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脳神経外科医や管理栄養士が所属する歯科医院~訪問診療の新しいスタイルを模索して~

広島県呉市 医療法人健真会 藤本歯科クリニック 理事長 藤本 文彦

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■目 次

  • [写真] 医療法人 健志会 ミナミ歯科クリニック 理事長・総院長 南 清和

    広島県呉市
    医療法人健真会 藤本歯科クリニック
    理事長
    藤本 文彦

広島県呉市に「栄養サポートチーム(NST:Nutrition Support Team)」を組織し、40人体制で訪問診療を行う歯科医院があります。決して、大きな町とは言えない同地域において、なぜ、これほどの規模で訪問診療を行うようになったのでしょうか。「藤本歯科クリニック」理事長・藤本文彦先生に、地方における高齢者医療の実際についてうかがいました。

■院内に多職種が所属するクリニック

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)から車で15分ほど、山々に囲まれた丘陵地帯に「藤本歯科クリニック」はあります。200前後の施設を定期的に訪問している同クリニックでは、実に40名にも及ぶ職員が働いています。
特筆すべきは職種の多さ。歯科医師や歯科衛生士はもちろん、脳神経外科医、看護師、管理栄養士、言語聴覚士といった多職種が所属し、栄養サポートチーム(NST:Nutrition Support Team)を組織しているのです。藤本文彦先生は次のように話します。
「近年、大きな病院では、入院患者に対してNSTなどで歯科が介入するケースが増えています。しかし、患者さんが退院して自宅に戻るとどうなるでしょうか。ケアマネジャーさんが歯科に関心がなければ、やがて口腔の健康は損なわれ、全身的な健康にも影響を及ぼす場合があります。在宅や地域の中で歯科との関係を失ってしまった患者さんに手を差し伸べることはできないだろうか。訪問診療を続ける根底にはそんな思いがあります」。
藤本先生が訪問診療を始めたのは1989年の開業直後、歯科医師会からの依頼で病院を訪問したことがきっかけでした。その後、2000年に介護保険制度が始まると、高齢者施設などの在宅にも出向くようになります。
「当初はいわゆる『往診』で、う蝕の治療や義歯の修理が中心でした。しかし、次第に口腔ケアや摂食嚥下リハビリの依頼が増え、現在ではそれが大半を占めています。2010年ごろに病院でのリハビリ経験が豊富な看護師を雇用したのですが、それが院内での多職種連携の始まりでした」。

  • [写真] 藤本歯科クリニックの外観
    藤本歯科クリニックの外観。建物右側のエントランスが外来用。駐車場の奥に「訪問ステーション」の専用入口がある。
  • [写真] 訪問診療へ向かう藤本先生とスタッフ
    可搬式歯科用ユニットをはじめ必要器材を用意し、いざ出発。
  • [写真] 訪問診療専用の自動車
    訪問診療専用の自動車は全部で8台。管理やメインテナンスの煩わしさから、最近、すべてリースにした。

■2025年問題を目前にして

[写真] 藤本歯科クリニックのスタッフボード
藤本歯科クリニックでは、総勢40名のスタッフが地域の健康管理のために日々奔走してい る。

藤本歯科クリニックでは摂食嚥下に関する問い合わせが多く、九州地方など遠方からも問い合わせが来るそうです。
「『亡くなる前に1回でもいいから口から食べさせてあげたい』そんな訴えをされるご家族は多く、そうした相談を受けると歯科医師として込み上げてくるものがあります」。
口腔ケアや摂食嚥下リハビリに対するニーズは「確実に増えています」と藤本先生。その一方で世の中への周知はまだ十分になされていないとも感じています。
「口腔ケアや義歯の管理ができておらず、その結果、誤嚥性肺炎の発症率が高い。そんな施設はまだまだ多く存在します。潜在的なニーズはあるのにそれを掘り起こせていないのは、歯科側にも責任があるのではないか。2025年を目の前にした今、そんなことをより強く感じています」。
すべての団塊の世代が75歳以上になる2025年。後期高齢者人口は約2200万人に達し、日本の全人口の4人に1人が後期高齢者となります。いわゆる「2025年問題」は、歯科にとっても無関係ではありません。
「今でさえ訪問診療を行う歯科医師や歯科衛生士の数が足りていないのに、後期高齢者が一気に増加します。平成30年度版高齢社会白書(内閣府)によれば2017年の後期高齢者人口は、約1750万人です。それが2025年には400万人以上増えるわけです。歯科医療の介入が必要な人たちが確実に増えることは火を見るよりも明らかであり、医療費抑制の観点からも歯科が担うべき役割は計り知れません。2025年まであと数年しかない中、増え続ける高齢患者を受け入れる態勢が本当に構築できるか否か。今はその瀬戸際だと思っています」。

