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病院内歯科における摂食嚥下障害の治療と高齢者歯科の取り組み

茨城県厚生農業共同組合連合会 JA とりで総合医療センター 高齢者歯科/口腔外科 高齢者歯科科長 井口 寛弘

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■目 次

井口 寛弘
茨城県厚生農業共同組合連合会
JA とりで総合医療センター
高齢者歯科/口腔外科
高齢者歯科科長 井口 寛弘

JAとりで総合医療センターでは2年前に全国で初めて「高齢者歯科」を標榜科名として取得しました。それまでにも多くの高齢患者を診療してきた同科の井口寛弘先生は「近年、適合や噛み合わせが悪い義歯が原因となり、嚥下障害を引き起こしている患者さんをよく見かけます」と話します。
干渉電流型低周波治療器などの新たな医療機器を導入し、積極的に摂食嚥下障害の治療を行う井口先生に、JAとりで総合医療センターにおける高齢者歯科の取り組みと摂食嚥下障害の診療についてうかがいました。

■「高齢者歯科」の標榜科名を取得

病院内歯科と言えば、一般的に口腔外科が思い出されると思います。当院においても、長らく歯科口腔外科のみの診療体制を続けてきました。しかし、急速な高齢化により、義歯のトラブルや摂食嚥下障害など、高齢患者特有の症例が増加しています。
「歯科」と一括りに呼んでも、例えば、口腔外科学と補綴学とではまったく別の学問であり、それは言うなれば、内科と外科ほどの違いがあります。従来通りの口腔外科領域だけでは増え続ける高齢患者への十分な対応が難しいことから、2016年の赴任以来、院内歯科の体制を少しずつ改革してきました。そして、2017年9月、全国に先駆けて「高齢者歯科」の標榜科名を取得するに至りました。

  • JAとりで総合医療センター歯科部門(高齢者および口腔外科)の高齢患者(65歳以上)の主訴・依頼内容
    JAとりで総合医療センター歯科部門(高齢者および口腔外科)の高齢患者(65歳以上)の主訴・依頼内容。

■摂食嚥下障害の評価、診断

日本人の多くは最期まで口から何かしら摂取することを望んでいます。そのため、高齢者を診るうえで重要となるのが摂食嚥下障害の治療です。一方で、摂食嚥下障害は口腔機能をはじめ、咀嚼、飲み込み、送り込みなど、多くの機能を総合的に診る必要があることから、より丁寧な評価、診断が肝心になります。
例えば、摂食嚥下障害の患者さんが訴える典型的な症状に「むせ(誤嚥)」があります。どんな場面でむせるのか、どんな食品でむせるのかなど、「むせ」をひとつ取っても、さまざまな角度からの判断が必要となります。そうしたことから当科では問診を複数回にわたって行い、自宅での食事場面を撮影した動画を確認するなどしたうえで、スクリーニング検査や嚥下内視鏡検査などの精査を行います。また、全身状態の評価や栄養学的評価も並行して行い、すべての検査結果を合わせながら治療方法を検討します。

■義歯性嚥下障害とは?

摂食嚥下障害の原因は実にさまざまです。早食いが原因のこともあれば、低栄養からサルコペニアを引き起こして誘発されることもあります。これらのようなケースの場合には食事指導や栄養指導を中心に改善を促します。
多様な原因の中でも近年増えているのが義歯に由来した嚥下障害で、当科では義歯性嚥下障害と呼んでいます。これは本来、噛み合わせや適合の良い義歯を使用していれば、嚥下障害を起こさなかったであろう症例です。
では、なぜ義歯が原因となるのでしょうか。さまざまな要因が複雑に絡み合っているため、一概に言えるものではありませんが、例えば、通常、嚥下の際には奥歯を噛んだ状態になります。しかし、噛み合わせが悪ければ、奥歯を噛みしめられず、その結果、嚥下が正しくできなくなります。患者さんが若かった頃には、そうした不具合のある義歯であっても患者さん自身が上手く使いこなしてくれますが、加齢とともに口腔機能が衰えると、その不具合が如実に症状として現れます。何かの拍子に入院して寝込んでしまった途端、急に入れ歯が使えなくなり、嚥下障害を引き起こすといったケースがよくあるのです。
あるいは、障害に合わせた義歯ではないために発症するケースもあります。例えば、義足はその人の障害や用途に合わせて作られるものです。義歯も本来、片麻痺がある方には片麻痺の障害に合わせた調整をするといった具合に、個々人で形状などが変わって然るべきです。しかし、残念ながらそうではない義歯が多く、義歯性嚥下障害と診断される症例が後を断ちません。

