DENTAL MAGAZINE デンタルマガジン

Dental Talk
歯科がスポーツから学べること
竹内 正敏/藤原 啓/安藤 昭嗣/池田 勝紀

■目 次

  • 医療法人藤原歯科医院 理事長 藤原 啓 / タケウチ歯科クリニック 院長 竹内 正敏 / 医療法人昭峰会 安藤歯科医院 理事長 安藤 昭嗣 / 医療法人池田歯科診療所 理事長 池田 勝紀

このたびデンタルマガジンでは、スポーツと歯科との関連性に注目し、3つのテーマで特別座談会を企画いたしました。これまで、歯科はスポーツにいかに貢献できるかに力が注がれてきましたが、今回は逆に“スポーツから歯科が学べることは何か”に注目した新たな試みです。座長には、長らくスポーツ歯科の第一線で活躍されている竹内正敏先生をお迎えし、それぞれのテーマに関心をお持ちの先生方にご参集いただき、闊達なディスカッションが繰り広げられました。第1回目は「スポーツ歯科から見た顎関節症」です。
座談会に先立ち開催された「事前講義」の内容については後に続くSeminar Reviewをご覧ください。

①「 スポーツ歯科から見た顎関節症」
②「 義歯は噛むためだけのもの?」
③「 音楽は顎のスポーツだ!」

■顎関節症における問診の重要性

安藤 顎関節症の原因を調べる際に問診が大切と伺いましたが、その理由をお聞かせください。
竹内 顎関節症のような機能的疾患は、病態が目に見えにくいため、診察では問診がより重要になります。私は、まず問診によって歯の問題なのか、運動器の問題なのかを判別します。次に運動器を筋骨格系の傷害によるものなのか、ストレスによる障害に原因があるのかを特定し、治療方法を考えていきます(図1)。
安藤 病因を「傷害」と「障害」に分けて取り扱うという視点が興味深かったのですが、原因が「傷害」にある場合、治療の難易度は高くはないと思います。ただ、「障害」が原因となれば、問診によって患者さんの習癖度をいかに引き出し、柔軟に対応できるかが改善の大きな鍵になりますね。
竹内 そうです。原因が「障害」にあると、治療はとても難しくなります。私も完全に治せる自信があるわけではありません。ところで、事前資料によれば池田先生は問診を丁寧に行っておられるようですね。
池田 はい。分からない部分もありますが、いろいろ考えながら問診するようにしています。実は、私のクリニックでは顎関節症を主訴に来院する方は多くありません。ただ、最初は知覚過敏を訴えて問診や骨隆起の形態などから顎関節に問題があると考えられるケースも多々あります。
藤原 竹内先生のクリニックでは、顎関節症の分類で言うとⅠ型やⅡ型など、重度ではないケースは歯科衛生士に任せ、3ヵ月治療を行っても改善しない場合は専門医に診てもらう流れでしょうか。
竹内 そうですね。基本的に強い痛みや腫れの症状が見られないのが顎関節症と考えているので、“何かおかしい”と感じたら、最初から外科の先生に診てもらうこともあります。

  • 顎関節症の病因には「傷害」と「障害」の2つが考えられる
    図1 顎関節症の病因には「傷害」と「障害」の2つが考えられる。
  • 顎に優しい口の開け方
    図2 顎に優しい口の開け方。

■顎関節症の方に負担の少ない開口方法について

竹内 正敏
竹内 正敏

藤原 実は私にはクリックの症状が少しあって、内外側の転位があるからか右から入れると引っ掛かりがあるのです。改善の具体的な方法があれば伺えますか。
竹内 当院ではとにかく“緩める”ことが治療の中心です。前歯部から開口するとすぐに滑走運動が始まって顎関節に負担がかかるので、顎を下の方に落とす、または大臼歯部から開口する感じで息を吐きながら行うように指導しています(図2)。
安藤 顎に優しい開口方法について、事前講義では“顎が落下するイメージで”と教えていただいた感覚が理解しやすかったのですが、そういうイメージでトレーニングすることが改善の早道になるのでしょうか。
竹内 顎関節症の方は「口を開けてください」と言うと、とにかく前歯部から開けようとされます。でも、実はその開け方は顎関節にとても負担がかかるのです。
池田 私の医院でもクリックの患者さんがいらっしゃるのですが、筋肉トレーニングで抑えることはできるのでしょうか。
竹内 正しい開口方法を指導することをベースとして、あとは顎筋を緩める機能訓練をしてあげれば良いと思います。
池田 その後戻ってしまうことはないですか。
竹内 戻る場合もあります。日常生活の動作や筋肉の使い方を改善しないと、また同じことになってしまいます。
池田 徹底して意識づけを行っていく必要があるということですね。

