知らないために診療がうまくいかないことがあります。なので、スタッフ間のコミュニケーションは密に取るようにしています。ミーティングを定期的に設けるだけでなく、普段の何気ない会話も大切にしています。

  • [写真] 歯科医師 山崎塁

    歯科医師
    山崎 塁

  • [写真] 診察中の疋田先生、山崎先生
    ちょっとした気の緩みが骨折などの重大な事故につながりかねないため、常の細心の注意が必要。
疋田歯科医院にお世話になってまだ数ヵ月の身ですが、訪問診療の現場では多くの学びを得ています。
例えば、義歯治療はデンチャーを入れることがゴールだと考えがちですが、患者さんの実生活に触れる訪問診療では、その先を見据えることが重要だと実感させられます。
また、診療中の事故を防ぐため、手の添え方1つにしても、より慎重でなくてはなりません。
訪問診療には、大きな感動や喜びがあり、「疾患ではなく、人そのものを診る」という医療人の心構えを学ぶ貴重な経験をさせていただいています。
  • [写真] 診察中の疋田先生、山崎先生
    ちょっとした気の緩みが骨折などの重大な事故につながりかねないため、常の細心の注意が必要。
Q.訪問診療を成功させる秘訣は?

今でも試行錯誤です。ただ、患者さんと話す視線を同じにするように心がけています。また、患者さんの性格にもよりますが、患者さんの孫や息子になったつもりで、フランクに接することもあります。
何よりも諦めない心が大切かもしれません。時間がかかったとしても何かできることがあるはずだと思って、諦めずに取り組むようにしています。

Q.記憶に残る失敗談はありますか?

たくさんあります。中でも総義歯の製作で認知症の患者さんから「もう来るな」と怒鳴られたことは忘れられません。おそらく学術的に失敗ではなかったと思うのですが、納得していただけなかった時点で私の力不足であり、まさしく失敗でした。
推測でしかありませんが、その患者さんの心情を読み取り切れなかったことが敗因ではないかと今は思っています。つまり、自分の気持ちや思いをまわりに理解してもらえずに、それが怒りとなって、こちらに向けられたのではないかと。
この経験以来、患者さんの背景にも配慮するようになりました。そして、患者さんの思いをしっかり理解するために、話だけを聞いて何もしないで帰ることが増えました。
とにかく患者さんは十人十色で、そこに至った経緯もそれぞれです。歯科における訪問診療はまだまだ確立されていない分野でもあります。私自身、これからもひとつひとつの課題と向き合いながら、そして諦めずに、精一杯取り組んでいきたいと思っています。

ルポ訪問診療の現場に密着

介護付き有料老人ホームでの訪問診療の現場に同行しました。

  • [写真] 施設の廊下を借りてリマウント作業を行う
    施設の廊下を借りてリマウント作業を行う。
  • [写真] ピーナッツを使ってフードテストを行う
    ピーナッツを使ってフードテストを行う。実際に前歯で噛んで食べられるか時間をかけて確認する。
口に合う総義歯が社会性の向上に

リマウントが終了した総義歯の最終確認のためにAさんの居室に訪問。96歳とは思えない快活な話しぶりが印象的なAさん。「初診時は『とにかく付けられる総義歯を』という要望でした。元気に話すこともできず、傾眠傾向の様子もありました」と疋田先生。
外れない総義歯が口腔内に入ることで発話がしやすくなり、顔貌も若々しくなる。そのため、社会性が向上するケースが多いという。

挨拶が次の患者につながることも

Bさんのリマウント作業を廊下で行っていると、時折、施設の利用者が横を通る。疋田先生はその際にも挨拶を欠かさない。「マナーでもありますが、存在感を示す目的も。歯科医師が来ていることがわかると『私も診て欲しい』と希望される方がいらっしゃるんです。これも営業の1つです」。
咬合調整後はリンゴとピーナッツでフードテストを行った。すべての診療を終え、疋田先生が病室を出ると、大きな声で喜び合う介護職員の声が聞こえてきた。Bさんは十数年来、硬い食べ物を一切口にできなかったからだ。
「生活が根本的に変わるので、ご本人だけでなく、ご家族や施設職員など、大勢の方が笑顔になるのが訪問診療のやり甲斐の1つ。外来と訪問診療、それぞれ違う喜びがありますが、特に若い先生にはどちらの喜びも知ってもらいたいと思っています」。

  • [写真] 施設の廊下を借りてリマウント作業を行う
    施設の廊下を借りてリマウント作業を行う。
  • [写真] ピーナッツを使ってフードテストを行う
    ピーナッツを使ってフードテストを行う。実際に前歯で噛んで食べられるか時間をかけて確認する。

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