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No.235 2022年4月1日発行

若手スタッフや患者さんに“伝わる”テクニック – 学生を指導する中で得た“天野式”コミュニケーションの方法 – / 若林歯科医院のスタッフ教育法のヒミツに迫る

大阪大学大学院歯学研究科 予防歯科学教室 教授 天野 敦雄 / 東京都 若林歯科医院 院長 若林 健史、歯科衛生士 児玉 加代子、歯科衛生士 松井 直子

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Part.1 若手スタッフや患者さんに“伝わる”テクニック−学生を指導する中で得た“天野式”コミュニケーションの方法−天野 敦雄(大阪大学大学院 歯学研究科 予防歯科学教室 教授) Part.2 若林歯科医院のスタッフ教育法のヒミツに迫る 若林 健史(東京都渋谷区 若林歯科医院 院長)児玉 加代子(東京都渋谷区 若林歯科医院 歯科衛生士)松井 直子(東京都渋谷区 若林歯科医院 歯科衛生士) Part.1 若手スタッフや患者さんに“伝わる”テクニック−学生を指導する中で得た“天野式”コミュニケーションの方法−天野 敦雄(大阪大学大学院 歯学研究科 予防歯科学教室 教授) Part.2 若林歯科医院のスタッフ教育法のヒミツに迫る 若林 健史(東京都渋谷区 若林歯科医院 院長)児玉 加代子(東京都渋谷区 若林歯科医院 歯科衛生士)松井 直子(東京都渋谷区 若林歯科医院 歯科衛生士)

はじめに

歯科衛生士さんは予防歯科の大事な担い手です。しかしその人材確保や指導方法、さらにとくに若い世代の方とのコミュニケーション方法などに悩む院長先生は少なくないようです。そこで今回のDMRでは、ともに長年にわたり予防歯科を実践されてきた天野敦雄先生と若林健史先生、さらに若林歯科医院で勤務する児玉加代子歯科衛生士、松井直子歯科衛生士に、それぞれのお立場から予防歯科が「うまくいく」ためのスタッフ教育法についてお話を伺いました。

PART 1 若手スタッフや患者さんに“伝わる”テクニック  −学生を指導する中で得た“天野式”コミュニケーションの方法−PART 1 若手スタッフや患者さんに“伝わる”テクニック  −学生を指導する中で得た“天野式”コミュニケーションの方法−

私は、今でこそ講演などで聴き手を飽きさせず最後まで聞いてもらえる自信がありますが、駆け出しの頃は学生に講義を聞いてもらえず、毎日が苦労の連続でした。今回は、そうした苦しみの中から私が学び得た“伝わる”ためのテクニックについてお話します。キーワードは“他人ごとから自分ごとへ”です。

その1スタッフ教育編

どうすれば学生たちに“伝わる”のか

若いスタッフさんと「コミュニケーションがとれない」と悩む先生も多いと聞きます。私自身、教育現場において、どうすれば学生たちに“伝わるか”について試行錯誤を続けてきました。まして、現代の学生は “文字を読む”習慣が昔に比べ極端に減っています。「読む・聞く」というよりとにかく「見る」、写真やイラスト、動画などのビジュアルに訴えて頭に情報を少しでも残してもらう工夫が必要です。それでも伝わらない場合、学生が 20 歳で私が 60 歳とすれば、その中間の 40 歳くらいの人に話を聞いてみるようにしています。ちょうど中間だとどちらの考え方も理解できるので、いいヒントをもらえた経験が何度もありました。ぜひ参考にしてみてください。

