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Clinical Hint
口腔機能管理のための“理学療法活用”マニュアル −2−  “顎”の機能管理に必要な顎運動知識そして筋弛緩療法の実際
スポーツデンタルハイジニスト・健康運動指導士 姫野 かつよ

キーワード:顎機能管理の要点/顎運動のメカニズム/顎関節と顎筋の弛緩術技

■目 次

■はじめに

第1回目は、口腔機能管理方法としての理学療法、なかでも中核をなす術技である“運動指導と手技療法”の基礎となる知識や概念について説明し、次いでそれらの理解に役立つ身体運動に関する実践的知識の紹介をいたしました。動画では姿勢是正と触診解剖をお届けしました。
第2回目は、口腔の運動器のトラブルとその機能管理に必要な顎運動のメカニズムについて述べ、次いでその治療術技について解説いたします。動画は口腔外からの触診と筋弛緩療法の実践をお届けします。

■1. ライフステージに応じた口腔機能管理

第1回目では、機能的疾患や運動器などの筋機能学における概念的なものについて説明いたしましたが、今回はより実践的な知識を学んでいただきたいと考えています。最初にお話したいのは、ライフステージごとに口腔機能管理の手法の呼称が異なることです。それらの基本術技は運動指導と手技療法であり共通なのですが、その拠り所となった学問分野が異なるため起こった相違です(表1)。
ここで注目していただきたいのは、成人期の口腔機能管理です。平成30年度の診療報酬の改定では病名は入っていませんが、ここには本来「口腔機能失調症」とでもいうべき病名が入ると思われます。それが顎関節症や咀嚼嚥下障害などが該当するであろうことは、前回にお話ししたとおりです。

  • [表]ライフステージごとに異なる口腔機能管理手法の呼称
    表1 ライフステージごとに異なる口腔機能管理手法の呼称

■2. 運動器のトラブルの原因のいろいろ

口腔機能のトラブルとは、すなわち運動器のトラブルであり、その原因は図1のように大別されます。
ここで重要なことは、まず医療面接により運動器の傷害(ケガ)と高齢化による機能低下を鑑別することです。ケガはRICE処置が基本で、高齢化による組織の萎縮は使用することによる賦活が一番の治療です。そして、筋肉のトラブルの大半は筋肉の収縮力低下ではなく、収縮した筋肉が緊張したまま元の長さに戻れなくなる硬縮です。今回の運動指導と手技療法の対象となるのは、筋肉の硬縮とそれに起因する関節の拘縮ですが、いずれも治療は“緩める”ということを目標に行います。

  • 運動器のトラブルの原因
    図1 運動器のトラブルの原因

■3. 顎筋や口腔周囲筋の硬縮と顎関節の拘縮が引き起こす病態

筋肉の硬縮と関節の拘縮は、形態の歪みや関節可動域の減少を引き起こします。口腔領域では、顔貌や顎位の変化そして顎運動の異常です(図2)。

【参考】顎関節症治療では、どうして歯を削ってはダメなのか
近年、顎関節症治療は咬合治療から保存治療へと移行してきており、そのなかでこれまで頻繁に行われていた歯を削る咬合調整はできるだけ避けるように指導がなされています。しかしながら、その主因が顎筋の硬縮による顎位の変化にあると考えておられる方は思いのほか少ないように感じます。
さらに詳しく、筋肉の硬縮が頭顔面部にどのような影響を与えるかについて見ていきましょう。図3は、顎周囲筋の硬縮とその病態例です。まずは、側頭筋が硬縮すると下顎が上方に引っ張られ、偏頭痛やTCHを引き起こします。次に、咬筋や内側翼突筋が硬縮すると下顎は患側へ引っ張られ、顔貌に悪影響を与えます。最後に、顎二腹筋や胸鎖乳突筋が硬縮すると下顎は奥へ、頭部は前方へ引っ張られ、頭位に悪影響を及ぼします。

