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176号 SPRING 目次を見る

Clinical Report

超親水性インプラント「INICELL」の機能と臨床

日本大学松戸歯学部 臨床教授 月岡 庸之

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キーワード:予知性の高いインプラント治療/安定した早期荷重/治療期間短縮

目 次

INICELLの機能

SPIインプラントで知られるThommenMedical社から今回超親水性のインプラントが発売された。これは従来のSPIインプラント表面構造“Thommenサーフェス”はそのままに、インプラント埋入時に、その能力を最大限に高めることによりオッセオインテグレーションの速度を速めるようにしたものである。既存のThommenサーフェスであるThe sandblasted and thermal acid -etched surface(SLA)に関しては多くの論文で評価されている1~6)。特にSLAサーフェスのインテグレーションの能力は高く、その8週間でのBIC獲得の速度と除去トルクは高いことで知られている7)
今回の超親水性インプラントはSLA表面の機能と能力を最大に発揮できるよう表面構造を改変することなく、埋入直前の水酸化ナトリウム処理により本来持っている表面エネルギーを復活させる画期的なパッケージシステム“APLIQUIQ®”の構造により、その効果をさらに高め超親水性表面として完成させたものである(図1

  • [写真] INICELLの専用ケース「APLIQUIQ」
    図1 INICELLの専用ケース「APLIQUIQ」。

INICELLの特徴

<表面処理と超親水性>
チタンインプラントの表面は、主にナノメートル範囲の厚さの天然酸化物層の存在によって決定される。この二酸化チタン層の物理化学的特性は、時間の経過とともに空気と反応し、表面エネルギーの低下につながるため、変化する。その結果、時間の経過とともに、チタンインプラントは通常、疎水性の表面となる。
Thommen INICELL®は埋入直前に水酸化ナトリウム処理することにより表面エネルギーを増加させ疎水性表面を超親水性に変えることが選択された(図28)。pH値が12を超える高アルカリ性INICELL® コンディショニング溶液の水酸化ナトリウム( 0.05M NaOH)は、インプラント表面に抗菌効果をもたらし、感染のリスクを最小限に抑え、治癒の初期段階での安全性を高める。抗菌効果は、水溶液中の遊離ハイドロキシイオン(OH-)によって生成され、鹸化プロセスによって細菌の膜を破壊し、その結果、微生物を無害にする9)
臨床ではAPLIQUIQというインプラントパッケージを使用することによりインプラントの表面をアルカリ性で超親水性のINICELLを得ることができる(図3)。この超親水性表面は、5度未満の水接触角を示し生理学的液体、特に血液によるインプラントの自発的かつ完全な濡れを促進する(図410)
<表面化学>
表面エネルギーと超親水性は、インプラントと生体環境との相互作用において重要な役割を果たす。この相互作用は血漿タンパク質の膜の急速な吸着という形で、最初の血液接触の直後に始まる。このインプラント表面に堆積したタンパク質フィルムの量、組成、均一性、機能性は続く治癒とオッセオインテグレーションのプロセスに影響する11、12)。このINICELL表面のタンパク質の改善された均一な吸着は、その後の治癒およびオッセオインテグレーションプロセスに有利に働くことが期待される(図5)。
<血小板の活性化と血液凝固に関するinvitro データ>
超親水性表面INICELLおよび無処理の表面構造での血餅の形成を比較したinvitro 研究では、血液凝固カスケードの活性化と形成する血餅の組成、構造および組織は、2つの基質タイプで有意に異なっており、血液凝固の活性化と活性化された血小板の数の両方が、INICELL表面で増加した13)
この研究結果は、INICELL表面のより速いオッセオインテグレーションが、血液凝固の活性化と形成する凝固物の構造の変化に起因する創傷治癒の加速に関連している可能性があることを示唆している(図6)。

  • [写真] チタン表面の超親水性処理の方法
    図2 チタン表面の超親水性処理の方法。
  • [写真] 超親水性チタン表面を有するINICELL
    図3 超親水性チタン表面を有するINICELL。
  • [図] 親水性と超親水性の模式図
    図4 親水性と超親水性の模式図。
  • [写真] モデル基板上のタンパク質フィルム付着状態(左:未調整、右:調整表面)
    図5 モデル基板上のタンパク質フィルム付着状態(左:未調整、右:調整表面)。
  • [写真] モデル基板上の血液凝固物の走査型電子顕微鏡写真
    図6 モデル基板上の血液凝固物の走査型電子顕微鏡写真。