居眠りばかりで講義を聞いてもらえなかった苦悩の日々

私にも、30 数年前に歯科衛生士学校で授業を担当した際の苦い記憶があります。退屈な衛生統計の授業、教える相手は 1 年生、国家試験が目前に控えているわけでもなく、学びに対するモチベーションもあまり高くはない状況です。ある時 1、2 分ほど板書して振り返ってみると、学生のほとんどが机に突っ伏して居眠りしている。中にはひざ掛けブランケットを肩にかけて寝ている学生や、起きていてもネイルや枝毛のチェックに余念がない学生など…。そんな光景が長く続きました。これは、果たして「寝る学生が悪いのか講義している私に問題があるのか」。しかし、私が変わらない限りこの状況が改善することはないでしょう。そこで私は考えた結果、話の要所に“お笑いネタ”を盛り込んだのです。あるいは、「みんな猫背になっているから講義を中断して背筋を伸ばしてみよう」と途中で体操なども取り入れてみました。するとどうでしょう。さっきまで眠そうだった学生の多くは目を覚まして聞いてくれるようになったのです。これは私の教育現場での一例ですが、若いスタッフや患者さんへの指導にも同じことが言えます。いくら伝えたいことがあっても訥々と話すだけでは伝わりません。人が真剣に話を聞いている時間はたった 30 秒ほどと言われています。私の場合は“お笑いネタ”でしたが、そこに伝えたいメッセージを紐づけておくと、「あの時どうして笑ったんだっけ?」と後から調べてくれることもあります。何でもいいんです。とにかく記憶に残る「伝わり方」をご自身で考えて実践してみてください。

スタッフさんに成功体験を作ってあげてますか?
「クリニックの患者さん」から「私の患者さん」へ

さらに、最近の若い人は「人同士の距離感が遠い」傾向があります。患者さんは、「自分と一緒に悩んでくれた」「痛みや不快感を理解しようとしてくれた」といった「共感」や「寄り添い」を何より求めています。それなのに「なぜ治らないのでしょう」という患者さんの訴えに対して、「そうですか、きちんと処置はしたのですが…」と、ある意味“他人ごと”で患者さんとの距離を縮めようという気持ちが希薄なのです。リアルに会わなくてもコミュニケーションが取れる現代社会において、この傾向は若者に限ったことではないかもしれません。しかしこの距離感では予防歯科を軌道にのせることは難しいと多くの先生も感じられることでしょう。

患者さんに寄り添うスタッフさんを育てるために必要なもの。それはスタッフさんに「成功体験」を作ってあげること。“自信をつけさせる”と言い換えてもいいでしょう。成功体験が生まれない限りスタッフさんは決して患者さんとの距離を縮めよう、患者さんと寄り添おうとすることはありません。歯周治療がうまくいって改善がみられた。そして患者さんから「ありがとう」「あなたのおかげよ」と感謝された。これが成功体験です。一度でもこの成功体験を経験すると「もっと感謝されたい」「“ありがとう”と言われたい」と頑張るのが人間です。そしてこの瞬間、今まで「クリニックの患者さん」=“他人ごと”だったことが、「私の患者さん」=“自分ごと”へと変わるのです。

その2患者さん編

“自分ごと”として患者さんのスイッチが入る瞬間

次に歯科治療やメインテナンスを患者さんにとっての“自分ごと”に変える極意についてお話しましょう。ある年齢以上の人にとって歯科医院は「痛くなったら行くところ」でした。しかし、う蝕と歯周病に完治はありません。口腔内の環境を改善しその状態を維持し続けなければ、必ず再発するものだからです。まず「なぜう蝕や歯周病が起こるのか:原因」と、「引き起こさないために何が必要か:予防」を患者さん自身が理解することから始まります。そして次に、「私はどれだけの熱意でケアしないといけないのか」を知るため現状を的確に把握することが大事になります。その際に必要となるのがさまざまな検査・診断機器です。院内で手軽に行える唾液検査や細菌検査の機器を活用し、数値やグラフに示された客観的事実をもとに患者さん自身のお口の偏差値を教えてあげましょう。低い偏差値の場合は、「あなたのお口の中は通常より悪玉菌が多いようです。このままでは数本の歯が抜けてしまう可能性が高いでしょう。もちろん私たちは全力であなたを支えますが、あなたもご自身の責任でお口の健康を守る努力をしてください。この二人三脚がないとあなたのお口の健康を守ることはできません」とお伝えしてみてください。すると多くの方は「私は口の中は危険な状態なんだ」と自覚し、従来の「先生にすべてお任せします」という人まかせ(“他人ごと”)ではなく“自分ごと”へとスイッチが入るのです。