■人材不足が顕著な地方の医療現場

[写真] その日訪問診療を行う患者さんを担当者ごとにパソコンで管理
その日訪問診療を行う患者さんを担当者ごとにパソコンで管理。朝8時から夜7時までの予定が入力されている。

呉市で生まれ育ち、呉市で開業して30年となる藤本先生は、少子高齢化が深刻化する同地域を顧みるたびに、ある思いに苛まれるといいます。それは地域格差の問題です。
「口腔ケアや摂食嚥下の訓練をきちんと受けている患者さんの割合は東京や大阪に比べると広島は少ないんです。さらに広島の中でも広島市と呉市を比べれば、呉市のほうが少ない。その要因は財政の問題かといえば、そうではありません。人材の問題なのです。都心から遠く離れるほど、歯科医師、歯科衛生士の数は少なくなります。介護保険料や医療保険料はどこに住んでいても同じように納め、サービスを受ける権利があるのにも関わらず、人材がいないことでサービスが受けられない。それは非常に理不尽なことだと思っています」。

藤本歯科クリニックの「訪問ステーション」とは?

[写真] 訪問ステーション内の様子
訪問ステーション内の様子。

1階の駐車場には外来用のエントランスとは別に「訪問ステーション」と呼ばれる部屋の入り口があります。各施設との依頼書や請求書のやり取り、施設とドクターとの仲介など、訪問診療に関わる事務的な仕事のほとんどがここで行われています。
「スタッフの人数も訪問先も多いため、報告、連絡、相談のホウレンソウが大変です」と医療事務職員の方。
訪問診療に必要な器材や資材もすべてこの部屋で管理・保管。外来エリアとは建物内でつながってはいるものの、外来患者の迷惑にならないよう、訪問に行くスタッフは必ず訪問ステーション専用の出入り口を使用します。

■歯科衛生士単独制度の導入

人材不足の問題は高齢者医療を支える担い手の確保という意味においても看過できない社会的課題です。
藤本歯科クリニックでは人材確保の施策として歯科医院では珍しい試みを始めました。それが歯科衛生士単独制度の導入です。
「出産や育児、親の介護など、フルタイムで働けない方は直接、訪問施設に出向きます。そして、現地で口腔ケアなどを終えるとそのまま自宅に帰れるようにしています。さらに、患者さんだけでなく、スタッフ用の託児室を設けるなど、お子さんがいるスタッフに配慮しています」。
政府が推進する働き方改革は長時間労働の是正や女性の活躍などを課題として掲げ、近年、さまざまな業界で取り組みが急がれています。単独制度による働き方は、こうした世の中の動きにも合致した試みといえるでしょう。
「ドクターにしても長時間働かれている方が非常に多くいらっしゃいます。どうしても長く働かなければならないことがあるのは事実です。けれども、どうすれば勤務時間を現状よりも短くできるのか、どうすればもっと多くの人たちに歯科医療の現場に携わってもらえるようになるのか。私たち開業医も従来からの働き方や職場のあり方について、真剣に見つめ直す時期なのではないかとも感じています」。

管理栄養士が訪問診療に帯同する意義

管理栄養士 大森 聖未

管理栄養士が歯科医院に勤務していると聞くと、皆さん驚かれます。しかし、口腔環境によって栄養摂取がうまくいかなくなるケース。それとは逆に、適切な栄養管理や食形態の調整によって、摂食嚥下障害が改善されるケースなど、口腔と栄養の領域は非常に近い関係があるのも事実です。