■一口腔単位から全身を診る意識へ

摂食嚥下障害の患者さんの中には通院困難な方が多くいらっしゃいます。一方で訪問診療などのニーズの高まりから高齢患者に比較的近い場所にいるのが歯科医療従事者です。近年では医科の先生よりも身近なドクターとして認識されている患者さんも多いと思います。
私自身も診察の際には便秘の悩みの相談を受けるなど、歯科とは直接関係のない症状まで診ることが珍しくありません。患者さんは歯科、医科を問わず、自身の健康についてよく理解してくれるドクターを頼りにするものです。それらのことを鑑みると、今後歯科には歯を診るだけではなく、全身の健康を診るという意識を持つことが求められているように思います。「一歯単位ではなく一口腔単位」という考え方がありますが、そこからさらにエリアを広げ、全身を診ることで歯科の社会的意義がより増していくのではないでしょうか。そして、すでにそうした時代が始まっていると、日々の診療を通じて感じています。

  • JAとりで総合医療センターの外観
    茨城県取手市周辺地域の中核病院として機能しているJAとりで総合医療センター。周辺には定年後の世代が多く暮らし、高齢化が進んでいる。
  • 診療風景
    井口先生のもとには歯科の疾病だけでなく、さまざまな健康の悩みを抱えた患者さんが訪れ、井口先生に相談する。一見すると内科の診療風景のようだ。
  • 嚥下内視鏡検査で痰の有無を確認しているところ
    「痰が絡む」という患者さんに対し、嚥下内視鏡検査で痰の有無を確認しているところ。実際には問題となるほどの痰や炎症は見つからず、他の原因を探ることに。
  • 上顎がんにより上顎を切除した患者さんの顎義歯を調整しているところ。
    上顎がんにより上顎を切除した患者さんの顎義歯を調整しているところ。
  • 唾液検査をしている様子
    高齢者歯科には車椅子の患者さんも多く訪れる。ドライマウスが疑われたため、唾液検査をしている様子。

Interview干渉電流型低周波治療器を活用した嚥下障害治療

井口 寛弘

近年、嚥下機能の改善に注目されているのが干渉電流型低周波治療器「ジェントルスティム」です。
歯科での導入実績はまだ少ないものの、JAとりで総合医療センターの高齢者歯科では嚥下障害治療の一環として、積極的に用いられています。具体的な使用方法や有用性、導入の経緯などを井口先生にうかがいました。

活用するようになった経緯

「ジェントルスティム」は干渉波刺激によって咽頭を刺激し、咽頭感覚を賦活させて嚥下障害の改善を促す医療機器です。嚥下障害の新しい治療手段として近年、導入が進んでいます。
当院に赴任する以前、高齢者施設において継続的に使用したことがありました。他のリハビリも実施してはいたものの、一年後、まったく食形態が落ちず、嚥下機能も維持されたままという方が複数名いました。通常であれば一年後には胃ろうになっていてもおかしくないような重度の嚥下障害の方がフラットなままだったため、施設の方たちは非常に驚かれていました。
ジェントルスティム自体は新しい機器であるため、エビデンスの構築はこれからになりますが、私自身も経過を追う中で、その有用性を実感し、当院においても積極的に活用しています。