  • [図]筋肉硬縮や顎関節拘縮が引き起こす顔貌のゆがみや顎運動の異常
    図2 筋肉硬縮や顎関節拘縮が引き起こす顔貌のゆがみや顎運動の異常

■4.“食いしばり”と“噛みしめ”の違いを知っておこう

口元に力の入った状態である“食いしばり”と“噛みしめ”には筋生理学的な違いがあるのですが外観(顔貌)からは両者の違いはほとんど区別がつきません(図4)。それについて、次に筋力発揮の様式から説明いたします。
・食いしばり‥上下顎に付着するすべての筋肉が等尺性の活動を行う(筋共縮)。顎は任意の位置で固定される。この時、歯が接触することもあれば接触しないこともある。
・噛みしめ‥歯を噛んでいくと顎の動きが咬合平面で止まるため、閉口筋は等尺性の筋活動を行う。この時歯は必ず接触する。それゆえ“噛みしめ”という。
この難解な表現を、少しでも理解していただきやすいように、図5に上腕の筋活動を例に示しました。
歯科では通常“食いしばり”“噛みしめ”共にクレンチング(clenching )という用語があてられることが多いですが、これも厳密には食いしばりを“jaw clenching”噛みしめを“teeth clenching”として分けたほうが良いかもしれません。

  • [写真]筋肉の硬縮から生じるいろいろな病態
    図3 筋肉の硬縮から生じるいろいろな病態
    (細密イラストは「歯科臨床が変わる 筋機能学こと始め」砂書房を改変)
  • [写真]外観
    図4 外観(顔貌)からは“噛みしめ”と“食いしばり”の判別は困難です。

■5. 顎機能管理の要点は“筋肉を緩める”こと

なぜ前項で、このような細かいことを取り上げたかお話ししますと、筋肉のトラブルの大半は間違った筋の使い方からくるものであり、これが不必要な顎筋の噛みしめとして出た場合は、歯の摩耗や骨隆起となり目に見えるため気づきやすいのですが、開閉口筋が同時に硬縮した場合、病状は顎運動異常が主となるため動かさなければ見過ごされることが多くなるからです。このような筋肉の硬縮こそが顎機能異常の本態であることは、顎関節症を患う方の表情が硬いことや日常の生活動作自体が重々しいことからも理解していただけると思います。また、大きな声を出さなくなったり口笛を吹かなくなったりして口の運動が不足している最近の子供にも、このような傾向が見て取れるのも同じ理由です。
ここで思い出していただきたいのが、前回お話したスポーツ(動作)好適顎位という概念です。人の動作には姿勢変化と相関する個人に特有なベストの顎位というものがあります。ところが顎筋が硬縮していると好適な顎位がとりにくくなるため、動作がスムーズさを欠くようになってしまいます。顎位は運動連鎖の終末点となるため、顎の動きが悪いことを“動作の抜けが悪い”というふうに表現される整体師さんもおられます。
以上のことより、とにもかくにも顎機能管理の要点は筋肉を緩めることであり、それは全身の筋肉にも当てはまることです。

  • [図]食いしばり(主働筋と拮抗筋の両筋が活動)と噛みしめ(主働筋のみ活動)の違い。
    図5 食いしばり(主働筋と拮抗筋の両筋が活動)と噛みしめ(主働筋のみ活動)の違い。
  • [図]顎を開ける二つの回転運動
    図6 顎を開ける二つの回転運動
    『顎関節の運動メカニズム』についての動画はこちらから

