キーワード:Er:YAGレーザー/Er-LBRT/骨再生治療/根面被覆
近年、レーザー機器は歯科治療に応用され、様々な治療領域で良好な結果を示している。歯科用レーザーは光の発振波長により特性が大きく異なっており、なかでもEr:YAGレーザーの2.94μmの発振波長は、水への吸収率が非常に高く、生体組織に対しては極表面で吸収される1)。この特徴により、軟組織に対する反応では蒸散層周囲に形成される熱変性層の厚みは薄く、他のレーザーと比較すると薄い粘膜面への照射でも骨膜、骨等深部組織への熱影響は僅かである2)。
また、Er:YAGレーザーは硬組織も蒸散可能であり、う蝕治療から歯周治療まで幅広く応用されている。特に歯周治療においては歯石を含む石灰化物の蒸散も可能であることから、非外科的治療から歯周外科治療まで幅広く応用されている。
Er:YAGレーザーはハンドピースに装着可能なコンタクトチップの形状が多彩であり、既存の器具と比較し到達性が向上するためデブライドメントの確実性が増す。加えて、可変注水機能による術野の明視化が可能なことから、従来法と比較し治療を効率的かつ効果的に行うことができる3~5)。
照射時はコンタクトチップを用い接触照射を行うため、手用器具には劣るものの、手指の感触を得ることも可能である。さらに、非注水非接触で血液に照射を行うことにより、血餅を形成することも可能であり、治癒に必要な成分を含む血餅を短時間で維持可能な状態にできる。
本稿ではこれらの特徴を持つEr:YAGレーザーを日常臨床で活用するために、頻回に遭遇する症例と術式を提示し、Er:YAGレーザーを用いるメリットも含めて解説していく。
歯冠長延長術が必要な症例は頻回に遭遇し、歯冠修復治療の際にクラウンで歯質を保持できない症例はフェルール効果が発揮されず、垂直性歯根破折の原因になると考えられている(図1a、b)。そこで、歯冠長延長術を行い十分な長さの臨床的歯冠長の獲得を図り、垂直性歯根破折のリスクを低減させることが重要である。
術式としては歯肉切除術を基本としているため、メスを用いて行うこともあるが、Er:YAGレーザーを用いるメリットは幅の狭い歯間部の歯肉も容易に切除が可能なことである(図1c~e)。
また、歯肉切除後に頰側の歯槽骨が露出する症例では、Er:YAGレーザーの硬組織蒸散能を活用し、歯槽骨切除術も併用できるため、低侵襲かつ限局的な歯冠長延長術を実現できる。しかし、本術式は全ての症例に適応しているわけではなく、付着歯肉幅や歯冠歯根比、審美的要因も十分に考慮した症例選択が必要となる。
歯肉退縮に対する根面被覆術では、歯肉弁歯冠側移動術に上皮下結合組織移植を併用する際にも、Er:YAGレーザーを補助的に応用することができる。既存の根面被覆術において、技術的に困難なポイントとして頰側の歯肉が非常に薄い場合の剥離があげられる。従来法ではマイクロメスを用いて弁を形成してきたが、歯肉の陥凹がある部位は穿孔しやすく、広範囲にわたる症例ではメスの刃部の鈍化よる複数回の替刃の交換が必要になる。このような剥離困難な部位にEr:YAGレーザーを補助的に用いることにより、部分層弁の形成は容易となる(図2a、b)。
また、結合組織を設置する根面をEr:YAGレーザーで処理することにより、根面は粗面化することから血餅の保持に有利な条件とされており6、7)、歯肉の治癒を補助している可能性が示唆されている(図2c)。さらに、歯冠側移動時の歯間乳頭頰側面の上皮を除去する際にもEr:YAGレーザーを使用しており、既存の器具と比較し必要箇所の上皮を最小限で除去できる臨床実感がある(図2d~f)。
上述したように、Er:YAGレーザーは軟組織、硬組織の蒸散が可能であることから、歯石および炎症性肉芽組織の除去を目的とした歯周組織再生治療にも用いられている。また、著者らはEr:YAGレーザーの血餅形成効果を応用した術式Er:YAG laser-assisted bone regenerative therapy( Er-LBRT)も開発し、臨床的にはGuided Tissue Regeneration(GTR)法と同等以上の成績を示している8~10)。
Er-LBRTはメンブレンテクニックの代替手段として、Er:YAGレーザーを用い移植骨表面に血餅を形成し、移植骨の形態を安定化される術式であり、GTR法の偶発症であるメンブレンの露出に起因する感染リスクの低減、口腔前庭の過度の狭小を回避することが可能である。
代表例として、下顎前歯の水平性骨吸収に対し、患者の同意のもとEr-LBRTを行った症例を提示する。術前の診断により骨吸収形態は、1壁性から連続する頰側の水平的骨吸収を確認し、患者の同意のもとEr-LBRTを用いた再生治療を行うこととした(図3a)。