[写真] 施設に訪問し歯科診療を行う
施設に訪問し歯科診療を行う。
[写真] 在宅での嚥下内視鏡(VE)検査の様子
在宅での嚥下内視鏡(VE)検査の様子。

近年、病院ではNSTの取り組みが活発化しています。しかし、病棟でどんなに丁寧に栄養管理を行ったとしても、退院して居宅へ帰ると、栄養管理が不十分となり、また入院するといったケースをよく見かけます。
調理方法を少し変えたり、水分を多めに摂取したりするなど、ちょっとした工夫さえすれば、入院をせずに済む場合があり、在宅であっても食や栄養に関して問題を抱える方をサポートする仕組みが必要であると感じています。そうした意味においても、管理栄養士が訪問診療に帯同しすることには大きな意義を感じています。
高齢者医療の現場では「口から食べたい」と希望される患者さんが多くいらっしゃいます。しかし、何をどのように食べたらいいのかまではなかなか分からないものです。
一般的に普通食から柔らかいものへと食形態を落とすと摂取カロリーが下がり、低栄養のリスクが高まると言われています。
足りない栄養を補うにはどうすればいいのか。あるいは咽せる場合には飲み物タイプがいいのか、ゼリータイプがいいのか。そして、そうした食事をなるべく負荷なく続けていくにはどうすればいいのか。訪問診療の現場では、そうしたアドバイスを行っています。
訪問診療に携わるようになり、感じることは、定期的に口腔ケアを行ったり、口腔内を診察したりする歯科の先生方は在宅の患者さんにとって身近な存在だということです。ですから、訪問診療の場で、もっと食生活や栄養の評価、食事の観察(ミールラウンド)などが積極的に行われるようになると理想的だと感じています。

■キーワードは「気軽さ」

藤本先生は今後の目標について、「もっと気軽な訪問診療のスタイルを構築したい」と話します。それはどういうものなのでしょうか。
「国を挙げて地域包括ケアが推進される中、地域の一員としてより多くの歯科医院がこの分野に参加することが求められています。それを実現するためには、歯科同士の連携が大事ではないかと考えています。内視鏡などによる検査、義歯の調整や改造、口腔や摂食嚥下のリハビリ。訪問診療と一口に言っても行う処置はさまざまです。義歯はA医院が得意だからA医院が担当する。あの施設はB医院の徒歩圏内だからB医院が担当する。そういうふうにチームを組んで任せられるところは仲間に任せる。一人で抱え込まずに、互いに足りない部分を補いながら高齢者医療の現場に参加できれば、より多くの歯科医院が、そしてより多くの人材がこの分野に携われるようになるのではないでしょうか」。
歯科衛生士単独制度の導入も「気軽さ」の実践のひとつ。藤本先生はこうした試みを「挑戦」と形容します。
「もはや行政の指示を待っているだけでは高齢者医療の現場はパンクしてしまいます。行政と手を取り合いながらも、個々の歯科医院が率先して、この分野に携わっていかなければならないものと思っています。当院では、多職種が所属し、一丸となって訪問診療に当たっています。大学病院や県病院などの大きな病院ではなくてもできることは多分にあります。こうした挑戦を1つの事業として、大きな枠組みで捉え、より多くの先生方と協力して歯科界を盛り上げていけたら嬉しいですね」。

■歯科医師としての喜びとは?

[写真] 藤本先生

藤本先生は、実は訪問診療を始めた当初、あまり興味を持っていなかったそうです。しかし、あるときからやり甲斐を感じるように。
「朝から電話が鳴り、『すぐに来て欲しい』と頼まれることがあります。患者さんは本当に困っている方ばかりなのです。だからこそ、ご本人はもちろん、ご家族からも非常に喜ばれ、感謝されます。困った人を助けること。それは歯科医師としての大きな喜びであり、大きなやり甲斐です」。
2025年問題がいよいよ目前に迫る現在、呉市の地でさまざまなアイデアをしぼりながら、それを実践する藤本先生。
「田舎町の歯科医院であっても地域や国にしっかりと貢献できることを示したい」そう話す藤本先生の挑戦はこれからも続きます。

これから訪問診療を始める先生に向けて

[写真] 一般の方に向けたセミナーの様子
一般の方に向けたセミナーの様子。藤本歯科クリニックでは口腔ケアやブラッシングに関した教室での指導にも注力している。

道具を揃えたり、衛生的な環境を整えたりすることも大切ですが、机上で立てた計画がうまくいくとは限りません。困っている人が助けを求めて依頼して来たのなら、何をおいてもすぐに出かけるくらいの行動力が必要ではないかと思っています。結果は後からついて来るということはよくあることですから。
訪問診療に重点を置くようになった頃、私が外来の診察をしなくなったことで以前からの患者さんに叱られたことがありました。けれども、訪問先の患者さんは基本的に弱っている方ばかりです。心を鬼にして、2年近く、訪問診療を中心に診療を続けました。
医院経営という点で「ここの医院は訪問診療をやっています」と地域に広く周知することは大切です。徹底して訪問診療を行ったことで、結果的に周知の効果もあったと感じています。
訪問診療の分野は本当に人手が足りていません。より多くの先生方に関心を持ってもらえると嬉しいですね。ぜひ、この想いを共有していただき、一緒に学んでいきましょう(藤本先生)。

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