■呼吸の重要性と民族性

竹内 筋肉を緩める際に重要なのが「呼吸」です。息を吐くことで顎が緩むので、私は動作する際に“息を吐くこと”を勧めています。ただ、歯科ではなぜか「呼吸」はあまり問題にならないのです。これは私の考えですが、日本ではこれまで外国の文献が偏重されてきたことが一因ではないかと感じています。外国人と日本人とでは動作が違っていて、例えば、外国人はのこぎりを押して切るのに対して日本人は引いて切ります。本来、押す動作は息を吐き、引く動作は息を吸うものなのです。外国ではこの動作習慣が身についているので、呼吸に対する対応も異なっているような気がします。
池田 刺身も引くように切りますよね。そうした日本古来の習慣や民族性も関係しているのではないでしょうか。
竹内 なるほど、それも考えられますね。さらに私は言語にも関係があると思っています。日本語は息が詰まる言葉が多いのに対して、英語は息を吐く言葉が多い。他にも日本人は細かい動作を好み、その時は目線を固定します。目線を固定する時は顎も保定されてしまうので、TCH(Tooth Contacting Habit)を惹起しやすくなります。

■胸式呼吸と腹式呼吸

藤原 啓
藤原 啓

藤原 呼吸法は顎関節症においても大切でしょうか。
竹内 重要です。顎関節症の患者さんは、日常生活ではうまく腹式呼吸ができず、息がつまりがちになっています。就寝時に腹式呼吸を練習してもらって食いしばりが治った方がいらっしゃいますので、呼吸法はとても重要と感じています(図3)。
藤原 息を吐く時に口で吐くと口が開いてしまいますが、吸う時は鼻で吸うのでしょうか。実は正しい呼吸法が分からなくなることがあります。
竹内 私は、機能訓練時には吐く時は口を開けるように指導していますが、日常生活では基本的に鼻呼吸を指導します。就寝時も鼻呼吸を行うようにアプライアンスを使用していただきます。ただし、睡眠時無呼吸症候群の方のアプライアンスを作る際は、エアウェイを付けた方が良い場合と付けない方が良い場合があって、このあたりの対応はまだ模索中の段階です。
池田 アプライアンスを製作する際、歯の前部分を留めていても後ろが空いているので呼吸しやすいとおっしゃる方もいらっしゃいます。
藤原 可動性ではなく固定するタイプですよね。
池田 はい、上下を固定するタイプです。ただ、それを装着すると顎関節の症状を訴えられるケースが何例かあります。顎位が変わってしまうので、どちらを取ればいいのか分からなくなってしまって…。
藤原 前に出すのは危険だと思います。顎関節は軟骨なので、代謝によって顎位が変わってしまうことがありますから。
竹内 私の場合も、あまり前には出さずに枕の高さを変えてもらったりして調整しています。歯科における呼吸法は、これからもっと研究を進めてほしい分野のひとつです。
池田 ありがとうございます。参考にさせていただきます。