■6. 顎運動のメカニズム

顎運動異常ではその名の通り、顎を動かす際に、痛みやクリック音、運動異常などの病的症状を呈します。これについては、顎運動の詳細なメカニズム(図6)を知っておく必要があります。
まず、安静位から開口をスタートし、初期は閉口筋の力を抜くことによる顎関節の回転運動が主となります。そして閉口筋の伸びが限界に近づくとともに顎関節は滑り運動を始めます。ただし、ここでの滑り運動は下顎骨体の前方への平行移動ではなく、咬筋と内側翼突筋の付着部である下顎角部を軸とした回転運動であることに留意してください。これら開口動作は呼気(息を吐きながら)を伴って行うことによりスムーズに運びます。以上の運動はすべて軽い力で行い、無理な開口運動をさせないことが肝要です。
閉口動作も同様に力を抜いて行いますが、閉口経路はなぜか開口経路とは異なり、まず回転運動を行い、次に滑り運動を行って咬頭嵌合位へ落ち着く人が多いようです。
これでお分かりのように、顎が健全な開閉口運動を行うためには、下顎頭がスムーズな回転運動と滑り運動を行えるよう、筋肉の硬縮と顎関節の拘縮をとって、両者を緩めることが必要なのです。そのために大切なのが顎関節の触診と顎(顎関節と顎周囲筋)の弛緩術技です。

■7. 弛緩術技では“呼吸”が重要

身体運動における呼吸の重要性については、スポーツ界では筋力発揮との関連においてよく知られているのですが、なぜか歯科では顎運動の研究においても「呼吸の影響」についてはほとんど触れられることはありません。しかしながら、運動療法ではこの呼吸をいかに上手に利用するかにより術技の効果が異なってきます。
そのコツは、次のように呼吸の三相に対応してまとめることができます。① 吸気相:運動に備える段階です。力を入れた吸気を繰り返すと交感神経優位となり、身体は興奮しやすくなります。歯科臨床では過換気症候群にその例を見ることができます。
② 停止相:呼吸の軽い停止は運動開始に備える状態、強い停止は筋の共縮が起こりやすい状態です。歯科臨床では、噛みしめとして現れ、軽い噛みしめは身体のバランスをとるときに、強い噛みしめは身体を固めるときに見られます。
③ 呼気相:筋肉の相反的支配が促進され、運動動作は外へ向かって伸びやすくなります。副交感神経優位となるため、筋肉のリラクゼーションが得られやすくなります。歯科臨床では、患者さんの治療が終わって緊張がとれ、コップでうがいをされる時などに、ホッとため息をつかれるといった光景をよく見られるのではないでしょうか。
また、胸式呼吸は交感神経を優位に、腹式呼吸は副交感神経を優位にしやすいということも知っておかれると運動指導に役立ちます。

■8. 触診の実際

第1回目では、筋の触診に必要な解剖学的な解説をいたしました。今回はいよいよその実践に入っていきたいと思います。理学療法で必要な触診手順は次のようになります。
① 概診:軽い触診圧で外皮や粘膜などの熱感を見るとともに、リンパ腺や唾液腺の腫脹がないか術野全体をチェックします。
② 骨診:上顎骨、下顎骨などの外形、そして舌骨の位置を確認していきます。この時の下顎骨の外形が判別できる触診圧が触診における基本圧です。
③ 筋診:まずは安静状態(下顎安静位)での筋肉に硬さに左右差がないか確認します。次は、歯を噛みしめてもらい痛みの出る筋肉がないか確認します。
④ 運動診:顎の開閉運動を行わせ下顎頭の動きに左右差がないか確認します。次に、顎関節に側方圧をかけて左右の顎関節の拘縮状態を見ます。舌骨は嚥下運動における動きをチェックします。
これらを行う中で、リンパ腺や唾液腺に異常が見つかればその段階で触診の中止も検討してください。
そして筋肉の硬結、顎関節の拘縮が見つかれば、弛緩術技を施すこととなります。
【注意点】頸動脈洞では反射による失神、頸動脈プラークによる脳梗塞のリスクがあることから触診や手技の際には、頸動脈三角にある総頸動脈を不必要に刺激しないこと。