患者さんの口腔内リスクを伝える方法について
は、YouTube動画にアップしています

その3院長先生編

“さまよう歯科衛生士さん” を生まないために

最後に院長先生へのメッセージです。先生方のなかには「予防歯科は歯科衛生士がやるべき仕事= “他人ごと” 」とお考えの方がまだまだ多いようです。「スタッフ教育編」で触れたように、歯科衛生士さんに活躍してもらうためには、成功体験を持たせ、 “自分ごと” として予防歯科に取り組んでもらわなくてはなりません。ただ、患者さんから感謝される成功体験を経験するためには、それに見合う「知識」と「技術」が必要になります。卒業したての歯科医師が即戦力に程遠いことは院長先生ご自身の経験からもお分かりと思いますが、卒業してすぐの歯科衛生士さんもまさに同様で、段階的に指導・教育していくことが求められます。ところが、多くの院長先生は「衛生士業務=誰でもすぐにできるもの」と思っている節があり、ここに大きな勘違いがあります。まず、衛生士業務は一朝一夕でマスターできる簡単なものではないことに思いを馳せ、学ぶ機会を積極的に作ってあげること。そうした機会がないまま “見よう見まね” で何となく業務がこなせるようになると「これでいいんだ」と誤解してしまいます。するとその歯科衛生士さんは一生成功体験が得られず、結果として転職を繰り返す “さまよう歯科衛生士さん” になってしまいがちです。

予防歯科がうまくいっている医院では、院長先生がスタッフ業務を理解・把握し、新人スタッフが加わると院長先生はじめ先輩スタッフが医院のフィロソフィーから専門的なスキルまで丁寧に指導する環境を整えているところが多いようです。そうは言っても環境整備には時間と手間がかかります。ご参考までに、私、天野をはじめたくさんの先生方が歯科衛生士さんに役立つ情報をYouTube動画で配信していますので、そうした動画を指導の一環として取り入れていただくのも1つの方法です。

YouTube動画は文字が苦手な若い方にも受け
入れてもらいやすいのでは?

国内では歯科衛生士専用の予防用チェアを備える歯科医院はまだまだ限られていますが、これがさらに増えていかないことには日本人の口腔内は決して良くなることはないでしょう。今後、予防歯科をますます推進していくために、先生方も予防歯科を“自分ごと”として捉え、実践していただきたいと思います。

<患者さんを“自分ごと”に変える検査・診断機器たち>
  • 「mil-kin(見る菌:ミルキン)C-Type」口腔内の細菌をスマートフォンで撮影し、その場で説明可能な「モバイル顕微鏡」。患者さんの口腔内細菌をチェアサイドでリアルタイムに確認することができる。

  • 多項目・短時間唾液検査システム「SMT(Salivary Multi Test)3 ステップの簡単操作で、 測定時間はわずか 5 分。一度の検査で「むし歯菌・酸性度・緩衝能・白血球・タンパク質・アンモニア」の 6 項目が測定できる。

  • 光学式う蝕検出装置「ダイアグノデントペン」う蝕の状態を経時的に数値化し、“見つけてすぐに削る治療”から“進行状態に合わせて適切な管理をする治療”へと治療内容を変化させる。

PART 2 若林歯科医院のスタッフ教育法のヒミツに迫る 若林 健史/児玉 加代子/松井 直子PART 2 若林歯科医院のスタッフ教育法のヒミツに迫る 若林 健史/児玉 加代子/松井 直子

続いてPart.2では、若林健史院長とお二人の歯科衛生士さんに予防歯科成功のカギとなる「スタッフ教育」についてお話を伺いました。

スタッフ全員が“同じことを同じように”できるために

若林健史 院長

若林先生、予防歯科を進めいくうえで欠かせない要素は何だとお考えですか

若林歯周基本治療をベースにした予防歯科は、高い「知識」と「技術」を持つ歯科衛生士の存在とそのスキルを若い世代に共有していくしくみを持つことが重要です。当院ではおもに児玉さんと松井さんにその役割を担ってもらっています。
新人の歯科衛生士さんの場合、どんな流れで指導していくのでしょう

児玉まず患者さんへの対応で問題がないレベルまで指導した後に、3ヵ月から半年の間、院長のアシスタントについてもらいます。そこで院長による患者説明や対応を見聞きすることで、クリニックのフィロソフィーや治療方針について学んでもらいます。その後、本格的な衛生士業務のトレーニングに入っていく流れになっています(図1)。