  • 胸式呼吸と腹式呼吸
    図3 胸式呼吸と腹式呼吸

■手技について

竹内 手技については、口の外からアプローチする手技と口の中から行う手技を併用することをお薦めします。これは外から行う手技では得られない効果があります(図4)。
藤原 咬筋の起始部を緩めるということですか。
竹内 そうです。その部分には最も圧痛点が多いのですが、それを指圧するような感じでゆっくり緩めていきます。咀嚼筋が硬縮している場合は開口ストレッチするよりも内側方から押してあげると咬筋がよく伸びるのです。当院では患者さんにこの手技をお風呂の中などでやってもらうように指導しています。
藤原 顎関節についてはいかがですか。
竹内 拘縮した顎関節には、口腔外から下顎頭を左右に押して動かして緩めるモビリゼーションが有効です。利き手と同じように顎も利き側があって、通常は利き側の筋肉や顎関節が硬くなっています。これも患者さんに入浴時に緩めてもらうと効果的です(図5)。
藤原 私は大学の補綴科在籍時に顎関節のMRIを撮影していた際、関節円盤の内外側転位をたくさん見てきました。通常前後的なズレを診ることはありますが、実はかなり側方にも偏位していると考えられます。
竹内 なるほど!これは勉強になりました。実は、私自身なぜ左右にモビリゼーションするのが効くのかよく分からな

  • 口の中をマッサージするイラスト
    図4 口の中をマッサージする手技はとても効果的。
  • モビリゼーションの写真
    図5 拘縮した顎関節には図のようなモビリゼーションが有効になる。
  • 動作改善のコツは「呼吸」と「意識」
    図6 動作改善のコツは「呼吸」と「意識」

■アプライアンス製作の際は“力の分散”を重視

安藤 昭嗣
安藤 昭嗣

安藤 実は、私自身が顎関節症を患っていて、一時期ひどい痛みがあったのでマウスガードを自作してみましたが、なかなか完治しませんでした。先ほどの講義で、アプライアンスにおいても“筋肉を緩めること”が重要と分かりましたので、さっそく試してみたいと思います。
竹内 安藤先生は少年サッカーの指導をされているとのことですので、“顎を緩めること”と“スポーツ好適顎位の概念”などは応用できることも多いですから、知っておかれると役に立つと思います。
池田 そのアプライアンスについて、私は骨隆起のある患者さんに咬合圧が過負担にならないよう利用していますが、その対応が良いのか悩むこともあります。
竹内 骨隆起がある場合は、私もアプライアンスを使うことが多いです。その場合にはやはり“力の分散”ということを重視しています。これについては、噛みしめなどの非機能的な力が加わった時の口腔各組織の反応を示した図7を見ていただくと参考になるかと思います。私は0.75mmの薄いプレートを使いますが、その薄さでも数ヵ月は使えます。厚いプレートは咬合への影響が大きくて使いづらいのです。安藤先生はいかがですか。
安藤 私の場合、理学療法から始めて筋マッサージや問診を中心に行います。そうすると大半のケースで改善が見られますが、続けて症状がみられる場合には、アプライアンスで様子をみます。それでも治らない場合は、専門の高次医療機関に治療をお願いしています。
池田 0.75mmのアプライアンスというのはハードタイプですか。
竹内 そうです。
池田 私は作りやすいソフトタイプで作っていましたが、2 mmや3 mmだと分厚いので1 mmで作ってみたら数週間で破れてきました。次回はハードタイプを試してみます。
竹内 患者さんによってはソフトタイプの方が良い方もいらっしゃいます。私もいろいろ試してみるのですが、いまだに診断が難しく、迷う場合にはハードとソフトの両方をお渡ししています。とにかく「やってみては治療方法を検証する」の繰り返しです。患者さんの個性や治療に対する感応性などを多角的に見ながらいろんな手法を試してみるというのが顎関節症のような機能的疾患の治療法と理解しています。話は少し変わりますが、従来から歯科ではアプライアンスによって姿勢を改善しようとする考えがありますが、これについては、キネティックチェーンの近心から遠心への連鎖の流れを、逆に遠心から近心に持っていこうという試みと理解しています(図8)。
藤原 なるほど、よく分かります。
竹内 ただ、それがどの程度効果があるかが問題で、私はある程度効くとは思っていますが、まだ学問的に確認されたところまではいっていません。

  • 噛みしめなどの非機能的な力が加わった時の口腔各組織の反応
    図7 噛みしめなどの非機能的な力が加わった時の口腔各組織の反応。
  • 咬合顎位と動作姿勢との関係
    図8 咬合顎位と動作姿勢との関係。