臨床研究

INICELLの最初の臨床使用は、ヨーロッパのそれぞれ2つの独立した多施設症例研究で報告されている。臼歯部部分欠損の症例に対し1回法または2回法の外科的プロトコルで治療し、良好な骨質では3週間(クラスⅠ~Ⅲ)、弱い骨では8週間(クラスⅣ)の短い治癒時間の設定をした。被験者65人でINICELLインプラントは146本使用された。すべてのケースで早期荷重が可能であり、良好な臨床転帰が得られることが確認された14)
また、がん治療のためX線照射が行われた症例を含む骨質クラスⅢおよびⅣの部分に対してのINICELLインプラント治療においては初期の治癒段階でのインプラントの安定性の継続的な増加が観察された報告もある15)。また骨質タイプⅠ~Ⅲ(良好な骨)の患者における短期オッセオインテグレーションの臨床的確認研究で初期固定が良好なインプラントは、挿入後3週間でシングルクラウンで荷重をかけることができる報告もある。

臨床における効果的な使用方法

<埋入部位と荷重時期>
INICELL表面構造の高いエネルギーの温存効果を考えると、タンパク質の吸着の能力が高く骨芽細胞の遊走が早く起きる状態では、骨の治癒能力(代謝能力)が低いと予測される状態でもインテグレーションの速度と能力は低下しづらい可能性がある。その結果、BIC獲得の割合は時間軸でも有利に運ぶ。この特性は骨質(骨代謝、骨量構造)の脆弱なインプラントサイトもしくは抜歯窩のようにインプラントと骨との間にギャップが存在し初期のコンタクトが得にくいいわゆる骨量(骨密度)に問題のある状況のインプラントサイトに対してもインテグレーションの獲得までの時間が従来の表面構造に比べ早く行われる可能性を示唆している。もちろん十分な骨質と骨の代謝能力がある部位の埋入についてはさらに早いインテグレーションを獲得できる可能性がある。
臨床においてこれらの特性は2つの重要なファクターとして考慮される必要がある。1つ目は荷重の時期のコントロールであり、2つ目はインプラントサイト状況による選択である。
<荷重への考慮>
インプラントの荷重は埋入部位の骨量により大きく影響を受ける。すなわちインプラント初期固定は既存骨により行われ、続く新生骨のインプラント表面への結合と成熟(オッセオインテグレーション)により2次固定が進行する。このメカニズムは全てのインプラントに起きる現象であり、骨の基本的な機能によってその時間は決定される。通常埋入後2週間で既存骨の壊死による安定性の欠如と新生骨の結合による安定性の獲得が交差し、その後インテグレーションは進行し、SLA表面の場合6週間程度で埋入時の安定性を獲得する。したがってこの場合の荷重は安定性が獲得された6週以降に行うことが推奨される(早期荷重)。しかし表面構造が変革され新生骨のインテグレーションの速度が速くなれば極めて早期にインプラントの安定性は確保され、荷重までの時間はさらに短縮される(図7)。
INICELL表面は無調整表面に比較し即時埋入後2週間後でBICが40%増大する報告もある。以上を鑑みると、INI-CELLが十分な骨量で代謝に問題のない骨質のインプラントサイトに埋入された(骨質タイプⅠ~Ⅲ)場合荷重までの時間は3週間程度になり、脆弱な骨質(骨質タイプⅣ)に埋入された場合8週間程度に短縮されることとなる(表116)
このことはINICELL表面を使用した場合、無調整表面を使用するよりも安定した早期荷重が可能となり治療期間の短縮が図られる可能性を示唆している(図89)。
<骨量と骨質への考慮>
インプラントは通常抜歯窩に対して行われる。このことは抜歯後の埋入時期と骨吸収の形態を考慮しなければならないことを意味している。Chenらが報告したように抜歯後の埋入時期分類を見るとタイプⅠからⅣまで抜歯窩の形態によってインプラントと骨とのギャップに対しての増生が必要なもしくはギャップの大きさを考慮する状況が生じる(図10)。この際インプラント表面構造のインテグレーションのポテンシャルが高ければ従来の表面構造より有利に安定性を獲得することができる。したがってタイプⅠのように抜歯窩の治癒が行われてない時期の抜歯窩即時埋入インプラントや炎症が強く抜歯後大きな骨欠損が予測され、タイプⅡ以降の大規模な骨増生を必要とする場合には従来の表面構造よりインテグレーションの能力が高い表面構造を持ったインプラントの使用が望ましい。その使用により荷重までの時間を短縮することはできないが、同時期のBICの優位性によりインプラント安定性の点では有利な状況を獲得できる。
このようにインプラント埋入サイトの状況が厳しい状況においても予知性の高い治療結果を期待できる(図1112)。
以下に症例を提示する。