松井指導期間中は、治療の際に術者やアシスタントがどのタイミングでどんな動きをしているか

児玉加代子
歯科衛生士

しているかを自分なりに解釈して1日の終わりにノートに書いてもらって、それを翌日スタッフみんなでチェックします。これを繰り返すことで、治療の流れを把握できるようになりますし、医院の考え方やスタッフのスキルを揃えることにもつながります。Myスケーラーを個人で管理し常にシャープニングなどのメンテナンスを怠らないことや、患者説明ソフトなどをスタッフ全員が活用し、患者説明のレベルを揃えることもその一環です(図2図3)。そして最終的には、スタッフ全員が同じことを同じようにできることを目指します。当院は1時間の予約制でやっていますし、次の患者さんも同じ時間枠で予約されていますから、常に時間を意識し厳守することはとても重要です。そのため新卒、中途を問わず新しいスタッフには必ず時間内で終了するトレーニングを行います(図4図5)。

そのノートとは既成のマニュアルのようなものでしょうか

児玉いいえ、スタッフ個人でつくりあげていくイメージです。複数の先輩スタッフがいろんなことを教えていくので、そのノートを定期的にチェックすることで教育の進み具合も確認できます。

松井チェックの際に、理解できていないニュアンスの書き方があれば、横に付箋を貼って「この作業は〇〇という目的があって行っている」と分かるようにしています。マンツーマンで指導する時間が取りにくい中で「誰がどう教えたのか」という過程が分かるので、この方法はとても有効だと感じています(図6)。

  • (図1) 若林歯科医院の診療フィロソフィー

  • (図2) スケーラー「est2」を用いたスケーリングの様子。「施術の感覚の伝わり方が違う」と児玉さん、松井さんともに角柄がお気に入り。「est2はバリエーションが豊富なので術者の好みに合わせて選択できるのがメリットです(松井さん)」。

  • (図3) 治療経過を説明する際は「TrinityCore3」のランチャーや説明ボードを使用して時系列で説明。「患者さんにとっても『しっかり管理してもらえている』という信頼感を持ってもらいやすいと感じます(松井さん)」。

  • (図4) メインテナンスの時間割。時間内にメニューをこなすためには、常に「知識」と「技術」のアップデートが求められる。

  • (図5) 一人の患者さんを何十年にもわたって歴代の担当歯科衛生士がケアしていることがわかる。「誰が担当になっても同じようにできるシステムづくりが大事なんだと思います(児玉さん)」。

  • (図6) トレーニングの際に作成したノート。その日学んだことを本人が記入し、それを翌日先輩スタッフがチェックし、必要に応じて付箋を使ってメモを書き込んでいく。

若手勤務医にもベテラン歯科衛生士が指導

勤務医の先生に対する指導についてはいかがでしょう

若林うちでは歯科医師だからといって特別扱いはしていないから、クリニックのことをいちばん理解しているこの二人を中心に、歯科衛生士やアシスタントに指導するときと同じように指導してもらっています。

児玉さすがに治療内容については控えますが、患者さんへの説明の仕方などで気になったら注意します。それ以外にも、「ゴミも毎日キチッと捨ててください」など細かいことも言いますね(笑)。

松井若手の先生が初めて患者さんを担当するような場合は、なるべくベテランの歯科衛生士が一緒に入って、「患者さんにうまく話が伝わってないかも」と感じれば間に入って説明することもありますね。「慣れてきたし大丈夫そうだな」と思ったら若いアシスタントを付けたり、そのあたりも主に私たちに任せてもらっています。

若林いずれ開業を目指すのなら、ゴミ出しなどの雑用を含め治療以外の業務もひと通り理解しておいて欲しいという気持ちが私にはあるので、「この二人が言うことは院長の私が言うことだと思って聞きなさい」って勤務医の先生にも言ってあります。おかげで、これまでうちを巣立って開業した先生たちは「あのときに児玉さんや松井さんに言われたことがとても役に立ってます」ってみんな言いますよ。だから私は「立場や肩書きに関係なく先輩の言うことは素直に聞くように」「院長になったら注意してくれる人なんていないよ」とアドバイスしています。

世代が違う若手スタッフへの指導方法

松井直子
歯科衛生士

世代の違いによって指導方法に変化はありますか

松井私たちの若い頃は「見て覚える」のが当然の時代でしたが、今は「教えてもらってないので知りません」と言われることが当たり前なので、それを踏まえて、まさに“手取り足取り”丁寧に教え込んでいくイメージで、私たちの頃とは180°違います。教える側がある程度起こりうるケースを想定して「こういうこともあるからはこうしてね、この場合にはこうするのよ」と細かく指導する必要性を感じます。

若林今の若い人って打たれ弱い感じがしない?