■アプライアンスの咬合調整は口腔内で行うことが基本

竹内 顎関節症のアプライアンスは分からないことが、まだまだたくさんあります。それは、マウスガードの製作も同じです。製作数一万個を超えた今でも、選手の個性によって厚さや形状を変えるなど試行錯誤しながら作っています。
藤原 私もラグビーチームを診ていたときマウスガードで嘔吐反射が止まらない選手がいました。最終的に6、7番の部分をカットして対処しましたが、竹内先生もそんなご経験はありますか。
竹内 あります。その場合ほとんどは厚さを変えて対処します。ただ、あまり薄くすると誤飲のリスクもでてきます。さらに、咬合調整を正確に行わないと顎関節を傷めることもあります。
藤原 例えばスキューバダイビングのマウスピースの場合、基本的には小臼歯までをカバーするような形状なのですが、顎関節への影響を考えて6、7番まできっちり覆った方が良いのでしょうか。
竹内 スキューバダイビングは専門外なので分かりませんが、マウスガードでは咬合の完成度によって判断しています。例えば、7番が萌出しきれていないところに被せると当然ですがすぐに適合が悪くなります。マウスガードの後端は顎の自由な動きを阻害しない範囲で伸ばしたほうが良いです。ただ、運動中は顎位は常に動いており大きな頭位の変化を伴うスポーツでは、最後臼歯の咬合面は引っかかって邪魔になることが多く、斜めにカットするなどして調整しています。
藤原 装着後に問診を重ねながら調整していくということですか。
竹内 そうです。ですから咬合器はほとんど使わず、むしろ口腔内の調整に時間をかけています。ボクシングや空手など、脳震盪を防止するため顎を固定することが必要な競技もありますが、基本的にはスポーツの中で顎はプレースタイルに合わせて“自由に動く”ことが最も重要なのです。だからそれを妨げるような形で使うことは勧めていません。
それは、顎関節症のアプライアンスでも同じです。顎関節症の場合でも咬合誘導は行わず筋肉の自由な動きによるガイドを優先するので、必然的に削る方が多くなります。しかし、咬合調整はルーズでよいと言っているわけではありません。私は、咬合のバランスには重きを置いており、「T-Scan」を使用して、できるだけ客観的で再現性のある調整を心がけています(図9

  • アプライアンス製作には「T-Scan」を使用し、できるだけ客観的で再現性のある調整を心がけている
    図9 アプライアンス製作には「T-Scan」を使用し、できるだけ客観的で再現性のある調整を心がけている。

■歯科用アプライアンスとスポーツパフォーマンスの関係性

竹内 スポーツ現場ではマウスガードだけではなくいろいろな歯科用アプライアンス、中でも顎関節治療用装置の流用が多くみられます。ここではこれらの装置とスポーツパフォーマンスの関連についてお話させていただきます。まずマウスガードでパフォーマンスが関連するのは、叢生などで歯が引っ掛かり、顎が自由に動かない選手です。そういう選手がマウスガードを装着することで咬合面がフラットになると、スポーツするうえでの好適顎位が取りやすくなります。要するにマウスガードは眼鏡のようなもので、装着したからパフォーマンスが上がるのではなく、その人の低下していた潜在的パフォーマンスを元に戻すだけなのです。
しかし、顎関節治療用装置として知られているMORA(Mandibular OrthopedicRepositioning Appliance)やテンプレートのように安静空隙を大きく超える咬合高径を持つ装置(図10)は口腔内に、非生理的な環境を作り出すため、エルゴジェニック(競技能力向上)な効果が確認された段階で使用は禁止されるべきものです。これは競技の公平性を損なう道具、例えれば望遠鏡のようなものです(図11)。
安藤 トッププロを目指すユースの選手たちは激しい競争のなかで少しでも自分のパフォーマンスを上げたいと日々もがいています。お話を伺ってマウスガードがパフォーマンス向上のツールではないことが良く理解できました。ただ、歯や口腔を守ること以外に何かできることはないか模索したい気持ちも捨てきれません。しかし、先生の長年の研究やご経験からそれがマイナスに作用することもあるということですね。
竹内 不必要な強い噛みしめなどの間違った使い方をするとそうなります。
安藤 今日のお話を伺ってマウスガードについてさらに知識を深めたいという気持ちが沸々と湧いてきました。