  • [写真] オッセオインテグレーション
    図7 オッセオインテグレーション。
  • [写真] 骨質Ⅰ~Ⅲの場合は荷重が6週間から3週間に短縮
    図8 骨質Ⅰ~Ⅲの場合は荷重が6週間から3週間に短縮。
  • [写真] 骨質Ⅳの場合は荷重が12週間から8週間に短縮
    図9 骨質Ⅳの場合は荷重が12週間から8週間に短縮。
  • [写真] 抜歯窩の治癒時期によるインプラント埋入
    図10 抜歯窩の治癒時期によるインプラント埋入。
  • [表] INICELLの荷重時期
    表1 INICELLの荷重時期を示す。
  • [写真] TypeⅠ 抜歯窩即時埋入
    図11 TypeⅠ 抜歯窩即時埋入。
  • [写真] TypeⅡ 早期埋入
    図12 TypeⅡ 早期埋入。

臨床例

患者は56歳男性。全身既往歴は高尿酸血症。左下の大臼歯部分の拍動性疼痛を主訴に来院した。初診時7が切削されており露髄しているも、X線診断にて6歯根周囲の骨吸収を認め破折を疑った。両歯とも保存処置をしたが6は予後不良であったため保存が困難であることを患者に伝えインプラント治療の合意を得たので抜歯をした。
抜歯後の骨吸収は大きく、X線単純撮影およびCT撮影によるシミュレーションをしたが、ワイド径のインプラントを使用しても既存骨に初期固定が確保できない状態であったため、早期の埋入は断念し、増生後の埋入に変更した。抜歯後1ヵ月に同部位に増生処置をし、その後4ヵ月の治癒期間をおいた。4ヵ月目にX線単純撮影およびCT撮影を行い十分な骨量を確認したためシミュレーションにてインプラントデザインの決定とデジタルサージカルガイドの作成をした。同月にINICELL Element R N(直径6mm長さ10mm)を使用して通法に従って埋入をした。埋入時のISQはMD60BL70であった。埋入2ヵ月後のX線単純撮影にて骨吸収像や透過像がないことを確認後キャップ交換およびISQ測定を行い、数値はMD75BL82を得た。1週後粘膜の治癒を認めたため光学印象を行い、翌週に最終上部構造物を装着した。その後X線単純撮影および歯周病検査にてメインテナンスを行っているが現在まで異常なく経過している(図1327)。

  • [写真] 6の周囲歯肉の腫脹
    図13 6の周囲歯肉の腫脹。
  • [写真] 6の骨吸収像
    図14 単純X線検査。6の骨吸収像。
  • [写真] 歯根破折にて抜歯
    図15 歯根破折にて抜歯。
  • [写真] 抜歯後1ヵ月の状態
    図16 抜歯後1ヵ月の状態。
  • [写真] 骨吸収像は大きく下歯槽管に近接
    図17 骨吸収像は大きく下歯槽管に近接。
  • [写真] 初期固定は困難
    図18 初期固定は困難。
  • [写真] 骨吸収部位の増生
    図19 骨吸収部位の増生。
  • [写真] 増生後4ヵ月の状態
    図20 増生後4ヵ月の状態。
  • [写真] 骨吸収部位は完全に不透過像で満たされている
    図21 骨吸収部位は完全に不透過像で満たされている。
  • [写真] シミュレーションソフトを使用してインプラント埋入位置の設計
    図22 インプラントデザインの選択。シミュレーションソフトを使用してインプラント埋入位置の設計。
  • [写真] インプラント埋入
    図23 インプラント埋入。
  • [写真] 埋入時の初期固定の獲得
    図24 埋入時の初期固定の獲得。
  • [写真] 埋入2ヵ月後「オステルビーコン」による測定
    図25 埋入2ヵ月後「オステルビーコン」による測定。
  • [写真] 埋入後9週目での光学印象
    図26 埋入後9週目での光学印象。
  • [写真] 埋入後10週後最終上部構造物を装着して荷重を開始
    図27 埋入後10週後最終上部構造物を装着して荷重を開始。

まとめ

ThommenSLAの高い実績と能力を生かし表面処理にてさらにインテグレーションの速さと強さを実現したINICELLは今後の治療プロトコルの改変に一石を投じる可能性がある。
反面、今後の臨床での慎重な適用と長期経過観察は必須であり、骨質骨量の診断やインプラントの固定性評価診断など周辺機器の充実も必要になるだろう。
INICELLの使用でインプラント治療のプロトコルが変化する日は近い。

参考文献
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