  • 干渉電流型低周波治療器「ジェントルスティム」の写真
    干渉電流型低周波治療器「ジェントルスティム」。
  • 干渉波刺激のメカニズムの図
    干渉波刺激のメカニズム。
使用方法とメリット

使用方法は左右の舌骨下筋群に電極を装着し、それぞれに2,050Hzと2,000Hzの電流を流します。そして、50Hzの干渉波を送ることで、頸部干渉波刺激によって嚥下反射惹起遅延の改善を狙います。
干渉波刺激であるため、一般的な電気治療のように強い痛みはなく、また、神経に作用するので強い筋肉刺激もありません。特にメリットに思うのは治療中にドクターやスタッフの手が空く点です。当科ではテレビモニターの前に座ってもらった状態で30分間、ジェントルスティムによる治療を行っています。治療中は口腔機能低下症や口腔乾燥症など、患者さんの症状や関心事にそった保健指導用の教材ビデオなどを見てもらうようにしています。 高齢者に対して口腔保健に関する知識や技術をわかりやすく説明し、なおかつ理解してもらうには、相応の時間と労力を要するものです。その点、治療をしながら、ビデオで学習してもらえるというのはメリットに感じています。
また、本体は片手で持てるサイズであり、タイマー機能もあるため、病院内での治療以上に重宝するのが訪問診療の現場です。訪問と同時にジェントルスティムによる20分間の治療を開始し、その間に口腔ケアなどを行う、そんな使い方も可能となります。

継続的な観察で、変化を見落とさない

摂食嚥下障害は重症化すれば、誤嚥性肺炎の主な原因となり、加えて経管栄養になるなど、口から食べる楽しみを患者さんから奪います。そのため、摂食嚥下障害の治療や予防に対するニーズは高まりを見せています。
実際に、当科には地域の医科・歯科診療所をはじめ、介護施設や療養型病院など多くの施設から専門的な診断・加療の依頼があります。
その一方で、摂食嚥下に対して関心が薄い先生や施設もまだまだ多く、オーラルフレイルや口腔機能低下症といった摂食嚥下障害の前駆症状を見過ごしてしまい、症状が悪化してからようやく依頼が来るケースもよくあります。
高齢患者との関わりは継続的な観察が大切です。特に摂食嚥下機能は本人も家族も気づかないうちに落ちてしまうことがよくあります。落ち方には個人差があり、ゆっくりと衰える方もいれば、突然スイッチが入ったように急速に衰える方もいます。だからこそ、継続的によく観察をし、ささいな変化を見落とさず、初期段階で速やかにリハビリを開始したり、食形態を調整したり、相応の対処をすることが大切になります。

早期発見のポイント

摂食嚥下障害を早期に発見するポイントは滑舌低下、食べこぼし、口にする食品の種類が限定されてくるなど、小さな口腔機能の低下に気がつくことです。オーラルフレイルが全身的なフレイルと関係が深いことが近年報告されるようになりましたが、口腔内のささいな衰えに気づき、適切に介入することで、摂食嚥下障害の予防、改善につながるだけでなく、介護予防が進み、要介護状態になるリスクが減少します。
当科は設置から2年が経ちました。もともと標榜科名を取得した背景には高齢者歯科の専門性を内外に通知したいという思いがありました。他職種や地域の施設、あるいは住民等を巻き込みながら、摂食嚥下障害やオーラルフレイルを早期に発見し、早期に介入できる環境を今以上に整えていけたらと思っています。

  • ジェントルスティムの本体の写真
    ジェントルスティムの本体は手のひらに収まるサイズ。重量も約250グラムと軽い。
  • 左右の舌骨下筋群に電極を装着してジェントルスティムを使用する写真
    ジェントルスティムは左右の舌骨下筋群に電極を装着して使用する。
  • テレビモニターに保健指導用の教材ビデオを流しながら、3人同時にジェントルスティムの治療を実施しているところ
    テレビモニターに保健指導用の教材ビデオを流しながら、3人同時にジェントルスティムの治療を実施しているところ。

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