キーワード:保険診療におけるEr:YAGレーザーの処置および加算/Er:YAGレーザーの特徴/Er:YAGレーザーと接着システム
歯科用レーザーは、日常の歯科診療において、広範囲かつ高頻度で使用されつつある。レーザーは、1960年にMaimanにより、ルビーレーザーとして世界で初めて発振された1)。
また、Er:YAGレーザーは、1988年にKeller2)とHibst3)によって硬組織の蒸散が可能なレーザーとして報告された。その後、1996年には我が国でも、(株)モリタから「Erwin® 」が販売され、現在では「Erwin® AdvErL EVO」として販売されている。
Er:YAGレーザーの波長は2940nmであり、中遠赤外線領域になる。水に極めてよく反応をし、同じ表面吸収型レーザーであるCO2レーザーと比較すると、水に対する吸収係数は10倍、組織浸透型レーザーであるNd:YAGレーザーと比較すると20,000倍となる。
また、この波長はレーザー光を組織に照射をした際には炭化層、凝固層、変性層が形成されにくいため、軟組織疾患の治療だけではなく、硬組織疾患にも応用が可能である。
硬組織の蒸散のメカニズムは、レーザー光が水や有機成分に吸収され、光エネルギーは熱エネルギーとなりphotothermal evaporationを生じ、加えて水蒸気による内圧亢進によるmicroexplosion(微小水蒸気爆発)が起こることにより硬組織の蒸散が可能となってくる4)。
また、Er:YAGレーザーが照射された歯質を走査電子顕微鏡(SEM)にて観察をすると、エナメル質は微細な凹凸のある鱗片状の表面が観察できる。象牙質はスメア層が認められず、象牙細管の開口が認められる。
Er:YAGレーザーの現時点での適応症(図1)は以下のようになっている。
1.硬組織疾患:う蝕除去、くさび状欠損の表層除去
2.歯周疾患:歯周ポケットへの照射、歯石除去、ポケット掻爬、歯肉整形、フラップ手術
3.軟組織疾患:小帯切除、歯肉切開・切除、口内炎の凝固層形成、色素沈着除去
現時点での疾患ごとの保険診療における処置および加算(図2)は硬組織疾患においては「う蝕歯無痛形成加算(う蝕無痛):40点」、歯周疾患においては、「手術時歯根面応用加算(手術歯根):60点」、軟組織疾患においては、「口腔粘膜処置(口処):30点/月1回」、処置内容により「レーザー機器加算1(レ機加1):50点、レーザー機器加算2(レ機加2):100点、レーザー機器加算3(レ機加3):200点」となっており算定することが可能である。加算点数においてはそれぞれ施設基準が設けられている(図3~6)。
ここからは「Er:YAGレーザーを用いたう蝕除去における疑問点」を診療の流れに沿って解説をする。
Er:YAGレーザー(Erwin® AdvErl Evo)は多種多様な21種類のコンタクトチップと呼ばれる石英チップがある。
硬組織疾患において、主として使用するコンタクトチップは頭文字に「C(CariesのCを意味する)」が付き、直径は400μm、600μm、800μmの3種類、先端は平滑面(Flat:F)になっている(図7)。
したがって、「C400F」、「C600F」、「C800F」の3種類のチップが硬組織疾患において使用する基本のチップとなる。筆者は、「C600F」を基準のチップとして、う窩の大きさや場所に応じて、「C400F」や「C800F」のチップへの使い分けをしている。
「Er:YAGレーザーの特徴」でも述べたように、Er:YAGレーザーは水に極めてよく反応をするため、水分含有率が高い歯質ほど蒸散(切削)がしやすくなる。そのため、照射出力の設定は歯質の状態(歯質の水分量)により使い分けを行ったほうが良いとされる。
歯質の水分量においては、「う蝕象牙質>う蝕エナメル質>健全象牙質>健全エナメル質」、「急性う蝕>慢性う蝕」、「乳歯>永久歯」となってくる4)(図8)。
このことを念頭に置き、照射出力の設定をしていくと効率の良い蒸散が可能となる。
筆者は、う蝕象牙質を蒸散するときには、最初は付随の照射表よりも低い出力で照射を開始し、徐々に出力を高くしていくようにしている。それにより、レーザー治療によって患者の痛みが誘発されないようにしている。
う蝕象牙質は内層(脱灰が軽度で、再石灰化が可能であり、細菌感染がない部位)と外層(脱灰が著しく、再石灰化が不可能であり、細菌感染がある部位)に分けられるが、う蝕の除去をする際には、外層の部分だけを選択的に除去をしなくてはならない。
