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「前歯でも噛める入れ歯研究会」が提唱「自立支援歯科学」に基づく本来の義歯のあり方

大阪府大阪市 医療法人 健志会 ミナミ歯科クリニック 理事長・総院長(日本顎咬合学会元理事長、明海大歯学部臨床教授) 南 清和

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  • [写真] 医療法人 健志会 ミナミ歯科クリニック 理事長・総院長 南 清和

    大阪府大阪市
    医療法人 健志会 ミナミ歯科クリニック 理事長・総院長
    (日本顎咬合学会元理事長、明海大歯学部臨床教授)
    南 清和

 要介護高齢者の深刻な問題とされる摂食嚥下機能の低下の原因は、「食事を飲み込む咽頭期にある」という考え方がこれまで主流でした。しかし、近年は義歯が合わずに咀嚼できないことも、原因の一つであることが分かっています。では、義歯の調整によって摂食嚥下機能がどのように回復するのでしょうか。長年、高齢者の自立支援に取り組む南清和先生に、「前歯でも噛める入れ歯研究会」で提唱される「自立支援歯科学」に基づく“本来の義歯のあり方”についてお話を伺いました。

■誤嚥の原因の多くは「咀嚼」にある

自立支援介護に取り組むうえのバイブルである『介護基礎学』(竹内孝仁著:医歯薬出版、1998年)には、自立の定義は「介助なしの常食、自立歩行、おむつなしの自然排便」とあります。一方、要介護高齢者の自立支援介護には「水分摂取、栄養(食事)、自然排便、運動」の4つの基本ケアが必要です(図1)。なかでも水分摂取と栄養(食事)は口腔の問題にかかわり、自立支援介護を実現するためには、歯科の力が欠かせません。
一般的に医療や介護の現場では、要介護高齢者の誤嚥性肺炎を予防するため、ゼリーやペースト状のやわらかい食事(嚥下調整食)が提供されています。しかし、咀嚼を必要としない食事は残念ながら栄養価が低く、生命は維持できても人を元気にすることはできません。もちろん、重度の脳梗塞や認知症、パーキンソン病の場合は、やわらかい食事が必須になることもあります。本来「食べる」とは、咀嚼して、だ液と舌で食塊形成し、嚥下するプロセスをいい、咀嚼は脳(海馬)に刺激を与え、認知機能に良い影響をもたらします。
摂食嚥下のメカニズムは、先行期(認知期)・準備期(咀嚼期)・口腔期・咽頭期・食道期の5期に分かれ(図2)、これまでは「咀嚼、嚥下ができない原因は咽頭期(食塊をゴックンと飲むこむ時)にある」とされてきました。しかし、実際には義歯が合っていない、または、合っていないのに我慢して使い続けているために、咀嚼がうまくできていない症例が見受けられ、多くの原因が準備期(咀嚼期)にあることが分かっています。

  • 要介護高齢者に対する4つの基本ケア
    図1 要介護高齢者に対する4つの基本ケア
  • [図] 摂食嚥下のプロセス[図] 摂食嚥下のプロセス
    図2 摂食嚥下のプロセス。歯科治療は摂食嚥下5期の「咀嚼期」にあたる。