松井そうなんです。だから打っちゃダメなんです。もちろん、みんなが打たれ弱いわけではないですが…。

若林なるほど、まず打っちゃいけないんだ。
果たしてその方法で児玉さん、松井さんと同じような人材が育っていくのでしょうか

児玉同じにはならないでしょうね。新たなスタイルになるというか…。

松井でも経験値が上がると本人の感覚や意識も変わってくるので、自発的にいろんなことを「やらなきゃ、学ばなきゃ」というふうになっていくとは思います。ただ、そこにいくまでにしっかりお膳立てをして見てあげないと、そこに達しないまま疲れてしまう傾向はあるかもしれません。

若林今は本当に「褒めて育てる」しかないんだよ。私は大学で学生にも教えていますが、「いいね、いいね」って常に褒めています(笑)。昔みたいに叱ったりなんて本当にしなくなったね。

指導での苦い経験から生まれた“評価表”

指導がうまくいかなかった経験はありますか

児玉ほんの数年前に新人スタッフが短期間で辞めるケースが続いたことがありました。

松井あの時は定着しない理由が私たちにも分からなくて…。あるとき突然「辞めたいんです」と気持ちが決まってから言われることが続いて私たちも自己嫌悪に陥りました。

児玉その後、自己評価と私たちの評価をすり合わせできる評価表(図7)を試しに作ってみたんです。そこに自分の希望やアピールポイントなども書いてもらって、それをもとに院長と個人面談を行うようになってからかなり改善されました。

松井「きっと私たちにも心を開いていない部分があるんだな」と思って、それを把握するためにこの評価表を作ったんです。

若林評価表は彼女たちが作ったんだけど、項目がたくさんあって、「朝の挨拶や掃除がちゃんとできているか」といった基本的なものから、「患者指導が的確にできているか」「SRPがきちんとできているか」などの歯科衛生士業務についての細かいチェック項目があります。それをまず5点満点で自己採点して、次にこの二人がチェックする。自分では5点と書いているけど二人から見ると3点だったり、もちろんその逆もあります。それで面談前に私とこの二人で「本人はできていると思っているようだけどここはもう少し指導が必要だね」といったすり合わせを行ってから個人面談に臨みます。

スタッフさんとの個人面談はどんな頻度で行うのですか

若林年に1回です。うちでは年俸制を採用していて年に一度契約更改の機会を設けています。

なんだかプロ野球選手みたいですね

若林そう。その場で評価して欲しいポイントもアピールもしてもらう。お互いに評価表を見ながら「自分で思っているほど周りの評価は高くないよ」となれば難しいけど「よく頑張ってるしみんなの評価も高いね」という場合は大幅アップということもあります。

松井採点する際はその項目の横に「ここがこうだから評価が少し低い」というコメントを付箋に書いて貼っておくんです。院長はそのコメントをもとに本人と話をしてくださっているようです。

若林そう。細かい裏方のことまで見ている彼女たちに事前にいろいろ聞いてね。

コメントとしてはどんな内容を書くのでしょう

松井「本人はできているつもりのようですが『実はこの部分までが仕事のうちだよ』というところまで把握できていないかもしれないので聞いてみてください」といったようなことですね。

若林そのコメントを見ながら「そこを気をつければもっと良くなるんじゃないかな」というふうに本人の気づきを促すように話しています。

(図7) 評価表
評価表は全部で49項目におよび、人事考課の参考になるだけでなくスタッフのモチベーション維持・向上にも役立っている。

“担当制”がもたらす患者さんとの絆

お二人とも若林歯科医院に30年以上勤務されていると伺いましたが、今まで続けてこられた要因は何だとお考えですか

児玉若林先生のお人柄はもちろんですが、とにかく風通しが良くて働きやすい環境だったことが大きいと思います。それで続けるうちに仕事の奥深さにどっぷりと浸かってしまった感じです。辞めようと思うことが何度もありましたが、それを踏みとどまらせてくれたのは、患者さんとの長年にわたるお付き合いのおかげです。それを考えると、担当制というシステムにも助けてもらっていると感謝しています。