歯間乳頭保存術を応用し切開剥離後、術前の診断と同様の骨吸収形態が確認できた。根面に付着した残存歯石および骨欠損内の炎症性肉芽組織をEr:YAGレーザーを用い徹底的に除去し、根面にEmdogain®ゲルを塗布後、手術部位近傍より採取した自家骨を填入した(図3b~d)。移植骨の形態を残存歯槽骨頂に合わせ整形し、Er:YAGレーザーを用い移植骨表面に血餅を形成することにより、移植骨の形態の維持安定化を図った(図3e、f)。
術後は創の裂開などは認められず良好な経過を示したが、僅かに歯間乳頭が退縮し審美性が損なわれたため、患者の希望により上皮下結合組織移植術を併用した歯間乳頭の再建を行うこととした(図3g)。
歯間乳頭再建術時、本症例では歯間部の歯肉が菲薄なため全層弁にて剥離を行った。剥離後、歯槽骨は残存歯槽骨頂まで再生していることが確認できる(図3h)。歯間乳頭再建術より12ヵ月後、歯間乳頭は患者の審美的要求を満たす位置まで再建することができた(図3i)。
Er-LBRTの考察として、本症例では治療部位の粘膜が菲薄であるため、GTR法では術後の裂開のリスクが高く、硬組織治癒時に口輪筋の圧力の影響を受けるため、移植骨単独では十分量の骨再生を得難い症例である。Er-LBRTを用いることにより血餅による移植骨の安定化が行えたため、良好に骨が再生したものと思われる。また、デブライドメントにもEr:YAGレーザーを使用していることから、周囲組織の賦活作用が起こっていることも考えられる11、12)。さらに、再生骨上に上皮下結合組織が良好に生着したことから、再生骨および周囲組織は軟組織移植に耐えうる十分な血流を持つ組織である可能性が示唆された。
Er-LBRTは、自家骨移植を併用した歯周組織再生治療が現法ではあるが、自家骨以外に異種骨ではBio-Oss®、合成骨ではCytrans®にて有効性を確認している。これらの代替骨の使用は、歯周組織再生治療より大幅な骨再生が必要なインプラント治療にEr-LBRTを応用することを可能にした(図4a~h)。インプラント治療への応用は、血餅による移植骨の形態安定以外に、抜歯即時埋入では抜歯窩の複雑な骨形態の炎症性肉芽組織の除去にも用いられており、機械的デブライドメントでは損傷する危険性がある菲薄な骨も保存可能である。メンブレンテクニックの適応となる外側性の骨再生治療では、抜歯窩への骨再生治療と比較し周囲の筋圧に抵抗すべく、十分な形態の維持が必要となる。そのため、骨補填材料填入後に術野から事前に採取した血液を再度シリンジで骨補填材料表面に追加し、血餅を形成する方法を用いる。
Er-LBRTの歯周組織再生治療とインプラント周囲骨再生治療の術式の差異として照射出力が挙げられる。現在臨床で用いられているチタン製フィクスチャーの表面は粗面加工されおり、高出力の照射ではフィクスチャー表面を溶融する可能性もあるため、パネル値で30-40mJ/pulseまで減弱し、非接触、非注水下でフィクスチャー周囲は特に注意深く照射する。
近年、インプラント治療の普及に伴いインプラント周囲炎の罹患率が増加している13、14)。インプラント周囲炎は、インプラント周囲の細菌感染に起因する炎症性疾患であり、インプラントを支持する骨が吸収し、重度に進行するとインプラント体が脱落する疾患である。しかし、細菌により汚染されたフィクスチャー表面は歯根と比較しスレッドおよび粗面の存在により、既存の器具では除染が困難であり、骨吸収に対する再生治療の手技も確立されていない15)。
そこで著者らは、粗面加工されたフィクスチャー表面を損傷することなく、石灰化物を含む汚染物質を除去可能なEr:YAGレーザーの照射条件の詳細を検討し16、17)(図5)、さらにインプラント周囲炎の再生治療へEr-LBRTを応用することにより、良好な成績を得ることができた10)。術式の詳細は、切開剥離後、炎症性肉芽組織除去後、フィクスチャー表面は文献に従いEr:YAGレーザーを30mJ/pluse、注水下、1mm程度離した非接触照射の条件で用い、徹底的にデブライドメントする(図6a~c)。フィクスチャー周囲の骨吸収部に対し、血液と混和したBio-Oss®を填入した後、Er:YAGレーザーによる血餅形成を行い移植骨の形態の安定化を図った(図6d~f)。
術後の軟組織の治癒は、裂開および感染はなく良好な経過であった。1年後のデンタルエックス線写真により、インプラント周囲骨はプラットフォーム付近まで再生していることが確認できる(図6g)。
提示した症例のように、Er:YAGレーザーは日常臨床において頻回に遭遇する症例に応用可能であり、各術式に適確に用いることにより治療精度を向上させる。“なんとなくレーザーを使ったから治った”のではなく、科学的根拠に則ったレーザーの使用が重要である。そのうえで有効に活用することにより、安全で低侵襲な臨床の実現が可能となるであろう。
<謝辞>
日頃より臨床と研究に御助言をいただいております東京医科歯科大学 歯周病学分野 岩田隆紀先生、青木 章先生、水谷幸嗣先生、執筆にあたりご協力いただいた高木 徹先生に感謝申し上げます。