■日本の箸文化に合う「前歯でも噛める義歯」を

河原英雄先生が主宰する「前歯でも嚙める入れ歯研究会」は、口腔機能の改善こそが要介護高齢者の自立支援につながると考え、「前歯でも嚙める入れ歯」の歯科界への普及に注力されています。そして、2018年に自立支援に果たせる役割をより専門的に研究するため、「自立支援歯科学」を立ち上げました(図3)。そこでは義歯の調整によって、摂食嚥下機能の回復から全身機能の活性化をもたらすことを追究する活動を行っています。
たとえば、欧米はナイフとフォークの文化ですので、ナイフで切った食物をフォークで奥歯に送り込みます。これに対して日本は箸の文化です。箸で摘まんだ食物を前歯で噛み切って口の奥に送り、奥歯で咀嚼します。そこで当研究会では「日本人には前歯でも噛める入れ歯が必要」という考え方を基本コンセプトに、少しでも多くの先生方に認知され、実践していただくための講習会や実習を全国で開催しています(図4)。
研究会の主要な活動の一つとして介護施設の入所者をはじめ、要介護高齢者の義歯の調整があります。義歯の噛み合わせを調整すると調整前は食べることができなかった方が、調整から1時間ほどで咀嚼して嚥下できるようになります。たとえば、93歳の男性は義歯調整前はミキサー食でしたが、調整後に前歯で海苔巻きが食べられるようになり、ご本人も「舌が動くようになった」と喜ばれました。さらに、3ヵ月後には常食できるまでに改善しています。また、当院の外来の患者さんも総義歯を調整するだけで、前歯でピーナッツを噛み切ったり、義歯では難易度が高いリンゴの丸かじりもできるようになりました。

  • 自立支援歯科学
    図3 「自立支援歯科学」
  • [写真] 『「箸の文化」に適応した総義歯セミナー』の様子
    図4 2018年モリタで開催された『「箸の文化」に適応した総義歯セミナー』の様子。

■「口から食べる」を取り戻す義歯の調整

このように摂食嚥下機能を回復するための一つの方法が、「義歯リマウント調整法」です。この技術を習得すれば、どの先生でも症例のような義歯の調整が可能になります。これまで多くの介護施設などを訪問し、義歯の調整を行ってきた私の印象では、約80%の方が義歯(噛み合わせ)に問題を抱えています。その原因はバイトの採り方(咬合採得)にあります。義歯リマウント調整法は、「中心位採得(セントリックバイト法)」と「スペイシー咬合器」(YDM)を用いて行うことがポイントです(図5)。
通常の場合、部分義歯から総義歯に移行する途中に修正(増歯)すると、徐々に噛み合わせにズレが生じるようになります。そのため、患者さんは正しい噛み合わせの位置ではなく、習慣的な位置で噛んでいることが少なくありません。実はこのズレを口腔内で見極めて調整することはかなり困難です。「義歯リマウント調整法」はセントリックバイトを採得してリマウントの際の基準とし、ある部分でしか噛めない状態から、咬合器上で左右が均等に当たるように調節します。そうすることで、どこで噛んでも義歯が転覆しない状態になります。訪問先で義歯の調整を行う時の所要時間は1、2時間程度で、私がこの調整を行った患者さんでは、ほぼ全員の方が咀嚼できるようになりました(図6)。
当研究会に所属されている他の先生からも、義歯の調整で咀嚼ができると栄養状態が良くなり、その結果、車椅子や歩行器から自立歩行に移行するなど、全身的な自立につながる症例が多く報告されています。
神奈川歯科大学の研究では、歯をほとんど失い、義歯を使用していないと、認知症の発症リスクが1.85倍になることや、義歯を使用することで発症リスクが4割減少する可能性があるとの報告があります(図7)。さらに窒息のリスクも高くなります。私の経験でも咀嚼に問題がある人は、認知症の進行度が早い傾向があります。しかし、認知症が進行していても、義歯の調整で咀嚼力が上がると、目力が出てきて認知度が改善する症例は多くあります。そういう意味では、義歯の調整は“究極のリハビリテーション”といえるかもしれません。

  • [写真] 義歯のリマウント調整
    図5 義歯のリマウント調整は「スペイシー咬合器」(YDM)を用いて行う。
  • [写真] 訪問先で義歯調整を行っている様子
    図6 訪問先で義歯調整を行っている様子。
  • [グラフ] 歯数・義歯使用と認知症発症との関係
    図7 歯数・義歯使用と認知症発症との関係。
    (Yamamoto et al., Psychosomatic Medicine, 2012)

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