  • マウスガードと顎関節用治療装置との違い
    図10 マウスガードと顎関節用治療装置との違い。
  • マウスガードはメガネのようなもの
    図11 マウスガードはメガネのようなもの。

■まとめとして

池田 勝紀
池田 勝紀

竹内 今回の座談会の内容は、私がスポーツ現場で活動中にいろいろなメディカルスタッフの方から得た知識のなかで歯科に役立ちそうなものをピックアップしてみなさんに紹介しました(図12)。スポーツと歯科では同じ事柄への対応でも考え方が異なることが多く、それを知ることで歯科臨床はもっとレベルアップする可能性があると感じています。
安藤 私は先日も少年サッカーの県大会で審判をしたのですが、今度は自分もマウスガードを装着してどの程度負荷がかかるものなのか試してみようと思っています。その際はぜひ竹内先生にマウスガードを作っていただきたいです。
藤原 私は元々アレルギー性鼻炎があって、鼻が通るようになった40歳からマラソンを始めました。それまでは走っている時にうまく呼吸できていませんでしたが、鼻が通ってからは3時間15分ぐらいで走れるようになりました。それを考えても、やはり呼吸はとても大事だと今日つくづく再認識しました。また、私は走った後に必ずマッサージを受けるようにしていますが、「緩める」ことの重要性もよく理解できました。
池田 私は筋肉のマッサージについて興味が湧きました。とくに口腔内で行うマッサージについて、セミナーなどに参加して今後学んでいきたいと思います。
一同 今日は皆さま、ありがとうございました。

  • スポーツ現場には筋肉のプロが多い
    図12 スポーツ現場には筋肉のプロが多い。

■[特別座談会 事前講義]「スポーツ歯科から見た顎関節症」


今回の「歯科がスポーツから学べること」と題した特別座談会では、座談会に先立ち、竹内先生から各テーマに関連した講義が行われ、その内容を踏まえディスカッションしていただくことになりました。
第1回目は「スポーツ歯科から見た顎関節症」についてです。

私が考える顎関節症に対処する際のポイントは以下の4つです。

「顎=運動器」という概念が重要
② 治療では「顎を緩める運動療法」が中心
③ 運動療法を行うコツは「呼吸」「意識」「姿勢」
④ アプライアンスは咬合誘導よりも、“顎の縛りを解くこと”が目標

その根底にある考え方は「筋肉」へのアプローチです。筋肉の生理と働きを知れば歯科臨床の取り組みもこれまでと変わったものになってくると思います。
歯科ではこれまでう蝕治療や歯周治療などの器質的疾患への対応が中心で、顎関節症のような機能的疾患の取り扱いに不慣れでした。こうした機能的疾患は随意的な感覚データを扱うため、器質的疾患よりも数値化しにくく非科学的であり、治療の予知性も低くなります。したがって、今まで私たちが診てきたう蝕などの歯科的疾患への対応とは「違う視点」を持つ必要があると言えるでしょう。もう少しわかりやすく言えば「見えるものを診る」から「見えないものを診る」へのパラダイムシフトとも言えます。

顎は「運動器」

違う視点」を持つ第一歩は、“顎は運動器という概念”です。これは口腔を歯(道具)と顎(運動器)に分けて診ることを指しています。これまで歯科では歯と顎とを一体のものとして取り扱ってきましたが、両者を分けることにより顎関節症もより分かりやすいものになります(図12)。

治療は運動療法が中心

顎関節症の治療の基本は理学療法であり、なかでも運動療法が中心になります。ただ、これまで歯科では理学療法について学ぶ機会が少なく、療法内容はあまり知られていません。理学療法の概要を図3で示します。

治療の基本は「顎を緩める」こと

顎関節症は運動器における筋肉のトラブルが大半で、その多くは硬く縮んで戻れないことが原因です(図4)。したがって、治療の際は、まずその硬く縮んだ筋肉を「緩める運動療法」が重要です。私の経験では、口腔外と併せて口腔内から筋肉を緩める手技療法が効果的で、それは歯科だからこそできる術技なのです。