『触診の実際』についての動画はこちらから

■9. 顎関節と顎筋の弛緩術技

(1)呼息同調開口トレーニング

おそらく読者の大半の方は、“口を開けるのにトレーニングが必要?”と首を傾げられると思いますが、実は顎関節症の患者さんなど身体の使い方の上手でない人は、ほとんどが身体動作時に息を止められているのです。止息は体を固定します。
びっくりして体が固まった時などは息が止まっていますよね、それと同じです。
このように、日常動作に息こらえが多い顎関節症患者さんは開口動作も力の入っていることが多く、当院ではそういった患者さんに顎に優しい口の開け方として呼息同調開口トレーニングを行っています。
呼息同調開口トレーニングのポイントは次のようです。
ポイント
① 姿勢は椅子座位もしくは立位で骨盤をしっかり立てる
② 開口運動のイメージを是正(図7
③ 呼息しながら開口運動を行う
④ 顎関節の触診をしながら開口する(回転運動⇒滑り運動を確認)

(2)顎関節可動化療法

運動器本来の動きを取り戻させる術技を可動化療法(モビリゼーション)といいます。ここでは拘縮した顎関節と下顎頭に付着している外側翼突筋を緩めます。本法は、多少解剖学的な知識も必要なことから術者の手により行うことが基本です(図8)。なお、施術は安静位で行いますが、上達すれば少し口を開いた状態で行う場合もあります。
また、器用な方であれば、ホームケアとして患者さん自身でも行うこともできます。その時、左右は別々に施術した方がよいですが、ある程度可動性が回復していれば両側を同時に行っても大丈夫です。

(3)顎のストレッチング

顎のストレッチングは比較的簡単な術技であるため、顎をいためた患者さんのホームケアとして頻繁に採用されます。それだけに正しい方法をしっかり覚えていただく必要があります。
まず閉口筋のストレッチで知っておいて欲しいことは、「大きな開口」イコール「閉口筋のストレッチング」ではないことです。
ストレッチングは筋肉を引き伸ばし、関節を緩めることを目的として行うものです。ところが無理な開口運動、とくに切歯を押し開く方法(クスフィンガー・マニューバ)などでは、このストレッチングの条件に合致しない逆の作用が生まれ顎関節に負担をかける可能性があります。
これについては動画で詳しく説明いたします。

『顎のストレッチング』についての動画はこちらから

  • [図]口を開ける時の意識(イメージ)を是正する
    図7 口を開ける時の意識(イメージ)を是正する。
    『呼息同調開口トレーニング』についての動画はこちらから
  • [写真]顎の可動化療法の二法
    図8 顎の可動化療法の二法
    『顎関節可動化療法』についての動画はこちらから

■10. ホームケアの重要性について

機能的疾患の治療においては、処置や手術より管理が重要であることは前にお話ししましたが、その管理の中心となるのがホームケアなのです。その理由は機能的疾患の主たる病因が運動器の間違った使い方にあるからです。
これを改善するためには、時間をかけた丁寧な医療面接の中で患者さんの生活習慣の中に潜む問題点を洗い出すことが必要です。そうはいっても、日本人の日常生活に大きな違いがあるわけでもなく、いくつかの大きなパターンが見て取れます(図9)。
術技の向上の近道は経験の蓄積です。施術中に気がついたことを地道にメモを取っていかれれば、あなたも顎の運動指導の達人となられることでしょう。

  • [図]顎関節症におけるタケウチ歯科の生活指導のいろいろ
    図9 顎関節症におけるタケウチ歯科の生活指導のいろいろ
参考文献
  • 1) 奈良 勲:理学療法の捉え方、1-25、文光堂、東京、2001.
  • 2) 竹内正敏、ほか:スポーツにおける噛みしめの研究、スポーツ歯学、22:42-49, 2019.
  • 3) 姫野かつよ:姫野かつよの筋機能学勉強ノート,医学情報社,東京,2018.
  • 4) 吉田 渉:お口の取扱説明書─安静空隙(1)、85-90、第一歯科出版、東京、2018.
  • 5) 姫野かつよ、ほか:モトクロスライダーの顎関節症への理学療法が顎運動と身体能力を改善した症例、スポーツ歯学、24: 44-51, 2020.

デンタルマガジン 176号 SPRING