高速回転切削器具(エアータービン)等を用いてう蝕象牙質を選択的に除去するときには、必ずう蝕検知液を使用してするように、Er:YAGレーザーを使用する時であっても、う蝕象牙質の確認にはう蝕検知液の使用は必須である5)。
現在、本邦には、1%アシッドレッドのプロピレングリコール水溶液(以下カリエスディテクター:クラレノリタケデンタル)と1%アシッドレッドのポリプロピレングリコール水溶液(以下カリエスチェック:日本歯科薬品)の2種類がある(図9)が、分子量の違い(図10)により、カリエスチェックはう蝕象牙質の外層のみを赤染させる6、7)。
そのため筆者は、Er:YAGレーザーを用いてう蝕象牙質を除去するときでも、カリエスチェックを使用している。
Er:YAGレーザーと接着の問題は日常臨床においての最大の問題である。
これは象牙質にレーザー光を照射することにより形成される「熱変性層」が原因であると言われている。
この熱変性層があるために接着力が低下をし、充填処置を行ったコンポジットレジンが脱落すると言われているが、正確な接着操作を行っていればレジンが直ちに脱落するということはない8)という報告もあるが、やはり、Er:YAGレーザーにて蒸散された窩洞は、通常の回転切削器具により形成した窩洞におけるコンポジットレジン充填修復と同等9、10)の接着耐久性は期待できそうにないというのが定説であった。
しかし、その後の研究により、接着力は向上しているように思われる。また、近年ではレーザー専用の接着システムの研究もされている11)。
この方法で行うことにより、レーザー被照射象牙質とほぼ同等の初期接着強さを得られるということであるが、ステップが多いため、簡便化に期待がかかるところである。
また筆者は、う蝕象牙質を蒸散の後、100~150mJにてフィニッシング照射を行い、クリアフィル® メガボンド® 2(クラレノリタケデンタル: 図11)を用いる接着システムを採用している。
クリアフィル® メガボンド® 2は高い接着性能を持つが、使用する前までの治療がしっかりと行えていないと接着力を十二分には発揮できない。
Er:YAGレーザーを用いたう蝕治療も同様であり、クリアフィル® メガボンド® 2を使用する前までの治療をしっかりと行い、取扱説明書通りの正しい操作を行うことがコンポジットレジンの脱落を防ぐこととなってくる。
Er:YAGレーザーに特化した注意事項はなく、通法通りのコンポジットレジン充填を行い、研磨を行う。
【症例1】(図12~14)
25歳、女性。上顎右側第二小臼歯咬合面う蝕。C400Fのコンタクトチップを用いて窩洞形成を行う。
出力100mJ(パネル値)、繰り返しパルス数20pps、注水有り、麻酔無し。
小窩裂溝部のう蝕に可能な限り最小限の蒸散を行う。クリアフィル® メガボンド® 2を用いて歯面処理後、クリアフィル® マジェスティ® ESフローLOW A-2(クラレノリタケデンタル)にて充填。
【症例2】(図15~18)
5歳、男児。下顎左側第二乳臼歯咬合面う蝕。C400Fのコンタクトチップを用いて窩洞形成を行う。
出力50~80mJ(パネル値)、繰り返しパルス数10pps、注水有り、麻酔無し。
小窩裂溝部のう蝕に可能な限り最小限の蒸散を行う。クリアフィル® メガボンド® 2を用いて歯面処理後、クリアフィル® マジェスティ® ESフローLOW A-1にて充填。
【症例3】(図19~21)
55歳、女性。上顎左側犬歯歯頸部う蝕。C600Fのコンタクトチップを用いて窩洞形成を行う。
出力100mJ(パネル値)、繰り返しパルス数20pps、注水有り、麻酔無し。
う蝕が広範囲のため直径の太いコンタクトチップを選択する。クリアフィル® メガボンド® 2を用いて歯面処理後、クリアフィル® マジェスティ® ESフロー LOW A-1を用いてライニング、クリアフィル® マジェスティ® ES-2A-3にて充填。
本邦にEr:YAGレーザーが登場した当初、硬組織疾患の治療が可能なレーザーであるはずが、「硬組織が削れない」「レジン充填をしてもすぐに脱落する」など、ネガティブなイメージしかなかった。
しかし、現在は、硬組織も簡単に蒸散(削合)ができる術式が確立され、Er:YAGレーザー専用の接着システムも確立されつつある。
今回はEr:YAGレーザーを用いた硬組織疾患の治療について記述した。先生方の診療の一助となれば幸いである。
日頃より研究に御助言をいただいております東京医科歯科大学大学院う蝕制御学分野田上順次教授、大槻昌幸准教授、加藤純二先生、臨床に御助言をいただいております篠木毅先生、津久井明先生、長瀬隆之先生、吉嶺真一郎先生に感謝申し上げます。