松井何より院長が歯科衛生士の仕事を理解してくださり、スタッフの自主性を尊重し任せる環境を作ってくださっていることが大きな要因だと思います。私は途中何度か退職・休職しているのですが、そのたびに声をかけてくださって…。出産後の育児を始めた頃は「週一回3時間勤務」からスタートしたんですよ。普通そんな人いないですよね(笑)。あとは児玉さんと同じく担当した患者さんの存在が大きかったです。復帰した際に午前中のみの勤務だとお伝えしたら、その時間に合わせて予約を入れてくださる方がいらっしゃって、とても嬉しかったんです。そのことが「少しずつでも時間を増やしてなるべくたくさんの方を診たい」というモチベーションに繋がっていったと思います。

若林早退するときなんか申し訳なさそうにしながら帰るわけ。「仕方ないんだから大手を振って帰っていいよ」って私は言うんだけど、やはり他のスタッフに申し訳ないと思うんだね。子どもが小さい時なんか急に体調が悪くなることもあるから、そんな時は他のスタッフみんなでカバーする。それが当たり前の環境にならないと長くは続けられないよね。

松井私の場合はどんな形でも戻らせてもらえるようなクリニック側の体制があることでとても働きやすかったんです。あと、復帰する際の知識やスキルのギャップも心配でしたが、院長から「少しずつ取り戻せばいいよ」って言ってもらえたのも安心できました。

若林ただ、私がいくら「週一回でいいからおいでよ」って言っても、周りのスタッフがNGだったら成り立たないからね。やはり周りのスタッフのおかげだよ。

児玉辞めてもいい人だったらそうはならないから、松井さんのこれまでの努力や働きぶりをスタッフみんなが認めていたからだと思います。

若林そうだね。週一回3時間でも来て欲しい存在だったんだよ。

<児玉さんの「これまででもっとも
印象に残っている症例」>
  • 初診 1992年 53歳
    • PPD≧4mm 15%
    • BOP(+)32%
    • 残存歯数28本
  • 2009年 70歳
    • PPD≧4mm 0.6%
    • BOP(+)0.6%
    • 残存歯数28本
  • 2021年 82歳
    • PPD≧4mm 0.6%
    • BOP(+)0.6%
    • 残存歯数27本

53歳で初めて来院され30年。途中担当を変わることもありましたが、初診から現在まで担当させている患者さんです。当初は都内にお住まいでしたが、ご主人の定年退職を機に千葉に引っ越しされた現在も、4ヵ月ごとのSPTに来院してくださいます。なかなかプラークコントロールが定着せず、擦過傷ができていたり縁上歯石が付いていたりしていましたが、SPTを重ねていくうちに安定し、82歳の今でも良好な口腔内を維持しています。

予防歯科が“うまくいく”ために—若林院長からのメッセージ

最後に、予防歯科が“うまくいく”ための心得について教えてください

若林予防歯科の主な担い手は歯科衛生士さんであることは間違いありません。しかし、だからと言って“歯科衛生士さん任せ”では決してうまくはいきません。院長先生はまず歯科衛生士業務をきちんと理解・把握し、そのスキルを正確に評価し見極められる目を持つことが重要です。できれば、歯科衛生士さんに指導できるだけの知識や技術を身につけていることが理想でしょう。私も勤務医時代、SRPの技術を習得するため、歯科衛生士さん向けのセミナーや勉強会に何度か参加しました。女性ばかりの中に参加するのはさすがの私も恥ずかしくて先輩の歯科医師を無理やり誘ったものです。しかしそこで歯科衛生士業務の難しさや奥深さを知ることで、歯科衛生士さんを見る目が大きく変わりました。当院の児玉さん、松井さんも決して最初から頼れる歯科衛生士だったわけではありません。私と苦楽をともにしながら徐々に「知識」と「技術」を磨き、現在の立場になったわけです。幸い現代では、YouTubeなどに参考になる動画がたくさんアップされています。ぜひこうしたコンテンツを活用し、歯科衛生士業務に関心を持ってもらうことで、歯科衛生士さんが院長先生を見る目も変わってくることでしょう。そしてこうした変化こそが予防歯科を大きく前進させる原動力になると確信しています。

歯科衛生士業務へのリスペクトが伝わってくる
若林健史先生ご出演のYouTube動画
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