顎を緩めるためには「呼吸」「意識」「姿勢」が大事

筋肉を緩める機能訓練には、まず「呼吸」と「意識」が重要です(図5)。吐息開口動作は顎の筋肉を緩めます。また、顎を前歯から開けずに下顎を重力に任せて落ちることを意識しながら臼歯から開口することも顎の負担を軽減します。さらに、日常生活で下顎の安静空隙を減少させる姿勢をできるだけ避けることも大切です。これらの運動指導をするだけで症状が好転することもあります。

アプライアンス療法のポイントは咬合誘導を筋肉に任せること

これまでの歯科における顎関節治療でのアプライアンス療法は、治療顎位は歯科医師が付与するという考えが主でしたが、私は筋肉を緩めることによりガイドしてもらうという手法をとっています。これは、スポーツをしているとき顎はキネティックチェーン(運動連鎖)により姿勢の変化に連動した顎位をとる「スポーツ好適顎位」という概念に則ったものです(図6)。

スポーツそして筋肉という視点を通してみれば、顎は身体の運動機能と密接に関連していることが良く理解されます。

  • 顎は運動器
    図1 顎は運動器。
  • 顎関節症は運動器の障害
    図2 顎関節症は運動器の障害。
  • 理学療法の概要
    図3 理学療法の概要。
  • 筋肉トラブルの原因は縮んで戻れないこと
    図4 筋肉トラブルの原因は縮んで戻れないこと。
  • 動作改善には「呼吸」と「意識」が重要
    図5 動作改善には「呼吸」と「意識」が重要。
  • 運動連鎖によりスポーツ姿勢に対応して顎位は自在に変化する
    図6 運動連鎖によりスポーツ姿勢に対応して顎位は自在に変化する。

座長:竹内 正敏先生のプロフィール


1970年福井大学工学部卒(機械工学専攻)。1976年大阪大学歯学部卒業後、京都大学医学部(医用材料学講座)助教を経て、1979年タケウチ歯科クリニックを開設。日本スポーツ協会公認スポーツデンティスト、日本トレーニング指導者協会認定指導者。スポーツ歯科医学会理事を経て、現在は日本スポーツデンティストクラブ代表。マウスガードの普及を中心としたスポーツ歯学活動を展開する中で、多くのスポーツ選手のデンタルサポートを行っている。

各先生の顎関節治療に関する指導方針と座談会に期待すること



藤原 啓 先生
学生実習の際に関節円盤の外科的治療による術後障害を見てきました。さらに、大阪大学の補綴科在籍時に放射線科のドクターとともに顎関節のMRI撮像を経験するなかで、咬合治療やマニュピレーション療法への限界を感じ、開業後顎関節治療は保存療法をメインに、併せてアプライアンス療法を行っています。竹内先生が提唱しておられる歯科臨床における「呼吸」の重要性について共感する部分も多く、今回の座談会ではそのあたりを詳しくお聞きしたいと思っています。


安藤 昭嗣 先生
顎関節症の治療については、理学療法、薬物療法、スプリント療法の3つを併用して行っています。学生時代からサッカーをしていたこともあり、現在、審判活動(3級審判)、少年サッカーC級指導者として活動しています。近年、サッカーでもマウスガードやフェイスガードなどを使用する選手も多くみられることから、今回の座談会では顎関節症のアプライアンスに絡めて、歯科用アプライアンスをスポーツにどのように応用すべきか、そしてそれをどう評価すべきかなどをテーマにしていただけるとありがたいです。


池田 勝紀 先生
当院では顎関節症の疑いのある患者さんに対して、歯牙に磨耗部位や冷水痛がないか、さらに上下顎の骨隆起の有無を確認します。続いて顎関節部や周囲筋の触診を行いながら生活習慣に関する問診を行います。その後必要性を感じればナイトガードの製作を行っています。個人的にはこれまで周囲筋や関節部位に対するアプローチや指導法に弱さを感じており、今回の座談会で知識を得られることを期待しています。

デンタルマガジン 173号 SUMMER