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Clinical Hint

口腔機能管理のための“理学療法活用”マニュアル −1− 運動指導と手技療法に必要な身体運動知識そして触診の実際

スポーツデンタルハイジニスト・健康運動指導士 姫野 かつよ

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■目 次

■はじめに

近年のQOL重視の社会風潮の流れから、2018年の診療報酬改定では、新しいニーズにも対応でき、安心・安全で納得できる質の高い医療の実現・充実を目的に、“口腔機能発達不全”や “口腔機能低下”という機能障害に対する評価が新設されました。これに従来からある顎関節症を含めれば、小児から成人そして高齢者まですべてのライフステージにおける口腔機能管理が可能となったわけです。
しかしながら、これら口腔機能障害の診療にあたってはその内容に皆さんがこれまであまり聞かれたことのない用語や概念が多く含まれているため、新たな知識の習得も必要になってきます。
第1回目は、管理方法としての理学療法、なかでも中核をなす技法である“運動指導と手技療法”の基礎となる知識や概念について説明し、次いでそれらの理解に役立つ身体運動に関する実践的知識の紹介と、基礎術技となる姿勢是正と触診の動画をお届けします。

  • 表 器質的疾患と機能的疾患の違い
    表1 器質的疾患と機能的疾患の違い(作成者:京都市開業 竹内正敏先生&大阪大学歯学部 大継将寿先生)

■1. 器質的疾患と機能的疾患の違い

最近は、歯から口腔へなどのキャッチフレーズとともにう蝕などの器質的疾患から顎関節症などの機能的疾患へのパラダイムシフトが起こっています。実は、筆者もこれついては漠然とした考えしかもっていなかったのですが、昨年参加した勉強会の中で大変分かりやすい表をもとに両者の違いの説明を受け、大きく理解が進みました。ここではそれを紹介いたします(表1)。
表1では、その病態から両者の違いを“見えるものを診る”から“見えないものを診る”への意識の変換と捉えています。また症状の違いから「基本的な考え方」の中では“治療”と言わずに“管理”という用語を使っていますが、これも機能的疾患の症状が未病段階であるということを考えれば納得のいくところです。その他の項目については、関連深いテーマのところで順次取り上げていきたいと思います。<【注】未病:健康以下で病気未満の新たな領域を表す健康観>

■2. 機能的疾患の治療対象は“運動器”

表1において、器質的疾患の治療対象は各種組織となっていますが、これは普段からう蝕や歯周疾患の治療を行っている私たちにとっては容易に理解できます。一方、機能的疾患の項目にある“運動器”となるとほとんどの方は首を傾げられます。それも当然のことで、歯科ではあまり使われることのない用語なのです。
運動器の基本構造は、①筋肉、②骨、③関節からなっており、動源である筋肉が脳からの指令を受けて活動することにより骨を動かし、方向を関節でコントロールして身体の運動(機能)を作り出します。その典型が“顎”です。
実は、口腔にはそれ以外にも舌や口腔周囲筋などの運動器があるのですが、これらは口腔が消化器官としての性格を有することから、筋肉の付着が必ずしも骨についておらず内臓器的な特長を有しています。このことが、歯科では運動器という用語が普及しづらい原因になっているようです。
しかしながら、この運動器という概念を持って口腔を見れば、運動を担う“顎”と道具としての“歯”と両者の働きをよく区別できるようになります(図1)。

  • 顎と歯の仕組み図
    図1 顎は運動器、歯は道具と考えるのが機能的には妥当です。

■3. 運動指導と手技療法

歯科では、運動指導(機能訓練)や手技(徒手)療法という用語が普通に使用されていますが、では機能管理の中でのそれらの役割についての説明となると、はたと考えられるのではないでしょうか。そのようなときに役立つのが運動器の概念です。
次にそれをわかりやすくまとめてみました(図2)。これで、理解しやすくなったと思います。次は運動指導のポイントやそれに必要な知識についてお話していきます。 

  • 機能管理における運動療法と手技療法の役割
    図2 機能管理における運動療法と手技療法の役割を運動器と絡めて考える。

■4. 機能的疾患における運動指導では患者さんの“主観”が重要

表1において、器質的疾患の療術主体は医師、機能的疾患では患者と記してあります。これは、器質的疾患では客観的な病理データをもとに歯科医師が患者さんに治療を行い、機能的疾患では主観的な随意感覚をもとに患者さんが運動による自己改善療法を行い医師はその管理を行っていくというものです。
これまで、臨床現場で客観視の重要性を耳が痛いほど叩き込まれてきた私たちにとっては即座に理解しがたいものですが、実は機能的疾患管理の運動指導を行ううえでのポイントは、患者さんの主観をいかに我々の客観とすり合わせるかという点にあります(図3)。例えば顎の運動指導においては、患者さんは目で見えることのない筋感覚(加速度、力の入れ具合)で表現しますが、我々術者は目で見ることのできる運動(軌跡と速度)で感知します。当然、そこでは主観と客観の間にズレが生ずるわけですが、そのズレをよく理解して上手に埋めていくのが運動指導をする術者の腕前ということになります。次に、それを行うために必要な知識をいくつか紹介していきます。<【注】筋感覚:筋紡錘や腱紡錘などの感覚受容器から中枢神経に伝えられてくる筋肉の位置や運動に関する情報>

  • 運動指導における患者さんの主観と術者の客観のズレ
    図3 運動指導における患者さんの主観と術者の客観のズレ

■5. 筋肉の運動をコントロールするためのシステム

(1)フィードバック制御とプログラム制御

 “フィードバック制御”は視覚や身体のセンサーからの情報をもとに動作を行うものでゆっくりした動作に適し、“プログラム制御”は事前に見積もった力量で動作を遂行するため早い動作に適しています(図4)。

(2)初動負荷動作と終動負荷動作

運動動作の初期に力を入れるのを“初動負荷動作”、終期に力を入れるのを“終動負荷動作”と言い、筋の活動様式が異なります。
咀嚼では食物の違いにより、噛むときの力の入れ具合が異なります。‟小臼歯による破砕運動”や‟砕きやすい食物”は噛み初めに力がかかり、‟大臼歯による臼磨運動”や‟砕きにくい食物”は噛む後半に力が入ります(図5)。

(3)オノマトペ

“オノマトペ”とは擬音語と擬態語の総称を意味するフランス語で「擬音語」は実際の音を言葉として表現したものであり「擬態語」は視覚や触覚などの感覚印象を言葉で表現したものです。運動指導においては、状態や心情など音のしないものを音によって表す擬態語が特に重要になります。口腔機能訓練や運動指導においてオノマトペが使用される場合、運動の「コツ」を伝授する際の言葉として使用されることが多いですが、患者さんが自己の動作を制御する手段として用いられることもあります。
具体例(図6
・運動指導‥「イカは奥歯で“グイ”と噛んでね」(臼磨運動惹起)
・自己動作‥“ハァー”と息を長く吐きながら口を開ける(筋肉弛緩)

  • フィードバック制御とプログラム制御
    図4 フィードバック制御とプログラム制御
  • 初動負荷的な噛み方と終動負荷的な噛み方の違い
    図5 初動負荷的な噛み方と終動負荷的な噛み方の違い
  • 歯科の運動指導におけるオノマトペ<
    図6 歯科の運動指導におけるオノマトペ

■6. 筋肉の働きに関する基本知識

(1)筋肉は“ペア”で働く

筋肉の活動はただただ縮むだけです。ではどうして元の長さに戻るので しょうか。それは同じ骨に付着して相反的な動きをする筋肉との協同作業によるものです。その時の両者の活動具合により、次の3つの状態が生まれます。
① 弛緩‥両筋とも不活動(リラックスした状態)
②運動‥片方の筋は活動し、他方は不活動(相反性活動)
③緊張‥両筋とも活動して動けなくなる(筋共縮)
これらを模式的に表したものが図7です。

(2)顎の開閉口運動では上顎も下顎も動く

顎の開閉運動では上・下顎とも動くのですが、視線がブレないように上顎の動きは抑制され頭部は固定されます(図8)。
その働きをするのが僧帽筋や胸鎖乳突筋といった肩部や頸部の筋肉です。そのため顎を使いすぎると肩や首まで凝るのです。

  • 筋肉の活動状態の違いがもたらす三態
    図7 筋肉の活動状態の違いがもたらす三態
  • 下顎を固定して開口すると上顎が動く
    図8 下顎を固定して開口すると上顎が動く

■7. 姿勢と頭位と顎位は連鎖している;“運動連鎖”という概念

スポーツ歯学の最新の論文の中で“スポーツ好適顎位”という用語が使われています。これはスポーツ中の姿勢変化は頭位の変化を引き起こし、さらに頭位の変化は顎位の変化を引き起こし、顎は身体が一番動きやすい位置にセットされるというものです。このようなメカニズムはスポーツの世界では“運動連鎖”という概念で知られています(図9)。
ここで重要なことは、思うような体の動きをするためには、自由自在に動く健全な顎が必要であるということです。顎は噛むための道具というだけではありません。また、姿勢により顎位が変わるという事象は、歯科臨床では知っていなければならない知識です。それについては動画でもお話しします。

■8. 触診;口腔の筋肉に触れてみよう

口腔機能の管理にあたっては、機能の動源である筋肉の状態を知る必要があります。しかしながら、筋肉は皮膚で覆われているため見ることができません。そこで必要になるのが触診の技術です。

(1)筋肉触診のコツは骨にある

実は、筋肉というのは軟らかい組織であるため、触診が非常に難しいのです。例えば咬筋ですが、イラストで見てみると筋肉は赤く、腱は白く鮮やかに彩色されていて一目瞭然です。しかしながら、指で色の識別ができるわけでもなく、ましてや皮膚や皮下脂肪の上から筋線維の走行などわかることはありません。触診で確実に分かるのは、硬組織である骨だけです。
歯科臨床において、まず重要になるのは「下顎骨」です。次に「上顎骨」、そして忘れてならないのは「舌骨」です。それを図10に示します。

(2)筋の触診

口腔周囲の筋は、その機能から下顎を動かす筋、上顎を動かす筋、舌を動かす筋、表情を作る筋に大別されます。ここでは、下顎の開閉口運動に関与する筋肉を挙げてみます(図11)。
閉口筋:咬筋、側頭筋、内側翼突筋 、外側翼突筋
開口筋:顎二腹筋、顎舌骨筋、オトガイ舌骨筋、舌骨下筋群
〔解説〕二腹筋:一つの筋であるが、腱によって区切られ二つの筋の膨らみ(筋腹)を持つ筋肉
あれ不思議ですね? 筋肉が一対のペアではなくいくつもあります。 そうです、基本的には一対のペアなのですが、一対では下顎の複雑な動きを作り出すことができないため複数の筋群により顎を動かしているのです。このような筋肉については、主働筋群、拮抗筋群と記されるときもあります。
舌骨下筋(群)とは、甲状舌骨筋・胸骨甲状筋・胸骨舌骨筋・肩甲舌骨筋の総称です。一見歯科とは関係なさそうに思えるのですが、舌骨を安定させる役割を担うために、呼吸・開口・咀嚼・嚥下・会話などあらゆる口腔機能に影響を与えます。また、筋の付着が胸骨や肩甲骨にまで及ぶため、体幹姿勢が悪く猫背などになると顎を引いた姿勢が取れず誤嚥などを起こしやすくなります。
ただし、この部の触診は歯科では学際領域に入るため 、今回は省略させていただきます。
“上顎を動かす筋”“舌を動かす筋”“表情を作る筋”の働きや触診については、本シリーズのその2、その3で述べていく予定です。

■まとめ

口腔機能管理で重要なことは、多様な患者さんに合わせてベストな治療方法を探しながら行うことです。
例えば指圧を行うにあたり
・データより算出した最適値で行う(×)
・治療しながら患者の最適値を探す(○)
とにかく従来の歯科医療とは少し勝手が違うということで、もう一度表1をよくご覧ください。

参考文献
  • 1) 竹内正敏:口腔機能における“運動器”という概念, デンタルマガジン, 169:78-82, 2019.
  • 2) 姫野かつよ:姫野かつよの筋機能学勉強ノート, 医学情報社, 東京, 2018.
  • 3) Shimosato T, et al.: Jaw behavior of rider in motorcycle sports "Concept of Sports Optimal Jaw Position”, Int J Sports Dent, 12 : 031-038, 2019.
  • 4) 竹内正敏:歯科臨床が変わる, 筋機能学こと始め, 砂書房, 東京, 2012.

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